特級呪霊【白面の者】 9/25に非公開予定 作:悲しいなぁ@silvie
「ふぅ…」
心地良い疲労感に包まれながら、白面は手に持っていた
(我がこの村に来て、もう十年か…人の暦は本当に早いものだ)
思い返せば本当に色々あった。
土地を肥やし畑をひらき、ダムや生簀といった概念を齎し、病をウイルスという極々小さな生き物の仕業であると教え衛生観念を教え込み、薬草の種類と煎じて薬を作る方法を広め……
本当に、天でふんぞり返っては何もせぬ神とやらよりも余程神らしい働きをしてきたように思う。
その甲斐あってか────
「白面様!畑の世話など私達が致します故、どうかお
「白面様!!見て下さい!下賜された薬のお陰で病弱だった娘もすっかり顔色が良く!」
「白面様!!!うちの家内がもう直に産気付くんですが…宜しければ名を付けて頂きたいんです!!」
少し其処らを歩くだけでうるさい程に村人が話し掛けてくる。
皆、会った頃のような垢の浮いた身体でも痩せ細った腕でもない。
健康的な肉付きに、灰と獣脂で作った石鹸で清潔を保たれた肌には艶とハリが見て取れる。
斗和子に作らせたログハウス風の住居も彼女が初めて村を訪れた頃よりずっと多く立ち並んでいた。
山の肥えた土と落ち葉やミミズといった小さな虫達を斗和子に何度も運ばせた甲斐あって、土地も見違える程に豊かとなり…秋には一面に作物がなるようになった。
飢えも病も風雨に対する恐れもないこの村はいつしか【奇跡の村】等と呼ばれ多くの人間が移り住むようになった。
(うむ、良いことではある……ではあるが………)
「なにやらお悩みですかな、白面様」
年若い男達に鍬を奪い取られ、あれよあれよと椅子に座らされた白面が眉間を抑えていると村長である老人が話し掛けてくる。
「悩み……か……そうだな、確かに我は悩んでいる」
「ならば……この老骨にお教えください
太陽の御遣いである白面様のお悩みを解決出来よう等とは申せませんが…人に告げる事で少しばかりでも気が紛れるやもしれませぬ」
そう優しく微笑む村長に、白面は馬鹿でかい溜め息をつく。
(………いや、皆が我を白面と言うから今更名付けてくれ等と言い出し難いというだけなのだが……
むしろ名付けてくれると言うならば、お前にもすぐに解決出来ようぞ)
眉間にシワを寄せながら白面は村長の頭を撫でる。
まるで、幼子にするような……と言うか、白面からすれば百年も生きていないような人間達は全員が幼子同然なのだが……とにかく幼子にするようにその豊満な胸元へ抱き抱えるように頭を埋めて撫でる。
「よい、だがお前のその言葉と気遣いだけは貰っておこう」
「………白面様、出来ればあまり若い衆にはこのような事は控えて頂ければ幸いです」
私もあと二十年若ければ危うかった…と神妙に呟く村長に白面は首を傾げながらその場をあとにした。
「というか、なぜ我が名付けをする側になるのだ…我とてまだ名付けて貰っておらぬというのに」
そうぶつくさ言いながらも、誰が見てもわかる程嬉しそうに白面は身支度を整えていた。
「神様ー!!」
長く真っ白な外套に身を包み、さぁ出発だという時に年頃の娘が彼女の胸へ飛び込んで来た。
「む…イトか」
白面の顔が優しい、母が子に向けるようなソレへと変わると飛び込んで来た娘を慈しむように抱き上げ頬擦りする。
「えへへ…恥ずかしいよ神様!!」
口ではそう言いながらも、娘はによによと笑いながら白面を抱き締める。
そう、この娘こそが十年前に彼女をこの村へ案内した少女である。
「神様!これからお出掛けですか?」
「ああ、弥助の所に
先程の村人の顔を思い返しながら、白面は正に女神然とした慈愛の表情と共にそう言う。
「わぁ…!もう産まれるんですか!!」
「だろうな、もう何時産まれてもおかしくはあるまい
産後に肉は堪えよう、魚や山菜でも摘んでくる」
「素敵……!そうだ、子供!!神様!弥助さんの子供にも
娘はそう言って彼女の豊満な胸が潰れる程強く抱き着く。
