広がる女性のひきこもり “孤立”をどう防ぐのか
先月、内閣府が公表した調査では50人に1人がひきこもり状態で、女性が約4割以上を占めることが明らかに。今回、インターネットなどを通じて1000人を超える人たちの声を集めると、女性活躍社会と言われる一方、家事や育児のために仕事を辞めざるを得なかった女性が「自分は生産性がない」と悩む声など、社会に居場所を持てずに“孤立"する姿が浮かび上がりました。全国に広がる新たなひきこもりの実態と解決のヒントを探りました。
出演者
- 池上 正樹さん (ジャーナリスト)
- 桑子真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
女性のひきこもり 見過ごされてきた孤立
私たちに声を寄せてくれた一人、きみこさん(仮名・49)。4年前に夫と離婚。娘と2人で暮らしていますが、ひきこもり状態です。
「お母さん、それはおなかの音ですか?」
「そうです」
「食べてないの?」
「まあ。いつもの通り」
食欲不振やめまいなどの体調不良が続く、きみこさん。週に2回の買い物以外自宅にこもり、家族以外と会っていません。
国の調査では、ほとんど外出することのない状態が6か月以上続くことなどを“ひきこもり”としています。
きっかけは10年前、誇りを持っていた介護の仕事を辞めたことでした。
「『(介護施設に)あなたがいるから来てるのよ』って、そんなふうに言われたことなかったので喜びでしたね」
夫は、妊娠が分かると育児に専念することを強く求めました。
「子どもを産んだ自己責任もありますし、娘がいるときはうちにお母さんがいるものだという、それが理想だと夫が言ったのでそれに従って」
その後も、介護の仕事を諦められなかったきみこさん。作業療法士の資格を取るため専門学校に通っていました。しかし、夫からは家庭をおざなりにしているととがめられ、学校は自主退学。復職もあきらめました。
「(退学で)本当にいいんですかって言われたんですけど、しかたがない。無理やり納得するしかないですよね」
夫の仕事の都合で引っ越し、育児を通じたつながりも途絶えました。結婚から6年がたったころには夫の言いなりとなり、自分の意思を失っていました。
「自分さえ不満を言わないで、それに応えることができていれば円満。夫の収入と対等なほど働けるかというとやっぱり難しかったですし、言いなりになるかしかない」
精神的に追いつめられたきみこさん。娘の小学校入学を前に、夫の元を去りました。
私たちに寄せられた女性たちからの声は、1,000件を超えました。そこから見えてきたのは、仕事・家事・育児・介護、女性であるがゆえに背負った負担の重さに押しつぶされる姿でした。
10年間ひきこもっていたという女性から投稿が寄せられました。ようさんです。派遣で働きながら一切の家事を任され、さらに母親のケアも担っていました。
「仕事も完璧にこなさなきゃいけない。家に帰っても完璧な自分でなきゃいけない」
欲しかった子どももあきらめ、負担をこなす日々。次第にしょうすいし、ひきこもるようになりました。
「自分に何もないし、この先の未来もないし、何で生きてんだろう」
仕事を失い、ひきこもり状態となっていたきみこさん。離婚後、一度は契約社員として働きましたが体を壊し、辞めざるを得ませんでした。現在、失業手当と夫からの養育費で暮らしていますが、いまだ自立の糸口は見えていません。
「役に立たないといけない焦りがすごくあるんです。社会人として人間として失格なんじゃないかって」
きみこさんと離婚した元夫から話を聞くことができました。当時は自分が苦しめているという自覚が全くなかったといいます。
自身も専業主婦の家庭に育った文夫さん。夫が大黒柱として稼ぎ、妻が家庭に専念できることが幸せの形だと信じていました。
「専業主婦と、わたしは稼いでいる夫。私が仕事を100パーセント完全にこなすのが当然であるのと同じように、元妻も主婦としての仕事を100パーセントこなすのが当たり前。元妻が勝手に孤立しているんだ、孤立しているのは自己責任だと思っていた。もっとつながっていたいなら、自分で主婦業を完璧にした上で自分で時間を見つけてつくればいいと」
なぜ、きみこさんを苦しませてしまったのか。みずから更生プログラムを受けている文夫さん。当時、残業続きで激務だったことを理由に元妻を孤立させる原因を作ったとようやく気付いたといいます。
「とても多くのものを奪ったと思うんですけれど、一番は元妻らしさというか、自分らしく生きるっていう、その大切な時間を奪ったって思っています」
なぜ見過ごされてきたのか
