特級呪霊【白面の者】  9/25に非公開予定   作:悲しいなぁ@silvie

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薄っぺらい

五条は(うずくま)る白面を見て、禪院を下ろし構える。

 

「やっぱりだ…こいつは弱ってきてる!

威圧感もなんもかんも目減りしていってる!!今の白面は穴の空いた桶同然よ!」

 

恐怖を喰らえば喰らう程に強くなる大妖、白面の者。

しかし、それは時として弱点にもなり得る。

自身を恐れる者の居なくなった時…それこそが白面の者が最も弱った時に他ならない。

自身を恐れる伝説もなく、自身を奉る村人もなく、自身を恐れず立ち向かう二人。

この場に…この()()に白面を恐れる者は最早誰も──居ない。

 

「勝てる…!勝てるぜ禪院!!」

 

蹲る白面の顔を蹴り上げる。

負傷はない、ダメージも……

 

「ぎ、ギェ…!」

 

ぽたぽた、と血が地面を濡らす。

抉られた目の穴から、舌の抜かれた口から、肌の剥がれた顔の肉から…血が溢れ出す。

 

「魔虚羅!」

 

再び召喚された魔虚羅が、反撃に差し向けられた尾を弾く。

その後にすぐ二本三本と襲い掛かられ叩き潰された。

そう、一本が限界だが…確かに魔虚羅が尾を弾いたのだ。

 

「白面!お前は強えよ…でもな!!

俺達人間は、お前と違って踏み潰されてもなにくそって立ち上がれんのさ!!」

 

白面への攻撃、そのインパクトの一瞬のみ呪力による強化を解く。

針の穴を通すが如き神業級の呪力操作を、六眼と五条の才能が可能とする。

呪いも無い、単純なる物理的衝撃が剥き出しの肉となった白面の顔を打つ。

 

(勝てる!勝つ!!このまま───こいつを殺して!!!)

 

五条の拳が、肉を打ち血が飛び散り、徐々に打撃音に水音が混じる。

やがて、馬乗りになり殴っていたソレが動かなくなった頃だった───自分の殴っていたモノが()()()()()()事に気付いたのは。

 

「…………は?」

 

白い髪に、白い肌…そして───宙を映したような瞳。

五条が殴っていたのは、間違いなく──自分自身だった。

 

「なん…、で……」

 

「人は、何に恐怖すると思う」

 

後ろから、声が聞こえた。

誰も居るはずの無い方向から…声が。

油の足りないからくり人形のように、ぎぎきと声の方へ顔を向けると其処には…僧兵を思わせる格好に身を包んだ一つ目の妖怪だった。

 

「人は、死に恐怖するのだ

故に痛みを、飢えを、病を、死に繋がる全てを恐れる」

 

弓と、薙刀(なぎなた)を携え五条を見る。

 

「しかし、御方は仰られた…人間の中には死を恐怖しない者もいると」

 

五条は…動けない。

理解が追い付かない。

この現状に、この現象に、この幻象*1に。

 

「それは、()()()か…初めから死んでいる者」

 

一つ目はゆるりと五条へ歩み寄る。

死への恐怖を知りながら尚、他の何かの為に自分の命すら(なげう)つことの出来る者…という主の言葉を噛み潰しながら。

 

「秋葉流という男がそうであった

死んだように生きていた男、だからこそ死を恐れず不遜にも御方へ(あだ)なそうとした()れ者」

 

ひたりひたりと五条のすぐ側にまで、一つ目が歩み寄る。

 

「そんな者は、何を恐れると思う」

 

一つ目が、五条の眼を覗き込む。

全てを知っているぞと嗤うように。

 

「生だ…死人は、生を恐れるのよ」

 

とす、と薙刀が術式など無いというように五条の身体を貫く。

 

「私は血袴(ちばかま)、我が主白面の御方の命によりおまえに(まこと)の死を与えに参った」

 

「う、うわぁぁぁああ!!??」

 

突き刺さった刃に五条はようやく弾かれたように動き出す。

そして、気付く。

 

「あ、あ……あ…?痛く……ねぇ…?」

 

「当然よ…此処はおまえの頭の中

苦痛を与えるも与えまいも私の意のままだ」

 

血袴は五条の身体から刃を抜き取ると言いながら地に刃を突き立てる。

 

「ぐ、が…あっ、ああっ…っ!!」

 

すると、突如として灼けるような激痛が五条の頭を襲う。

 

「おまえは見ることしか(あた)わぬ、わかったか」

 

脂汗を流しながら、それでも五条は血袴を睨み上げて怒鳴る。

 

