特級呪霊【白面の者】 9/25に非公開予定 作:悲しいなぁ@silvie
彼あるいは彼女がその事に気付いたのは、感情のままに暴れ周り向かって来た
「………なんだ?身体が重く……」
周囲の恐怖や負の感情を喰らい、際限なく強くなり続けていた自身の力が浴槽の栓を抜いたようにゆっくりと抜けていくのを感じた。
日数にして一週間程か、それだけの間暴れ回り続けたせいで周囲の村落が壊滅し彼女を恐れ討伐せんと集まった術師が全滅した事により白面をバケモノたらしめる負の感情を向ける者が居なくなったのが原因である。
「身体が……元に…」
数刻後、彼女は尾も妖力もすっかりと無くなった我が身を見ながら現状について朧げながらに理解する。
「恐怖や負の感情が我の力となるのは元より変わっておらぬ
だがこれは……妖力を使い切れば、戻る……のか…?」
尾を出そうとしても、妖力を使おうとしてもなんの変化も無い現状に彼女はそう結論づける。
「……………ならば、今この時より負の感情を差し向けられさえしなければ…我は人間のままという訳だ」
確認するべき事は山積みだが、彼女は一旦の指針を決める。
かつて、最強最悪の大妖として全ての人間から恐怖を集めた彼女が…皮肉にも恐れられぬようにと思考を巡らせる。
その事に、ほんの少しだけ頬を緩めると踵を返し歩き出……そうとして、固まった。
「……おっきな尻尾が…無くなっちゃった……」
彼女の背後、年端もいかぬ幼子が驚いたように見上げていた。
キュッと眉間にシワが寄り、幾度となく人間や妖を出し抜いてきた聡明なる頭脳が回転する。
人間の子供? なぜこんな所に??
尾を見られた どうする?
消してしまうべきか? 女だな……
どうやって消そうか… 声を上げられては面倒だ
僅かコンマ数秒…眼の前の少女をどうするかから、どう始末するかに思考を切り替えた彼女は手を握ったり開いたりして確認する。
(口を抑え、抱えるようにしてそのまま頸を圧し折る
恐怖を我に向ける間もなく消す、見られたのはこの
「もしかして────神様ですか!?」
「…………なに?」
少女を目にしてから、僅かコンマ5秒…その触れるだけで折れそうなか細い頸へ手を伸ばそうとした彼女に少女は抱き着きながら興奮したようにまくしたてる。
「お母さんが言ってました!神様は仏様って偉い人で、皆を助けてくれる凄い人なんだって…!
貴方がその神様なんですよね!!」
(神……?言う事に欠いてこの我を神だと?何を寝惚けた事を……)
若干面を食らいながらも抱き着いて来た少女の頸に手を掛ける。
(くだらぬ、この世に
居るならば、我がこの世に産まれよう筈もなし)
冷酷に、冷淡に、何処か諦めたように…頸に掛けた手に力を───
「私の村を───私達を助けて下さい!神様!!」
「……村?…今、村と言ったか小娘!!」
込める直前、少女の言葉にバネ仕掛けのように飛び付くと肩を掴みがくんがくんと揺さぶる。
「何処だ!!人間…人間は何処に居る!!お前の村は何処に在るのだ!!!」
「あ、あう、あうう、あ、あんな、あんないしま、うう!」
目を回しながらも少女は必死に彼女の手を握り締めてそう答えた。
「おぉ…!おぉ、おお!!!に、人間だ…!!人間の村!!!
素晴らしい!!人間が山のよう……に………??
…………????なんだ…?人間が…少ないぞ……??」
テンションがブチ上がった結果、少女を肩車で担ぎながら村までの道案内を受けた白面はあばら家を見ると少女を下ろして駆け出した。
そして、村の広場で周囲を見渡して…ほんの少しだけ冷静さを取り戻す。
周囲を見渡せば、痩せこけヒビ割れた荒れ地に申し訳程度に耕された畑。
井戸を覗けば、酷く濁って虫が湧いた水が僅かばかりに底に溜まっている。
白面は少しばかり浮かれ過ぎたかと、溜め息と共に眉間を抑える。
(此処は…我の知る日本よりかなり昔のようだな
先の阿呆共とこの稚児の服装に立ち並ぶあばら家、それに周囲にビルの一つも無いとくればわかるだろうに…
いや、昔と決まった訳では無い…か?
