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執事と剣の師

 バンフィールド家の執事であるブライアンは、今日も屋敷を見て心の中で嘆くのだった。


 先々代のバンフィールド伯爵が建て直した屋敷は、控えめに言えば独特で奇抜。


 悪く言えば、悪趣味だった。


 客人が来ると顔をしかめ、もしくは屋敷の話題に触れないようにする。


 苦笑いをする客が実に多い。


 廊下も曲がりくねり、迷路のようになっている。


 新人の使用人が迷うことも珍しくない。


 ブライアンが廊下を歩いていると、物陰に隠れて使用人たちがお喋りをしていた。


 若い男女だ。


 若い男は庭の手入れをする庭師だが、機械に任せて遊んでいた。


 ミニスカートのメイド服を着た女性に話しかけている。


「いいだろ?」

「でも見つかったら怒られるわよ」

「平気だって。使っていない客室があるんだ」


 男がメイドの肩を抱き寄せ、どこかに連れ込んでいく。


 ブライアンが来ても挨拶すらしない。


 使用人を雇う際には容姿が重要視され、必要な能力やら人間性は無視されていた。


 ブライアンは嘆く。


「何ということか」


 昔は違った。


 それこそ、ブライアンがバンフィールド家に仕えはじめた頃は、もっとしっかりした屋敷で使用人たちも真面目だった。


 それが、跡を継いだ先々代――リアムの祖父が原因で、領地はボロボロになってしまった。


 領民からは搾り取り、贅の限りを尽くして伯爵家の財政を傾かせた。


 借金が膨らむと、逃げるようにクリフに全てを押しつけ自分は首都星に逃げ込んだ。


 かつての面影がない伯爵家を悲しむブライアンだったが、執務室に来ると服装を整えて背筋を伸ばす。


 壁面の電子機器に触れた。


「リアム様、ブライアンでございます」


 電子機器からはリアムの声がした。


『――入れ』


 幼子に似合わない苛立った声。


 ドアが開いてブライアンが部屋に入れば、横に天城を立たせたリアムが執務室で仕事をしていた。


 机は大人用の物だが、椅子は子供用を使っている。


 幼子とは思えない顔付きは、不満を隠そうともしていない。


 リアムの隣には秘書のように天城が控えており、リアムのサポートをしていた。


「リアム様、何かご用でしょうか?」


 リアムは椅子から降りると、腰の後ろで手を組んだ。


 子供が随分と偉そうにしているように見える。


「――ブライアン、俺は今まで屋敷から出た事がなかった」


「はい。数日前まで、リハビリと教育を受けておりましたからね。運動も屋敷内に設備が整っておりますし」


 外に出る必要がなかった。


 だからリアムは気が付かなかったのだ。


 ――自分が住んでいる屋敷がいかに悪趣味であるかということに。


「この屋敷は酷すぎると思わないか?」


 同意したいブライアンだが、執事として先々代の趣味を貶すことも出来ない。


「とても独創的だとは思います」


「そんなお世辞はいらねーんだよ!」


 リアムが激怒して、小さな体で地団駄を踏んでいた。


 そして天城に視線を送ると、ブライアンの周囲に先々代や先代のクリフが建てるか、建て直した屋敷が投影される。


 屋敷、別荘、数多くの建物がブライアンの周囲に投影された。


 どれも控えめに言って――酷い形だった。


「馬鹿なのか? 馬鹿なんだろ!? 何で奇抜な形にこだわるんだよ。住みにくいんだよ!」


 どれも酷い屋敷ばかり。


 中には、親族に与えられた屋敷もある。


 だが、バンフィールド家の財政状況を知っている親族たちは、既に首都星に逃げているため誰もいない。


 リアムが五歳で地位も領地も問題なく引き継げたのは、親族が反対しなかったのも大きな理由だ。


 ――誰もこんな領地はいらなかった。


 おまけに騎士。譜代の家臣たちも他家に仕官するか、先々代に付き従ってバンフィールド家を捨てている。


 今は領内を管理しているのは領民だ。


 軍も領民たちが維持している。


 リアムには家臣もいなければ、頼れる親族すらないのだ。


(お労しい。幼子に全てを押しつけて都に逃げるなど、アリスター様の時代では考えられない)