「はぁ…わかっておるわ、それも考えておく」
「えへへ!やったぁ!!!」
娘、イトの名は白面が名付けた。
……と言うよりは、名付けてくれと喚く少女に白面が根負けしたと言う方が正しいが。
しかし、白面はとかく悩んだ…自身がして貰った事のない名付けを先んじて自身がするのだ、それは大層に悩んだ。
そして、人間達が絆や
その時の少女の喜びようといったら…それはそれは大層なもので、彼女もなんとなく───我が事のように嬉しく思った。
「斗和子」
「お呼びですか、白面様」
イトと別れてから少し、村を囲うように作られた獣避けの木柵の前で呟くと何処からともなく黒尽くめの女が現れた。
「我はこれより
「承知しました、この斗和子…命に代えても神命を果たして見せましょう」
「……………うむ」
この十年、白面の中で斗和子の株はストップ安であった。
そもそも最初に白面とか言い出すし、事ある事に人間を殺そうとするし………いやまぁ、それは白面自身もそうだったので人の事は言えないのだが。
しかしそれにしても、斗和子はなんかおかしい気がする。
事ある事に『せぇらぁ服』だの『ぶるまぁ』だの『すくみず』だの横文字の服を着せようとしてくるし、『がぁたぁべると』がどうだの『あるびの美少女』だのよくわからない事を喚き、果ては「一度だけで良いのでお姉ちゃんと呼んで下さい」だのほざく始末。
正直、黒炎や婢妖かクラギやシュムナがもう少しマトモな見た目さえしていればすぐにでも尾に仕舞っておきたいぐらいである。
だが、残念な事に斗和子以外に人型の遣いは居らず…斗和子自身も気持ち悪い事に目を瞑れば十二分に優秀なのも腹立たしい。
「はぁ………行ってくる」
「お気をつけて」
白面は本日二度目の馬鹿でかい溜め息をつくと村をあとにした。
ご機嫌よう、愚かで醜い
私の名は斗和子、畏れ多くも
……あやかしと言うと同僚の顔がちらつくけれど、総称としての妖だものおかしな事は言ってないわよね?
さ、
私は、確かに獣の槍の伝承者である蒼月潮とその金魚の糞である妖に敗れて消滅した筈だった。
そも、妖怪というのは一度消滅しようとも長い年月を経てこの世に生まれ直す事もあるけれど…私の場合は違った。
白面の御方に喚び出された後、夜な夜な人間の国を巡って情報をかき集めたけれど…今は1036年、天皇が即位しただのと人間共が騒いでいたから間違いないわ。
タイムスリップ、なんて言うと三流物書きすら嘲笑しようものだけれど…それ以外に言いようが無いのもまた事実。
………いえ、それも違うわね。
この世界には【呪力】と呼ばれる力がある。
私の知る法力とも西洋のソレとも全く違う技術体系…しかも、この世界には妖怪が居らずその呪力を持った呪霊とやらが居るらしい。
まぁ、そちらは気にしなくとも問題ないわね…試しに海に居た蛸みたいなヤツをバラバラに引き裂いてやったけど、てんで話にならない
海への恐れから生まれた呪霊と聞いたからあやかしみたいなのを想像した分、余計に弱く感じたのかしらね。
海や大地、それに人間そのものへの恐怖が大きなところかしら?
後は…闇や支配だとかの概念への恐怖も呪霊になるとしたら強そうね。
まぁ、それでも私や白面の御方の敵ではないでしょうけれど。
───でも、人間は違う。
呪力を使い、【術式】とやらを使うのは人間も呪霊も同じだけど…人間には『反転術式』とやらが使えるらしい。
白面の御方に呪いの力である呪力は効かない…けれど、その呪力を掛け合わせた反転術式とやらは効く───かもしれない。
あくまでかもしれない、露程の懸念…でも、かの御方の眷属として主へ害があるかもしれないものは徹底的に排除すべきよねぇ。
そう、だから────私が此処で戦うのは、決して人間達なんかの為では無いわ。
全てはかの御方の御心のままに、私はただ神命に従うのみ。
白面の御方が白だと言えば、
白面の御方が任せたと仰るならば────
──────身命を賭して、人間如きを助けましょう。
「なぁ禪院、マジにやんの?
