■大学のダイバーシティ
大学の学生食堂で「ハラルフード」を提供するところが増えています。ハラルフードとは、イスラム教の教えにおいて食べることが許されている食べ物のことです。ムスリム(イスラム教徒)の人々は豚肉やアルコールなど、戒律で禁止されているものは食べることができません。世界のいろいろな国からの留学生が増えている大学で、ハラルフードの波が押し寄せる学生食堂の現状を紹介します。(写真=アジアン食堂「食神」、神田外語大学提供)
国際色豊かな大学で、ハラル対応
大学の学生食堂でハラルフードが提供されるようになったのは、多くはここ10年ほどのことです。海外からの留学生が多い大学が、いち早く対応してきました。
上智大学では、2016年にハラルフード専門の学食「東京ハラルデリ&カフェ」を四谷キャンパス内にオープンしました。宗教法人日本イスラーム文化センターのハラル認証を取得しており、食材や調味料はもちろん、厨房や調理器具にいたるまで完全ハラル対応を徹底しています。約11人に1人が外国籍の学生(23年5月時点)の同大学では、15年からムスリム向けにハラル弁当を販売しており、多い日には150食が完売することもあったことから、専門の食堂をオープンしました。
およそ半数が国際学生(留学生)の立命館アジア太平洋大学(APU)では、人口の9割弱がムスリムであるインドネシア人の学生が約400人在籍しており、国際学生では最多です。同大学のカフェテリアでは、2000年の開学当初からムスリムの学生向けにハラルフードを提供してきました。15年にはNPO法人日本アジアハラール協会(NAHA)のムスリムフレンドリー認証を取得。ハラルフードだけでなく、ベジタリアンメニューもあり、多文化共生キャンパスらしく、多様性に寄り添う食堂になっています。
ムスリムの宗教観に配慮
14年に国内の学生食堂として初めてNAHAのムスリムフレンドリー認証を取得したのが、神田外語大学の「食神(しょくじん)」です。
同大学は「言葉は世界をつなぐ平和の礎」という理念を掲げており、その理念に沿ってアジアン食堂「食神」をオープンしました。「食神」の立ち上げに携わった神田外語マネジメント・サービスの今村裕幸社長は、次のように振り返ります。
「アジアではマレーシアやインドネシアの人口の多くがムスリムです。ムスリムの食抜きにアジアの食文化は語れないというのが、当時の学長の考えにありました。アジアの言葉と文化を学ぶうえで、ムスリムへの配慮は不可欠でした」
世界的にも、ムスリムの数は増えています。アメリカの調査機関ピュー・リサーチ・センターが22年12月に発表した世界の宗教別人口構成の推計によれば、20年時点で世界のムスリムは約19億700万人とキリスト教徒に次いで2番目に多く、30年には約22億900万人に達し、将来的にキリスト教徒を上回ると見られています。
「食神」のオープンに向けて、今村社長はムスリムの人たちの信仰に対する思いに衝撃を受けたといいます。
「ムスリムの留学生が、醤油味のうどんが好きでよく食べていたら、醤油の原材料に醸造用アルコールが入っていることに気がついて、ショックのあまり1カ月も部屋から出られなかったというのです。ムスリムの人にとっては、非ハラルのものを食べることは天に嘘をついた、罰が下ることを意味すると知り、安心して食べてもらうには厳格にきっちりやるしかないと、ハラル認証の取得を目指しました」
留学生の「安心感」になる
学食のハラル対応を徹底したのは、日本人学生が宗教を文化の一部と捉え、尊重する気持ちを育んでほしいとの思いもありました。「食神」の入り口脇にはムスリムの人々が礼拝前に身を清める「ウドゥー」が行える場所が設けられ、建物2階にはメッカの方向を示す「キブラ」のサインや敷物を備えた礼拝室も用意しています。
「ムスリムの学生たちは毎日欠かさずに1日5回のお祈りをし、食べるものにも注意を払っています。イスラム教というと、過激思想やテロといったイメージを思い浮かべる人もいるかもしれませんが、それはあくまで一部であって、彼らの多くがこうして生活のけじめをきっちりして過ごしていることを知るきっかけになればと思います」(今村社長)
こうしたハラルフレンドリーな取り組みは、ムスリムの学生たちが安心して大学生活を送れる支えにもなっています。インドネシアからの留学生、エンダーさんは、「日本への留学で心配だったのは『食事とお祈りができなければどうしようか』ということでした。先輩から神田外語大学にはハラルメニューやお祈りの場所もあるから心配ないと勧められ、毎日楽しく学んでいます」と話します。
「食神」の1階中央にはステージがあり、例年10月に開催される学園祭「浜風祭」で学生たちがタイのラムタイやインドネシアのガムランなど各国の伝統舞踊や民族音楽を披露する場にもなっています。
「日々の学生生活の中で異文化に触れていると、もはや異文化ではなくなり、これが『ふつう』になります。海外に留学する学生も多いですが、例えば留学先でムスリムの人と出会って彼らの習慣を目の当たりにしても、自然に受け入れられるんですよ」(今村社長)
多様性や異文化交流を声高に唱えるのではなく、日常的にさまざまな文化を肌で感じられる環境や体験を提供することこそが、多文化共生社会を実現する近道といえそうです。
(文=岩本恵美)
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