人生を変えた映画

SPECIAL

2023年02月03日

話題作に続けて出演する俳優・河合優実を映画の世界へといざなった運命の一本

話題作に続けて出演する俳優・河合優実を映画の世界へといざなった運命の一本

一本の映画が誰かの人生に大きな影響を与えてしまうことがある。鑑賞後、強烈な何かに突き動かされたことで夢や仕事が決まったり、あるいは主人公と自分自身を重ねることで生きる指針となったり。このシリーズではさまざまな人にとっての「人生を変えた映画」を紹介していく。

今回登場するのは河合優実さん。2019年のデビュー以来、数々の話題作に出演する最も注目すべき俳優の1人。そんな彼女は、あるきっかけで俳優を志すことを固く決意し、直後に出演作を得た。運命ともいえる、河合さん平成最後の夏とは。

■「人生を変えた映画」をもっと読む

【インタビュー】俳優・河合優実と映画監督・山中瑶子が語り合う──『あみこ』が変えた、わたしたちの人生。

『あみこ』

注目の新人監督、山中瑶子が19歳から20歳にかけて初めて制作した長編作品。この映画でPFFアワード2017で観客賞を受賞。その後、ベルリン国際映画祭、香港国際映画祭など海外の映画祭にも出品された。主人公は物事を斜めからとらえる自虐的なあみこ。そんな彼女が同じようなニヒリストでありながらも人気者のアオミくんに恋をする。

在りし日の自己像とあみこが結びついている

冷蔵庫の隣にあみこがいる。

いつもじっとこちらを見ている。今日もまた洗い物を後回しにしている私のことを、燃える眼で刺すように見つめてくる。

真っ赤なB2に大写しになった制服の少女は一人暮らしの部屋にはシンボリックすぎて、キッチンに飾っている。実家を出るとき持ってきた。心機一転、新しいステージに進むならこの思い入れのありすぎるポスターは置いていくべきなんじゃないかと迷ったけど、まだ手放す気にならなかった。

「人生を変えた」という響きに胸に浮かんだ映画はただの一本、山中瑶子監督『あみこ』 (2018年)。何度考えてもこれだけだった。今の自分の、映画に出てる人生。偶然ここにきた。あの日『あみこ』を観に行って、偶然ここに連れてこられたのだ。

私が通っていた高校はかなりお祭りごとが好きな性格の学校だった。人前で踊れる、歌える、喋れる、演奏できる。そういうパッションを持ち合わせた人が集まっていて、とにかく誰かが何かを披露する場というのが1年中ひっきりなしにあるような、エンターテインメントの精神が根付いた校風だった。そんな所で3年間、まるでゾーンに入ったかのようにダンスや歌に明け暮れた。夜明けまで振り付けを考えたり、ときには満員電車で立ちながらマックブックを開き音源を編集しながら通学するなどという真似までして、立てる舞台にぜんぶ立った。そして蜜の味を覚えてしまった。自分たちの手でつくりあげたものを見た人たちが、声をあげて笑ったり涙を流したりしている。感動をしている。それは魔法のような、でも確かで肉体的な体験で、たまらないことだった。「こんなに楽しいことは他にないな」と頭の中ではっきりと思った日があった。だからこんなに楽しいことを一生やりたいと思った。それでいつしか俳優を志すようになっていた。

ただ、常に堅実な道を選んできた三姉妹の長女、突然あらゆる選択肢を捨てて非現実的な夢に全てをベットできるたちではなかった。思いの丈をおそるおそる周囲に打ち明けてみても本気で取り合う人は少なく、その度にちゃんとびびった。そこで、このまま大学に進学して安定した将来を確保しつつそれからオーディションを受け始めようと、誰に強制されてもいないのに人生に保険をかけることにした。リスクを取れない自分のダサさに唇を噛みながら机に向かった。

2018年、元号が変わる前の最後の年。3年生になり所属していたダンス部も引退して、文化祭の準備が始まった。みなが受験に忙しい時期ではあるが、最高学年は体育館でクラス演劇を披露するという、お祭り高校らしいこれまた大変な伝統がある。私たちC組は、ブロードウェイのロングラン作品『コーラスライン』をベースにして、『平成最後の夏だった』と題した劇を作ることにした。ミュージカルのオーディションで役者たちがそれぞれのバックグラウンドを独白していくという元作品のストーリーを借りて、クラスの一人一人が自分本人の役となって3年C組の文化祭までの道のり自体を演じるという、なかなか楽しい題材だった。演劇と進路とのことを代わり番こに考えて、夢と現実を行ったり来たりする休みのない夏休みだった。

