特級呪霊【白面の者】  9/25に非公開予定   作:悲しいなぁ@silvie

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殺生石伝説ありき

────誰か…

 

────名付けよ、我が名を…

 

────断末魔の叫びからでも、

哀惜の慟哭からでもなく、

 

────静かなる言葉で…誰か、我が名を呼んでくれ…

 

我が名は

白面に

あらじ。

 

我が──呼ばれたき名は…

 

 

 

 

 


 

 

彼、又は彼女が最初に感じたのは自身を照らす煌々とした陽の光だった。

中天を過ぎ、茹だるような…と言えば過大ではあるが過ごしやすいとも言えぬ半端な暑さ故か広場と思しきその場所には呆けたように立ち尽くす一人の影しかなかった。

 

「……どういう事だ…」

 

呟く。

滅ぼされた筈の自身が何故───という意味ではない。

邪心、悪心、負のあるところに存在する自分は陽光に照らされいずる影のようなもの。

如何に(ひかり)が強かろうとも、(じしん)が消える事はない。

獣の槍に滅されたが、数十か数百か…あるいは数万年という時間をかけてまた陰の気が集まり自身として蘇った。

最初はそう考えていた───だからこそ、何故…なのだ。

 

「何故……何故我が、肉の身体を……?」

 

白面と呼ばれたあの身体は、遠い昔にシャガクシャの心に根付き創り上げたもの…そのシャガクシャが恨みを捨て、獣の槍の持ち主と結託した時点で滅びた筈…

そして、何よりも────

 

「これは………人間、か…?我が、人間の身体を……」

 

今の身体は、どこからどう見ても…年若い女の身体である。

尾の力で生み出した分身でも、妖術による幻惑でもなく…今現在、()()は確かに人間の若い女に違いない。

ふらふら…と、覚束ない足取りで彼女は水場を探す。

小川とも沢とも言える小さなせせらぎを見つけ、しゃがみ込むと水面に映る自身の顔をじっと見つめ……笑った。

腰が砕け、その場にぺたりと座り込んでしまいながら笑い続ける。

 

「は、ははは、はは……!!

ははははははははは!!!!わからぬ、何もわからぬ!!しかし────そんな事などどうでもよい!!

人の、美しい綺麗な顔だ!!女というのもいい!あぁ…ああ!!」

 

何故人間になったのか?

何故こんなところに居るのか?

獣の槍はまだ在るのか?

今は一体いつで、あれからどれだけの時間が経ったのか?

彼女はその全てを些事と思考の外へ掃き捨てる。

 

人間…キレイな陽の存在。

どれほど羨んだ事か、どれほど妬んだ事か…弱く、卑小な存在が自身を差し置いてキレイなモノになっている事をどれほど悔しんだ事か。

自身の現状すらも二の次三の次に追いやる程の狂喜。

彼女は今、原初…混沌より分かたれた時から初めて───存在を自覚して初めて心の底から喜んでいた。

美しい女の身体、それに年の頃も良い。

かつて、尾の分身を使っていた時に女の身体の使()()()は把握済みだ…彼女は笑みをこらえるのに必死であった。

 

「人間、人間は何処に居る!

嗚呼…今、今我が迎えに行こう──愛そうぞ、目合(まぐわ)おうぞ!」

 

だから───我を愛してくれ、人間。

 

彼女は喜悦と共に、人の気配を感じた方へ脇目も振らずに駆け出した。

 

 

 

 


 

 

 

「近い…!近いぞ!多い、何人も居るぞ!!人間の街が在るのか!?」

 

けもの道を掻き分けて、草や路端の石に手足を斬り裂かれながらも笑みのままに一心不乱に走る。

この程度の距離を走るだけで息が切れる、矮小で惰弱なこの肉体…どろりと溜まっていく疲労感すら愛おしい。

彼女は流れる血が赤く、鉄の匂いを香らせる事に満足し心の底から喜んでいた。

 

「人間!間違いなく人間だ!!輪廻転生というやつか!?

