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2023年4月19日(水)

広がる女性のひきこもり “孤立”をどう防ぐのか

広がる女性のひきこもり “孤立”をどう防ぐのか

先月、内閣府が公表した調査では50人に1人がひきこもり状態で、女性が約4割以上を占めることが明らかに。今回、インターネットなどを通じて1000人を超える人たちの声を集めると、女性活躍社会と言われる一方、家事や育児のために仕事を辞めざるを得なかった女性が「自分は生産性がない」と悩む声など、社会に居場所を持てずに“孤立"する姿が浮かび上がりました。全国に広がる新たなひきこもりの実態と解決のヒントを探りました。

出演者

  • 池上 正樹さん (ジャーナリスト)
  • 桑子真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

女性のひきこもり 見過ごされてきた孤立

私たちに声を寄せてくれた一人、きみこさん(仮名・49)。4年前に夫と離婚。娘と2人で暮らしていますが、ひきこもり状態です。


「お母さん、それはおなかの音ですか?」
きみこさん(仮名)
「そうです」

「食べてないの?」
きみこさん
「まあ。いつもの通り」

食欲不振やめまいなどの体調不良が続く、きみこさん。週に2回の買い物以外自宅にこもり、家族以外と会っていません。

国の調査では、ほとんど外出することのない状態が6か月以上続くことなどを“ひきこもり”としています。

きっかけは10年前、誇りを持っていた介護の仕事を辞めたことでした。

きみこさん
「『(介護施設に)あなたがいるから来てるのよ』って、そんなふうに言われたことなかったので喜びでしたね」

夫は、妊娠が分かると育児に専念することを強く求めました。

きみこさん
「子どもを産んだ自己責任もありますし、娘がいるときはうちにお母さんがいるものだという、それが理想だと夫が言ったのでそれに従って」

その後も、介護の仕事を諦められなかったきみこさん。作業療法士の資格を取るため専門学校に通っていました。しかし、夫からは家庭をおざなりにしているととがめられ、学校は自主退学。復職もあきらめました。

きみこさん
「(退学で)本当にいいんですかって言われたんですけど、しかたがない。無理やり納得するしかないですよね」

夫の仕事の都合で引っ越し、育児を通じたつながりも途絶えました。結婚から6年がたったころには夫の言いなりとなり、自分の意思を失っていました。

きみこさん
「自分さえ不満を言わないで、それに応えることができていれば円満。夫の収入と対等なほど働けるかというとやっぱり難しかったですし、言いなりになるかしかない」

精神的に追いつめられたきみこさん。娘の小学校入学を前に、夫の元を去りました。

私たちに寄せられた女性たちからの声は、1,000件を超えました。そこから見えてきたのは、仕事・家事・育児・介護、女性であるがゆえに背負った負担の重さに押しつぶされる姿でした。

10年間ひきこもっていたという女性から投稿が寄せられました。ようさんです。派遣で働きながら一切の家事を任され、さらに母親のケアも担っていました。

無職 千葉県在住 ようさん(40代)
「仕事も完璧にこなさなきゃいけない。家に帰っても完璧な自分でなきゃいけない」

欲しかった子どももあきらめ、負担をこなす日々。次第にしょうすいし、ひきこもるようになりました。

ようさん
「自分に何もないし、この先の未来もないし、何で生きてんだろう」

仕事を失い、ひきこもり状態となっていたきみこさん。離婚後、一度は契約社員として働きましたが体を壊し、辞めざるを得ませんでした。現在、失業手当と夫からの養育費で暮らしていますが、いまだ自立の糸口は見えていません。

きみこさん
「役に立たないといけない焦りがすごくあるんです。社会人として人間として失格なんじゃないかって」

きみこさんと離婚した元夫から話を聞くことができました。当時は自分が苦しめているという自覚が全くなかったといいます。

自身も専業主婦の家庭に育った文夫さん。夫が大黒柱として稼ぎ、妻が家庭に専念できることが幸せの形だと信じていました。

きみこさんの元夫 文夫さん(仮名・33)
「専業主婦と、わたしは稼いでいる夫。私が仕事を100パーセント完全にこなすのが当然であるのと同じように、元妻も主婦としての仕事を100パーセントこなすのが当たり前。元妻が勝手に孤立しているんだ、孤立しているのは自己責任だと思っていた。もっとつながっていたいなら、自分で主婦業を完璧にした上で自分で時間を見つけてつくればいいと」

