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超短編「無常の短冊」

深夜の霞ヶ関。

一角だけ明かりが灯る静かな執務室に、電話が鳴り響く。

「はい、漁業イノベーション課です」

「あー、山田くん?おれおれ。」

「課長〜。どうしました?」

「いやほら、コロナ対策の取りまとめってそろそろだと思うんだけど」

「そうみたいっすね」

「次こそ、イカ釣り漁船のLED化補助金を捻じ込むチャンスだと思ってさぁ」

「え〜、さすがに無理筋では」

「とにかく、まずは対策文書のどっかにイカの2文字を捻じ込んでみてよ。よろしく〜」

「まじか...。まあとにかくダメ元で聞いてみるか」


「はい、官房総務課。」

「漁業イノベーション課の山田です〜。」

「遅くまで頑張ってますね。どうしました?」

「コロナ対策の各省協議とか、来てたりします?」

「....あ〜。短冊で五月雨式に来てるので、全体像は分からないですけど、まあ、粛々と来てますね。」

(注...短冊:関係省庁に限定して協議するため文章をパラグラフ毎に区切った断片。五月雨式:出来たものから順番にバラバラと送られてくるさま。)

「漁業関連の記載って入る余地ないですかね...イカとか」

「...そういう問い合わせめっちゃ多いですけど、さすがに無理だと思いますね〜それにしてもイカですか...お宅の田中課長はホント捻じ込むの大好きですね...」

「ですよね〜、気にしないで下さい!お疲れ様でした〜」


「課長〜、やはり短冊の協議が回ってますけど、イカが入る余地はなさそうです」

「山田くん〜、粘りが足りないなぁ〜。」

「課長、そう言われましても」

「もういいよ、オレが総務課長に掛け合うから」


「はい総務課長です〜」

「夜分にすみません、漁業イノベーション課の田中です〜」

「おー久しぶり。どうかした?」

「コロナ対策の取りまとめの関係で、少し心配しておりまして」

「心配?」

「はい。去年末のJ民党の部会で、岩森県選出の鬼瓦先生が大騒ぎしていたじゃないですか」

「あー、イカ釣り漁船への支援が少ないってやつか」

「そうです、おそらく今回のコロナ対策で根回しに回られる時にも確実に指摘されると思うんですよね」

「やっぱりキミもそう思うかぁ〜」

「ひとまず文書にどこか引っかかる文言さえ入れておけば、先生の溜飲も下がると思いまして」

「せやね、補正がつくかは別として、入れた方が良いなぁ。イカ。しかしどっか入るかなあ」

「その辺の細かいのはウチの山田に工夫させますんで、どれか短冊を回して頂ければ」

「そうかぁ〜、いつもありがとね。」


「はい漁業イノベーション課」

「総務課です〜。来ましたよ総務課長から指示が〜。ホント捻じ込み王の田中課長はヤバいね。」

「いつもすみません」

「取り敢えず今、『5-2-3 力強い地方経済等の下支え等の実現等』の短冊を送りましたんで、ちょっと知恵を絞ってみて下さい。」

「了解」

「取りまとめは地域振興省なんで、総務課の伊藤補佐と直接やっちゃって下さい、終わってから結果だけ教えて貰えれば〜」


「はい地域振興省総務課です」

「あのー、コロナ対策の短冊協議でご相談がありまして、伊藤補佐はいらっしゃいますか」

「あーすみません、打ち合わせにずっと入ってまして」

「では漁業発展省・漁業イノベーション課の山田から電話があった旨、メモを残して頂ければ」


「それで君は、まだ俺が職場に居るってことを伝えてしまった訳か」

「...はい...」

「これせっかくまとまりかけた5-2-3に、また無理筋が打ち込まれるパターンやぞ。今日こそはタクシーで帰りたかったのに...もう着替えがないぞ...気付かないふりしてさっさと帰ってしまうか...」

「あ、誰か来ましたね」

「あの〜すみません〜、漁業イノベーション課の山田ですがどなたかいらっしゃいますか〜」

「げ!直接乗り込んできた」


「どうも夜分にすみません」

「いえいえ、こちらこそ打ち合わせ続きでお電話に出られず恐縮です。用件は、5-2-3あたりですか」

「まさに」

「それで、エビデンスは何かありますか」

「エビデンス?」

「文言を入れる根拠となる政府文書です」

「あー、去年取りまとめた漁業再興戦略『フィッシャリー・イノベーション2048』のですね...」

「あ、自分の役所の文書はダメです。閣議決定しているようなものでないと」

「それですと...去年閣議決定された未来創造開拓実現戦略の218ページにかろうじて、イカの文言が」

「あ、ありますね。これまた脈絡のないところに良く入れましたね」

「えへへ。うちの課長は捻じ込み王と呼ばれてまして」

「後は文字数制限をどうクリアするかですね。イカを追加した分、何か削らないと」

「うーん、ここの『シイタケ栽培』を『茸栽培』に書き換えれば、3文字減らせるので、いけるのでは」

「なるほど、では追加の各省協議で調整してみて下さい。その後財務省と協議し、セットできたら厚生労働省に提出する流れでお願いします。終わるまで待ってますんで」

「ありがとうございます」

「あ、ちなみにシイタケは、原木シイタケは林業庁ですが、菌床シイタケは農業省の本省の管轄になりますのでご注意ください」


(シイタケを茸に書き換える死闘については割愛)