よい!なんでも構わぬ!!我が人間になれたという事が揺るがぬならば理由などどうでもよい!!!」

 

彼女は、生まれて初めて神とやらに感謝しても良いとさえ思った。

自身が神に等しい存在であるというのに。

もはや、獣の槍も妖怪や人間共も…あの最期の戦いすらも愛おしい。

業腹にも敗北し、滅されたが…思えばアレがこの状況を生んだ可能性が高い───ともなれば、感謝どころか崇拝しても良いぐらいだ。

 

「はぁ、はぁ…ははは!つ、疲れているぞ!!この我が、この程度で…!何とか弱く愛らしい事か!!!」

 

たった数分走っただけで、全身が止まってくれと喚く。

彼女はそれに頬擦りしたい気持ちをぐっと抑え、涙をのんで鞭打ち走る。

早く、一刻も早く人間に会いたい。

その一心で。

 

「着いた!着いたぞ!!さぁ、人間はど……こ、に……」

 

息を切らし、ぜぇぜぇと嗚咽混じりに肩を上下させる彼女の眼の前に広がっていたのは───血と死の匂いに満ち満ちた、飽きる程に見た光景だった。

 

「な…っ、何故…!に、人間は…?人間は何処に居る!!

い、生き残った者は…誰か!誰か居らんのか!!?」

 

泣き叫ぶようなその声に、鋭い…氷のような冷たい声が帰ってきた。

 

「……まだ生き残りが居たか…それも、年若い女

丁度いい、宿儺様もお喜びになられるだろう」

 

白髪の、中性的な顔をした人間が彼女を見て冷ややかな笑みを浮かべる。

ソレは、彼女がよく知る表情。

 

絶対的強者が、弱者へ向ける…今から利用するぞという嘲笑。

 

「……ざけるな…」

 

「…?何か言ったか、小娘」

 

わなわなと、彼女の総身が震える。

 

「ふざ……けるなよ……!

今から、今から我は人間に愛され、目合い、名付けてもらう筈だったのだぞ…!!!

そ、それを…き、貴様ら如きが……!!!」

 

わかる、手に取るように…嫌気が差す程に血と死の匂いを振りまく眼の前の人間がここに居た人間を殺したのだと。

感じる、法力とも妖力とも違うが…強い陰の力を感じる。

恐らくは自身の知らぬ何らかの力を使うのだろう。

…………それがどうした?

 

「恐怖で気でも違えたか?

宿儺様が聞こし召されるのだ…自傷などされては困る、処理しておくか」

 

フッ、と吐いた息が周囲をパキパキと凍てつかせる。

【氷凝呪法】と呼ばれる術式、過冷却状態の呪力は全てを凍てつかせる。

超低温は『静止の世界』

低温世界で動ける物質はなにもなくなる。

全てを止められる!

 

ただしそれは───相手が尋常の存在であった場合に限られる。

 

「馬鹿な…なぜまだ生きている……ッ!?」

 

眼の前には、凍り付いた周囲の景色から切り取られたように無傷で佇む女。

呪力か、術式で受けたというならば…受け入れ難いが理解はできる。

眼の前に立つこの女が自身よりも上手の術師だとするならば、眼の前の光景にも説明はつく。

 

だが、依然として眼の前の女からは一切の呪力を感じない。

呪術全盛、平安の世において尚上澄みに位置する自身の術式を前に呪力を感知すらさせずに対処など出来る筈が──

 

「…………は、ははは……結局、何も変わらぬではないか」

 

女はぽつりと漏らすように呟く。

 

「くは…!くくく、ヒイィィィヒヒヒ!!!」

 

わからない。

呪術の世に生きる裏梅には眼の前に居る女が放つ、膨大な妖力を感知出来ない。

裏梅にわかるのは…眼の前の女が()()()()()()をいつの間にか生やしていることだけだった。

 

「見よ…とくと見よ!この身の穢れたるを!!