なぜ、きみこさんを苦しませてしまったのか。みずから更生プログラムを受けている文夫さん。当時、残業続きで激務だったことを理由に元妻を孤立させる原因を作ったとようやく気付いたといいます。

文夫さん
「とても多くのものを奪ったと思うんですけれど、一番は元妻らしさというか、自分らしく生きるっていう、その大切な時間を奪ったって思っています」

なぜ見過ごされてきたのか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、25年以上にわたってひきこもりの家族や本人の取材をしてこられた池上正樹さんです。

今回の取材で女性のひきこもりの方々の置かれた状況というのが少しずつ見えてきたわけですが、池上さんは長く向き合ってこられてどんなことを感じていますか。

スタジオゲスト
池上 正樹さん (ジャーナリスト)
25年にわたり ひきこもりの家族や本人を取材

池上さん:
10年ぐらい前からひきこもる女性や、ひきこもる主婦の記事を書いてきたのですが、記事を出すたびに数十件単位で同じような女性たちから声が届くということがありました。皆さん、やはり、自分も同じように苦しんでいる、自分と同じだというような声だったんです。当時は主婦はひきこもりではないということで、調査対象からも外されていたということだったのですが、こうやって声を上げやすくなったことによって顕在化してきたということが言えるのではないかと思います。

桑子:
何が女性たちのプレッシャーになって、押しつけてしまっているのか。池上さんに今回キーワードをいただきました。「男社会が押しつける“役割”」だということですね。

池上さん:
日本の「家」という縛りの中で、自分が夢とか希望を追い求めたくても家事とか出産とか育児、介護を完璧にこなさなければいけない。そういう家族のためだけではなくて、社会的な役割とか世間の期待みたいなものを背負わされて、我慢を強いられてきたということがあったと思います。そういう家父長制とか生産性を重んじるような男社会によって、ひきこもらされてきた人々だったのではないかと感じます。

桑子:
なかなか声も上げられず、自分自身も気付くこともできなかったと。私たちは、「#となりのこもりびと」とフリーダイヤルの留守番電話(0120-545-501)で声を募集してきました。この中には、例えば「派遣を転々とし、仕事が途絶えてしまった」という方、また「不妊治療で退職したものの、子どもができずに孤立してしまった」という方など、さまざまな声が寄せられました。

池上さん、今回本当に多くの声を寄せていただきましたが、なぜこういった声にこれまで気付けず、それを拾い上げてこられなかったんだと考えていますか。

池上さん:
女性の方も相談に行ってはいたのですが、その相談窓口が就労支援をして社会に戻すという男社会の目線でつくられてきたということで、結局、そこに自分の求めているニーズと、供給される支援内容が一致できなかったということですよね。

女性たちからすると、一人の人として尊厳があったのかということだったと思いますし、やはり女性はみずから対象外と思って相談に行くことすらもなかった。場所がなかったということだったと思います。

桑子:
まさに先ほどご指摘された、男は仕事をする、女は家に入って家事をする、という考え方が前提としてあったということでしょうか。

池上さん:
そうですよね。

桑子:
そうした女性たちが社会とつながることができないかということで、内閣府では孤立した女性に向けた「つながりサポート」という事業を行っています。

全国84の自治体でNPOなどが実施しています。例えば岩手県では、女性専用の相談窓口を設けたり、女性相談員による出張相談を行ったりしています。2年間で相談件数のべ1,500件以上の相談を受け付けてきたということです。代表の山屋さんは「社会の目が届かない家庭内で女性が生きる力を失っている。安心して話せる・つながる仕組みが急務だ」と指摘されています。

こういった取り組みの他にも、各地で新たな模索が始まっています。

つながり取り戻すには

横浜市では、孤立する女性の就労支援を行ってきました。この日、面談していたのは専業主婦で15年間ひきこもっていた女性です。

キャリアコンサルタント 公認心理師 長谷川能扶子さん
「これまで一番苦労したことは何ですか?」
女性
「いろんな苦労もあったんですけれども、やり遂げたと思ってますし、そこを大きな声で言えないじゃないですか。仕事を持ってる、肩書きを持ってる人が偉いというか」