「....ようやく各省協議終わったぞ...まさかマッシュルームも対象に入ったことで調整部署が増えるとは思わなかった。もう空が明るくなってきた...。これから財務省か...ひとまずメールで送るか」


「主査、今ごろ短冊の追加が来ました」

「ほーい、どこから」

「漁業イノベーション課ですね」

「田中課長か。捻じ込み王は健在だな。5-2-3ってところか」

「まさに」

「どれどれ、うーん、さすがにイカだけ書くってセンスねーなー。『イカ漁』とかにした方がいいね」

「しかし主査、句点も入れると『イカ漁、』の4文字となり、『シイタケ』から『茸』への3文字削減では足りないかと」

「まあそうだけど、字数に拘ってるのは厚労でしょ?僕らは美学を大事にしよう。一応田中課長に電話して恩を売っておくか。」

「あー田中さん、お世話になってます。ええ、頂きましたよ修正意見。もちろん事情はよく分かっております。しかし『イカ』だけですとアレなんで、『イカ漁』にしときましょう。鬼瓦先生にもくれぐれもよろしくお伝え下さいませ〜」


「はぁ財務省に来るのはいつも緊張するなぁ...失礼しまーす」

「あー山田さん、どうぞおかけください」

「主査、いつもご迷惑をおかけします」

「これ、イカ漁にしときましょう」

「へ?良いんですか?」

「もちろん。でも言っておきますが、文言を入れるのと補正予算の要求は別ですからね。しっかりと見させて頂きますので」

「はい!しかし、漁まで入れると文字数制限を超えてしまいますが...」

「んー、そこは我が社の関知するところでは無いので、厚労さんとよろしくやって下さい」

「かしこまりました」


「案外楽勝でしたよ、財務協議。」

「それは良かったですねー。ではこの追加案を厚生労働省に提出して下さい」

「え、取りまとめ省庁が行うのでは」

「まあそうなんですが、ウチももう私以外は皆帰宅しちゃったんで、お願いして良いですか」

「はぁ...これ、もしかして紙で持ち込む感じですか」

「あ、そうなります。片面印刷クリップ留めで耳をつけて7部、お願いしますね」

(注...耳:インデックスシールのこと。)


「お疲れ様です〜先ほどお電話した通り、短冊に関して財務合議済みの修正を持ち込ませて頂きます〜」

「はいはい、確認しますね。...あ〜、これ、一文字超過してますね。これでは受け取れません」

「え、でも財務省からはこれでと...」

「しかしですね、これ、印刷時の字数の制約がありましてですね。物理的にどうしても」

「いや、頑張って文字を詰めるとかして何とかならないですか」

「無理ですね〜」

「例えばこの順番を入れ替えて句点を行末にするとか」

「...あぁ〜、それなら入りますけど、順番に拘る人も居ますしね、各省協議やり直します?」

「またシイタケ軍団と戦うのか...」

「いずれにしても2時間後には素案の議員根回しが始まりますんで、1時間以内にお願いしますね〜」

すっかり夜が明け、眩しい朝日を浴びながら、厚生労働省前で茫然と立ちすくむ青年。

果たしてコロナ対策にイカの文字は入ったのか、イカ釣り漁船予算は認められたのか、そもそもそれはコロナ対策とどう関係があるのか。

その顛末は、誰も知らない。

(完)

(注:この話は完全にフィクションですが、経済対策などの文章を隅々まで読むと、何の脈絡もない謎の単語が突如として登場することに、賢明な読者諸君であればすぐに気づかれることでしょう...。あと、原木シイタケと菌床シイタケとマッシュルームの担当部署が別なのは実話です。)

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将来宇宙輸送システム株式会社 創業者・代表取締役社長 /株式会社ispace社外取締役 /株式会社アークエッジ・スペース社外取締役 /株式会社デジタルハーツプラス取締役 /内閣府準天頂衛星「みちびき」エバンジェリスト /株式会社ローンディール メンター /そのほかいろいろ。
超短編「無常の短冊」|畑田 康二郎
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