時を同じくして、なんとブロードウェイの『コーラスライン』が日米ツアーで渋谷の劇場に来ていた。大好きなミュージカルが、それも向こうのキャストが、運命的なタイミングで定期券内にやってくる。見逃す手はない。チケットを買って今日だけはと劇の練習を抜け、井の頭線に乗って東急シアターオーブに向かった。そこでの2時間、私は夢の世界を全身に浴びた。舞台からこぼれんばかりに色とりどりの身体が躍っている。遠くニューヨークに想いを馳せながらYouTubeで見たあのダンスが目の前にはじけている。胸がいっぱいになる。私はこれを愛している。涙を流しながら観る。恋い焦がれたナンバーの数々が劇場いっぱいに拡がる。歌いたい。歌える。何百回もサウンドトラックを聴いて、全部覚えた歌たちだから。

We did what we had to do
私たちはやらなくちゃならないことをやった

Wonʼt forget, canʼt regret
忘れない、悔いることなどできない

What I did for love
愛のためにやったことを

ふつふつと湧き上がってくるものを感じながら帰り道を歩いた。それは歩みとともにすごい勢いで私の脳みそを回して胸を膨らませた。愛することに人生をかけたい。その日家に着くころ気持ちは固かった。進路変更には遅い高3の8月の終わり、受験勉強をぱたりとやめた。

なんにもわからないけどとにかく形にする。演技を学んで事務所に入る。私は周りが驚くほどに突然動き始めた。演劇が学べる学校に志望校を変えて新しい塾に入った。カメラをやっていた友達に頼んで公園で履歴書用の写真を撮ってもらった。役者として仕事をしていた唯一の知り合いに連絡をしてオーディションを受ける俳優事務所を選んだ。そして、久しぶりに映画館に映画を見に行こうと思った。相談していたのは大下ヒロトさんという俳優で、彼が出演する映画がポレポレ東中野で上映していた。それが『あみこ』だった。

映画はすごく刺激的だった。そのときの私が全く触れたことのなかった種類の熱があった。自分が見渡せる限りの世界を疑って静かにはげしく怒りながら突き進むあみこと、最低限の仲間を集めて10代でこの映画を撮ったという監督のエネルギーがスクリーンから溢れていた。上映の後に舞台挨拶があって、ヒロトさんと、主人公のあみこを演じた春原愛良さんと、山中瑶子監督が居た。みな若い、と思ったのを覚えている。言いようのない高揚感でポスターを買ったあと、劇場を出たところの、中央線の線路の前で監督と少し話した。映画監督の人と話すのは生まれて初めてだったからすごくドキドキした。ヒロトさんが手招きして紹介してくれたのだった。今でも大切な恩人であり、先輩であり、同志の人である。帰りの電車で、あみこの写真にヒロトさんのアカウントをタグ付けしてインスタグラムに投稿した。

次の日、知らないアカウントからダイレクトメールが来た。 「映画を作っている24歳です。昨日あみこでお見かけして、今たまたまインスタを見つけてしまいました。現在、準備している映画があります。急で恐縮なのですが、もし良ければyumiさんに出て頂けないかと思っています」

からだが止まった。起きていることがわからない。私をユーザーネームそのままで呼んで、映画に出てくださいと言っている人がいる。一体どこの誰なのか。なぜポレポレ東中野で見かけた私をネットの海の中から見つけたのか。タグを辿ってか。メッセージは、女性スタッフも連れて行くので一度話だけでも聞いて頂けないでしょうか、と続いていた。