主婦としての経験は社会では認められないのではないか。履歴書を書くことさえできませんでした。

女性
「外で働いてきたこととか、そこで出した成果が価値として認められる。説明するようなことも逆につらくなるというか、それでひきこもるんですけれども」

どう解決すればいいのか。関係するスタッフたちが集まり、意見を出し合いました。社会とつながるその前の段階で、自信を回復するためのサポートがいるのではないか。

長谷川能扶子さん
「ずっと呪文のように『お前なんて雇ってくれる所はない』とか、怖くて一歩出るわけがないですよね」
横浜市男女共同参画推進協会 吉武恵美子さん
「驚いたのは、自分で何をしたいかっていうのを決めるのが怖い」
長谷川能扶子さん
「心の回復だとか、自尊心を取り戻すこととか、いわゆる『就労支援』じゃないものが求められている」

自信を失った女性たちが通いやすい場所を作る試みも始まっています。"ひきこもり女子会"です。参加するのは当事者のみ。自治体の職員や支援者が立ち会わないことで悩みをより打ち明けやすい環境にしました。この日、話題に上ったのは子どもがいないことへの周囲からのプレッシャーです。

「あなたの子ども産まないの?みたいな(話をされて)。ちょっとどう答えていいかわかんないんですけど」
「私は同級生とか元同僚とかだともう全員結婚して子ども産んで家建ててみたいな人ばっかりなので、それができない自分がつらいみたいな話はできない」
みちさん(仮名・45)
「自分だけじゃないんだって気持ちになる」

失業をきっかけにひきこもっていた、みちさん(仮名)。半年前から女子会に通い始めました。同じような悩みを抱える人と出会うことで、少しずつ自分を肯定できるようになったといいます。

みちさん
「けっこうここまで至るのにすごい葛藤があって。一直線ではなくて三歩進んで三歩下がるみたいな、もうつらかったですけど苦しみとか背負っているものを吐き出せる場所がたくさん見つかってきてから、本当にすごく気持ちが楽になりました」

今、ひきこもりの経験者たちと共にどんな居場所が必要なのか考えています。

参加者
「行政だとか支援者が用意した場所に、はいどうぞじゃなくて、その場所をみんなで作っていく」
みちさん
「単純に静かな居場所、わいわいしたところ、いろいろ作るっていう」
みちさん
「家から一歩も出れない人が居場所なり何なり行くってすごくハードルが高いことだと思うんですけど、まずは就職とか就労とか自立支援とかそういったワードではなくて、気軽に行けるような場所があるってことを知ってもらいたいですね」

私たち周りができること

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ほっとできる場所、心が安らげる場所は本当に人によってさまざまですが、そういった場所を増やしていくことの重要性、どういうふうに感じていますか。

池上さん:
見過ごされてきた問題であり、主婦はひきこもりではないという社会の偏見があったからこそ女性はなかなか相談につながれなかったと思うんです。

最近、UX会議さん(ひきこもりUX会議"女子会"を各地で開催)のような当事者団体の女子会の広がりというのがあって、「あっ、自分もそういう同じ苦しみがある」とか「声を上げてもいいんだ」とか「仲間と会いたい」ということに気づき始めたということですよね。また、自分で自分の人生を選び始めたということなのではないかなと思います。

桑子:
こういった取り組みを、今行政もバックアップしているという動きもあるそうですね。

池上さん:
そうですね。自分たちの居場所は自分たちで作るというそういった動きもあるということ、それをまた行政がバックアップするという動きもあるということですね。

桑子:
ただ、これが今十分かというと、どうでしょうか。

池上さん:
自治体の認識にまだ温度差がありますので、全国的な広がりにはまだなっていない。でも、UX会議さんのように全国のプロジェクトとしてキャラバンをやられているところもありますので、そういったところでうまく共同して、連携してやっていくということが求められているのではないかと思います。

桑子:
なかなか自分から声を上げられないという中で、周りに必要なこと、周りができること、どういうことだと思いますか。

池上さん:
想像してもらいたいということなんですよね。例えば、ひきこもっている女性の方の中には性被害に遭っていたりとか、いろいろ人権侵害に遭う、遭っている、そういうことがやはり認知されていない、自分自身も含めてですが。人権問題と思わずに自分で自分を責め続けている、そういう女性たちもいるということなんです。

だから、ひきこもりながら自分を守ってもいいし、あなたは決して悪くないということをやはり誰かが伝えてあげてほしいと思います。諦めずに自分の人生、自分のつらさを言葉にしてもいいんだよということだと思います。

