特級呪霊【白面の者】 9/25に非公開予定 作:悲しいなぁ@silvie
「……今更、何言ってんだって思うかもだけどよ
殺すのは…俺だけにしてくれねぇかな」
未だ胃液の酸味が残る口で、五条は怒りに震う白面に話しかける。
敗北は認めざるを得ない。
だからこそ…どう負けるかを考えて。
「あんたの遣いを殺したのも、この嬢ちゃんを殺したのも…村を壊滅させたのだって全部俺だ
そこの
でも、あんたにとっちゃ虫に
「貴様は…虫の集った飯を見て、その虫が此処にしか集っていないから此処だけ捨てて喰えば良いと言われて素直にそうするのか?」
「あー…そう……だな……」
わかった事は二つ。
思ったよりも白面は会話が出来る程度には冷静な事。
そして、冷静に怒り狂い…自分達は助からない事。
「……すまなかった、五条……」
視線だけ動かすと、腰が砕けへたり込んだままに禪院がぽつりぽつりと涙と共に呟いていた。
「わ、私は……悔しかった……!
お父様も、家の皆も、わけがわからぬままに殺され…それを良しとしたくなかった……!
お父様の血で書かれた遺言も、お前の静止も振り切った…全て、私のせいだ……わた、私は……ただ
悲しみ、怒り、悔恨、落胆、ありとあらゆる負の感情と自責の念に禪院は身を震わせながら顔をぐしゃぐしゃにしていく。
「そうだ…お前が殺したのよ!
我を前に震える事しか出来ぬ
我に勝とうなどと、復讐だのと酔いしれるその無知が──今から貴様らを殺すのよ」
びしゃびしゃと、水音が響く。
禪院の嘔吐であろう、五条は見もせずに目を瞑った。
「俺はさ…実際のところ、あんたに恨みなんて無かった
そりゃあ俺ら以外の呪術師が壊滅しただの聞いた時は驚きはしたけどさ…その呪術師達だってあんたを殺しに行ったんだ、おんなじ事をし返されたって文句言えねぇよ」
白面は、自分達を苦しめて…楽には殺そうとしないだろう。
ならばと動かぬ足を殴りつけながら、ゆっくりと歩き出す。
「あんたを倒してやるってこいつが言った時だってそうだった
せっかく俺ら以外皆おっ
「ほう…ならば、何故此処まで余計な事をしに来た」
「…………なんでだろうなぁ」
白面の言葉に、五条は髪をかき上げながら天を仰ぐ。
苦笑いのような、しょうがないなと浮かべる優しい笑みのような顔で。
「俺って奴は昔っからそうだった…何でも出来る天才なんて持て囃されて、実際は言われた事しか出来ねぇ
近付けば近付く程に、理解する。
六眼の力でもなく、呪術師としての経験でもない…生物の本能として、理解
コレは、勝つだの負けるだのの次元にあるものではない。
「ガキながらに気付いたね、俺はきっと…努力ってヤツをする事は出来ねぇんだって」
白面まで、2メートル…それ以上はどんなに足を引っ叩いたって進めなくなる。
理性も信念も決心も覚悟も、全部を本能が拒絶する。
怖ぇ、死にたくねぇ、もう嫌だって身体が喚く。
「努力ってのはよ…てめぇのやりてぇ事に全力なヤツしか出来ねぇのさ
だから俺は……俺には一生出来ねぇって腐ってた」
俯く顔を上げて、動かねぇ足を術式で無理矢理に前へ引き摺る。
ビビるな…そんな資格は俺にはねぇだろうが。
わけわかんねぇままにこの村の人間全員を殺した俺が…死にたくねぇなんて思うんじゃねぇ。
「俺は……死んでたのよ
生きたままに死んで…腐って、諦めてた」
「でもよ…そんな俺を、変えてくれたヤツが居た
馬鹿真面目で、融通効かねぇし、そのクセ単純で、そうと決めりゃテコでも動かねぇ…そんな女が居た」
どうせ、あん時死んだ命だ───捨てるなら、こいつの為に…捨てたい。
「こいや白面!!てめぇなんか怖かねぇぜ!!!」
「……………くだらぬ」
叫ぶと同時、五条は後ろに跳んでいた。
白面のする事がわかっていたかのように…尾に叩き潰されようとしていた禪院を抱き、転がるように距離をとっていた。
「上手くいかねぇモンだな…本当によ」
完全に、避けた筈だった。
しかし……術式による無限の防護膜をもってして尚、五条の右脇腹は十数センチ程も抉られていた。
「五条……?な、何を……何をしている
死んでしまう……やめろ、私は…私はもう……死にた…」
「うるせぇ!!!」
手元で囁くような声で何かを言っている禪院を怒鳴りつける。
呪力を脇腹に集め、反転で抉れた部位を無理矢理に修復すると五条は禪院の胸ぐらを掴み無理矢理に目線を合わせる。
「勝つんだよ!!勝って…帰るんだ!俺ら二人で!!
