ナチズム根絶を誓うプーチン氏、なぜ右翼に寛容? 透けるご都合主義

 みなさん、こんにちは。今回は、まずお知らせから。私の新著が発売となります。「ロシアから見える世界 なぜプーチンを止められないのか」(朝日新書)。地域によって異なりますが、今月13日(金)ごろに店頭にならぶ予定です。各種のネット書店やお近くのASA(朝日新聞販売所)でもご注文いただけます。ぜひ手にとっていただければと思います。

 タイトルからわかるように、この本は2023年2月からお届けしているニュースレター「ロシアから見える世界」でつづってきたことを元にしています。

 読者のみなさんから毎回いただく感想や質問は、原稿をまとめる際の大きな原動力となりました。この機会に、お礼を申し上げます。

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ロシア情勢が専門の駒木明義論説委員が書き下ろす「駒木明義と読むロシアから見える世界」は、有料会員限定で隔週水曜にメールで配信します。

 本を書くときに私の心にたびたび去来したのは「ロシアで起きていることは決して私たちにとってひとごとではないなあ」という思いでした。

 巻末に書いた所感を、ここに再掲させていただきます。

 「『今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない』という岸田文雄首相の言葉は、どこかひとごとのように響く」「岸田氏の言葉を聞くたびに私が感じるのは『今日のロシアのような国に明日の日本がなるかもしれない』という危機感だ。それが杞憂(きゆう)と言い切れないことを、本書を読めばお感じいただけるのではないだろうか」

 さて次に、最近のニュースを取り上げます。

ドイツ州議会選で右翼政党が第1党に

 ドイツ東部チューリンゲン州で9月1日に行われた議会選挙で、移民排斥などを訴える右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が第1党になりました。

 欧州のメディアは、ドイツの州議会で極右と目される政党が勝利したのは、第2次大戦後初めてのことだと伝えています。

 移民排斥などを訴えて欧州各地で伸長傾向にある右派政党の中でも、AfDは特に、ナチスに寛容な傾向があるとみられています。AfDの有力政治家がナチスの突撃隊(SA)が使ったスローガン「すべてをドイツのために(Alles für Deutschland)」を公然と叫んで、ドイツ国内で有罪判決を受ける例が相次いでいます。

 欧州議会の右翼会派「アイデンティティーと民主主義(ID)」は、今年6月に行われた欧州議会選挙を前に、AfDを会派から除籍する決定をしました。AfDの候補が、第2次世界大戦中にユダヤ人の大虐殺(ホロコースト)に関与したナチス親衛隊(SS)について「SSの制服を着ている人ならだれでも犯罪者であるとは決して言えない」と発言したことが直接の理由です。

 ナチスへの無批判な姿勢で、欧州の多くの右派政党からさえ「一緒にしないでほしい」と思われているのが、AfDという政党なのです。

ナチス?ネオナチ? ロシアのご都合主義

 ここで気になるのが、プーチン大統領の考えです。

 ウクライナの現政権をネオナチと呼び、世界に今も残るナチズムの根絶をかねて誓っているプーチン氏は、AfDの台頭に危機感を抱いているでしょうか。

 事実は、全く逆です。プーチン氏はAfDを警戒するどころか、好ましく思っていることさえ隠そうとしていません。

 今年6月、プーチン氏はサンクトペテルブルクに世界の主要通信社の代表を招いて、質疑に応じました。このとき、ドイツ通信社の代表がプーチン氏に「AfDをどのように見ていますか」と質問しました。

 プーチン氏の回答は以下のようなものでした。

 「AfDの活動には、ネオナチのいかなる兆候も見られない」

 「もう一度言うが、我々を懸念させるようなことはなにもない。もしも(ドイツの)現政権がAfDに脅威を感じているのだとすれば、それは我々の話ではなく、ドイツ内政の問題だ」

