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第8話「入学試験~体術~後編」

 試験会場に夕日が射し込む中、僕とロカは対峙した。


「うーん! この時を楽しみにしていたぞ、テオ! さあさあ、余と戦おう! その気ならば、骨の一本や二本くらい折っても構わんからな」

「僕はあんまり女の子を痛めつける趣味はないんだけど」


 大嘘だ。本当は生意気な子を痛めつけるのは楽しい。でも流石にこの顔でそんなことを言う気にはならなかった。


「ふーむ、そうなのか? シャウラを嬲っていた間、面白そうに眺めていた男の言葉とは思えんが」


 察しがいいなぁ。というか、あの状況でもしっかり僕の方を確認してるあたり凄いな。万が一にもシャウラに負ける可能性があるだなんて微塵も思っていない様子だ。


「まあ、そんなことはどうでも良い! よし、いつでもいいぞ!」


 ロカはその場でステップを踏んで、犬歯を剥き出しにして笑った。


「試合開始!」


 試験官の号令と共にロカが目にも止まらぬ速さで飛び蹴りを放ってきた。咄嗟に腕を交差して防ぐ。

 今のこの身体だと視認するのがやっとだ。まだ人間の身体に慣れていないせいもあるだろうけど。

 みしりと骨が嫌な音を立てた。ひびでも入ったか? まあすぐ治る。


 ロカは飛び蹴りを受け止められた瞬間に、長い尻尾で地面を打ち空中で回転して距離を取った。こんな戦い方をする相手とは今まで出会ったことがない。

 軽い身のこなしと先程のシャウラとの一戦でもわかるように容赦のない攻撃が彼女の持ち味のようだ。これほどの動きが出来るとなれば、当然実戦経験も豊富だろう。多分何人か殺してる。

 彼女の俊敏さを考えれば、今まで僕が受験生たちを倒してきたような高速での不意打ちは意味をなさないだろう。


「人間が余の動きを見切るとは凄いな? では遠慮なく行かせてもらうぞ!」


 爆発的な加速で飛び出したロカの拳が僕の頬をかすめた。その瞬間を見逃さずに腕を捕まえる。しかし、直後には彼女の尻尾が僕の横腹を撃っていた。

 肋骨が逝った。けど、吹き飛びはしない。こうなるところまでは読めていた。

 ロカの表情がぴくりと変わったのがわかる。僕はすかさず掴んだままの彼女の腕を持ってその背中側に回り込んで、ロカをうつ伏せに抑え込んだ。


 衝撃にロカが呻く。一瞬、力が緩んだのを見逃さずに肘で彼女の背中を抑えつけながら、もう片手で彼女の最大の武器である尻尾を鷲掴みにする。まるでさっきロカがシャウラを弄んでいた時と同じように。

 肘に全体重を乗せてから、片手で尻尾の根元をぐんと引っ張ると身体がびくんと痙攣した。


「ぐっ……!」

「へえ。シャウラみたいに可愛い声は上げてくれないのかな? ちょっと期待してたんだけど」

「……な、何故……確かに、骨は折った……はず」

「ん? ああ、夢中で気が付かなかったよ。痛い痛い」


 少し痛いのは本当だ。折れた骨はもうほぼ治りかけてるけどあんまり力んでるとまた折れるかもしれない。


「降参してくれないかな?」

「……っ! ぐぅ……ん!」


 尻尾の根元は獣人の弱点の1つだ。手加減抜きで引っ張ったら折れてしまうかもしれないからほどほどにしてたけど、もっと引っ張ってみることにした。


「んゃぁっ……!」

「ふっ、可愛いね」

「くそ……! 余を、愚弄するか!」

「戦で負けた女の子がこの程度で済むんだからマシな方だと思うよ?」

「余は……負けて、ない!」


 尻尾をぶんぶんと振り回すが、根元を抑えられているせいで力が極端に弱まっていた。顔を叩かれても、オークに殴られた程度の衝撃しかない。羽根でくすぐられた程度の感触。

 そんな彼女の耳元で囁く。


「実力差がわからないほど馬鹿じゃないと思ったけど違うのかな?」

「……! 余は負けるくらいなら死を選ぶ!」

「ここが戦場ならいい心構えかもしれないね」


 ぎゅっと尻尾の根元を掴んだ。まるで別の生き物のようにびくんと跳ねる。


「……くぅぅっ……!」

「君の最大の武器はこれだよね。しばらく使い物にならなくしてあげようか?」

「やれるなら……! やってみせよ!」


 ああ、いいなぁ。本当にここが戦場だったらいいのにね。こういう強がりを言う子ほど反応が面白い。

 もっと虐めたいけど、流石にこれ以上の屈辱を受けさせるわけにはいかないだろう。『王』って言ってるのも自称なだけには見えなかったしね。


「しょうがないな。少し乱暴にするよ?」


 そう言ってから、僕はとある場所にちらりと目線を送る。そこには怒りのあまりにぷるぷる震えているシャウラがいた。

 主人に屈辱を味わわされた恨み、ではなくて明らかにロカを辱めている格好になっている僕にその怒りは向けられている。見事な忠誠心だ。

 入学試験だから何とか堪えてるんだろうけどいつ暴発するかわからない状態。ロカはこのままだと多分腕や尻尾を折っても降参してくれそうにない。かと言って、抑えつけてるので精いっぱいだから気絶させるとなると色々面倒だ。というわけで。