覚悟しとけよ、ここまで付き合ってやったんだ…帰ったら俺の都合に存分に付き合って貰うからな!」
槍のように突き出される白面の尾を、禪院を抱き留めたまま避けていく。
時には術式で自分の身体を引き寄せ、弾き飛ばし、音よりも速い尾を紙一重に避ける。
「終わったら、もう呪いなんて知ったこっちゃねぇ!
遊んで、食って、寝て…好き放題して生きんだ、俺とお前で…二人で!!」
「だが……私は、人を……殺した…っ!」
「だから勝つんだろうが!!勝たなきゃ…ここで勝たなきゃ、正真正銘ただの人殺しよ!
殺した村人だって、死んでったお前の親父さんだって…お前がここで諦めてちゃマジに無駄死にだろうがよ!!!」
飛び回り攻撃を避け続ける五条に、白面は一層顔を歪め地の底より這い出るような
「醜い…!なんと醜悪な輩よ、人を殺すに足る大義でもあるかのようにほざく!!
お前達は、先程から我に勝つだのと言っているな?
お前達は本当に我に勝てると思うているのか!?
思うてはいぬであろう…弱いからな!」
白面の声に、禪院は身を震わせて頭を抱え声ともつかぬ叫びを噛み殺す。
「そこの女はよくわかっておるようだな…!
貴様らは所詮、虐殺を大義などと耳障りの良い言葉に置き換え御為ごかし*3を触れ回る偽善者よ!!
復讐などと喚き、その実勝てぬと知りながら他人を殺す傍迷惑な自殺志願者……それが貴様らよ!!」
白面の攻撃は、無限では防げない。
六眼ですら感知出来ない妖力、その妖力そのものである白面の尾は無限の防護膜に危険物として認識されない。
「ぅ……!!わ、私は……っ!」
不甲斐ないと歯を噛み締め、血を流す禪院が再び俯く。
「違うっっっ!!」
そんな禪院を、白面を怒鳴りつけるように五条は吠えた。
「元はと言えば、全部てめぇが悪いんだろうがよ!!
何人も何人も殺しておいて…てめぇの大事な誰かが殺されりゃあ怒り狂う!!
お前とこいつの何が違う!!人を殺した時点で、俺にもこいつにだって大義なんてカケラもねぇさ…だがな!!それはてめぇも同じだろうが!!」
五条は無限による防御が不可能であると見切りをつけ、簡易領域を展開し迫りくる尾を脊髄反射にて避ける。
目視では間に合わない、故に人類における最速の対応に全てを託した。
「ああ!認めるぜ…!確かにてめぇは強えよ、てめぇに比べりゃ人間なんてちっぽけさ──だがな!
どれだけちっぽけだって、嫌なことがあったって、死にそうな目にあったって、歯ぁ食いしばって乗り越えて…どんな理不尽にだって、死に物狂いで噛み付いて!!
明日になりゃあ笑えるから人間は強ぇんだ!!」
雨の如く降り注ぐ尾を避け、五条の蹴りが白面の顔を打つ。
「白面、てめぇがどんなに強かろうが…明日にはやってやったぞって笑ってやらぁ!!」
五条の攻撃は、白面に何の
否、五条だけではない…負の感情を持つ者からの攻撃はその一切が白面に通用しない。
これこそが陰の化身たる大妖、白面の者が最強と呼ばれし由縁である。
しかし───一つだけ、彼女の心を乱すものがあった。
「なぜ………!なぜだ…!なぜ貴様如きが……!!!
イトを…村の者を殺した鬼畜生が…!!なぜ!!
なぜ我にその眼を向ける!!!?」
かつて、無敵の大妖に挑んだ二体の──否、一体の
何度ねじ伏せられようと、何度心挫けようと、諦めず立ち上がった妖が居た。
『今、オレ達は…太陽と一緒に戦っている!』
『すべての陽の存在!それがうらやましくて、そしてなによりも────恐ろしいんだろォ、白面!』
忌々しき獣の槍を携え、圧倒的不利をものともせずに打開したあの眼だ。
煌々と、生命でも燃やしているかのように輝き一点の曇りもなく
それを、それをなぜ貴様が……貴様如きが…っ!!