今でこそSNSから離れている私だが、2000年生まれのZ世代、立派なデジタルネイティブである。小学生の頃から「ネットで知り合った人と会ってはいけません」と口すっぱく言われてきた。堅実な長女はついに夢に全ベットし始めたものの、冷静に身の安全は守ろうとした。こんなネットストーカーまがいの映画学生とリアルで会うべきではない。怖い。でも揺らいでいた。表現を生業にしたいと決意して足を運んだ劇場で初めて出る映画との出会いがあった、これが詐欺でも犯罪でもなく私の妄想でもなく、本当のことなら、奇跡なんじゃないかと思った。もしそうなら掴みたい。だから確かめなきゃいけない。芝山健太と名乗るその人としばらくメールでやりとりをして、自分なりに石橋を叩きながら、妥協点を見つけた。『平成最後の夏だった』を観に来てもらう。毎年相当な来場者数を叩き出すうちの高校の文化祭で顔を合わせれば、流石に不穏なことはできないだろう。変な人っぽかったらもう会わない。連絡をつけて、文化祭本番の日に学校に来てもらった。終演後、体育館の前で高校生でも親世代でもない年齢の芝山さんは目立った。人混みの中でなんとなく居心地悪そうな顔をして、約束通りスタッフの中川さんという女の人と一緒に来てくれていた。お互いに緊張しながら挨拶を交わし、芝山さんは「走っている姿が印象的でした」と言った。私は彼らがとてもまともっぽかったことに安堵した。次は喫茶店で映画の話をしましょうと約束をして、二人と別れた。こうやって私は初めて映画に出ることになった。奇跡と呼べる偶然があった、平成最後の夏だった。

ひとしきりドラマチックに書いてしまった後だが、言っておきたい事がある。高校生が、自分の顔写真を載せた公開アカウントで、DMで話した見知らぬ大人と会ったこと。私の選択はじゅうぶん危ないものだった。だからもし俳優を志すとても若い人がこれを読んでいたら、自分はまだ誰にも守られないということを心に置いていてほしい。私より後の人たちは慣れ親しんだインターネットでいくらでも人脈を広げられるはずだからこそ気をつけてほしい。このエピソードを美談のように公開すること自体にも加害性があるのかもしれない。まともっぽい/変な人っぽいの勘は容易く外れる。この世界に入ってみたらまともっぽくてやばい人ばかりだった。若い人のきらきらした望みを利用しようと寄ってくる悪がそこかしこに大小問わず存在していた。だから世界を疑って必要な自衛をして、渡り合って行ってほしい。あなたといつか会えるまで少しでもここをいい世界にできるようにあなたとお互いに力を尽くしたい。

当時の自分に思うことはたくさんあって直視したくない。いろんな所が恥ずかしくて愚かだった。『あみこ』は正直、そういう自分の青い記憶と繋がっていて、なんというか、みぞみぞする。山中さんや芝山さんやヒロトさんや春原さんに失礼なくらいに、こちらの好き勝手に、在りし日の自己像とあみこが結びついている。あみこを観に行くというあの日の小旅行は映画を作る側として覚えておかなきゃいけない体験なんだと思う。映画というものの形のなさは記憶と体験の伱間(あいま)に絡みついて染み付いて、人間の血肉になっていくんだなと思う。

あみこはあの日からずっと変わらずに、大人を信じてない顔をしてこちらを見ている。それでピュアなものを心の内に握りしめている。そのピュアなものに名前はつけない。そういう彼女は、やはり今の時点、私にとってシンボルと言っていい。だからまだ冷蔵庫の傍に居てもらおうと思っている。

(文・河合優実)

Profile

河合優実(かわい・ゆうみ)
俳優

2000 年生まれ。東京都出身。2019 年デビュー後、数々の新人賞を受賞。2022年は第14回TAMA映画賞<最優秀新進女優賞>、第35回日刊スポーツ映画大賞<新人賞>、第44回ヨコハマ映画祭<助演女優賞>を受賞。主な出演作に「サマーフィルムにのって」、「由宇子の天秤」、「ちょっと思い出しただけ」、「愛なのに」、「女子高生に殺されたい」、「冬薔薇」、「PLAN 75」、「百花」、「線は、僕を描く」、「ある男」など。公開待機作に初主演映画「少女は卒業しない」(中川駿監督/2月23日公開)「ひとりぼっちじゃない」(伊藤ちひろ監督/3月10日公開)がある。

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2023年08月10日

俳優・河合優実と映画監督・山中瑶子が語り合う──『あみこ』が変えた、わたしたちの人生。

俳優・河合優実と映画監督・山中瑶子が語り合う──『あみこ』が変えた、わたしたちの人生。

2023年の2月にCINEMS+で公開したシリーズ「人生を変えた映画」の俳優・河合優実さんのコラムが話題となった。そこに綴られていたのは山中瑶子監督のデビュー作で、2017年のぴあフィルムフェスティバル(以下、PFF)で入選された映画『あみこ』について。まだ「俳優・河合優実」になる前の高校生の人生を変えた映画だった。

