特級呪霊【白面の者】 9/25に非公開予定 作:悲しいなぁ@silvie
人間なんて大嫌い。
弱くて、脆くて、くだらない。
妖怪のように永くも生きれず、水や食料が無ければ簡単に死に、そうでなくとも病や些少な怪我で死んでいく。
何時まで経っても同じ人間同士で殺し合っては、せせこましく小さな土地や資源を奪い合っては食い潰す。
不完全で、愚かで、醜くて……でも、そんな人間をあの御方は愛しておられる。
人にしか無い『輝き』とやらがあるのだと、人にしか無い『強さ』があるのだと。
知らない、そんなものは。
人間なんてくだらない、弱くてくだらない。
美しくなんてない、きれいだなんて思わない。
私は、貴方様がこの世の何よりも美しくきれいだと思うから。
人間なんて大嫌い。
お前達なんかが居るから、あの御方はいつまでも悲し気なのだ。
人間なんて大嫌い。
お前達なんかより、私の方がずうっと優れているのに…お前達が居るからあの御方は焦がれてしまう。
一人は寂しい。
なら、私が側に居ります。
一人は虚しい。
ならば、私がその隙間をお埋め致しましょう。
一人は嫌だ。
私では……駄目なのですね。
人間なんて大嫌い。
お前達なんて、大嫌いだ。
「玉犬!」
女の手が犬の影絵を象ると、地に映る影からぬぅっと黒い犬が現れる。
【
玉犬は命じられるままに黒尽くめの女へ駆け寄ると、その喉笛に牙を突き立てる。
「ふふふ、馬鹿ねぇ…!」
斗和子が無抵抗にその牙を受け入れると、突如として玉犬の身体が爆ぜるように四散した。
「これが報告にあった、呪詛返しか…!」
女は歯噛みしながら吐き捨てる。
そう、呪詛返しという事は───眼の前の怪物ですら白面の遣いであるという証左なのだ。
白面は、呪力による攻撃を吸収し自らの力へ変換したという…ならば、『返す』必要がないのだ。
「クソッ!
男が苛立ちと共に呪力を弾丸のように放つも、斗和子になんの
白面の者に関するありとあらゆる資料は、その姿絵に至るまで全てが呪術総監部の決定により特級呪物と認定された。
最初に姿を見た者が死んだ。
次に伝令用の式神越しに姿を見た者が死んだ。
次に姿絵を見た者が死んだ。
次にその姿を伝え聞いた者が死んだ。
最後に名前を聞いただけの者が死んだ。
白面の者に関するありとあらゆる資料は、呪術総監部最後の生き残りの手によって灰に返された。
もはや白面の者の名を知り、未だ生き残っているのは五条と禪院の二人だけ。
呪術総監部、その最後の仕事として末代に渡り白面の名を知らぬようにと血で書き遺し焼け死んだ男が居た。
禪院家当主、女の父は歴史に名を残すべき偉業を名を消す事で成し遂げた。
「いいわねぇ…その顔
努力が徒労に終わる人間の目って好きよ」
二人は、その名しか知らぬ白面を倒す為にやって来た。
不可能だと、無謀だと、無理だと知りながら…それが、決して無駄だとは───無意味だとは思わなかったから。
「クソッ!!無理だ禪院…勝てっこねぇよ!!」
「情けない事を抜かすなよ五条、考えてみろ…私の玉犬の攻撃は私ではなく玉犬に返ってきた、そして今こいつが打ち返して来た攻撃はお前の
女の言葉に、斗和子は不愉快そうに顔を
「こいつがやっているのは呪詛返しじゃない、あくまでも〝反射〟だ」
「で?わかったからってなにかあるのかしら…」
しかし、その構えには一切の油断も驕りもない。
「始めるぞ…用意をしろ、五条」
「用意…?用意ったって、何を……」
相対する女は、男に向かって言う。
覚悟を決めた瞳で。
「
「虚式って…!無理に決まってんだろ!?