「……めろ……やめろ!!
くだらぬ!!今すぐその眼を抉ってやるぞ!
降り注ぐ雨のようだった白面の尾の攻撃が、一気に変貌する。
五条を取り囲み、逃げ場をなくし確実に仕留めるようなそれへと変化する。
回避は不可能、絶望という言葉すら生温い現状に…しかし、五条は笑った。
「私は……最初から、わかっていたんだ…この思いが間違ったものである事も、この行いが正義ではない事も
だから……魔虚羅を使って、勝つにしろ負けるにしろ此処で死ぬつもりだった」
白い巨躯が白面の尾の一本に突っ込むと、手に備えられた剣で無理矢理に軌道を逸らす。
尾の圧倒的運動量と質量に押し負け、たった数十センチ逸らしただけで消滅するも五条はこじ開けられたその間隙を縫うようにして抜け出す。
「五条、私はお前の言うように白面に勝てば罪を
だが……いや、だからこそ!勝つ!!勝って…生きて苦しむ
苦しんで苦しんで…苦しみ抜いて、決して忘れぬ事を罰として赦されざる生を歩もう───死ぬ事など、その後に幾らでも出来る」
五条の腕の中で、禪院は同じく煌々と瞳の奧に炎をたゆらせていた。
「愛してんぜ…禪院!!」
十種影法術において、調伏前の式神は調伏後のそれとは別物として扱われる。
これは調伏の際に式神を破壊しても問題ないようにする為に当然の如く備わっている術式そのもののルールである。
つまり、調伏前の式神は調伏後の式神と違い完全破壊によるペナルティは──存在しない。
「ふっ、史上最強の式神が使い捨ての肉壁か…贅沢な事だ」
消滅する度に喚び出される魔虚羅は、その巨躯にて僅かに…しかし、確かに活路を開いていく。
「どうしたよ…腰がひけてんぜ!白面よぉ!!」
再び、白面の顔へ五条の足蹴が叩き込まれる。
ダメージは、無い。
だが…変化が起こる。
ぐぐぐと、白面の姿勢が低く…地を擦るが如く低くなる。
両手を地につけ、尻を上げ、相手を見上げる…
それは、まるで───獣がとる狩りの体勢であった。
「これは、構え……か?」
自身最大の武器たる尾を相手に向け、両手にて地を掴むその体勢を…とても二足にて歩く存在がとるとは思えない体勢を禪院は構えと判断した。
だが────
「いいや、違うぜ禪院」
五条は、否と笑う。
「眩しいんだろ…白面」
その言葉に、白面の尾が停止する。
わなわなと震えながら、主の側に戻っていく。
「【何が】なんてのはわかんねぇさ…だが、お前は確かに俺達の何かが眩しくて仕方ねぇんだろ
眩しくて、眩しくて仕方なくて…見ねぇように見ねぇようにって視線を下げる
それでも見ねぇのはもっと嫌で、睨め上げるように低くから見上げてくる!
構え?臨戦態勢??いーや違うね!!白面!お前はビビってんのさ!!
怖くて、腰がひけて!!てめぇの武器を常に相手に向けてねぇと落ち着かねぇんだ!!!
もっとも、それで相手を倒せちまうもんだからバレもしなかったんだろうがな」
五条の言葉を、不気味な程に静かに白面は聞いていた。
生命のやりとりをしている最中とは思えぬ程の静寂の後…白面の頬をドス黒い液体が伝った。
「なぜ……何故だ…何故だァァァ!!!
我は人間となったはず!!お前達と同じ陽の存在のはず!!
ならばなぜ
なぜ……なぜお前達を美しいと思わねばならぬのだ!!?」
黒い血の涙は地を黒く染めながら主の悲しみすら流せずに染み渡っていく。
「始めてだったのだ!!人に名を付けるなど!
始めてだった!赤子を育てるのも!子供と遊んでやるのも!!
服を
我とお前達の何が違うという!!この目か!?この舌が違うと言うか!??この肌が違うのかァァ!!?」
ばりばりと、自分自身の爪と指で目と舌と皮膚をちぎり、抉り、抜き取り、剥いでいく。
「何が……何が違う!!言ってみろ人間!!!」
血と涙を流しながら、白面は叫ぶ。
まるで、迷子の幼子がそうするように。