「白面め…勝てねぇからってこんな搦め手なんざ使いやがって!」

 

「勝てない?御方が……おまえ如きにか?」

 

血袴は五条の声に心底わけがわからないといった風に首を傾げる。

苦笑…否、それすらも通り越し哀れむように五条を見下ろす。

 

「生き物が最も醜い時は、狩りに成功した時だ」

 

血袴が地に手を(かざ)すとスッ、と姿見が現れる。

 

「己が強いのだと、おまえは弱いのだと驕り高ぶっては血と唾液で汚らしく頬を染め…だらしなく口角を上げて誇りも忘れ腹を鳴らす───今のおまえのようにな」

 

鏡に映るは顔と手を血に染め、牙を剥くように凄惨な笑みを浮かべる男だった。

 

「これが……俺…?」

 

「人間の身体とは、本当に『面白い』つくりをしている」

 

血袴はトントン、と自分の頭を指で突くジェスチャーをしながら呆然とする五条へ言い聞かせる。

 

「脳の特定の部分を少し()()()やるとな、幻をみるのよ

己にとって都合の良い…夢のような幻をな」

 

「夢……夢だと…?」

 

オウム返ししか出来ぬ五条に、血袴は苛立つでもなく淡々と話し続ける。

 

「脳内麻薬、と言うのだったな…生きる為のそれが逆に、自身を滅ぼしうるというのも滑稽なことよ」

 

何もわからぬと不安気に身を縮こめる五条へ何の感情も宿らぬ、器物のような視線を向ける。

 

「これは、単純な疑問だが…どんな気分だった?」

 

「何を…」

 

「何人も殺し回り、それでも正義があるとでも言いたげに戦意を失った相手を殴った気分は…どうだった?」

 

血袴は答えられぬ五条から視線を切り、興味を失ったように吐き捨てる。

 

「聞くまでもないな──おまえ達人間の本質は、獣だ

弱者を踏み躙り、強者が歴史を編纂し、弱き正義を嘲笑う

結構、大いに構わぬとも…同じ事をされてみっともなく吠えぬのならばな」

 

血袴は五条に背を向けると再び闇の中へ歩み去る。

もう、すべきことは終わったと。

 

「な…ま、待てよ!なんなんだ…お前はなんなんだよ!!」

 

「言ったはずだ、私は血袴…お前に真の死を与えた者よ」

 

その言葉が終わると同時に、五条の視界が戻る。

目の前には…此方を見下ろして立つ、白面の者。

 

「白面…!は、い…良いぜ!何度だって殺して…っ!」

 

言葉に、詰まる。

だって、白面が目の前に立っているなら…今、俺が跨っているのは…俺の下に居るのは────なんなんだ。

 

「人間は、手に入らぬ事は堪えることが出来る」

 

五条の声が聞こえていないように、白面は話す。

その目は抉れておらず、その舌は抜かれておらず、その肌は美しいままに。

 

「だが、手に入ったものを失う事は堪えられぬ」

 

一体…()()から?

今は、本当なのか?

痛みはさっきも感じていた…ならば、何があれば現実だと言い切れる?

冷静に考えれば、おかしいんじゃないのか?

精鋭揃いの呪術師達が、総出で負けた白面が…簡易領域程度で凌げる攻撃をするのか?

一撃で潰された魔虚羅が、本当にあの包囲攻撃の隙を作れたのか?

こうして考える俺は───本当に、俺自身なのか?

 

「我に勝ったと思ったであろ?

生きて帰る事が出来ると…思ったろうなァ」

 

頭が、どうにかなりそうだ…

禪院は、禪院はいったいどうなって───

 

「死人を殺すには、一度『生き返らせて』やらねばな

あぁ…()()()()()ぞ」

 

それにしても、臭いな…吐き気がする。

血と、小便と、吐瀉部が混じったような臭いだ。

ゆっくりと、視線が落ちる。

 

「随分と、楽しそうに殴っていたなァ人間」

 

「あ…う………うそだ…」

 

ぐしゃぐしゃに潰れた顔。

鼻はひしゃげ、顔の骨と肉が混ざり合い、適当に絵の具をぶちまけても()()はならないという程に…ぐちゃぐちゃになった顔。

それは、間違いなく───禪院のものだった。

 

「どうした、あんなにも譫言(うわごと)のように言っていたじゃないか…笑うんだろう、笑ってやるんだろう?」

 

つい、と両手の指で口の端を引き上げ笑顔を作る白面。

その(かお)は、美しさすらも霞む程に悍ましい…引き裂けたような笑みだった。

 

「笑顔はどうしたんだい、ぼうや」

 