アレは出すのにタメが要る…それに、アイツを倒せるぐらいの威力ってんなら呪詞の詠唱が絶対条件───一分はかかっちまう」
「ならば、一分間私がなんとかあいつをくいとどめる
五条、お前はその間に呪詞の詠唱を済ませろ」
女の言葉に男は目を見開く。
「い、一分かかるんだぞ……」
「だったら早くしろ」
男とてわかっている、今現在とれる最善手がそれである事は。
……例え、眼の前の女が死ぬとしても。
「死ぬなよ、禪院」
「誰に言ってる」
女は斗和子に向かって歩を進める。
まるで、後ろには手を出させないとでも言うように。
「待ってくれたのか?……随分と余裕なものだ」
「ほほほ……馬鹿ね、お前達人間は希望が無ければ壊れてしまうでしょう?
簡単に壊れてもらっては困るもの……白面の御方へ歯向かった己の愚を、生き地獄の最中にとくと味わうがいい
愉しみよ、死すらも
引き裂けた笑みの下に、刃物を思わせる鋭利な牙が並ぶ。
獣どころか、空想上の怪物もかくやといった風体……しかし、それでも尚恐ろしい程に斗和子は美しかった。
女である禪院ですら、平時であれば見惚れていただろうと思う程に。
「
禪院の影が伸び、地面から這い出るように一頭の虎が現れる。
その豪腕を誇るように、目の前の斗和子へ誇示するように鋭い爪をひけらかす。
「犬ころの次は猫畜生…随分と可愛らしいのね」
「やれ!虎葬!!」
十種影法術の式神達は、大きく二種類に大別される。
式神それそのものが、術式を持つか否か…
言うまでもなく、前者の最上位が十番目…十種影法術最強の式神である。
そして、後者……術式を持たぬ最上位こそが、虎葬である。
虎葬の調伏難度は上から二番目…膨大な呪力消費に加え、調伏難度の激化による強化──そして、本来ならば得る筈だった術式の放棄により虎葬は単純な身体能力のみで十種影法術の中で十番目に次ぐ戦力を誇る。
「ごめんなさい──遊んであげる時間が短くて」
一閃、斗和子の尾の一突きで虎葬は串刺しにされ影に溶け込むように消滅する。
「脱兎!蝦蟇!」
素早く二つの掌形を組み、足下の影から無数の式神達を呼び出す。
式神達はブラインドのように禪院と斗和子の間に壁を作り視線を切る。
「くだらない、そんな惰弱な
呆れを通り越して哀れだと蔑む斗和子…その周囲が、急に暗くなった。
「これは……?」
つい、と視線を上げた先には…巨大な象が、斗和子を押し潰さんと降ってきていた。
避けようとするも、斗和子の足には白い大蛇が巻き付いていた、
「大蛇、満象…!」
現禪院家当主、その式神達は彼女の類稀なる才能と努力により細部まで
成体のインド象、約3〜6t…彼女の満象はそのサイズを遥かに凌駕する。
その重量──実に、10tを超える。
「無駄な事は嫌いなの…
ミシリ、と大地が悲鳴を上げひび割れるも…斗和子はその細腕で軽々と満象を受け止め、薄紙のように引き裂いた。
しかし、その受け止めた一瞬…ほんの一瞬だけ動きが止まる。
その一瞬を、彼女は逃さない。
「貫牛」
脱兎と蝦蟇の壁の向こうから、一頭の牛が猛進する。
走る距離に比例して、正に加速度的に威力を増す式神。
貫牛は十二分な助走を経て、斗和子を轢殺せんと駆ける。
そして大蛇もまた、最期の力を振り絞り斗和子の足を締め上げていく。
「真っ直ぐな力程、横からの力には脆いものねぇ」
その長く美しい脚で大蛇の頭を踏み潰すと、軽く尾を揺らす。
次の瞬間、貫牛の横腹に斗和子の長い尾が突き刺さりゆっくりと消滅する。