また、周囲の方はそういう排除されるリスクの高い社会の中で、安心して声の出せる人とか、場とか、受け皿を作ることが全国的に求められているのではないかなと思いますね。

桑子:
池上正樹さんにお話を伺いました。ありがとうございました。

池上さん:
ありがとうございました。

つながりを失う中で 大切にしている"言葉"

仕事を失い、ひきこもるようになったきみこさん(仮名)。


「ただいま、はい」
きみこさん(仮名)
「ありがとう、またお花が増えた」

娘の存在が日々の支えとなっています。

きみこさん
「助けてくれているんです、これね。励ましてくれてるというか」

離婚後、再会した元夫には自らの人生を取り戻す決意を伝えました。

毎日、目にする場所に飾っているのはきみこさんが大事にしている言葉。

「きみが いてくれて うれしいよ」

社会に自分の居場所を見つけたい、きみこさんの願いです。

※2023年5月2日、記事の一部を削除しました

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
2023年4月18日(火)

その“ひらめき”が金になる!?見直される発明の底力

その“ひらめき”が金になる!?見直される発明の底力

家庭で一獲千金を目指す人も!?コロナをきっかけに、この3年で発明学会が主催する発明展への応募作品数が急増。個人の発明の商品化が進んでいます。中小企業では逆転の発想で“埋もれた発明"を見直す動きも。大企業が利用していない特許を安い契約料で使える「開放特許」の有効利用です。大企業が商品化を断念した分野で次々とヒット商品が生まれています。かつてはインスタントラーメンなど身近な発想で世界を席巻した日本。発明で再びイノベーションを起こすには?

出演者

  • 三谷 宏治さん (KIT虎ノ門大学院教授)
  • 富澤 正さん (弁理士)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

あなたの発想がお金に!? “埋もれた発明”争奪戦

桑子 真帆キャスター:

初代特許庁長官を務めた高橋是清らによって日本の特許制度が始まったのが、明治18年の4月18日。この日を国は「発明の日」として特許制度の普及を図り、日本人の発明の数々が、私たちの生活を便利にしてきました。

例えば、「インスタントラーメン」に「新幹線」、そして「ウォークマン」に「ウォシュレット」などなど。少しでも便利になればという個人の発想がイノベーションを生み世界を席けんしました。

実は、このコロナ禍で個人の発明の出品が急増しているんです。

個人の発想が利益に!?

創業およそ60年のプラスチック製造メーカー。大手自動車メーカーなどの下請けとして、部品の生産をメインにしてきました。2年前、事業拡大のため高度な加工技術を生かして初のオリジナル製品を開発しました。

三光化成 開発係 渡邉康平さん
「名前は『つり革CATっち』。コロナの感染対策商品です。これは手にはめて、非接触でつり革につかまれるアイテム。売れ行きは20個弱。大赤字です。技術力はあるんですけど、ゼロからとなるとベースもない中で考えるのは難しい」

そこで目をつけたのが、個人のアイデアが集まる発明イベントです。

ここでは毎月1回、10人ほどのアイデアが試作品として紹介されます。商品化をしたいという企業の参加は年々増加し、現在43社に上ります。

「『網だけでできたスリッパカバー』。トイレットペーパーを挟み込んで、足で拭けばゴミが取れるわけです」
「カレーライスをきれいに食べられるスプーン。ここの接地面を広くして、多くこそげるようにしました。突起物をつけて、テーブルに置いた時に下につかないで衛生的」

この日も、すぐにでも商品化できるという発明がありました。すでに商談中のため撮影に制限がかかりましたが、浴槽を隅々まで洗えるという構造で今までにないクリーナーでした。

コロナをきっかけに勢いを増す、個人の発明。

3月、子どものための発明展で表彰された中学生の嘉手納杏果さんも、その一人です。その発明は…

嘉手納杏果さん
「静電気を帯電させられるので、花粉が吸着するというものです」

不織布で作ったロールスクリーンに銅のテープを張り、電力を送ります。するとスクリーン全体が静電気に覆われ、換気をした時に室内に入る花粉の量を減らせるのです。

コロナ禍で3つの特許を取得した嘉手納さん。生活の変化が発明へと駆り立てたといいます。自宅での時間が増えて料理を始めたところ、袋のチャックに粉末がつまることに気がつきました。