「はくめぇぇぇぇえん!!!!」

 

叫びながら白面へ殴りかかる五条。

その顔には、返り血が涙のように伝っていた。

 

「たかが数十年の命で、言ったことも貫けんかよ」

 

ずるずると、白面の尾から無数に湧き出る目玉の化け物が五条の身体へ吸い込まれるように侵入(はい)っていく。

白面はつまらなそうに飛んできた五条を躱した。

 

「薄っぺらいヤツめ」

 

五条は、それから数回びくりと動いた後…少しも動かなくなった。

 

「白面様、殺しておきましょうか?」

 

「……要らん、じきに息の()()も忘れて死ぬ」

 

五条の身体から這い出てきた血袴にそう答えると、白面はつまらなそうに周囲を見渡した。

 

(悲しい…我は確かにそう思っている

だが、同時───こんなものか、とも思っている)

 

顔の潰れた死体を足蹴にし、何となくその頭を蹴り飛ばす。

 

(我は、きれいな陽の存在(にんげん)になった…だが、人間とは美しいばかりでないと誰よりも知っている

べんちゃらを吐くばかりで、薄っぺらいこいつらのように

同じ人間ながら快楽の為に人間を殺す、あの四本腕のヤツのように…人間とはその全てが無条件に美しいわけではない)

 

てんてんと転がる生首に、さして何かが晴れる訳でも楽しい訳でもないと興味を失う。

 

(この身体になってから、怒りが永く続かぬようになった)

 

元ならば、数千年経とうと風化しなかったそれが…長くとも一週間程で霧散してしまう。

 

(人間らしくなった…とでも言うべきか?

感情が永く続かぬ、『飽きる』とでも言うのか…

村の皆を殺された怒りも、斗和子を殺された怒りも…きっと我はじきに呑み込めるだろう)

 

きっと、自分が本当の意味で【人間】になることはないのだろう。

自分は化け物で、陰の存在なのだから。

冷水を浴びせられた気分だ。

浮かれていた心が、冷たい…元の温度に戻ったようだ。

 

「かみ……さま……」 

 

だから、その声を聞いた時も…嬉しいより先に、どうしてと思ってしまった。

声の先には、下半身を失い死に体になったイトが息も絶え絶えに呟いていた。

 

「かみさま…そこに、居る……の…?」

 

血が混じり、聞き取りづらい声で呟くイトに思ってしまう。

もう、死んでしまっていた方が良かった。

傷を精査するまでもない、もうこれは死んでいる。

今、イトは死にかけているのではない…生きかけているだけだ。

いくら吸っても肺は膨らまず、血の溜まった口から気管に血が流れ込んでも咳をするだけの当たり前に備わった機能すらない。

生きていても、苦しみが続くだけだろう。

もう、治してやることも……出来ない。

 

「ああ、此処に居るとも」

 

もう、耳など聞こえんだろう…こうして手を握ってやっても感ずる事すらならんだろう。

そう思うのに、なぜ腰を下ろしているのだろう。

 

「良か……た…」

 

手を弱々しく握り返されてほんの少し、驚いた。

だが同時に…余計に思うのだ。

五感も動き、口も動くなら…もう聞きたくない。

これからきっと───この小さく可愛らしい口から醜い言葉が出てくる。

わかるのだ、人が死に向かえばどうなるかなど。

人助けなど、余裕のある人間がする道楽なのだと。

善など、強気が弱きを虐げる為のべんちゃらなのだと。

 

「あ、のね…二人が……かみさまが…ヒドイこと、したって…」

 

そらみろ、来るぞ。

我のせいで村が滅んだのだと、貴様など神ではないと…そう言うのだ。

 

「ああ、我は確かに多くの人間を殺した…これは嘘でも否定でもない」

 

「そっ…か……だ、め…だよ……かみさま…みんな……なかよく……しな、きゃ……」

 

そうすれば村は滅びなかったのに!

私達は神様じゃなく化け物を祀っていたんだ!!

そう、言いたいのであろう?