 ブライアンを前にリアムが宣言する。


「全て解体しろ。この屋敷もいらん。俺に相応しい屋敷を用意する」


 ブライアンが慌てる。


「そ、それでは、他の屋敷や別荘を管理している者たちはどうされるのですか?」


 リアムは忌々しそうにしていた。


「興味がない。クビにしろ」


 ソレは困ると思っていると、天城がフォローしてくる。


「旦那様、お屋敷を新たに立てるのは少々お待ちください」


「何故だ?」


「解体は賛成です。維持費の負担が減りますからね。ですが、旦那様に相応しいお屋敷を用意するとなると時間がかかってしまいます。それまでは必要最低限の機能を持つお屋敷を用意してはいかがでしょうか?」


 立派な屋敷を建てる前に、必要最低限の屋敷を用意する。


 ソレを聞いてブライアンは安堵した。


(新たに借金を作るよりはマシか。いや、解体費用の捻出でまた借金だろうか?)


 リアムは少し考え、頷くと天城の提案を採用した。


「そうだな。俺の屋敷は時間をかけて丁寧に作るべきだ。それはそうと、金は用意できるのか?」


 天城はすぐに今後の予定について話をする。


「それでしたら、私兵――伯爵家の軍を再編するべきかと」


「軍の再編?」


 領主貴族は軍を持つことが出来る。


 リアムは、仕事を始めたばかりでまだ領内の状況に詳しくない様子だった。


 天城がデータを見せると、それを見たリアムが感心している。


「宇宙戦艦が三万隻もあるのか? 凄い数だな」


 天城は頷きつつ、


「はい。ですが、稼働率は二割を切っております」


 三万隻もあるが、動いているのは六千隻もなかった。


 おまけに旧式で古く、張り子の虎の三万隻だ。


「なので、現状維持できる数。最低限必要な三千隻を確保した後は、軍を縮小しましょう。維持費が桁違いに安くなります」


「それでうちの領内を管理できるのか? 一応、銀河の支配者だろうに」


 銀河一つを支配していると思えば、三万隻でも足りないのではないだろうか?


 そんな疑問に答えたのはブライアンだ。


 とても言い難そうに、


「リアム様、当家は確かに一つの銀河を支配する権利を有しています。いますが――当家が管理しているのはこの惑星と資源惑星が一つ。それ以外は手が回りません」


「軍縮で」


 支配している領地が広くても、実際に管理している場所はごく僅かだった。


「では、すぐに再編に取りかかりましょう。これで予算を確保できそうですね」


「意味のない見栄を張りやがって」


 それを聞いてブライアンが慌てはじめる。


 リアムが安易に人工知能の意見を取り入れているのも問題だった。


「お待ちください! リアム様、伯爵家は最低でも一万隻は確保するのが帝国での通例です。大幅に軍縮しては、周辺領主たちに侮られます。大変危険です!」


 悩むリアムに天城が言う。


「周辺領主たちも見栄のために揃えた艦隊です。旧式ですので、帝国から払い下げの兵器を買えば十分に対応できます」


 戦力が十分の一になる。


 そう聞けば、周辺領主があの家は危ない。落ち目だと思ってしまう。


 更に攻め込めば勝てると考える。


 それに、宇宙には危険な連中もいた。


 宇宙海賊たちだ。


「リアム様、艦隊は数を持っているというだけで意味がございます。何卒お考え直しください!」


 しかし、リアムは拒否した。


「張り子の虎なんかいらない。必要なのは戦える軍隊だ。天城、再編を進めろ。いずれ増えるんだよな?」


 頷く天城は今後の予想を口にする。


「再教育、再訓練で精鋭に仕上げます。その後、領内の財政状況に応じて規模の拡大を行いたいと思います」


 リアムがソレを聞いて満足した。


「すぐに実行しろ」


 ――ブライアンは思った。


(子供ながらにこの決断力――まるで私が憧れた伯爵様を思い出す)