「獣人って言ってもこんなものなのかな? 大したことないんだねぇ」


 シャウラに向かって、言った。


「こ、この……! ロカから離れなさい!!」

「!? や、やめよ、シャウラ……!」


 僕を目掛けて飛びかかってきたシャウラの一撃をさっと回避する。今まで僕がいた場所の地面は深々と抉れていた。彼女の魔族にも似た赤い瞳が僕を見据える。完全に獲物を狩る瞳だ。でも。


「何をしている!? 試験の最中だぞ!」


 試験官が叫んだ。そして。


「シャウラ・ブランネージュ! 妨害行為により、失格」

「待て、負けだ! 余の負けだ!!」


 その宣言を遮るように、ロカが叫んだ。


「負けを認める! だからそれは勘弁してくれ!」

「ならん。試験の妨害は重大な違反である!」

「いいよ、別に」


 僕は試験官に目を向ける――よく見るとその女性は獣人だった。


「僕は構わない。彼女が負けを認めてくれたからね」

「しかし」

「むしろそう仕向けたんだ。主を辱めれば、臣下は黙っていないだろう。挑発すればきっとシャウラが乱入してきて、こういう展開になるんじゃないかってね」


 試験官は鋭い眼差しを険しくさせた。


「……そこまで見越した上での行動か」

「そんなところ。じゃないと、最悪殺し合いになっちゃいそうだったからね」

「試験で命のやり取りをするつもりか。未熟にも程がある」

「そのへんの手加減や処世術を教えてくれるのが軍学校っていうものじゃないかな? こんな逸材を失格にするのは軽率だと思う」


 人間の試験官からすれば言語道断だろうけど、そこは獣人の試験官だ。彼女も獣人の闘争本能の強さは知っているだろう。

 故にこういう結論を下さざるを得ない。それは。


「……わかった。お前が認めるのであれば、ロカ・コールライトの敗北としてこの場は納めよう。ロカ・コールライト、異論はあるか?」

「ない……」


 ロカは俯いたままぼそりと言った。悔しそうだけど潔いのはわかる。ぎりぎりのところでちゃんと引き際を弁えているのは褒めてもいいところだろう。


「勝者、テオドール!」


 こうして体術の試験は無事に終わった。

 僕は座り込むロカと、僕の行動を理解出来ていないのか戸惑いの表情を見せるシャウラへと近づいた。


「大丈夫かい、ロカ? 少し肘を押し付け過ぎたかもしれない。どこか痛めてない?」

「平気だ」


 そうは言いつつも僕が掴んでいた腕をわずかに庇うような仕草を見せる。シャウラは心配そうにそれを眺めていた。


「テオよ、すまん」

「うん?」

「……お前がシャウラをけしかけてくれなかったら、余は負けを認めなかった。そのままお前との試合を続行して、隙を見てお前の首に爪を突き立てたかもしれん。もっとも、それが上手く行くかどうかはわからんが」


 ロカはそこまで言って顔を上げた。その表情は先程までの陽気な獣人の少女そのものだった。


「感謝するぞ! 余を負かした強さだけではなく、シャウラの失格までうやむやにさせたその手腕、見事である! どうだ、余の臣下になるつもりはないか!?」

「臣下にはならないけど、友達になら喜んでなるよ。立てるかい?」

「うむ!」


 そっと手を伸ばすと、ロカは痛めていない方の手でそれを掴んで起き上がった。


「今日よりお前は我が同胞も同じだ! シャウラ、お前も何か言え」

「……ちっ。ありがとーございまーす……」


 ロカがまた尻尾を振り回そうとしたのをやんわりと止める。


「シャウラの忠誠心は本物だよ。いい臣下を持ったね」

「う、うむ……? そう言われるのは初めてな気がするが……」

「血気盛んなところは若さ故のものだ。時間が経てば自然と分別を弁えるようになるはず。長い目で見てやれ……見てあげてね」


 いけない。こんなところで『地』が出てしまった。今まで隠してたのが台無しだ。

 しかもこんな説教は今の僕には似合わないし。変に思われなかったかな? 少し肩入れし過ぎたか。


「そう、だな。うむ。今日よりシャウラをバシバシするのは少し控えよう」

「ええっ!? 私はいつでもいいわよ!? ほら、早く私をぶっ飛ばして!!」

「断る」

「えぇー!?」


 シャウラのいかにも残念そうな声がこだました。

 気が付けば、周囲にはすっかり夜の帳が降りている。今日の試験はこれでおしまいだ。

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