原発で万が一、事故が起こったとき、放射性物質がどのように拡散するか。それを予測する「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」(SPEEDI=スピーディ)をめぐって、原子力規制委員会と地方自治体が対立している。東京電力福島第1原発事故では、SPEEDIのデータが住民に公表されず、初期避難に混乱を招いた。規制委は原発事故発生時の対策を盛り込んだ指針から、SPEEDIに関する記述を削除し、事実上の排除宣言をしたが、自治体は避難時に活用できる可能性はあると反発。本当にSPEEDIは要らないのだろうか。(原子力取材班)
「間違っている」反旗翻す自治体
「規制委がSPEEDIを使わないとしたことは間違っている。実際に被曝(ひばく)してからでは遅い」
こう反発するのは新潟県原子力安全対策課の担当者。県は3月26日、規制委に対し、SPEEDIを堅持するよう意見書を提出した。
自治体の反発は、福島でも起こっている。福島県原子力安全対策課の担当者も「安全で確実な避難をするためにはSPEEDIの予測精度を高めることも必要。使えるものは使っていくべきで、この時点で『使わない』と決めるのは早計だ」と批判する。
自治体が信頼を寄せるSPEEDIとはそもそも何なのか。
SPEEDIはスーパーコンピューターを使って放射性物質の拡散を地図上に予測するもので、旧日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)が開発した。原子力安全技術センターが昭和61年から運用を始めている。
東日本大震災前までは原子力分野の研究開発を所管する文部科学省が扱っていたが、震災後は所管が規制委に移った。
国はSPEEDIの研究開発や維持のため、平成22年度までに約120億円にも上る国費を投じてきただけあって、関係者はその実効性に自信を示してきた。
官邸中枢「存在すら知らなかった」
その自信が瓦解したのが福島第1原発事故。事故で爆発が起きた際にも、SPEEDIによる放射性物質の拡散予測は行われていたものの、当時の経済産業省原子力安全・保安院が、官邸中枢にSPEEDIの存在すら知らせず、住民にも予測データが公表されることはなかった。
結果的に、第1原発周辺の住民の中には放射性物質が飛散した方向へ避難した人も多く、政府は強い批判を浴びた。
当時、経済産業相を務めていた海江田万里氏は「(SPEEDIの)存在すら知らなかった」と話し、官房長官だった枝野幸男氏も「(SPEEDIの存在を)マスコミからの指摘で知った」と明かすありさまだった。
規制委「これは使えない」
「これは誰だって使えないと思っている」
SPEEDIの活用をめぐって、規制委の更田(ふけた)豊志委員は否定的な見解を示している。風向き次第で放射性物質が拡散する方向が変わり、予測が困難であることを重要視。SPEEDIでの予測は放出源情報が得られていることが前提であり、「今回(第1原発事故)のようなシビアアクシデント(重大事故)で、どれだけの放射性物質がいつ出てくるかということをあらかじめ情報としてつかめると考えること自体があまりに楽観的だ」と強く批判した。