こんなものが、まともな生命に流れるものかぁ!!」

 

───かつて、国がまだ形の定まらぬ「気」であった時、澄んだ清浄な「気」は上へ昇って人間となり、濁った邪な「気」は下に溜まって1匹の大妖怪となった。

その大妖怪こそ、白面…彼女はこの世の陰──邪悪を司る神に等しき怪物。

悪意や憎しみの込められた攻撃は、その一切が通用しない…どころか逆に力を与えてしまう。

呪力とは人の負の感情に起因する力──しからば、呪術で白面の者を傷付ける事など出来よう筈もない。

 

白面は、憤怒と哀歓の叫びを上げながら裏梅に一本の尾を差し向ける。

尾からは、続々と黒い鬼のような怪物が生まれ出し主人の怒りを代行するかのように裏梅へ殺到する。

 

「───っ!チッ、霜凪!」

 

再び放たれた極低温の呪力が怪物達を凍らせていく…

しかし、焼け石に水…否、黒炎に氷とでも言うべきか。

怪物達は凍らされた仲間を口から吐く炎で無理矢理に解凍し、その圧倒的な物量をもって黒い波のように裏梅を飲み込もうとしていた。

 

「……何を戯れている、裏梅」

 

キンッ、と硬質な音と共に今まさに裏梅を飲み込まんとしていた怪物達の身体が斬り裂かれる。

 

「も、申し訳ありません───宿儺様!」

 

羞恥と、それを上回る程の高揚に紅く染まった顔を手で抑えながら裏梅は振り向く。

その視線の先、二面四腕の鬼神が不愉快そうに佇んでいた。

 

「わらわらと、鬱陶しい…

裏梅、少し寄れ」

 

煩わし気に二本の腕を上げる宿儺に、裏梅はすぐさま駆け寄る。

手と指を絡ませ、複雑に象る…それは冥府にて死者を裁く王を表す掌印。

閻魔天印、それは鬼神『両面宿儺』の領域が展開される事を意味する。

 

「領域展開───【伏魔御厨子】」

 

雑多な骨で組まれた社を中心に、半径200メートルの全てが斬り刻まれる。

呪力を持つものにはその呪力に応じて威力を変える『捌』が、

呪力を持たないものには視えざる斬撃である『解』が絶え間なく浴びせられる。

 

(………妙だ、この化生…呪霊かと思ったが──()()()()()

それも、弱いだとかの範疇ではなく全く持っておらん)

 

目の前で粉塵の如く斬り裂かれ消滅していく怪物を見ながら、宿儺は眉をひそめる。

先程から、『捌』が一度も発動しない…それは、この怪物と目の前の女の双方が呪力を全く持たない事を意味している。

 

(どういう事だ…?呪力は扱えるか否かは別として、万物に宿るもの…

常人は勿論、草木や虫けらにすら有る呪力が…何故無い?)

 

掌印を維持しながら、残る二本の腕で油断なく構える。

 

(そして何よりも───何故、あの女は俺の領域で恙無く立っている?

結界術の類を使っている様子は無い、そもそも呪力もない…ならば、何故……)

 

思考とは別に、宿儺の肉体は迫ってくる怪物達を斬り刻んでいく。

 

(この化生共は俺の領域で刻まれている…が、一度の解では足りんな

そして、無尽蔵とも言える物量で僅かに……僅かながらに進んできている)

 

怪物達は同胞の亡骸を押し退けて進む、斬り刻まれればその後ろが、その後ろも斬り刻まれれば更に後ろが突き進む。

押し出されるように進む亡骸が、消滅する速度よりもほんの少し早い。

徐々に……怪物が宿儺に迫ってきていた。

 

「業腹だが…俺が押し潰されるまであと十数秒といったところか」

 

自身の領域が…御厨子が効かぬ正体不明の女とその女の尾から無尽蔵に湧き出る黒い鬼のような怪物。

宿儺の頬を冷たい汗が伝う。

恐怖からではない────極度の緊張から、宿儺の全身に汗が噴き出す。

 

「裏梅!直瀑を()て!!」

 

主からの命に、裏梅はニもなく呪力を巡らせ山かと見紛う程の巨大な氷塊を創り出す。

瞬間、氷塊がブラインドの役割を持ち女と宿儺達とを分断する。

 

「コレは、呪力を持たん貴様らには使えんのでな」

 