もう御三家も総監部も潰れたってのに、やる意味無くね?」
白髪に蒼い瞳が特徴的な偉丈夫はそう言うと面倒臭そうに伸びをする。
「五条、もう何度も言った筈だ…私達呪術師は護国の為──ひいては非術師を護る為に在る
意味ならあるとも、大義ですらあろう…かの白面の者の征伐と相成れば、平安の世に安寧と平穏が戻ろうぞ」
黒い長髪を後ろで
「………白面を
一人でも白面にビビってるヤツが居る限り、絶対に祓えないって」
ずりずりと引き摺られながらも、白髪の男は唇を尖らせていじけたように言う。
「正確には負の感情を向けている者が居る限り、だ
おそらくは負の感情に由来する呪力もまた無意味だろうな」
「じゃあダメじゃん、帰ろうぜ禪院」
「だが、負の力ではなく正の力である反転術式ならば…話は別だ」
「……でも、禪院は反転使えねぇじゃん
ぐぐっ、と女の手にかかる重みが増していく。
「問題無い…奥の手、十番目の式神を使う」
女の言葉に、男はゆっくりと立ち上がると女の前に立ち塞がるように手を広げる。
「だからさ、意味ねぇって言ってんだよ…
身も知らねぇヤツの為に命懸けるなんて馬鹿じゃねぇの?」
「………退け、五条」
「負の感情が向いてたら祓えねぇんだろ?
なら───信仰だって、神さまになんとかして貰おうっつー負の感情だろうが!
見りゃわかんだろ禪院!!あの村の人間、全員殺しでもしなきゃ意味ねぇんだよ!!!」
吠える男に、女はあくまでも冷たく…機械のように返す。
「ならば全員殺す、そして白面を祓えば良い」
男は顔をくしゃくしゃに歪め、地団駄でも踏むように感情をあらわにする。
「それが意味ねぇっつってんだよ!!
人間ブッ殺して人助けとか頭湧いてんのか!?」
「……だが、このまま白面を見逃せばより多くの人間が死に絶えるだろう」
「だったら少数は切り捨てて良いってか!?
人の生き死にで算術でもしてんのか!!何様なんだよ、お前は!!」
喚く男の頬をピシャリと叩く。
しかし、女の手は男の頬の薄皮一枚手前で何かに阻まれたように停止する。
「わかり切った事を聞くな五条───私達は【呪術師】だ
英雄でも、救世主でもない…無力な私達は何かを捨てねば何かを得る事すら出来ん
ならば…捨てねばならんものに何時までも
「…………そういうのは、もっと冷たいヤツが言うモンだろ…
泣きそうになりながら言ってんじゃねぇよ……!」
背を向けた女の肩が、僅かに震えている事を…男は誰よりも知っていた。
「もし、そこの人」
鈴を転がしたような、そんな声に二人は一瞬で構える。
いくつもの修羅場をくぐり抜けて来た二人の全身の細胞が、気を抜けば死ぬと叫ぶ。
「五条、コイツか?」
「ああ…
間違いなく白面かその遣いだろうな」
全身の毛穴が開き、汗腺がバカになったように汗が噴き出す。
呪力だの、術式だのではない───獅子を前にしたシマウマが死を覚悟するように、圧倒的な生物としての格の差を思い知り二人は構える。
「私達の村に何か御用でしょうか?」
だが───カタチをもった死を前にしても、二人は変わらない。
「お前バカか?用もねぇのにこんなトコまで来るワケねぇだろ間抜け!」
「白面の一味だな、禪院家当主として───貴様等を祓う」
二人の言葉に、女はギィと引き裂けたように嗤う。
「そう、なら残念だけど──死ぬしかないわねぇ」
おどろおどろしい空気と共に、女の背後から一本の白い尾があらわれる。
汚れ一つ無い純白、しかし…二人には死人のような白さに見えた。
「お前と地獄へ道連れか…色気ねぇな」
「減らず口を叩く暇があるなら手を動かせ、行くぞ!」
かくして、白面の知らぬまま…物語は一つの転換点を迎えようとしていた。