例えば我の復活によりこの島国は沈む筈であった…言語が日本語だった故に気付かなかっただけで、日本ではないのか?
大陸に移り住み、技術の後退が起きたとすれば……)
ぶつぶつと呟きながら状況を整理していく。
だが、一つだけ確かな事がある…それは───
「先ずは井戸だな」
作物が実りそうにない土地の地質改善、
喰わずとも一週間は生きようが…飲まずでは三日ももつまい。
白面はずうっと人を見てきた。
飽きる程に、狂う程にだ。
だからこそ、人間に関しては人間よりもずうっと詳しい。
(とりあえず水質調査だな…火葬はしていないだろうが、土葬にしても井戸から離しているかは微妙なところか
まぁ良い、我が直接飲んで確かめれば済む)
ひょい、と井戸の底に飛び降りると底に溜まった水とも汚泥ともつかぬソレを些少の躊躇いもなく口に含む。
(………チッ、腐肉の味がするな
ならばこの村は間接的ではあるが
白面の言う病とは、狂牛病等に代表される──ヤコブ病である。
今現在の医療ですら治療方法が確立されていないその病は同種族での共喰いにより飛躍的に発症率が上がる事で知られる。
(井戸は、封鎖する他無いな…恐らくは地下水自体が汚染しているだろう
暫くは雨水を集めて煮沸でもするか…足りぬ分はここよりも高い場所にある川へ黒炎にでも遣い走りをさせれば良い)
白面は井戸の内壁をよじ登りながら解決策を考える。
(問題は…今の我では黒炎の尾すら出せぬ事と、出せたとて黒炎を見られれば厄介なところか…
あの阿呆共は視えていたようだしな、ここの村人にも視える者が居てもおかしくはあるまい)
井戸の縁に手を掛け、ぐいっと身を乗り出すと…其処には
(………しまった、また…浮かれ過ぎた)
白面は黙ってただ歯を噛み締めた。
ただでさえ枯渇寸前の井戸に、見知らぬ女が一人入っていて…何も思わない筈がない。
一言ことわっておけば済んだものを…また、間違え──
「おぉ…なんとお美しい!」
「正に天の御遣いだ!」
「お上も見捨てた儂らを、天だけは見捨てとらんかった!」
「………んん??」
どうも、違うらしい。
白面は眉間にシワを寄せながら、ゆっくりと井戸から這い出る。
すると、一番小さく皺くちゃな老人が歩み寄ってくる。
「私はこの村の纏め役をしている者です、貴方様は…一体なんとお呼びすれぱ良いのでしょう?」
「……名は、無い……お前が名付けてくれても良いのだが?」
「そんな、滅相も御座いません!!」
「…………そうか」
村人達の反応を見るに、かなり好意的に捉えられていると見た白面は今現在の最大目標をとりあえずぶっこんでみたが見事に玉砕した。
誰にもわからぬだろうが、実はかなりショックを受けている。
「ならば呼び名は好きにするが良い
それよりも
今より我が良しと言った水以外は口にしてはならぬ」
ともかく、此方を信用してくれるとわかったのならば話は早い。
白面は嘘八百を並べながら井戸を封鎖するよう老人へ指示する。
「な、なるほど…しかしこの村には47人も暮らしております
井戸も無しでは……」
「大丈夫だよおじいちゃん!神様はすごいんだから!
背中からこーんなおっきい尻尾を出して!もーっとおっきい岩だって持ち上げてたんだよ!?」
白面を村まで案内した少女は身振り手振りを加えながら声を上げる。
「おお、それはそれは…!」
「う、うむ……まぁ、そう……だな………」
確かに尾が使えるならばこんな小さな村の水事情を解決するなど造作も無い…使えるならば。
白面は歯切れの悪い返事を返しながら考える。
(いざとなれば野山にでも分け入って獣から恐れを喰らう…か?