今回はCINEMS+とPFFのコラボレーション企画として、河合優実と山中瑶子の対談をお届けする。久しぶりに対面した二人は、あみこが公開された当時のお互いの話に花を咲かせていく。まだ十代の映画監督がPFFを目指して生み出した『あみこ』を巡る、若いパッションがさまざまな人生を突き動かす──。


注目の新人監督、山中瑶子が19歳から20歳にかけて初めて制作した長編作品。この映画でPFFアワード2017で観客賞を受賞。その後、ベルリン国際映画祭、香港国際映画祭など海外の映画祭にも出品された。主人公は物事を斜めからとらえる自虐的な、あみこ。そんな彼女が同じようなニヒリストでありながらも人気者のアオミくんに恋をする。

河合優実が手紙に込めた思い

写真左から、山中瑶子、河合優実

――河合さんが当サイト「人生を変えた映画」に寄稿されたコラムで、まさにご自身の人生の分岐点について書かれていたのがとても印象的でした。

河合優実(以下、河合):それは逆に申し訳ないというか、自分の話ばっかりしてしまって、全然『あみこ』のことを書いてないんですよね(笑)。でも、いちばん正直に「人生を変えた映画」のことを書いたという感じです。

――山中さんはコラムを読んでどう思われましたか。

山中瑶子(以下、山中):公開前にチェックしてくださいということで連絡が突然きたんです。その時は電車に乗っていて、不意打ちだったんですよね。

河合:私が『あみこ』について書くなんて知らされてないですもんね。

山中:それですぐ読んだんですけど、熱量の高さにやられちゃいました。動悸がして、汗もダラダラかいちゃって。読み進めるのももったいないくらいドキドキしました。読んだ時はちょうど自分が人生に対して後ろ向きな時期だったので、いい意味で冷や水をぶっかけられた感じと言いますか、背筋がすごく伸びました。すごくいいタイミングで背中を押してもらえましたね。


――コラムにも書いてあった、ポレポレ東中野で河合さんに会われたことも覚えているんですよね。

山中:めちゃめちゃ覚えてます。お手紙をいただきましたよね。

河合:私たち、あの時しかお会いしてないじゃないですか。名前も本名だったし。あれが今の私と同じ人だとわかりましたか!?

山中:正直に言うと、すごい勝ち気な子が来たなって思ったので(笑)。メラメラとした眼差しの強さが、筆圧にも出てました。

河合:えー! 恥ずかしい……。

山中:ポレポレの前のフェンスのところで話しましたよね。今でも頭で再現できるくらい覚えてますよ。お手紙の内容を言ってもいいですか?

河合:めっちゃ恥ずかしいですけど、大丈夫です。

山中:「女優になります」って書いてあったんです。「なりたいです」だったかもしれないけど。だから、きっとなるんだろうなと思っていて、何も知らずに『佐々木、イン、マイマイン』(2020/*)を観て、「あ、あの時の子だ」となりました。役者になると言われたのを覚えていたので、まわりに公言していくというのは大事だなと思いました。

*......藤原季節が主演を演じた内山拓也監督作品。河合さんは主人公が憧れる佐々木を支える女、苗村を演じた。

河合:私の言ってること、おかしいですよね(笑)。活動してる役者が、監督に会いに行って、手紙を渡して、というのはわかるけど、別にそうじゃない人がこれから(俳優に)なりますって宣言をするという。でも、たしかに自分で会いに行って直接言っちゃうとかしたら物事が動くと思っていた時期で。

――とにかく誰かに言っておこうと。それだけ信念が強かったんですね。

河合:逆にそれしかなかったんです。とりあえず言っちゃって、外堀を埋めて先に事実を作っちゃうというか、自分にも言霊的に言い聞かせるというか。


――結果的には『あみこ』を鑑賞したことがきっかけで、演技の道に進むことになるという。これほど運命的なことがあるのかと感じました。

河合:じつはあの上映期間に2回観に行っていて、山中さんに直接お話しして、お手紙を渡したのは2回目の後なんです。1回目の時に(コラムで)書いたことが起きていて。

――そうだったんですね。その時に映画制作をしていた写真家の芝山健太さんに声をかけられて、結果的に映画『よどみなく、やまない』(2019)で初出演することになります。コラムではスカウトされた時のことはその危険性についても触れていて、慎重に書かれていました。

