誤報、過剰演出、人権侵害…対応促す 放送業界“お目付け役”BPOが設立20周年 あるべき姿とは

2023年7月22日 06時00分
BPO放送倫理検証委員会の小町谷育子委員長(左)とテレビマンユニオンの津田環プロデューサー

BPO放送倫理検証委員会の小町谷育子委員長(左)とテレビマンユニオンの津田環プロデューサー

 放送業界の”お目付け役”放送倫理・番組向上機構(BPO)が20周年を迎えました。2003年の設立から、放送で誤報や過剰な演出、人権侵害などが起きた場合に、見解などを出して、放送局に自律的な対応を促してきました。言論・表現の自由を確保しつつ、視聴者の人権を守るための組織は、変化する時代の中でどうあるべきか。BPOの放送倫理検証委員会委員長を務める小町谷育子弁護士と、制作会社「テレビマンユニオン」の津田環プロデューサーに聞きました。(石原真樹)
【BPO放送倫理検証委員会・小町谷育子委員長】
 —BPOはどういう組織ですか。
 放送局は、視聴者すなわち国民に役立つ情報を伝える重要な機関であり、そこで問題が起きたとき、被害を受けるのは視聴者。だから、基本的にBPOは視聴者のためにあり、放送局の自律を支える機関だと思っています。「お手盛り」とよく言われますが、放送局からは「BPO案件」と嫌われるし、局に有利に判断しているかというと全く違います。
 —社会的に注目されても取り上げない事案もあり、抑制的な印象ですが。
 例えば政治問題に、日本の放送局はただでさえちょっと抑制的です。さらに窮屈にさせてしまうので、できるならば自由にやってほしい、という気持ちがあります。ますます政治の報道がなくなり、私たちに何も情報がこなくなってしまうので。ただ、選挙は別で、候補者の当落に関わる問題になるので考え方は厳しくなります。
 —BPOには、政府による放送局への介入を防ぐ役割もありますよね。
インタビューに答えるBPO放送倫理検証委員会の小町谷育子委員長=東京都千代田区で

インタビューに答えるBPO放送倫理検証委員会の小町谷育子委員長=東京都千代田区で

 そもそも放送倫理検証委員会は、政府が新たな行政処分を盛り込んだ放送法の改正問題をきっかけに、NHKと民放連(日本民間放送連盟)が「自分たちで自律的にやります」とできた委員会で、もともと政治的な存在である気がしています。委員会は、放送法の規定は倫理規範だと考えており、(法的拘束力があるとする)政府と解釈が違います。われわれは「政府が介入すべきではない」というスタンスを取り続けることが重要で、倫理規範となると、放送局にはなおさら局の内在的な力が必要であり、意識してもらいたいと思います。
 —BPOの20年を振り返って感じる変化はありますか。
 事案ごとに異なりますが、事実を間違えて伝えた初期のころの事案では、それなりに取材し、裏付けをしようとしていた。けれど最近は、裏付けの必要をそもそも感じていないというか、裏付け取材が非常におろそかになっているように感じます。
 背景には忙しすぎることのほかに、「批判」という言葉を非常にネガティブに捉える、時代の感覚的なものもあるように思います。例えば「”報道機関は政府に対して批判すべきだ”ということ自体がおかしい」とされてしまう。「野党は批判してばかり」もそう。その混乱の中で、記者も信念を持って取材しづらいのではないでしょうか。
 —放送への思いがあれば、お聞かせください。
 小さい頃からテレビを見て育ったテレビっ子でした。司法試験の受験中も、ダウンタウンや清水ミチコさんが出演していたフジテレビ系深夜番組「夢で逢えたら」が楽しみで、テレビに慰められてきました。最近では、テレビ東京「きのう何食べた?」が好きだったし、NHK「着信御礼!ケータイ大喜利」は応募しようと思ったくらいです。
 今、テレビは苦戦していますが、きちんと取材されたきちんとした情報はとても大事。既存メディアを応援したいと思っています。
 —今後の意気込みを。
 BPOは議論する対象の番組がない、閑古鳥がいい。とはいえ、ヒューマンエラーをなくすのは難しく、最小限にするために役に立てるなら何でもしたいと思っています。
あいテレビの深夜バラエティー番組「鶴ツル」を巡る審理結果を公表するBPOの放送人権委員会

あいテレビの深夜バラエティー番組「鶴ツル」を巡る審理結果を公表するBPOの放送人権委員会

【「テレビマンユニオン」津田環プロデューサー】
 —テレビの制作現場にとってBPOはどういう存在ですか?
 自分が関わっている番組が「BPO案件」になると、スポンサーがBPOを一つの基準にしているので、番組が”飛ぶ”可能性があり、「BPOに指摘されるような番組作りをしてはいけない」という意識はあります。「どこまでやったらアウトで、どこまでならOK」という規範を示してくれるので、一つのよりどころといえるのではないでしょうか。
 —現場の萎縮につながっていませんか?
放送倫理・番組向上機構(BPO)について話すテレビマンユニオンの津田環プロデューサー

放送倫理・番組向上機構(BPO)について話すテレビマンユニオンの津田環プロデューサー

 バランスは難しいです。例えば世の中でいじめ問題が大きく取り上げられているとき、「いじめっぽい」内容はクレームが入るかもしれないと考えがちで、その「かもしれない」を突き詰めると何もできなくなります。
 以前、BPO案件になりそうな内容をあえて取り上げたバラエティーがありました。面白かったし、「よくぞやった」とも思いました。テレビがみんな”普通”で、日常的なちょっとした冗談だけだったら、テレビで流す価値はないとテレビマンは考えます。倫理的な部分をしっかり見極めた上でギリギリまで挑戦して、見ている人の想像を超えるものを出さなきゃ、と。
 —一方で、BPOに対する現場の受け止め方が変わってきているようですね。
 BPOの決定に対して開き直るというか、例えば過剰な演出などを指摘されても「誰も傷ついていなければ問題ない」と捉える若いスタッフがいます。番組を作る上での倫理観が「誰も傷つけなければいい」に変わり、一番大事なファクトの部分がブレていて、怖さを感じます。今の若い世代にテレビへの憧れはなく、YouTubeの延長でやっている感覚なのかもしれません。こうなると、問題の発生を防ぐのも、途中で発見するのも難しい。BPOには、放送局に対して、報道機関であることや、世間に影響を与える媒体であるという自覚を促す役割がますます求められるかもしれません。
 —現場は大変ですか?
 忙しさは以前より改善されているように思います。ただ、労働時間を長くしちゃダメだし、制作費が減らされてスケジュールはタイトで、じっくり作ることはできません。分業も進み、チェック機能がうまく働いていない。テロップも、以前は大画面を見ながらみんなでどういうテロップを入れるのか議論していましたが、最近は機材も良くなり、担当者がその場で入れることも多いです。そこでチェックしきれないと放送されてしまうことになります。
 —BPOの今後についてどう思いますか?
 放送と通信はほぼ同じように捉えられ、若い世代はテレビをあまり見ません。現在、BPOは放送に特化していますが、前提となっている放送の社会的な影響や公益性が「ほぼ効果がない」となったら、BPOの存在意義が薄れ、委員会の決定が響かなくなってしまいます。BPOのあり方は考えないといけないのではないでしょうか。

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