子どもの頃、習い事や教室に通ったり、家族で旅行に出かけたりしたことがあるだろうか。「ある」と答えた人は、そうした「体験」にどれだけ力を与えられてきたかを振り返ってみてほしい。
本書『体験格差』は、子どもの成長にとって大切な要素である体験を、「したいと思ってもできない」子どもがいる現実を明らかにする。著者の今井悠介氏は、生活困窮家庭の子どもの学びを支援する公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事。本書はこの団体が日本で初めて実施した、「体験格差」に焦点を当てた全国調査を基に、保護者へのインタビューも交えて書かれたものだ。
なお、本書では、「体験」を子どもが放課後に通う習い事やクラブ活動、週末・長期休みに参加するキャンプや旅行、お祭りなど地域行事、スポーツ観戦や芸術鑑賞、博物館や動物園といった社会教育施設でのアクティビティーとしている。
「これをしたい」という選択肢が思い浮かばない
大きな傾向として、世帯年収と体験の有無がひもづいていることは否定できない。本書によると、過去1年間で学校外の様々な体験が一度もない「体験ゼロ」の子どもは、世帯年収300万円未満の家庭(低所得世帯)のほぼ3割に達した。世帯年収600万円以上の家庭では1割強で、その格差は「2.6倍以上」だと著者は述べる。体験にかける年間支出額は、低所得世帯は5.5万円に対し、世帯年収600万円以上の家庭はおよそ12万円。その差は歴然だ。
貧しくとも、山や川、無料イベントへ行けばいい。そのような考えに対し、著者は、1人で仕事と子育てを担い、送迎や付き添いの余裕すらないシングルマザーの声を紹介する。適切なイベントを探すのにも労力がいる。子どもが体験できるかできないかを、保護者だけの責任に帰してはならないと訴える。
ではなぜ、体験が重要なのか。沖縄県のあるNPO(非営利組織)が、困難を抱える子どもを連れて北海道旅行に行った際のエピソードが示唆的である。子どもたちは現地に着いても、地元にあるようなアニメショップやゲームセンター、全国チェーンの寿司屋に行きたがったという。いろいろな体験をしたことがないため、「北海道に来たらこれをやってみたい」という選択肢がそもそも頭に思い浮かばない。
子どもの体験はぜいたく品ではない
この話は重い。子どもの頃の体験が貧しくなると、想像力や「やってみたい」という選択肢の幅も狭くなってしまうと著者は危機感を募らせる。
実は私も、東京産の青果を流通させるベンチャー企業にかかわっており、子ども向けの収穫体験イベントを定期的に開催している。畑で遊んだり収穫したりする体験があるかないかで、食や野菜などへの興味の持ち方が変わると感じている。何でも吸収できる子どもの時期の多彩な体験は、その後の生き方に影響を与え、長期的に見れば食事や学習と同じくらい、必要不可欠なものなのだ。
著者は体験を「ぜいたく品」と見なす社会的風潮に異を唱える。大人が体験の重要性を理解することこそ、格差解消の第一歩だろう。
情報工場エディター。機械部品の専門商社を経て、仲間と起業。東京農業活性化ベンチャーを掲げ、小売店・飲食店の経営、青果卸売りなどに取り組む。徳島県出身。
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