河合:そうですね。自分の将来を方向転換しよう、と思って観に行った映画でそういうことが起きるんだったら、会ってみようと。やばかったら引き返そうと思いつつ、とりあえず確かめないと、という感じでした。その出会いを掴んじゃったから、もう私は女優になりますと、思い込んでしまったわけです。

『あみこ』のパッションに突き動かされて



――『あみこ』を2回観たというのは、それだけ作品に魅せられたということですか。

河合:それもありますし、やっぱり山中さんに会いたかったんです。そのために手紙を書いて、渡しに行っているので。

山中:すごいエネルギー。でも、そうやって行動しないといけない時もありますよね。私がPFFに応募したのも、引き下がれなくなっちゃったからなんですよ。

――というのは?

山中:せっかく映画を専攻する大学に入ったのに、行かなくなったんです。「でも、私はPFFに入選するので心配しないでください」ということを親に言ってたんです。親からしたら「だから何?」って感じだったと思いますけど、自分が受け身で待っていてもどうにもならんぞと10代のその頃は思っていたんですね。

河合:焦りますよね。

山中:焦ってました。今思うと別にそんな焦ることもないだろうと思うんですけど、切迫感はありました。ありましたか?

河合:ありました。「今を逃したらダメだ」って。

――山中さんは親御さんの心配をかけたくないというのもあり、PFF入選を目指したと。

山中:心配をかけたくないというか、大学をどうしても辞めたくて。辞めるには、辞めても大丈夫なんだという実績を残したかったんですね。今思うと大学って大事な場所なんですけど(笑)。でも私、まったく動かないんですよ。私は丑年なんですけど、本当に牛みたいな人で、周囲に罵られるくらい動かなくて。大学も行かないし、家で映画を観るだけで文句ばかり言ってる人という。

河合:ふふ。

山中:そのままではよくないんじゃないかと思って、堂々と文句を言うために行動しないといけないと考えて。最初に情熱があって映画を作るというよりは、逃げられないように宣言して追い込んで、私自身を駆り立てなきゃいけないという感じでした。

――その切迫感のようなものが河合さんに刺さったわけですね。

河合:同じ若者としてのエネルギーももちろん受け取っていました。当時はインディペンデント映画を観たこともなかったし、ほとんど同世代の人たちがこんなに自由に映画を作るんだという衝撃もすごくて、客席で目を輝かせて観ていました。でも、『あみこ』はそれだけじゃなくて、今思い返しても台詞とか音楽も鮮烈に覚えます。その時から山中さんの世界に惹かれたから、アタックしたんだと思うんですね。


――山中さんがPFFを意識したのは『あみこ』を作る時からでしょうか?

山中:進路を決める高3の時のことなんですけど、学校側は国公立の合格者数を増やしたかったんですね。私は映画監督になると決めて、大学はこことここを受けます、勉強嫌いだし国公立は受けませんということを言った時に、担任の先生に「映画監督になる道筋はどういうプランなのか」「一般の大学に行っていろんな経験をした方がいいんじゃないか」と言われた時に、そこでやっと「あれ? 映画監督ってどういうふうになるんだ?」となったんです(笑)。

河合:わからないですよね。

――資格試験があるわけでもないですし。

山中:それでネットで調べたら、ぴあが一番上くらいにきて。調べ尽くした結果、PFFというのがあるらしい、これに入選することが手っ取り早いのではと思うようになって、意識するようになりました。矢口史靖監督(*)が好きで、調べるうちにPFFに入選した監督なんだと知ったりして。PFFの作品も観れるものは全部観ました。こういうのは本来好きじゃないし、すべきでもないんですけど、受験生らしく傾向と対策みたいなのも考えたりしました。

*......『ウォーターボーイズ』(2001年)、『スウィングガールズ』(2004年)を手掛けた映画監督。8ミリで制作した『雨女』で1990年のPFFでグランプリを受賞。

河合:へー!

