プロローグ
※注意事項
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
感想への返信はしておりません。
ですが、感想は読ませていただいております。
質問などに答える際には、活動報告などを利用して返信するつもりなのでそちらをチェックしていただければ幸いです。
どうして俺だけがこんなに理不尽な目に遭う。
古く、そして暗く狭い一部屋のアパートで俺は苦しい胸を押さえた。
胸元を握りしめる手に力が入らない。
ヨレヨレのティーシャツを握る手は、以前よりも痩せ細っていた。
横になるせんべい布団は、俺が吐いた血で汚れていた。
「どうして――俺が」
肉体的にも苦しいが、精神的にも悔しさや情けなさで辛かった。
走馬灯らしきものが見える。
俺はお世辞にも立派な人間だったとは言えない。
だが、それでも真面目に生きてきた。
犯罪に手を出したこともなければ、世間一般で善良と言われる程度には真面目に生きてきたのだ。
普通に就職して、普通に結婚して――子供が生まれて、家を買って。
それが、今では借金を背負いアルバイトの掛け持ちという日々だ。
養育費も毎月支払うが、子供には何年も会えない。
ようやく再婚相手といい関係になっているから――そんな理由で面会を拒否され続けている。
少なくない養育費を払い続け、子供にも会えない。
仕事は身に覚えのない浮気が原因でクビになり、それでも稼がなければいけないからバイトを掛け持ちして生活している。
部屋には何もない。
借金を返せとやってくる過酷な取り立てや、余裕のなさから何も買えない。
そもそも、借金すら身に覚えがなかった。
だが、俺が作った借金ということになり、俺が支払いをしている。
はじめは、子供が苦労しないようにと俺が支払っていた。
気が付けば、痩せ衰え、体を壊し、布団の上から動けない。
「いったい何が悪かった。俺は――どうして俺がこんな目に」
悔しいと同時に、これで終われるとどこかで安堵していた。
そんな時だ。
枕元に現れたのは、燕尾服を着用した男だった。
革製の旅行鞄を畳の上に置き、土足で立っていた。
「こんばんは。実にいい夜ですね」
目だけを動かすと、朧気に見えたのはシルクハットを片手に持って挨拶してくる口元しか見えない男。
高身長で細身のその男は、どこか違和感しかなかった。
燕尾服というのもそうだが、こんな知り合いはいない。
「なんだ、お迎えでも来たのか?」
怖がって逃げる余裕もなかった。
そんな俺に、男は屈み込み顔を近付けてくる。
やはり顔は口元しか見えなかった。
口を三日月のように口角を上げて笑っている。
まるで俺を見て笑っているようだ。
「お迎え? 確かに間違いではありませんね。ただ、正確に述べるとするなら“案内人”ということになりますね」
男は案内人を名乗ると指を鳴らした。
目の前に見えてきた景色に、俺は少しだけ目を見開く。
――胸が苦しい。
そこには、着飾った男と着飾った元妻が高そうなレストランで食事をしていた。
とてもおいしそうな食事とお酒。
俺はこんな食事を何年も口にしていない。
ただし、問題はそこじゃない。
『お前も悪い女だな。元旦那に借金を背負わせて、あげくに養育費まで払わせているらしいじゃないか。あの子、元旦那の子じゃないだろ?』
『いいのよ。法律上はあいつの子で、養育費の支払いは義務だもの』
会話の内容が頭に入ってこなかった。
元妻は何を言っているのだろう?
以前は優しく素朴だった元妻が、着飾って派手になっていた。
『やっぱり女は優秀な遺伝子を残したいのよね。あの程度の男の子供なんていらないわ。金だけ稼いでくれればいいのよ。むしろ、私と結婚できたんだからそれくらいしてもいいわよ。その程度の男だったんだから』
向かい合って座っている男が小さく笑っていた。
『女は怖いな』
『そんな女にしたのは貴方じゃない』
楽しそうな二人を見て、胸が苦しく腹の奥から本当に憎しみがわいてきた。
こんな光景を見せる案内人に腹が立ってくる。
「おっと、怒らないでください。私はただ、貴方に事実を知って欲しかったから今の光景を見せたのです。身に覚えはありませんか? これは幻ではありません。今現在、起こっていることなのです」
思い起こせば、確かにそれらしいこともあった。
だが、見ないようにしてきた。
考えすぎだと思っていた。
「貴方は善良だ。こんな苦しい生活に耐え、それでも彼女の借金を返済しながら養育費まで払い続けている。――そんな貴方にプレゼントを用意しました」
男は嬉々として革製の旅行鞄からパンフレットを取り出すのだった。
「貴方はこれまで不幸でした。そんな貴方には、次の人生で幸せになって貰いたい。どうでしょう? 異世界に転生してみませんか?」
それよりも憎くて、悔しくて頭がおかしくなりそうだった。
またも胸が苦しくなり、血を吐いてしまう。
「無理をして働き続け体を壊した貴方が死にそうなのに、彼女たちは優雅に食事を楽しんでいる。許せませんよね?」
左手で布団を握りしめる。
「復讐――させろ。絶対に――許さない」
悔しくて涙が出てきた。
どうして俺がこんな最期を向かえなければならない?