裏梅が創り出した氷塊は、空気中の水分を凝結させたものではない。

確かに一部は極低温により凝結したであろうが…その大部分は裏梅の呪力により生み出されている。

そして、宿儺の領域内では呪力を帯びたモノには『捌』が浴びせられる…

『解』と『捌』、二種の斬撃による調理工程を経て初めてその秘奥は明かされる。

 

「【(カミノ)】【(フーガ)】」

 

灼熱の一矢、鬼神両面宿儺が誇る文字通りの最大火力。

宿儺はその一撃を───氷塊に撃ち込んだ。

瞬間、氷塊は竈の火により一瞬で融解し蒸発する。

山と見紛う程の氷塊が、瞬時に水蒸気へ置換された時何が起こるか?

ポップコーンを思い出せばわかりやすいだろう。

コーン内部のたった一滴にも満たない僅かな水分ですら、蒸発すれば莫大な体積へ至り──硬いコーンを破裂させる。

 

宿儺の領域、『伏魔御厨子』は解と捌で刻んだ全てを竈の炎に反応し炸裂する爆発性の呪力へ変換する。

生物はおろか…建造物や大地そのものすらも火力へ変換する宿儺の奥の手は、死と共に消滅する妖怪(黒炎)と相性が悪い。

例え周囲の人間の屍やあばら家を斬り刻み、火力を上げようと眼の前の女を仕留めるには力不足と瞬時に判断した宿儺は賭けに出た。

 

水蒸気爆発、時として雄大な山岳すら吹き飛ばすその現象は眼前まで迫っていた黒炎の群れと白面をも吹き飛ばし周辺数kmの地形を()()にした。

 

 

 

爆心地の更に中心、宿儺は納得したように独り言ちる。

 

「やはり…呪力に依らぬ攻撃か」

 

遥か彼方まで吹き飛んだ女の負傷を見て、宿儺は理解した。

 

勝てない

 

この先、どんな術師が生まれようと

この先、どんな呪術が生まれようと

この化け物を倒す事は出来ない。

自身の渾身とも言うべき一撃を九本の尾と無数の黒炎の亡骸で防ぎ切り、憤怒の表情で此方へ駆けて来る女を見て…宿儺は飛ぶようにその場を後にする。

 

「わからんな…ああも力を持つというのに、何がそんなに不満だと言う……」

 

気を失った裏梅を米俵のように肩に抱えながら、宿儺は女の顔を思い出す。

此方を羨むように、悔しがるように、妬むように見上げてきたその目を。

 

数瞬後、背後より怒り狂った獣のような咆哮が総身を打つ。

どうやら逃げ切ったらしい、宿儺はそう他人事のように思いながらずっと女の目について考えていた。

 

 

 


 

 

呪術総監部より通達

 

本日、■■村にて呪詛師両面宿儺及びその従者による村人の大量虐殺を確認。

至急術師を要請し、藤原北家から日月星進隊18名が招集。

■■村へ派遣されるも、既に両面宿儺は居らず大規模な戦闘痕のみを確認。

また、その際に未確認の呪霊(以下甲とする)を確認した為戦闘へ移行。

直後、日月星進隊18名全員の通信用式神含む全ての反応が消失。

これを受け交戦したと見られる甲を特級と認定し、五虚将を派遣するものとする。

付近の術師は可能な限り五虚将の補助にまわる事。

 

 

 

 

 

 

 

 

呪術総監部より再度通達

 

未知の呪霊、仮称【白面の者】は五虚将含む延べ48名の術師を未知の手段にて鏖殺。

また、白面の者を呪殺を試みた術師及び情報収集を担当していた術師が原因不明の変死。

対象は強力な呪詛返しの術式を持つと仮定、遠隔での攻撃は有効的ではないと思われる。

御三家当主達へ緊急要請を発令。

また、安倍家へ涅漆鎮撫隊の出動を打診する。

現状考え得る最大戦力を以て、白面の者の征伐を執り行う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呪術総監部より最終通達

 

全て無意味だった

見るな 知るな 恐れるな

誰も触れてはならない いと尊き

呪いの貴人に

 

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