 リアムの曾祖父。アリスターは立派な貴族だった。


 優秀だった彼の姿を、ブライアンはリアムに重ねるのだった。


 惜しむらくは、人形に甘えていることだろう。



 ――何これ酷い。


 カプセルから出てしばらくリハビリと教育を受けた俺だが、仕事に取りかかると領内の状況に唖然とした。


「こんなの――搾り取ろうにも、搾りかすも出ねーよ!」


 科学と魔法で発展したはずの世界。


 領民たちの生活は、俺の前世が記憶している日本よりも酷く見えた。


 星間国家があるんだぞ。


 宇宙戦艦がビームを撃ち合って戦争する世界なのに、まるで俺の領内だけ時代に取り残されている。


 これ以上は、虐げたくても虐げられない。


 そもそも、悪徳領主としてやり尽くした後のような領地が、バンフィールド家の領地だった。


「何で領内を発展させないんだよ」


 俺の文句に対して、天城が淡々と答える。


「黙っていても発展するからです。領主貴族にしてみれば、放置して発展するならその方が楽ですから。発展すればするだけ、管理も大変ですからね」


「人工知能を使えよ!」


「使ってはいますけどね。最低限、という独自ルールで頑張っておりますよ」


 税を搾り取り、それでもギリギリ発展するだけの余力を与える。


 黙っていれば人は増えるし、知識や必要な人員が欲しいときはカプセルに放り込んで教育すればいいと考えていたようだ。


 領民に無駄な知識は不要とばかりに、随分と虐げている。


 ――俺が手を出す余地などなかった。


 悪徳領主としていきなりつまずいてしまった!


「これ、俺は両親に酷い領地を押しつけられただけじゃないのか?」


 あの案内人、俺を騙したのか?


 そんな考えが頭をよぎったのだが、天城が俺に優しく語りかけてくる。


「旦那様、確かにバンフィールド家の領地は酷い状況です。ですが、ここからは上がるだけとも考えられます。正しく税を運用すれば、十年後、二十年後には相応の成果が出るでしょう」