 

「だって……」

 

そっと、イトの手が頭を撫でる。

まるで、母親が幼子にそうするように。

 

「ひとりぼっちは…さみしいよ」

 

 

 

 


 

 

 

「神様!今日は神様のお家にお泊りしに行っても良い?」

 

その日は、秋の中頃で…少し肌寒くなりだした頃だった。

 

「随分と藪から棒に…何故だ?」

 

我の家、と言って良いのか知らぬが斗和子が村人に建てさせたとびきりデカい社が村の中心にあった。

最初は斗和子に、貴様が作れと何度も言ったが…これだけは譲れぬと、村人に造らせるから意味があるのだと押し切られた。

広い部屋に、村で採れた米や麦に魚や山菜がうんと積まれた…ただそれだけの家。

帰っても誰も居ない、ただいまと言ってもおかえりが返ってこない…そんな家。

だから、我はあまり……好きでは無かった。

 

「だって!そろそろ神様が風邪引いちゃうもん!!」

 

「風邪…?我の風邪と家に泊まる事がどう関係あるのだ」

 

そう言うとイトは少し驚いた後、不機嫌そうに頬を膨らませ我に抱き着いた。

 

「もう!!気付いてないとおもってたの!?

神様、夜までずっと外に居るでしょ!!そろそろ冬なのに風邪引いちゃうよ!!」

 

言いながらぐいぐいと我を社の方へ引っ張っていく。

この程度、抵抗するのは容易いが……小さな手が一生懸命に引っ張るのが、たまらなく愛おしくて、ついついなすがままになってしまった。

 

「…おかえり!神様!!」

 

「あ………た、………ただ……いま……」

 

「えへへ~!神様のお家なのに私がおかえりなんて、変なの!!」

 

呆ける我を放って、イトは積まれた食料を見て驚きながらもウキウキと夕餉をこしらえ始めていた。

有ることだけは知っていた竈に火が入り、湯が沸かされ、汁が作られ、米が炊かれ、魚が焼かれ、山菜が漬けられていく。

食事など、我には必要ない。

人間の身体を得た後も、我は少しの水さえあれば問題なく生きられた。

だから、こんなモノを食べる必要など…

 

「神様!あーんして!!あーん!!!」

 

「あ……あー……ん……んぐっ!??」

 

おずおずと開けた口一杯に米やら魚やらを突っ込まれる。

殺す気か、この小娘…!

 

「神様ってさ…案外寂しがり屋だよね〜!!」

 

「何を……」

 

「だってさ、だってさ!誰も居なくなってもずぅっとあそこに座ってるし、昼間はやらなくても良いって言われてるのに絶対畑仕事してるし!村に人が増える時はいっつも嬉しそうだもん!!」

 

食事のあと、片付けを終えたイトは我に抱き着きながらずけずけと言い放つ。

馬鹿奴(ばかめ)、我が夜まで彼処に居るのは野盗でも来れば殺して遊ぶ為で畑仕事はお前達の食料を牛耳る事で我から逃れられぬようにする為で…人が増えて喜ぶのは、一人でも多く我を知ればそれが我の力になるからよ!

 

「わかりやすいよね〜神様って!」

 

「ふん……うるさいわ」

 

本当にうるさい口だ。

黙らせてやろうと、背を叩き頭を撫でる。

こうすればじきに静かになろう…

 

「ねぇ、神様」

 

「なんだ」

 

「これからも、お泊りしにきても良い?」

 

「ふん、イヤと言っても来るのであろうよ」

 

「ふっふっふ〜そりゃあね!!」

 

ギュッと、急に抱き締める力が強くなる。

 

「だって……ひとりぼっちは、さみしいもんね!」

 

 

 

 


 

 

 

「くっくっく……余計なお世話だ、小娘が」

 

イトの身体を抱き上げる。

悲しいくらいに軽くなった身体を。

 

「かみさま……だいじょ…ぶ…だから……わたしが……いる……からね…」

 

いまだに我の頭を撫でようとしていた手を掴み、逆に我が頭を撫でてやる。

 

「えへへ……かみさまに、なでられるの…すき…だよ…」

 

「……そうか」

 

「あった……かいね……かみさま…は…」

 

「……………そうか」

 

「かみ…さま………おや……す…み……」

 

「…………………………ああ………おやすみ」

 

力無く垂れた腕を、ゆっくりと握り返す。

優しく、丁寧にイトを下ろし九つの尾の内…斗和子だった尾を中程からちぎり掛けてやる。

 

「温かくして寝るんだぞ、イト」

 

ああ、やっぱりだ。

やっぱりそうだ。

そらみろ…やっぱり──死んでいた方が良かった。

こんな思いをするぐらいなら、出会わぬ方が良かったろう。

 

「血袴」

 

「此処に」

 

我の声に二もなく答える。

 

「人は、なぜ死者を弔うのだと思う?

穴を掘るにも手間がかかり、この村のように井戸を駄目にすることもあるというのに」

 

「……死者をそのまま捨て置けば病と獣を呼び込みましょう

仕方無しに埋める他無いのでは…?」

 

我の質問に、何故と尋ねることもなく答える血袴…本当に斗和子とはえらい違いだ。

 

「ならば焼いて、灰はそこらへ捨てれば良い

そうでなくとも、住む場所から離れた場所に捨てれば解決しよう」

 

「…………人の道理と言うものでしょうか?