僅か十数秒の間に四体の式神が…それも強く、使い勝手の良いそれを破壊されるも禪院の顔には強い意思を宿した瞳が煌々と輝く。
(白面を倒す為に…私の命は捨てられない
だがな、それ以外は──全部くれてやる)
「玉犬【渾】!」
破壊された番の力を一身に引き継ぎ生まれる、漆黒の大狼は雄々しい雄叫びと共に駆ける。
「木偶が
その肉を噛み砕かんと広げられた玉犬の大顎は、事も無げに斗和子に掴まれると果物でももぎ取るように引き裂かれる。
影に還るように消滅する玉犬…そのすぐ後ろには、呪具を構える禪院が迫っていた。
「シッ!」
式神を囮にした術者の奇襲。
式神遣いのセオリーを無視したこの一撃は、知能の高い斗和子だからこそ…この上なく有効的であった。
─────その一撃が、効くかは別として。
「無様ねぇ…でも、嫌いじゃないわよ好きと言ってもいいかしら
必死に足掻く人間に無慈悲な現実を見せるのは」
斗和子の首目掛けて振り抜かれた剣の呪具は、
「……クソッ!」
まるで羽虫でも払うように、軽く腕を振られただけで禪院の身体がぐしゃぐしゃに吹き飛ぶ。
咄嗟に手指が潰れぬようにと身を丸めなければ、式神すら呼べなくなり本当に詰んでいただろう。
「ゴボッ…ぐ、円鹿…」
血の塊を吐き出しながら、鹿の式神を呼び出して反転術式により自身を治癒させる。
「誰が治して良いなんて言ったかしら?」
ひうん、と飛んできた小石に円鹿の頭が砕かれ消滅する。
(ここまでは…計画通り、問題はここからだな)
「十種影法術には、いくつかのルールがある…」
血反吐を吐きながら、それでも禪院は構えをとかない。
「破壊された式神は二度と使用できなくなるが…その力が無くなる訳じゃない
引き継がれるのさ…他の式神にな」
さして驚いたふうでもない斗和子の姿に、禪院は自身の
「来い、嵌合獣【顎吐】!」
大蛇、円鹿を継承した鵺は異形の御姿でもって斗和子に対峙する。
円鹿の再生能力、鵺の電撃と飛行能力、そして大蛇の
「素敵なことねぇ、
顎吐の横腹が、瞬時に爆ぜる…斗和子が軽く一撫でしただけで大穴を空けて体勢を崩す。
興味を失ったように視線を顎吐から禪院へ移す斗和子、その痩身を彼女の胴回りよりも太い腕が抱き締めるように拘束する。
「この…っ!醜い
この戦いとも言えぬ蹂躙が始まって初めて、斗和子の顔が歪む。
不愉快さを隠そうともせずに顎吐の腕を裂き、尚も再生し向かってくるその全身を炎を吐き焼き尽くす。
たった5秒…顎吐ですらそれだけしか稼げずに消滅する。
その声は、まるで無人の野に響くが如く斗和子の鼓膜を揺らした。
視線が、移る。
死にかけで、ボロボロの禪院から……此方を睨みつける五条へと。
「一つ、いい事を教えてやろう
呪術師は────嘘ついてなんぼでね」
五条の持つ呪力や術式を見通す魔眼【六眼】でも斗和子の持つ妖力は見通せない。
故に、あらゆる攻撃の反射や炎を吐く攻撃の予備動作すら二人には察知出来なかった。
しかし、それは斗和子も同じ事。
呪術師が妖力を感知出来ないように───
「表裏の
最後の呪詞が紡がれ、五条の呪力が爆発的に膨れ上がる…同じ呪術師ならばその『起こり』を察知する事でまず起こらないであろうミス。
五条の奥の手は、僅か二十秒で準備を終え斗和子を滅殺せんと放たれた。
「虚式【茈】」
虚式【茈】、無下限呪術における奥の手…順転と反転、無限の収束と無限の発散という相反する2つを掛け合わせることで生まれる仮想の質量を押し出す。
(避け切れる…!)