 人の寿命が長い世界だ。


 この世界の成人の年齢は五十歳。


 五十歳でも、精々前世で言う十三歳前後の外見だから恐ろしい。


 それを考えると、二十年は短く感じられた。


「――二十年か」


「はい。二十年で領内は活気を取り戻します」


 天城が言うなら間違いないな。


 搾り取るにしても、ある程度の余裕が領民にないとつまらない。


 それに、俺の体はまだ幼い。


 時間はたっぷりあるのだし、ここはしばらく領内へと投資することにした。


 後で回収すれば何の問題もない。


「必要な予算以外は、全部領内整備に回せ。後でしっかり回収してやるとして、だ。天城、俺は力が欲しい」


「力でございますか? 軍備なら――」


「違う。個人の力だ。俺自身の力だ」


「個人の? 体を鍛えたいと?」


「そうだ。武芸でも何でもいいから強くなりたい」


 前世、俺は単純な暴力に怯えていた。


 借金の取り立てに来る厳つい男たちが怖かった。


 暴力など無意味と思っていたが、あのような状況になると力は必要だと思った。


 他者を踏みつけるために――俺は強さが欲しい。


 他者を恐れないだけの力が欲しい。


 暴力が欲しいのだ。


 そのために強くなりたかった。


「旦那様には必要ないと思います。必要最低限でよろしいかと」


「駄目だ。一流の指導者を集めろ」


 全ては奪われないために。


 全てを奪うために――力が欲しかった。



 黒い空間に案内人がいた。


 旅行鞄に腰掛け、映像を見ながらニヤニヤしていた。


 そこに映し出されている映像は、数年でやつれてしまったリアムの前世――彼だった時の妻だった女だった。


「随分とやつれてしまっていますね。髪もボサボサだ」


 パートを掛け持ちし、何とか娘と二人で生きている。


 そんな元妻を、楽しそうに案内人は見ていた。


 彼の周囲には、同じように不幸になった人たちの映像が浮かんでいる。


「おっと、こちらばかり見ていてはいけませんね。やはり今のお楽しみは彼ですからね。さて、どのような状況になっているのか――ん?」


 首をかしげる。


 転生した彼――リアムは七歳になっており、何やら人形と話をしていた。


 クツクツと案内人が笑っていた。


「生身の女性が信じられずに、精巧に出来た人形を側に置くとは滑稽ですね。おまけに、それが社会的な地位を危うくしていると気が付いていない。何と楽しい状況でしょうか」


 不幸な環境にいるというのに、まだ気が付いていないのもポイントが高かった。


 映像の中、リアムは力が欲しいと言っていた。


 前世で暴力に怯えた人間が、来世で力を望む――案内人は嬉しくてたまらない。


「奪われないために力が欲しい、ですか。何とも凡人ですね。だが、それがいい!」


 案内人が手を伸ばして映像に触れる。


 体から黒い煙が発生し、映像に染み込んでいく。


「素晴らしい逸材を用意して差し上げますよ。アフターサービスの充実は私のモットーですからね!」


 そうして用意した人物。


 リアムの師となる男を探し、無理矢理に縁を繋げた。


 こうすれば、後はどうやってもその男がリアムの武芸の師となる。


「楽しんでくださいね、リアムさん。いずれ破滅するその時には、必ず迎えに行きますよ」


 口元しか見えない案内人は、三日月のような口でリアムを見ているのだった。



 バンフィールド家の港。


 そこに一人の男が到着する。


 着ているのは着物。


 袴も着用しており、風貌は武士――いや、浪人という格好だった。


 腰に刀を差している。


「――随分と辺鄙(へんぴ)な田舎だな」


 男の名前は【安士(やすし)】。


 格好はだらしなく、リアムに武芸を教えるためにやって来た男だ。


 本来、天城が依頼した武芸の師範は他の男だった。


 だが、バンフィールド家の悪名などもあって、その男性は依頼を断りたかった。


 そこで安士に依頼が来たのだ。


 代わりに依頼を受けてくれたら、報酬はそのまま渡すと言われている。


 その男に借金もあった安士は、渋々引き受けた。


 男は安士のことを推薦し、こうして代わりにリアムの師となることが決まる。


 ただし――この男、ハッキリ言って強くなかった。


 色んな武芸を学んではいたが、どれも長続きせずに止めてフラフラしていた。


 武芸を極めたと嘘をつき、手品のような技を披露して日銭を稼いでいるような男なのだ。


「依頼主はガキだって言うし、騙すくらい簡単かな。それにしても、俺に武芸を教わるなんてそのガキも可哀想だな」


 一応、基礎は学んでいるので教えるくらいは出来る。


 だが、技やら奥義などは無理。


 わがままなガキならすぐに飽きるだろうし、適度に褒めて気分良く指導してやれば満足するだろうと簡単に考えていた。


「それにしても刀か。格好もそれっぽくしてきたが――変わっているな」


 この世界にも刀は存在しているが、メジャーという程ではない。


 根強い人気も確かにあるが、やはり多くは西洋剣を選ぶ傾向が強い。


 安士も久しぶりに刀を持った。


「さて、うまく騙して金を搾り取ってやりますか」


 この男――ハッキリ言えば香具師(やし)の類いである。


 芸を披露して金を得るような男が、案内人の悪意によってリアムの師に選ばれたのだった。


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