山中:傾向と対策をした結果、そういういやらしいことでは勝負できないだろうからピュアにやろうとなりました(笑)。でも、それは理想論であって、いざ脚本を書いたり撮り始めたりすると、当たり前に壁にぶち当たり。完成した『あみこ』を応募した時は全然自信がなかったです。他の自主映画祭には落ちましたし。どうせPFFもダメだろうと思っていたら、入選したので心底ホッとした感じです。

――自信がなかったんですね。

山中:私は場違いだと思ってました。ほかの入選監督の居住まいと映画のビジュアルだけで、みなさんウェルメイドな作品を作られていると思ったので。今思うと、ウェルメイドだからよいということではないんだと思います。

河合:学生が出すコンペっていくつかあるじゃないですか。そのなかでもPFFの色ってあるんですか? 傾向と対策をしたということは、山中さんから見てそれがあったということですよね。

山中:でも、誰かと同じことをやってもしょうがない、みたいなレベルのことですね。自分のなかから出てきたものを表現するしかないんだなって。とはいえオマージュみたいな形で真似はめちゃめちゃしているんですけど、根底のところは真似できないし、真似したところで結局どうしても自分のものになってしまうことも含めてそれをちゃんと見つめるというか。2020年にPFFのセレクション・メンバーとして審査員もやってみたんですよ。そうしたらますます傾向と対策とかないんだなってわかりました。内部に潜入してみたところ(笑)、そういうことじゃないんだなって。

――技術とかよりもパッションの方が大事と言いますか。

山中:そう思いました。セレクション・メンバーはひとり100時間以上分の映画を観るんですよ。100本以上あって、飛ばしたり途中で止めたりしないというルールで観るんですけど、飛ばせないし、やめられないですね。いい意味でも悪い意味でも、最初のカットから「なんでこう撮ったんだ」という新鮮な驚きがあって、それがおもしろくて。よくできてるなということよりも、それこそ、その監督にしかないパッションが溢れてるものに出会えた時の喜びはすごくありました。名前を検索して、情報がない時にテンション上がりますよね。まだ誰にも知られてない人だって。参加してみて、自分の作品がこういうふうに観られてたんだなということも知れました。

――それはどんなことでしょうか。

山中:自主映画って誰にも頼まれてないし、誰にも特別な期待をされていない人が、よし撮ろうってことで始まるわけじゃないですか。それにわざわざ批評眼を持って観てくれる人は本来まずいないので、応募すればそうやって観てくれる人がいるというのは素晴らしいことだと思います。PFFはそういうピュアな思いに応える場所という印象があります。それと、初期衝動をただ拾い上げるだけでもないとも思っていて。その後のサポートもしてくれるというか、気にかけてもらえているなと思いますし、映画祭で出会った人たちとの交流も続いてますし。


河合:山中さんの『魚座どうし』(2020年/*)が上映されていた時に、『あみこ』も併映していて、私はそれも観に行ったんです。最初に観た時から2年以上空いていたんですけど、その間に私は仕事を始めていたから、見え方が変わっていて。本当に「撮っちゃった」というか、その時にいた仲間と撮った映画なんだというのがわかったんです。超インディペンデントだったんだなと。それに、所謂学生映画というか、映画学校の仲間だけで作ったようなものとも肌感の違いがある気がして。

*......NDJC2019若手映画作家育成プロジェクトで制作した山中監督の短編映画。

山中:学校の仲間もいたんですけど、違う学校の知らない人にお願いしたり、役者はSNSで声をかけたはじめましての人たちだったので、慣れ合いみたいなのはまったくなかったですね。慣れ合いを嫌ってたんですよ。尖ってたので(笑)。当時は大学を辞めた後、引き籠りになっちゃって。外に出なきゃと思って、カメラを持って、部屋から出た感じでしたね。憑りつかれたように焦って動いてました。

河合:PFFがなかったら幻の映画になってたかもしれない。

山中:本当に。3月が締め切りだというので、逆算して9月頃から脚本を書き始めました。人に声かけて、撮影日もここって決めちゃえばやるしかないと思って進めたんですけど、結局、脚本は書き終わらなくて。でも、できてないけどとりあえず街に出ようと。最近、久々にちょっとだけ観返したんですけど、観てられなかったです(笑)。今だったらここはこんなに長く撮らないよ、みたいなことはやっぱりありますね。あの時にしか撮れないものだったと思います。

――河合さんもコラムで当時のことを思い出すから「みぞみぞする」と書かれていました。

河合:勝手な想いで恐縮ですが、自分が関わっている映画でもないのに、自分が出た昔のやつを観れない、みたいな感覚になるんですよ。そのくらい作品が自分の体験と一緒になっちゃってます。