斗和子は、眼前まで迫っている茈を前にして…それでもまだ余裕を崩してはいなかった。
音をも超える速さで駆ける主には及ばぬが、斗和子とてまた並の
この程度の速さならば問題なく避けるだろう───避けた先に村さえなければ。
(何を…迷っているの、
人間なんてどうでもいいじゃない、あんな奴らが死んだぐらいどうだって……どう、だって…)
最初、この世界に降り立った時…私の主は酷く弱っていた。
触れば崩れそうな程に脆く、儚かったのだ。
すぐに調べた、無礼は承知で主の身体と自分の身体を調べ抜き…わかったのだ。
主、白面の御方は負の感情を喰わねば人間と大差のない脆弱な肉体と能力しか行使出来ない…と。
すぐ、前と同じく人間共に恐怖をばら撒いて下さるよう
だが、それではいつ何時その
恐怖では駄目ならば……私は、腸が煮える思いで代替策を進める事にした。
性欲だ、脳ミソの足りぬ猿共に御身を見せるなど赦されざる事だが…これでも負の感情を集める事は叶う。
そしてそのうち、主は人間の信仰を集めるようになりようやく心配が一つ無くなった。
しかし、主はいつも寂し気に人間共が建てた広い社で座るのだ。
朝は日が昇らぬうちから外へ出て、夜には日がどっぷりと沈み辺りが見渡せぬ程の暗闇にならねば帰らない。
夜、主はたった一人で寂し気に…広い社で座りこける。
此処に、私が居ます。
貴方様の忠実なる
私は、貴方様の『特別な何か』になりたかった。
父でも、母でも、姉でも、兄でも、妹でも、弟でも、恋人でも、番でも、なんでも良かったのです。
貴方様の心を慰める何かに…私はなりたかった。
何時だったか、主は私に尋ねられましたね。
『斗和子よ…貴様、一体誰の味方だ……』
そんな事、決まっておりましょう。
私は、貴方様の……貴方様だけの。
斗和子は、白面の御方だけの味方。
それだけは、幾星霜の時が経とうと決して変わりません。
嗚呼……我が愛しき、主……
『斗和子…留守を任せたぞ』
「こんなものぉぉぉおおお!!!」
真正面から、茈をその細腕で受け止める。
大地がひび割れ、噛み締める歯が砕け口元から血が流れる。
「こ…ここっ…こんな、ものぉ…おお!!」
「お前は…賢いよ、認めるさ」
茈を受け止める斗和子に禪院は五条の肩を借り、荒い息を整えながら話す。
「だからこそ、お前の行動に無意味な事は無い筈だ
ずっと考えていた…何故攻撃を反射できるお前がわざわざ攻撃を避けるのかとな」
茈は、徐々に斗和子の身体に沈み込むように呑まれていく。
斗和子の身体に水面に石を投げ込んだような波紋が広がる。
「最初は、プライドかと考えた…圧倒的強者の矜持として弱者の攻撃など受けてたまるかという意地がそうさせるのかと
だが、ならば最初に攻撃を受けた意味が通らない」
「こっ……こんな………」
噛み締める歯が全て砕け、血を吐くように流しながら…それでも斗和子が逃げる事はない。
「ならば、回数に限りがあるか?
それも違うだろう…もし限りがあるのなら奥の手として隠すべきだ
ならば───攻撃は無意味と思わせたかったとしたら?」
大地を削りながら、それでも斗和子は放たれた茈全てを体内に収めた。
彼女の身体に浮かぶ波紋が…揺れる。
「五条家当主の情報は、調べようと思えばいくらでも調べられたろう…
もう一度言う、私はお前を賢い者として認めている
そう…自分達の脅威になり得る者を調べる程度の事は当然のようにしているだろうさ」
ピシリ、とガラスコップのようにひびが入る。
そのひびは、徐々に大きく…斗和子の身体を這うように広がっていく。
「お前の反射は、緩んだ布だ
その緩みで攻撃を受け止め、ピンと張る事で跳ね返す」
「け、えぇぇぇ……!」
ひびが、広がる。
斗和子の首の、ほんの少し下まで。
「ならば、破る方法は二つ
一つは、細く…雨垂が如く鋭い一撃で布ごと引き裂くこと
そしてもう一つは───布の緩みでは包めぬ程の推力を持った攻撃だ
無限の推力、私と戦っている時もお前はずうっと五条を警戒していただろう」
「あ、あぁ……白、面さ…ま……申しわ、け……」
カシャアン、と斗和子の身体は内側から砕け散った。
まるで、繊細なガラス細工だったかのように。
「……禪院」
「言うな、わかっている」
「でもよ…禪院!」
二人は、砕け散った斗和子を見て立ち尽くしていた。
五条は禪院に食いかかるように叫ぶ。
「俺達…俺達負けてんだぜ!?