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、25年以上にわたってひきこもりの家族や本人の取材をしてこられた池上正樹さんです。
今回の取材で女性のひきこもりの方々の置かれた状況というのが少しずつ見えてきたわけですが、池上さんは長く向き合ってこられてどんなことを感じていますか。
池上 正樹さん (ジャーナリスト)
25年にわたり ひきこもりの家族や本人を取材
池上さん:
10年ぐらい前からひきこもる女性や、ひきこもる主婦の記事を書いてきたのですが、記事を出すたびに数十件単位で同じような女性たちから声が届くということがありました。皆さん、やはり、自分も同じように苦しんでいる、自分と同じだというような声だったんです。当時は主婦はひきこもりではないということで、調査対象からも外されていたということだったのですが、こうやって声を上げやすくなったことによって顕在化してきたということが言えるのではないかと思います。
桑子:
何が女性たちのプレッシャーになって、押しつけてしまっているのか。池上さんに今回キーワードをいただきました。「男社会が押しつける“役割”」だということですね。
池上さん:
日本の「家」という縛りの中で、自分が夢とか希望を追い求めたくても家事とか出産とか育児、介護を完璧にこなさなければいけない。そういう家族のためだけではなくて、社会的な役割とか世間の期待みたいなものを背負わされて、我慢を強いられてきたということがあったと思います。そういう家父長制とか生産性を重んじるような男社会によって、ひきこもらされてきた人々だったのではないかと感じます。
桑子:
なかなか声も上げられず、自分自身も気付くこともできなかったと。私たちは、「#となりのこもりびと」とフリーダイヤルの留守番電話(0120-545-501)で声を募集してきました。この中には、例えば「派遣を転々とし、仕事が途絶えてしまった」という方、また「不妊治療で退職したものの、子どもができずに孤立してしまった」という方など、さまざまな声が寄せられました。
池上さん、今回本当に多くの声を寄せていただきましたが、なぜこういった声にこれまで気付けず、それを拾い上げてこられなかったんだと考えていますか。
池上さん:
女性の方も相談に行ってはいたのですが、その相談窓口が就労支援をして社会に戻すという男社会の目線でつくられてきたということで、結局、そこに自分の求めているニーズと、供給される支援内容が一致できなかったということですよね。
女性たちからすると、一人の人として尊厳があったのかということだったと思いますし、やはり女性はみずから対象外と思って相談に行くことすらもなかった。場所がなかったということだったと思います。
桑子:
まさに先ほどご指摘された、男は仕事をする、女は家に入って家事をする、という考え方が前提としてあったということでしょうか。
池上さん:
そうですよね。
桑子:
そうした女性たちが社会とつながることができないかということで、内閣府では孤立した女性に向けた「つながりサポート」という事業を行っています。
全国84の自治体でNPOなどが実施しています。例えば岩手県では、女性専用の相談窓口を設けたり、女性相談員による出張相談を行ったりしています。2年間で相談件数のべ1,500件以上の相談を受け付けてきたということです。代表の山屋さんは「社会の目が届かない家庭内で女性が生きる力を失っている。安心して話せる・つながる仕組みが急務だ」と指摘されています。
こういった取り組みの他にも、各地で新たな模索が始まっています。
つながり取り戻すには
横浜市では、孤立する女性の就労支援を行ってきました。この日、面談していたのは専業主婦で15年間ひきこもっていた女性です。
「これまで一番苦労したことは何ですか?」
「いろんな苦労もあったんですけれども、やり遂げたと思ってますし、そこを大きな声で言えないじゃないですか。仕事を持ってる、肩書きを持ってる人が偉いというか」
主婦としての経験は社会では認められないのではないか。履歴書を書くことさえできませんでした。
「外で働いてきたこととか、そこで出した成果が価値として認められる。説明するようなことも逆につらくなるというか、それでひきこもるんですけれども」
どう解決すればいいのか。関係するスタッフたちが集まり、意見を出し合いました。社会とつながるその前の段階で、自信を回復するためのサポートがいるのではないか。
「ずっと呪文のように『お前なんて雇ってくれる所はない』とか、怖くて一歩出るわけがないですよね」
「驚いたのは、自分で何をしたいかっていうのを決めるのが怖い」