 「AfDにはネオナチの疑いをかける一方で、ウクライナのナチス政権に協力する人々をそのように見ないのは、ダブルスタンダードと言うしかない。我々は、ロシアと協力したい人たちとなら、誰とでも協力する。そして、ドイツ国内での政治的な評価を私たちが下すことはしない」

 AfDには何の危険もない。ロシアと協力しようと言っているのだから、喜んで受け入れるというのが、プーチン氏の主張です。ナチスへの親和的な姿勢に目を向けることなくAfDを手放しで評価するプーチン氏の姿勢こそ「ダブルスタンダード」と呼ばれるべきではないでしょうか。

 プーチン氏が「ロシアと協力したい人たち」と語った通り、AfDはナチスだけでなく、ロシアへの融和的な姿勢でも際立っています。

 何よりもまず、AfDはドイツのウクライナへの軍事支援の中止を主張しています。共同党首のアリス・ワイデル氏は6月、朝日新聞のインタビューに対して「真っ先にやめるべきだ」と語りました。

 それだけではありません。AfDの政治家たちはロシアのクリミアの占領を合法だと認めたりロシアの政府系テレビに出演したりするなど、繰り返しロシアを応援してきました。ロシア側からの資金提供の疑いも持たれています。

 こうして見ると、プーチン氏の言う「ネオナチ台頭の危険」が何を意味するのかがはっきりしてきます。要するに「かつてソ連を攻撃したのがナチスであり、今のロシアを批判するのがネオナチだ」ということなのです。

 かつてのナチスの行為への無反省や、他民族、他宗教への攻撃的な姿勢は、ここではまったく関係ありません。

 ロシア、とりわけ今のプーチン氏政権は歴史的に正しい側に立っている。それを批判したり嫌ったりする者、ロシアに逆らうウクライナを支援する者がネオナチだという、まことに単純かつご都合主義的な主張です。

侵攻正当化のため「トンデモ発言」も

 こうしたロシアのご都合主義が浮き彫りになった騒動が、開戦直後に起きました。22年5月1日、ラブロフ外相にイタリアのテレビ局が行ったインタビューが公開されました。

 ウクライナのゼレンスキー大統領がユダヤ系なのに、ウクライナの「非ナチ化」を目標に掲げることの整合性を問われたラブロフ氏は、これに反論して「ヒトラーもユダヤ系だった。(その比較には)意味がないだろう」と述べたのです。

 ラブロフ氏はこのとき「賢明なユダヤ人は『最も熱心な反ユダヤ主義者はユダヤ人だ』と言っている」とも主張しました。ユダヤ系のゼレンスキー氏を「ネオナチ」と呼ぶことを正当化するために、ヒトラーがユダヤ系だったと言い出したわけです。

 この説は、手塚治虫氏が「アドルフに告ぐ」のモチーフにもしていますが、歴史的には荒唐無稽と言うしかありません。

 イスラエルは猛烈に反発しました。当時のベネット首相は声明で「発言は事実ではない。最も厳しい目で発言を見ている」と批判。このほか「許しがたく言語道断でとんでもない歴史的な誤り」(ラピド外相)、「馬鹿げており、危険で、批判は免れない」(ホロコースト記念館のダヤン館長)といった反応が相次ぎました。

 結局プーチン氏は、このラブロフ発言で、謝罪に追い込まれました。

 イスラエルの発表によると、5月5日、プーチン氏はベネット氏に電話で謝罪。ベネット氏はこれを受け入れて、プーチン氏がユダヤ人やホロコーストの記憶に対して態度を明らかにしたことに感謝を示したということです。

 もっとも、ロシア側は、両首脳の電話を伝える発表文の中で、プーチン大統領が謝罪したことについては触れませんでした。ロシアの国営通信社は、イスラエル側の発表をソースに、プーチン大統領が謝罪したことを伝えました。いわば間接話法で謝罪の事実を認めたというわけです。

 プーチン氏が他国の首脳に謝罪するのは、極めて珍しいことです。ほかの例をご存じの方があれば、ぜひご教示ください。

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連載駒木明義と読むロシアから見える世界

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