笑わせんぜ…人喰いのバケモノ退治に来て、人喰いのバケモノが人間護って避けやしねぇって思いながら村に虚式ぶっ放してんだぞ!!」
「……わかってる…わかってるさ」
「俺達……何しに来てんだよ……!!」
五条の絶叫に、禪院は唇を血が
「えーっと……大丈夫ですか?旅の人、ですよね?」
そんな声に気付いたか、二人の前に女が一人駆け寄っていた。
「君は……この村の人間か?」
「え…?は、はいそうですけど…きゃっ!ひ、ひどい怪我…すぐに人を呼んで来ます!!」
駆け出そうとした女の腕を、禪院は握り締めて引き止めた。
「この村は……この村はな、滅びなければならない」
「な、何を言って…離して下さい!…貴方!連れの貴方も腕を離すように言って下さい!!」
女の声に、五条は禪院を見る。
苦しそうに、悲しそうに。
「禪院……」
「五条、お前は此処で降りろ
地獄へは…私が白面と連れ立ってやるさ」
「白面……?あ、貴方…神様に用が…」
「神?神様だと……?
くっくっく……はっはっは!!あんなバケモノが、神であるものかよ…」
「な…!いくら怪我人でも、神様を悪く言うなら…っ!?」
女…イトは見た。
禪院の目に宿る暗い憎悪の炎を。
流れる憤怒と血の涙を。
「白面はなァ…!お前らが神様と仰ぐあのバケモノは!277人の呪術師と四つの町!!少なくとも二千人以上を殺した大厄災よ!!
見ろ!!あのバケモノの遣いを!!お前らが神の御遣いだとほざく女の正体を!!!」
イトの頭を掴み、禪院は無理矢理にその顔を砕け散った斗和子の身体に向けさせる。
「うぅっ!?な、なんて酷い事を…!」
「酷い…?酷いだと!?
見ろ!ヤツはまだ死んじゃいない!!身体が砕け散り、頭だけとなっても生きながらえている!!
こんなものが…こんなものが神の御遣いだと?笑わせるな!!」
叫ぶ禪院の身体から血が噴き出すも、そんなことに構わず叫び続ける。
「白面は
町を滅ぼすだけに飽き足らず、お前達のような行き場のない人間を集め自分を神だと信仰させた…わかるか!?ヤツは負の感情を糧に無限に強大に、手が付けられないようになる!!
白面は、今が一番弱いのだ!!今!今ヤツを滅ぼさなければ…ゴボッ!!」
「ひ、ひいぃぃぃ!!?」
「禪院!!」
イトの顔に、生温い血の雨が降る。
禪院は息も絶え絶えに、それでも吠える。
「お前、達は…死ななければならない…っ!!