「心の回復だとか、自尊心を取り戻すこととか、いわゆる『就労支援』じゃないものが求められている」
自信を失った女性たちが通いやすい場所を作る試みも始まっています。"ひきこもり女子会"です。参加するのは当事者のみ。自治体の職員や支援者が立ち会わないことで悩みをより打ち明けやすい環境にしました。この日、話題に上ったのは子どもがいないことへの周囲からのプレッシャーです。
「自分だけじゃないんだって気持ちになる」
失業をきっかけにひきこもっていた、みちさん(仮名)。半年前から女子会に通い始めました。同じような悩みを抱える人と出会うことで、少しずつ自分を肯定できるようになったといいます。
「けっこうここまで至るのにすごい葛藤があって。一直線ではなくて三歩進んで三歩下がるみたいな、もうつらかったですけど苦しみとか背負っているものを吐き出せる場所がたくさん見つかってきてから、本当にすごく気持ちが楽になりました」
今、ひきこもりの経験者たちと共にどんな居場所が必要なのか考えています。
「行政だとか支援者が用意した場所に、はいどうぞじゃなくて、その場所をみんなで作っていく」
「単純に静かな居場所、わいわいしたところ、いろいろ作るっていう」
「家から一歩も出れない人が居場所なり何なり行くってすごくハードルが高いことだと思うんですけど、まずは就職とか就労とか自立支援とかそういったワードではなくて、気軽に行けるような場所があるってことを知ってもらいたいですね」
私たち周りができること
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
ほっとできる場所、心が安らげる場所は本当に人によってさまざまですが、そういった場所を増やしていくことの重要性、どういうふうに感じていますか。
池上さん:
見過ごされてきた問題であり、主婦はひきこもりではないという社会の偏見があったからこそ女性はなかなか相談につながれなかったと思うんです。
最近、UX会議さん(ひきこもりUX会議"女子会"を各地で開催)のような当事者団体の女子会の広がりというのがあって、「あっ、自分もそういう同じ苦しみがある」とか「声を上げてもいいんだ」とか「仲間と会いたい」ということに気づき始めたということですよね。また、自分で自分の人生を選び始めたということなのではないかなと思います。
桑子:
こういった取り組みを、今行政もバックアップしているという動きもあるそうですね。
池上さん:
そうですね。自分たちの居場所は自分たちで作るというそういった動きもあるということ、それをまた行政がバックアップするという動きもあるということですね。
桑子:
ただ、これが今十分かというと、どうでしょうか。
池上さん:
自治体の認識にまだ温度差がありますので、全国的な広がりにはまだなっていない。でも、UX会議さんのように全国のプロジェクトとしてキャラバンをやられているところもありますので、そういったところでうまく共同して、連携してやっていくということが求められているのではないかと思います。
桑子:
なかなか自分から声を上げられないという中で、周りに必要なこと、周りができること、どういうことだと思いますか。
池上さん:
想像してもらいたいということなんですよね。例えば、ひきこもっている女性の方の中には性被害に遭っていたりとか、いろいろ人権侵害に遭う、遭っている、そういうことがやはり認知されていない、自分自身も含めてですが。人権問題と思わずに自分で自分を責め続けている、そういう女性たちもいるということなんです。
だから、ひきこもりながら自分を守ってもいいし、あなたは決して悪くないということをやはり誰かが伝えてあげてほしいと思います。諦めずに自分の人生、自分のつらさを言葉にしてもいいんだよということだと思います。
また、周囲の方はそういう排除されるリスクの高い社会の中で、安心して声の出せる人とか、場とか、受け皿を作ることが全国的に求められているのではないかなと思いますね。
桑子:
池上正樹さんにお話を伺いました。ありがとうございました。
池上さん:
ありがとうございました。
つながりを失う中で 大切にしている"言葉"
仕事を失い、ひきこもるようになったきみこさん(仮名)。
「ただいま、はい」
「ありがとう、またお花が増えた」
娘の存在が日々の支えとなっています。
「助けてくれているんです、これね。励ましてくれてるというか」
離婚後、再会した元夫には自らの人生を取り戻す決意を伝えました。
毎日、目にする場所に飾っているのはきみこさんが大事にしている言葉。
社会に自分の居場所を見つけたい、きみこさんの願いです。
※2023年5月2日、記事の一部を削除しました