「クマと人、ほどよい距離を取り戻したい」 秋田県専門職員に聞く
クマの出没が人が暮らす街や集落で近年問題になっている。とくに秋田県では昨年度70人がツキノワグマの被害にあい、社会課題として注目された。クマとどう向き合い、暮らしていくか。秋田県の専門職員として被害状況の現地調査や対策に取り組む、県ツキノワグマ被害対策支援センターの近藤麻実(こんどう・まみ)さん(40)に聞いた。
昨年度の秋田県はクマによる人身被害件数が過去最多となり、出没件数も多かったため、ひどい状況だと注目されたが、あれが日常ではない。人身被害は2020年度までの32年間で計279人。昨年は本当に極端な年だった。
ツキノワグマはどんぐりがなるブナやミズナラ、コナラに限らず、サルナシ、ヤマブドウなどさまざまなものを食べて生きている。それぞれに豊凶の波があるが、昨年はすべてがそろって凶作になるという、確率的に非常に低い事態が起きてしまった。山に食べ物がないので、クマがこぞって山から下りてきた。
今年はブナの実がある程度なっているので、おそらくそのような事態は起きにくいと思っている。ただ、クマの分布が広がっていることは確かなので、クマと人とのほどよい距離を取り戻さないといけないというのが、対策を取るうえでの大きなテーマだ。
秋田県には推定2800~6千頭(中間値4400頭)のクマが生息しているとされる(2020年4月時点)。よく適正頭数はどれくらいかと聞かれるが、たとえ1万頭いても人身被害、農作物や観光地などの経済的な被害、不安感や警戒感といった精神的被害がなければ、生活に支障はない。逆に絶滅寸前でも人里に出てきて被害が出れば大きな問題になる。大切なのは頭数を減らすのではなく、人とクマの接触に伴うあつれきを減らすことだと考えている。
クマの生息域が広がり、人が住む区域に迫り、すでに重なり合っているような状況が生まれている。人口減少の割合が全国で最も高い秋田県では、山あいの集落はだれも住まなくなったり、規模が小さくなったりしている。山の辺縁部にある条件の悪い田畑から耕作放棄地になり、草木が生え、クマの利用するエリアが広がり、集落に迫る。
かつてはまきや炭を作るために、山に人が入り、木を切ったり、手入れをしたりしていた。牛や馬を飼っている人も多く、その辺の草を刈って餌にしていた。こうした、日々の生活そのものが、結果的にクマ対策にもなっていた。
いまは、クマ対策のために草木を刈らないといけない。高齢化が進み、集落の周りでも手入れが行き届かない場所が増えているなか、そのモチベーションや人手、資金などをどう維持していくか、難しい問題に直面している。
クマ対策は、「集落をどう維持していくか」という問題
結局、クマだけの対策ではなく、住む人たちがその土地を、集落をどう維持していくのかという問題だ。秋田だけではない。全国各地の山間部で集落が森にのみこまれそうになっている。クマの性質が変わったという意見もあるが、私はクマは何も変わっておらず、私たちの暮らしや土地利用が変わったことに、クマが対応しているだけだと考えている。
そうした状況の下、出没を減らし、事故や被害を防ぐために私たちが目指しているのは、クマと人とのすみ分けだ。
まず、集落に暮らす住民の労力に限界があるのなら、関係人口を巻き込んだり、公共事業を活用したりするなどして、クマの潜む場所や通り道を減らすため、集落周辺のやぶや下草を刈り払う。河川沿いの林を伐採してクマがそこを通って移動しにくくする。
家の周りのやぶをすべて刈るのは現実的ではないが、人がよく通る所だけでも見通しをよくすると、人間がクマに気づきやすくなり、鉢合わせによる事故を減らすことができる。
次に、大切なのはクマが食べるものを適切に管理することだ。農作物が餌にならないように農地を電気柵で囲う、庭先の柿や栗は早めに収穫する、クマが登らないように柿や栗の木の幹にトタン板を巻く、地面に落ちた実は早めに拾う、放置された柿や栗の木はできれば伐採する、ごみを適切に管理するなど。
新しい対策を求める声をよく聞くが、こうした基本対策を徹底することがまずは重要だと考えている。
過去の事例 大半は「クマの防衛目的」
また、事故がどのような状況で起きたのか、みなさんが知ることが大切だと思う。私たちは事故の被害者や関係者からの聞き取りや現地調査で報告書をまとめており、それをもとに作った事例の概要を、県のウェブサイトで公表している。
2020年から22年に起きた人身事故のうち24件を分析すると、20件がクマが自分や子グマの身を守るための「防衛目的」で人間を攻撃していた。人間が持っていた食物を食べようとするなど「積極的な攻撃」は1件だった。防衛目的の大半は鈴やラジオの音を出すなど通常の対策で防ぐことができる。事例を知ることで、教訓を得られ、有効な対策につながる。
秋田の人たちと話すと、クマと不思議な距離感を持っていると感じる。そこにいるのが自然で、身近な存在として許容しているというか、人を見るだけで襲ってくる動物ではないことを知っているし、「悪さされたら困るけど、山にいるだけならよいのではないか」といった心持ちを感じる。しかし、被害やあつれきがひどくなると、そうしたニュートラルな感覚も失われてしまいかねない。対策を取りながら、秋田の人たちのクマへの機微を守っていきたい。(聞き手・松村北斗)
「朝日新聞デジタルを試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験