もはや、お前達から
だから…だから!!お前達は、私が……私が殺すのだ!!」
ギリギリと、イトの首に禪院の手がかかる。
鬼のような形相で、親とはぐれ泣きそうな子供のような顔で。
「あ、ぐ…ぇ……!」
「私が……!私がぁ…!!」
バシュン、と軽い音が響くと禪院の腕にかかる重みが一気に軽くなった。
「五条…?」
「……言ったろ、地獄へは俺も一緒に行ってやらぁ」
イトの身体は、胸から下が五条の術式によりすり潰されていた。
どちゃり、と彼女の上半身を血溜まりに手放すと二人は血に塗れたままに村へ入る。
阿鼻叫喚の中…二人はもう、何も言わずに村人達を殺しまわった。
「……終わったな」
「……ああ」
数分後、赤い川のように成り果てた村の広場で二人は立ち尽くす。
白面征伐、人類を救う偉業を成そうとする人間とは思えぬ程に憔悴し疲れ切った顔の二人は村人の遺体を集めていた。
「埋めてやるぐらいは、いいだろ?」
「……ああ」
吐き気をこらえるように、歯を噛み締めながら遺体を穴へ放り込んでいく。
そして、最後に最初の女の遺体を集めようと二人で村の外へ出た時だった。
「もうし、わけ……」
「…まだ生きてんのかよ、コイツ」
ぶつぶつと呟く斗和子の生首に五条は眉をひそめる。
「気を付けろよ、完全に死ぬまでは何をしてくるかわからんぞ」
「わかってるっての」
五条は言いながら、上半身だけになった女の腕を持つ。
「ありま、せん……」
「ったく、誰に謝ってんだか」
「よい、もう喋るな斗和子」
瞬間、二人の全身が総毛立った。
(動……けねぇ…っ!?六眼で視るまでもねぇ…!これが──白面の者!!)
瞬きはおろか、不随意である心臓の鼓動すらも止まったかと思う程の圧。
まるで、煮詰めた砂糖のようにどろりと粘つき…心の弱き者ならば近付くだけで死に至るだろうと思える程の圧倒的死の気配。
「はく、めん…さ…ま……」
「よい、斗和子……お前の全てを赦そう」
斗和子の生首を拾い上げ、そっと頬を撫でる。
「ありがた…き……」
斗和子は、白面の腕の中で…粉々に砕け散った。
「……………我は、また失敗した」
禪院と五条には、いまだにその背中しか見えない。
九本の尾が
「わかっていた筈であろう
人間は自分と違うモノを恐れるなどという事は
わかっていた筈なのだ
人間が理解できぬモノを遠ざけようとする事は」
「はく…!白めぇぇぇぇん!!!」
動けぬ五条を尻目に、禪院の咆哮が響く。
手印を結び、呪詞を紡ぐ。
呼び出すは、史上最強の式神…十種影法術のみでは決して調伏出来ぬソレを十種影法術のみで調伏しなければならぬという縛りと一度破壊されれば術式自体を破棄するという縛り…二つの重い縛りによりその存在を赦された退魔の真髄たる式神。
名を───八握剣異戒神将魔虚羅。
「死ねぇぇい!バケモノがぁ!!」
未調伏の魔虚羅は、自身に最も近い者…白面の者へと無差別に襲い掛かった。
バチン、と白面が尾の一つを振るうと禪院の顔に液体が飛んできた。
ぐちゅりと汚らしい水音を立てて、魔虚羅は白面の尾の下で濁った水溜りへと変じていた。
「あ……ぁ…」
「機会は幾らでもあった……
しかし、我は…浮かれていたのであろう
年頃の娘のように、浮かれていた」
ぺたり、と禪院が力無く座り込む。
その股からは生暖かい液体が染み出していた。
「失敗しても赦されるとでも思うていたのであろ?
そんな事はありもしないというのにな」
白面が尾をもう一度振るうと、汚らしい液体が飛び散り元通りになる。
たった、尾を2回振るっただけで。
「我の落ち度よ…我が愚かだった
………だが、面白くなし」
その声に、五条は嘔吐していた。
ただ、身体が悲鳴をあげるままに胃の中身を吐き出していた。
ゆっくりと、白面が二人へ振り向く。
「こんな玩具で、この白面の者を殺せるとでも思うたかよ」
それはまるで、日本人形と西洋のビスクドールを掛け合わせたかのような美の極致。
目が灼ける程に白い肌と日光を反射して輝く白銀の髪。
そして、全てを恨めしそうに
「面白くなし、人間共」
端正なその顔を、憤怒に歪め白面は二人を睨め上げる。
「知らぬと言うならば、今一度思い知らせてやろうぞ」
名が欲しいと、
「我は白面!!その名のもとに──」
蠢く九つの尾が、まるで後光の如くその身を照らしていた。
魔虚羅でさえ────!!