内側にも筒状の袋をつけることで、チャックに粉がつかないアイテムを発明。

こちらは、マスクの置き場所に困った時に磁石の力で挟めるクリップ。商品化もされました。

嘉手納杏果さん
「(コロナ禍で)『すごい不便だな』と思うことが増えたと思う。自分が不便だと思った時に(発明を)思いつくので、チャンスだったと思います」

「お湯だけで、家庭ですぐに食べられるラーメンがあれば」と発想したインスタントラーメンをはじめ、柔軟で大胆な発明で世界を席けんした日本。「もっと便利に」、「もっと楽しく」、そんな発想力が日本のモノづくりを支えてきました。

個人の発明には、今もモノづくりの原点が存在するといいます。

20年以上発明を続ける松本奈緒美さんがこれまで生み出した商品は、およそ50点。総売り上げは3億円に上ります。大切にしてきたのは生活者の視点です。

主婦発明家 松本奈緒美さん
「耳が温まるマフラーになります。これは東日本大震災の後、家でみなさん節電していましたけど寒いですよね。部屋の中でつけられるようなルームマフラーを作ろうと」

最大のヒット商品がこちら。

松本奈緒美さん
「吸引しながら拭き掃除ができる掃除機のノズル」

「掃除機をかけながら拭き掃除ができないか」と考えた、ボアの生地がついたノズル。この発明で1億円を売り上げました。

松本さんは会社を立ち上げ、発明の支援にも力を入れています。

この日、相談に訪れたのは以前介護職に就いていたという男性です。高齢者と接する中で、1回に飲む複数の薬をまとめる「一包化」が進んでいることに目をつけました。

そこで、薬をコンパクトに収納できる容器を開発。手元に置けて順番に取り出せるので、飲み忘れを防げます。

内藤茂順(しげゆき)さん
「(売り上げで)孫のおもちゃを買ってあげられるかな」

当初は大がかりな構造でしたが、2人で試行錯誤を重ねながら使いやすい形を探っていきました。

松本奈緒美さん
「社会変化によって『便利になっているから考えることない』というわけではなく、『これはこうなったらいい』と何か絶対出てくるので、そこに目が行くか、行かないか」

個人の発明に活路を求めた、プラスチック製造メーカー。この日も集まったアイデアをもとに商品開発を続けていました。

渡邉康平さん
「『カレーライス専用スプーン』」
「これはおもしろいかもね」
「丸いスプーンだと最後米粒残るとすくいにくいけど、すくいやすいところがあるんじゃないか」
渡邉康平さん
「社内で考えても出ない着眼点」
三光化成 開発係 課長代理 渡辺晴彦さん
「いろいろアイデアを見て吸収することで、僕たちの知識向上や開発力向上につながる。発明品をみて学習するというのが目的になっている」

日本人の発明の力 “個人の発想”どう活かす

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、発想力についての著書があり、イノベーションが専門の三谷宏治さんです。

今見た個人の発想力、三谷さんはどのように評価されていますか。

スタジオゲスト
三谷 宏治さん (KIT虎ノ門大学院教授)
イノベーションの専門家

三谷さん:
失敗から始まって、企業と個人のコラボレーション。そしてコロナ禍という制限の中でどんどん出てきた個人の発想。非常におもしろいと思いました。確かに過去を見てもビジネスという中で独創的な発想、アイデアというものは「個人」からしか出てきていません。

桑子:
個人からしか出てきていない。

三谷さん:
みんなで仲よく話し合いとか、ぺたぺたいろんな付箋紙を貼って話し合いとか、そんなものからは出てこないんです。

桑子:
世界に知らしめた、あの携帯用音楽プレーヤーも開発のきっかけというのはある人物が飛行機に乗った時だったんです。機内でもきれいな音で音楽が聴きたい。周りの人に迷惑をかけたくない。そんな個人の発想から生まれたということです。

三谷さん、近年日本からこういったイノベーション、なかなか出てきてないかなという印象があるのですが、どうしてなのでしょうか。

三谷さん:
例でもあるように、強烈なリーダーシップという問題だと思います。ウォークマンの場合には、アイデアを出したのは創業者の井深さん。でも、そのあと事業化、商品化で強力なリーダーシップを執ったのはもう一人の創業者である盛田さんなんです。