死者の尊厳を守る為、そうするのですか…?」

 

「死者の為、か……違うな」

 

「申し訳ありません、いたらぬこの身では納得のいく答えを思いつきませぬ」

 

悲痛の面持ちで頭を下げる血袴を、構わんとやめさせる。

 

「弔いとは、死んだ者ではなく…生きた者の為にするのだ」

 

「生きた者の…?」

 

「大切な人間が、死んでしまって…もう二度と会えぬという事を受け入れる為に、弔うのだ」

 

獣に荒らされぬよう、深く深く墓を掘り…重い身体を抱き上げ、二度と出てこれぬ程の深みへ置き、もう会えぬよう土を掛ける。

こうまでしなければ、二度と会えぬと受け入れられぬのだろう。

 

「イト、我は…お前を───お前達を弔うことはせぬ」

 

我には理解出来ぬ事だ。

人など、あっさりと死ぬのだから。

そんなに悲しんでどうするという。

人など、脆くて弱いものなのだから。

 

「だが…いつか、我がその気持ちを知識ではなく心として…感情として理解できたなら──その時は」

 

その時は……なんだ、側にお前は──居ないのだったな。

 

白面は、何も言わず歩き始めた。

血袴は少しだけ迷うも…口を開く。

 

「何処へ向かわれるのですか、白面様」

 

「………別に決めてはおらん」

 

ただ、と白面が続ける。

 

「そうだな…もうじき夏だ

涼しい方が良い───北へ向かおう」

 

 

 

 


 

 

 

 

白面が去った数時間後、壊滅した村を二人組が歩いていた。

 

「クックック、よくもまぁ暴れたものよ」

 

二面四腕の鬼神、両面宿儺とその従者裏梅である。

 

「しかし、残穢があります…白面の仕業でないのではないでしょうか?」

 

「いや、阿呆共がわざわざ龍の逆鱗を撫でくり回しに来たのだろう」

 

宿儺は禪院と五条の遺体を見ると、そう断言する。

 

「……ん?」

 

しばらく愉しげにふらついていた宿儺は、ぴたりと立ち止まると腰を下ろした。

 

「…………裏梅、一等綺麗な死体を持って来い」

 

「此処に」

 

裏梅が持ってきた死体を見て、宿儺が薄く嗤う。

 

「ククッ、大方白面を殺す為に村人の虐殺でもしたか…五条」

 

五条の遺体、その頭を術式で両断すると足元に落ちていた()()()()()()()の死体の側へ放り投げる。

 

術式で、今度は女の頭を斬る。

 

「さぁ、膳立ては済んだ…魅せてみろ、女!」

 

宿儺は見た。

この死体…少なくとも自身ですら致命傷と言わざるを得ない傷を受けたこの死体が、極僅かながら──呪力を放っていたのを。

 

死の間際には、脳へ膨大な負担が掛かる。

その負担は、脳を変質させ…非術師でも呪霊が視えるようになるという。

ならば───もし、その人間が…自覚していないだけで【術式】を持っていたとすれば?

 

ぴくり、とピンク色の塊が頭蓋骨から這い出す。

その塊はまるでそうとわかっているかのように五条の頭蓋骨から同じような塊をほじくり出すと、代わりに入りこんだ。

 

「宿儺…周りの人間は俺をそう呼ぶ」

 

一人でに一本の髪が抜け落ち、斬れた頭の傷を縫合するようにしゅるしゅると絡みつく。

 

「お前の名を聞いておこうか」

 

宿儺は楽しそうにそう話す。

 

「………神様って、どうやって人を助けるのか知ってる?」

 

「……なにを」

 

「こう、縄を垂らすみたいだよ」

 

起きたばかりで混乱でもしているのかと、そう思ったが…しっかりと此方を見る目に宿儺は口を(つぐ)む。

 

「縄…知ってる?縄って糸を撚り合わせて作るんだよ

だから、イトよりすっごいの」

 

さらさらと、地面に指で字を書く。

 

「神様が使う縄はね、こういう名前なんだって…神様が、教えてくれたんだ」

 

書き終わると、すくっと立ち上がり笑った。

 

羂索(けんじゃく)、私のことはそう呼んで」

 

これからは、きっと退屈だけはしなくなる。

宿儺はその予感じみた直感に、顔を歪ませた。

*1
実際には存在しないものが、存在するかのように見えること

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