滞在期間中に女性が50人ほどの客と売春行為に及んでいたことが報じられると、性風俗従事者や外国人が差別的な扱いを受けるようになった。松本市内で働く外国人が、銭湯の入浴やスーパーの入店を拒否されるケースが頻発した。
「『長野県ではエイズが蔓延している』というデマまで流れていたため、女性の住まいがあった松本ナンバーをつけた車が中央自動車道で避けられたり、長野県民が他県のホテルで宿泊を断られたりする事案が相次いだのです」(『エイズの表情』の著者でノンフィクション作家の吉岡忍氏)
厚生省の「責任逃れ」
神戸と松本で起きたパニックは、多くの日本人の偏見をさらに助長した。
男性同性愛者、性風俗従事者、外国人―つまりエイズにかかるのは「ふつうと違う人々」だというものである。
こうした偏見が社会問題化したのが、血液製剤による血友病患者の感染だ。エイズ・パニックが沈静化した'87年9月に、国内で確認されたHIV感染者の9割以上が血友病患者であると明らかになった。
血友病患者がHIVに感染した主な理由は、治療に使われた多くの輸入血液製剤にHIVが混入していたからだ。これは後に「薬害エイズ事件」へと発展する。
だが、当時その事実を知る人はほとんどいなかった。そのため血友病患者も「節操のない性交渉で感染を広げる非道徳的な人たち」というレッテルを張られてしまう。
血液製剤によって、HIVに感染した参議院議員の川田龍平氏はこう振り返る。
「小学生のとき、HIV感染者であることは伏せていたものの血友病であることは隠していませんでした。それでも『汚い』『一緒にいたらエイズに感染する』と言われていじめられました。当時、血友病患者はHIVに感染していなくても『差別されたくないから』と病気を隠していました」