そういった強力なリーダーシップというものが、残念ながら今の日本企業では生まれにくいということがあると思います。他にも、発想というふうなことをなぜ生めないのか、それはみんながそれを嫌うからなんですね。

桑子:
嫌うんですか。

三谷さん:
発想って、人と違うことが前提ですよね。みんなが言うことを言っても発想でも何でもありません。人と違うことが前提。でも就活の時に、人と違う服を着ていったら必ず落とされます。

新規事業開発担当になっても、やっぱり全く人と違うことを提案すると徹底的にたたかれます。ちょっと違うぐらいがいいんですね。

最終的にそのとがったアイデアが認められたとしても、それを育てるためにはまた多くの失敗を覚悟しないといけません。サラリーマン社長の下で失敗を嫌がる中間管理職の下で、なかなかそういったことはできないということじゃないでしょうか。

桑子:
なるほど。ただですね、個人の発想や発明というのは実はどんどん生まれてはいるんです。

日本の特許出願件数の推移ですが、数々のイノベーションが起こっていた時期と今とであまり変わっていないんです。それなのに、例えば個人の発明を企業が活用しようとしても実際には多くが活用できていないんです。

そこで、眠った特許を使わせてほしいという動きが始まっているんです。

埋もれた発明は宝の山 注目される“開放特許”

福岡県大牟田市(おおむたし)で高齢者向けの弁当を販売する会社の社長、下川雅史さん。巣ごもり需要を見越して弁当事業に乗り出しましたが、そんな時に知ったのが「大企業が使っていない特許」でした。

弁当販売 キュリアス 社長 下川雅史さん
「『根菜類が固くて食べにくい』『飲み込みづらい』という声をもらって、解決できないかと思っていた時に特許に出会って」

企業や研究機関の発明を保護し、独占的に利用できるようにする特許。国内では、166万件あまりが登録されています(2020年度 特許庁まとめ)。しかし、その半数は大企業が目指す数十億円の市場規模に合わないなどの理由で利用されていません。こうした眠った特許を使いたいと下川さんは、大手食品メーカーと交渉の末、契約を結びました。

その特許は、重曹やクエン酸を一定量使い、固い根菜類の食感を残したまま柔らかくする製法です。

ディレクター
「絶妙な。筋がない。でも、べちょっとしない」
下川雅史さん
「歯ごたえはわかりますよね」
ディレクター
「けど、かみ切れる」

ボウル1つでできる簡単な調理のため、専門のスタッフを増やす必要もありません。大手メーカーに支払う契約料は基本的に年間数万円です。特許を使った弁当は食べやすいと評判を呼び、今期の売り上げは前年の2.5倍になる見込みです。

下川雅史さん
「大きなターニングポイントになった。売り上げの規模も全く変わってきたので、新たな方向性が見えるようになった」

今、使われていない特許を掘り起こして次々と商品化が進んでいます。
特殊な発散技術で、体を守る「虫よけバンド」。加齢臭を撃退するという「せっけん」。シュー皮のサクサク感が長持ちする「シュークリーム」は売れ行きが2倍に伸びました。

特許を開発した企業にもさまざまなメリットが生まれています。およそ2万5,000件の特許を持つ、国内有数のIT企業。

「『3Dデジタイジング技術』、商談来ていますか?」
富士通 知的財産戦略室 田口有悟さん
「使ってみたいと、何社さんか声は上がっている」

全体の2%ほどの特許を使えるよう開放することで、およそ80の企業と契約しています。

企業が特許を開放するメリットの1つは「経費の節約」です。特許を維持するには、1件当たり年間数千円から数万円程度。維持費が億単位にのぼる大企業もあります。特許が使われれば、契約料を得て維持費を支払うことができます。

田口有悟さん
「研究者やエンジニアが自分で作った技術が世の中で使われて、人々の役に立つところに喜んでもらって、次の研究開発のモチベーションにつながるところもある」

眠った特許 どう有効活用していくか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
眠った特許を使う側も使ってもらう側もメリットがあるようでしたけれど、ここからは知的財産の活用が専門の富澤正さんにも加わっていただきます。

富澤さん、この動き、どれくらい広がっていると実感を持っていますか。

スタジオゲスト
富澤 正さん (弁理士)
知的財産の活用の専門家

富澤さん:
今、このコロナによる生活様式の変化や、あとウクライナ情勢による原材料の高騰などによって中小企業の事業が変わり始めております。

そういったところで積極的に今取り組み始めているところがございまして、例えば以前からあったのですが、川崎市が、行政が先進的に開放特許というものを活用しながら新商品開発を行うというのがありました。