俺がそんなに悪かったのか?
俺は――俺は動かない体に涙した。
こんな状態では復讐も出来ない。
案内人は口元を更に大きくして笑っていた。
目元は影になっていて分からないが、笑っている気がした。
そして、口元から笑みが消える。
「残念ながら、貴方の命は尽きようとしています。私に出来るのは、次の幸せな人生をプレゼントすることくらいだ。今まで不幸だった貴方には、幸せな第二の人生が待っています。復讐は諦めなさい」
「――だ。嫌だ」
かすれた声で否定する。
こうなれば、どれだけ不幸になっても――あいつらも不幸にしてやりたかった。
そのためになら何でもする。
何でもだ!
しかし、案内人は首を横に振る。
「貴方に選べるのは、次にどんな異世界に行くかだけ。せめて、自分の望んだ世界に転生しなさい。さぁ、次こそ貴方の幸せな人生が待っていますよ」
俺は涙を流す。
案内人が差し出したパンフレットは、まるで手品師が好きなトランプを選んでくださいと差し出しているようにも見えた。
表紙の一つに、ロボットや戦艦が掲載されているものがある。
指が触れる。
「ほう、こちらの異世界に興味があると? こちらはお勧めですよ。何しろ、科学と魔法が発展したファンタジー世界だ。星間国家が存在し、とても楽しい世界となっています。人の寿命も何倍にも増えているので、何倍も楽しめますよ」
何気なく手が伸びた。
次の異世界がどうだろうと知ったことではない。
俺がこの時に考えていたのは――全てが馬鹿らしいということだけだ。
何のために真面目に生きてきた?
その結果がこれか?
ふざけるな――ふざけるな!
真面目に生きてこれなら、もっと人生は楽しんだ方がいい。
他人など気にせず、俺は俺の幸福だけを求めればよかったのだ。
――善人が報われるなど綺麗事だ。
それなら俺は、好き勝手に生きたい。――悪人になりたい。
「ふむ、この世界ですと――権力者は貴族になりますね。面白いですね。文明が発展したのに封建制度が復活していますよ。これは実に面白い」
案内人は続けた。
「権力者の家に生まれるようにしておきましょう。貴方は次の人生――全てを持って生まれるわけです。生まれながらの勝ち組ですね」
ソレは実に楽しそうだ。
他者を踏みつけ、悪の限りを尽くしてやろう。
「貴族――それも伯爵家がいいでしょう」
言われて、俺の口元が笑った。
それはいい。
悪代官――いや、領主だから悪徳領主か?
精々楽しませて貰うとしよう。
「覚悟は決まりましたか? それでは、次こそは良い人生を――」
あぁ、そうしよう。
次の人生は楽しませて貰おう。
――悪徳領主としてな。
◇
息絶えた男を案内人は見下ろしていた。
面白そうに身をよじって笑っている。
その姿には狂気があった。
「不幸な人生? 本当に馬鹿だな! お前程度の不幸な奴なんて、この世界にゴロゴロしているっていうの! 自分だけが不幸? おめでたい奴だね」
笑っている案内人は、指を鳴らすと元妻と男の映像を空中に投影する。
そしてゲラゲラと口角を上げて笑っていた。
「そもそも、お前を不幸にしたのは私だけどね! ちょっと、幸せそうな善良な人間が、どれだけ転ぶか見てみたかっただけだし」
案内人は良い存在ではなかった。
悪意の塊と言ってもいい。
「さて、メーンを前にオードブルなどはさっさと片付けてしまおうか」
手を伸ばし、映像に触れると案内人から黒い煙が発生する。
楽しそうに会話をしている二人。
しかし、男が笑顔で女性に別れを告げる。
『さて、十分に楽しんだだろう? お互い、ここで終わりにしようじゃないか』
『――え?』
元妻が唖然としながら、持っていたナイフを落とした。
『な、何を言っているの?』
『もう十分に楽しんだからな。お前との夫婦ごっこも終わりだ』
元妻が何を言われているのか分からないという顔をしていた。
男は笑顔で続ける。
『抵抗するならすればいい。だが、お前の離婚を手伝った弁護士は、俺の知り合いだというのを忘れるなよ? 騒げば不利になるのはお前だ』
『あ、貴方の子がいるのよ!』
『法的には元旦那の子だろ? 養育費も貰っているじゃないか』
男が離婚届をテーブルに置いた。
『明日までに書いておけよ』
震えている元妻。
『愛しているって言ったじゃない!』