しかし、果たしてそれでうまく行くのか……)
眉間のシワを一層深くしながら考えていると…しゅるりと三本だけ尾が生えてきた。
「…………????なぜ尾が……」
「おお!なんと神々しい…!!」
白面の悩まし気な表情に女日照りの男達が劣情を催した結果、であるが…当然白面にそんな事がわかろう筈もない。
(……まぁ、なんでも良い…今はとにかく手駒が欲しい
婢妖か黒炎でも……いや、待て…)
とりあえずいつものとでも言うように遣い走りを出そうとした白面は重大な事に思い至る。
(婢妖も黒炎も……神の遣いと言い張るには醜悪過ぎるのではないか?)
そう、普段ならいざ知らず…神の御遣いとして認知されている今自分の尾から婢妖や黒炎を生み出すのは些かよろしく無いだろう。
(いや…だからと言って他に出せるのは……)
三本しか尾はない、そんな都合よく神の御遣いが尾から出しても問題ないような妖が居るわけが…
「来い【斗和子】」
居た。
白面の尾から黒尽くめの女が這い出る。
烏の濡羽の如く美しい長髪と
「これはこれは、白面の
黒尽くめの女は主へ恭しく礼を捧げると、地に片膝をつき忠誠の姿勢をとる。
「美しい、神の御遣いだ…」
「人ならざる美貌と言う訳か」
人間離れした美しさと心が浮き立つような不安感を煽る雰囲気に村人達はざわめくが、それがより一層に白面を神と信じ込ませる。
「斗和子よ、急ぎこの村より高い場所を流れる川や湖を見つけ出し水を汲んで来い
出来るだけ澄んだ水が良いが…魚や虫すらも居らぬ川や湖は避けよ」
「拝命いたしました、この命に代えても必ずや成し遂げてみせましょう」
白面は斗和子の大仰な仕草と言葉回しに若干目を細めながら顎をしゃくって早く行くように指示する。
「白面の御方…それが貴方様のお名前でしょうか?」
村長の問い掛けに白面は心底嫌そうにぎゅっと眉間にシワを寄せる。
「そんな訳が──」
「ふっ…そんな事も知らないとは、人間は本当に無知で愚かで……可愛いこと」
「……………斗和子?」
彼女は見た、颯爽と自身の前に立ち村人達へ誇らしげに胸を張る己の遣いを。
「こちらにおわす御方をどなたと心得る!
人間共よ──遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ!
この御方こそが畏れ多くも至高の大妖、白面の御方にあらせられるぞ!」
「ばっ───!!?」
慌てて斗和子の口を塞ぎ、ついでにヘッドロックを掛けるも…村人達は顔を見合わせて震えていた。
(しまった……!我が妖だと…バレ──)
「たい…よう……」
「至高のたいようだって…今…」
「素晴らしい!太陽の神!恵みの御遣い様だ!!」
「…………まぁ、我に都合がいい分には良いのだが……」
どこか釈然としないが、バレてないので良しとする。
「太陽の神【白面様】万歳!!」
「………ん?」
「バンザイ!白面様バンザイ!!」
「……あっ…!おい、待て!」
「そうよ人間共、声の限り讃えなさい!!
古今独歩にして秀外恵中たる我が主!白面の御方を!!」
「ち、違う!我が名は…我が名は白面では」
「バンザイ!!白面様バンザァァァイ」
「あ、あぁぁ……」
ぺたりと白面はその場に座り込む。
人間を扇動し、ドヤ顔で此方を見る斗和子と熱狂的に白面を連呼する村人達。
(せ、せっかく……せっかくに誰も我を知らぬというのに…
また我は【白面】に………)
その美しい双眸からはらりはらりと涙をこぼしながら、彼女は牙を剥くように歯を食いしばり一点を睨み続けた。
(斗和子めぇぇ……!!!)
彼女が名前で呼ばれるのは、もう少し先の話である。