それがまた行政に広がって、愛知県の豊田市、そしてそこから金融機関に今度は移って、長野県の全域や九州の北部地域では開放特許による新商品開発というのが進み始めています。

桑子:
眠った特許をどんどん活用され始めているということですね。三谷さんはこの動きにどんな期待を持っていますか。

三谷さん:
残念ながら、実際には大企業自身はまだまだ開放していない部分があります。それはやはり大企業にとって経済性に合わないからなんです。特許担当者は少ないのに、問い合わせに事務作業があり、そして交渉の末にようやく対価として年数万円。これでは残念ながら間尺に合わないということなんでしょうね。

桑子:
ただ、これからどんどん発想を生かして利益につなげていってほしいなとは思いますが、一方で世界に目を向けてみますと、先ほども見た特許の出願件数の推移ですが、こういう状況なんです。

1990年代ぐらいまでは世界一を日本が維持をしていたのですが、この10年で中国、アメリカに抜かれて今、世界3位ということになっています。富澤さん、これは心配したほうがいい状況なのでしょうか。

富澤さん:
決して悲観する必要はないと思います。中国は国策として、特許出願を質より量を増やすということをしておりますが、日本では横ばいではありますけれど実際には中国の反対で量より質がよくなっているという側面があります。

そうした質のよい特許を大企業や大学、そういったところがたくさん出しておりますが、それを有効活用することによって新たな新商品開発が生まれてくるというのが、開放特許を活用した新商品開発にもなります。

桑子:
日本の中小企業のどういう点が、この開放特許を使うよさにつながっていくのでしょうか。

富澤さん:
特に日本の中小企業は受託業務として、大手企業の技術をさらによくして今まで仕事を続けてきたというところがあります。そういった中小企業は与えられたアイデアをより昇華させるというのが得意ですので、開放特許、眠った特許というような言い方もありますが、その眠った特許を有効活用するというのは今、この日本の中小企業が得意としている、求められているところにもなってくるのではないかなと思っております。

桑子:
0から1ではなく、1からさらに広げるということですよね。

富澤さん:
はい、そのとおりと思います。

桑子:
そのよりよい発想をどう生み出していけばいいか。三谷さん、いかがでしょうか。

三谷さん:
幸いなことに今の日本には膨大な知の余剰が埋もれています。大企業が持っている潜在的な特許もそうでしょう。そして、副業やボランティアに励む人々もそうでしょう。そして今、この番組を見ていらっしゃる方々もそうかもしれません。そういった人たちをつなぎ、1つにすることで多くのイノベーションがきっと生まれます。

でも、最後個人に求められるものは失敗を恐れない心であり、そしてビジネスとか経営スキル、そういったものを鍛えていくことではないかなと思います。そういった機会、ぜひ活用して個人としての力を高めていっていただきたいと思っています。

桑子:
まだまだ日本はこれからいけますか?

三谷さん:
大丈夫だと思います。

桑子:
三谷宏治さん、富澤正さんにお話を伺いました。ありがとうございました。個人の発想、埋もれさせないということが大切ですよね。日本の発明の底力、まだまだ生かせる道はありそうです。

明日を切りひらくために 老舗洋菓子店の“決断”

埋もれた発明に望みを託す老舗があります。福岡県柳川市、2023年に創業110年を迎えるケーキ屋です。お祝い事には欠かせない店として地元で愛されてきました。終戦後、物がない時代に店を築きあげた祖父。父は現代の名工として県に表彰されたケーキ職人でした。

ケーキのカトウ 3代目店主 加藤幸平さん
「これが、じいさんが使っていたやつ。シュークリームの皮を作る時に使っています」

しかし、コンビニスイーツの台頭などで売り上げは全盛期の10分の1以下に落ち込んでいます。

頼りにしたのが、大手食品メーカーが使っていない特許。プリンを滑らかな食感にする製法です。大切な伝統に埋もれた発想を組み合わせる。新たな道を切り開こうとしています。

加藤幸平さん
「いい感じになっていると思います。試せるすべてに投入して、ガンガんいきます。何か打開するチャンスになるかもしれないし、何もしなければそのまま沈むだけですからね」
見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。