『あぁ、愛していたよ。だが、もう興味がなくなった。それだけじゃないか。お互い、楽しんだからそれでいいじゃないか』
すがりつく元妻を、男は引き剥がしてレストランを出て行く。
『触るな。今のお前には興味がない』
『待って。待ってよ!』
男は小さく笑うのだった。
『馬鹿だな。浮気するような女と本気で結婚すると思ったのか? お前、どこまでおめでたい奴なんだ? 元旦那を笑えないな』
元妻が俯き手を握りしめた。
『私は貴方のために夫を捨てたのよ』
『元、だろ? 捨てたのはお前だし、楽しんでいたじゃないか。被害者面なんかするなよ』
案内人は笑っていた。
元妻の考えを読んだのだ。
「おや、凄いですね~。頭の中では、もう死んでしまった彼のことを考えている。女性というのは実にたくましい! でも、残念! ――貴方を愛していた男は死に、最期に願ったのは貴方への復讐だ!」
ゲラゲラ笑った案内人は、今後の経過を楽しむとして異世界への扉を開けるのだった。
「元旦那を探すのか、新しい男を探すのか――楽しみですね~」
いずれの結果も、全てが不幸になると知っていて笑っている。
「さて、私は彼の魂を導かなければ――人の命が安く消費される“私にとって幸せ”な世界に、ね!」
これから彼が向かう世界を思い、案内人は笑いが止まらなかった。
「彼が気付いたときにはもう遅い。きっと楽しいだろうな。こんなはずではなかったと、悔やみ、憤り、悲しみ――きっと私を恨む! 憎み、そしてそれが私の糧となる!」
人のそうした感情が大好きな案内人は両手を広げて大喜びした。
「異世界で不幸を振りまいてもよし! 不幸になって私を憎んでもよし! これからが楽しい時間です!」
どう転んでも、自分にとって嬉しい展開が待っている。
案内人は有頂天になっていた。
「おっと、そろそろ行かなければ。こちらへは、彼の魂を導いた後にでも来るとしましょう。それにしても――転生と聞けば喜ぶ愚か者ばかり。いい時代になりましたね。ちょっと甘い台詞を言えば、みんな簡単に騙される」
ウキウキと鞄を手に取る。
騙して彼を転生させた案内人は、異世界のドアをくぐろうとしていた。
そんな案内人を部屋の隅で伺っている小さな光が一つ。
ボンヤリとした光は隠れて様子を見ていた。
その形は動物に見える。
犬のような姿をしていた。
案内人はそれに気が付かない。
「どのように楽しめば良いのか、悩んでしまいますね。まずは、彼をどこに転生させるか決めなくてはいけません。幸せな家庭に放り込み不幸にしていくのもいいですが、それは以前楽しみましたし――ここは成り上がる感じがいいでしょうか?」
楽しそうに考える案内人の隙を突く。
小さな光が案内人に気付かれずに一緒にドアを通った。
案内人が手をポンと叩く。
「決めました! 昇りきったところで、叩き落としてやりましょう! きっと素晴らしい負の感情を抱き、私にぶつけてくれるはずです! あ~、今から楽しみですね~。彼と性質の違う者たちを集め、反乱でも起こさせましょうか? 悪い貴族を目指す彼のことです。きっと盛大な処刑が行われるでしょう。もしくは拷問? 今から楽しくて仕方がない!」
案内人は自分を抱きしめ身を捩る。
その喜び方は異常だった。
「今度の人生は長い。きっと、より長く、そして苦しい人生を送るでしょう! 私の幸せのために、精々もがき苦しみなさい!」
異世界へと続くドアが閉まると、部屋から消えた。
部屋に残されたのは息絶えた一人の男性の遺体だけだった。
いかがだったでしょうか?
楽しんで貰えれば幸いです。
また、今月末には自分の書籍が発売されます。
セブンス7巻 8月31日 発売となっております。
予約も受け付けておりますので、チェックしていただければ幸いです。
以下は発売中の書籍となります。
こちらも手に取っていただければ嬉しく思います。
ドラグーン~竜騎士への道~ 全四巻 ※電子書籍版あり
脇役勇者は光り輝け 一巻
セブンス 一巻から八巻
乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 一~三巻 ※電子書籍版あり
Twitterもやっております。
三嶋与夢で検索をかけてもらえば出てきます。
そちらは更新についてとか、色々と呟いております。