山中:嬉しいです。漫然と映画を観ることが増えてくると、脳に刻み込まれないので。ありがたいですね。

河合:『あみこ』で自主映画を知って、東京で自分たちの力で映画をやってる人たちとも知り合えたし、私も一緒にやった映画もあります。PFFは映画を作っていきたい人たちの登竜門のようなコンペという認識はありますね。

何度でも観たくなる映画


――最後に、人生で何度も観返している映画があれば教えてください。


山中:ロウ・イエ監督(*)の作品をよく観ます。矛盾だらけの登場人物ばかりですが、そこに嘘がなくて、ああ人間ってこうだったよなと思い出すために、自分が混沌としているときは特に見直してます。

*......中国の映画監督。主な作品に『ふたりの人魚』(2009年)『二重生活』(2012年)など。

河合:『きみの鳥はうたえる』(2018年/*)は何回も観てます。誰かにおすすめして、例えば家族と一緒に観て、2回目、3回目になるってパターンですね。そういえば、今、妹が映画を作りたいかもとなっていて。

*......「そこのみにて光輝く」など手掛けた作家・佐藤泰志が原作で、三宅唱監督を務めた青春ドラマ。

山中:えー! ぜひPFFに(笑)。まだ7月なので(※取材時)全然余裕ですよ。

河合:私の妹も動かない人なので、それこそ誰かと撮影日を決めて、ぴあとかに出せばいいのにって思います。映画やりたいかもっていう気持ちはワクワクするし、応援してあげたいので、毎年3月が締め切りだよって言っておきます(笑)。


Profile
山中瑶子
映画監督
1997年生まれ、長野県出身。日本大学芸術学部映画学科に入学後、同校を休学中に19歳から20歳にかけて「あみこ」を制作。同作はPFFアワード2017で観客賞を受賞し、ベルリン国際映画祭、香港国際映画祭、全州映画祭、ファンタジア国際映画祭など多数の海外映画祭に出品された。その他の監督作に、「回転てん子とどりーむ母ちゃん」「おやすみ、また向こう岸で」「魚座どうし」がある。現在新作長編準備中。。

河合優実 
俳優 
2000年生まれ、東京都出身。2019年デビュー後、数々の新人賞を受賞。2022年は第14回TAMA映画賞<最優秀新進女優賞>、第35回日刊スポーツ映画大賞<新人賞>、第44回ヨコハマ映画祭<助演女優賞>を受賞。主な出演作に「サマーフィルムにのって」、「由宇子の天秤」、「愛なのに」、「冬薔薇」、「PLAN 75」、「線は、僕を描く」、「ある男」など。2023年、映画「少女は卒業しない」、ドラマ「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」(NHK-BSP)でそれぞれ初主演をつとめた。

撮影=八木 咲
スタイリング=Shohei Kashima
ヘアメイク=伊藤絵理
取材・文=南波一海
河合優実 衣装協力=トップス/tiit tokyo ¥17,050(tax in)

「第45回ぴあフィルムフェスティバル」で、山中瑶子監督の特別企画が決定!


山中瑶子監督『あみこ』への道
(特集「イカすぜ!70~80年代」にて)

「映画監督とは作家なのだ!」と知ったとき、『あみこ』の生まれる土台ができた。山中監督が、みずから眼耳を拓かれたという、70~80年代の映画をセレクト。現在、観れる機会の少ない『あみこ』も上映します!

「映画監督とは作家なのだ!」と知ったとき、『あみこ』の生まれる土台ができた。山中監督が、みずから眼耳を拓かれたという、70~80年代の映画をセレクト。現在、観れる機会の少ない『あみこ』も上映します!

<上映プログラム>

9月9日(土)18:30~
『ホーリー・マウンテン』
監督:アレハンドロ・ホドロフスキー

9月9日(土)12:00~
『ポゼッション』
監督:アンジェイ・ズラウスキー

9月9日(土)15:00~
『あみこ』+『おやすみ、また向こう岸で』2本立て上映
監督:山中瑶子(トークあり)

詳しくはこちら

「第45回ぴあフィルムフェスティバル2023」
【公式サイト】https://pff.jp/45th/
【東京】 2023年9月9日(土)~23日(土) 会場:国立映画アーカイブ ※月曜休館
【京都】 2023年10月14日(土)~22日(日)予定 会場:京都文化博物館 ※月曜休館

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