不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

四方源太郎日記(京都府議会議員・綾部市選挙区)

これからの綾部のために、さらなる「挑戦」を!

無になる。とらわれない。

2024年05月20日 | 歴史の探求

20日㈪朝7時半から綾部公民館の挨拶運動のため、綾部大橋西詰へ。

 つがいのカラスが仲良く並んで、ずっと由良川を眺めていた。

 11時から大本長生殿白梅殿において、綾部大本協賛会(川端勇夫会長)総会に出席した。

 来賓挨拶では「大本弾圧の負の歴史を綾部大本協賛会はプラスに替えてきたと思う。今、NHK朝ドラで放送されている『寅に翼』の時代が大本弾圧の時代と重なるが、あれだけすでに法制度や裁判制度ができていた近代国家で、近代以降の世界で例のないレベルの国家による宗教弾圧が実施された。綾部市民は直接この弾圧に関与したわけではないが、二度とああいう時代に戻してはならないという気持ちを胸に刻み、人権侵害に対して世界一敏感でなければならないと思っている」と述べた。

 あわせて、弾圧の痕跡が残る熊野新宮神社にある出口王仁三郎聖師の歌碑のことも紹介した。

ご参考 2021年5月9日blog「大本開祖の白藤」

 

 夕方には亀岡から張本昌義くんが来てくれて、福祉政策のことに関して意見交換。

 大義の会(四方八洲男会長)例会に出席した。20名ほどの方が参加された。

 今日のゲスト逗子市長福知山公立大学副学長富野暉一郎先生。10数年前からの知り合いではあるが、政治家時代のお話を聴かせていただいたのは初めてのことだった。

 最初は天文学者を目指す大学院生、中小企業の経営者、米軍住宅反対運動家、逗子市長、大学教授を経て、現在は地域公共政策士を養成する地域公共人材開発機構の理事を務めておられるそうだ。

 大学教授の鎧を脱いだ人間「富野暉一郎」としての率直なお話で、大変興味を持って聴けた。話の随所に、昔の活動家の雰囲気が出てくるのも面白かった。

 「正しいからといって物は売れない」「学者は正しいと思い込んで、それを主張する」「売り込みをやめて、相手の話を真摯に聴くことによって自社製品を買ってもらえた」「後戻りはしない。常に新しいことをする」「無になる。とらわれないことが重要」

 良いお話だった。

 次回うまく日程の調整ができれば、富野先生が「この人物は凄い!」と感じている人を招いて対談していただくことになった。

 何人かの若手の皆さんと二次会に行き、あれこれ話をした。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

綾部は「龍の目」

2024年01月21日 | 歴史の探求

 20日㈯11時から部落解放同盟綾部地区協議会(岸本良平議長)荊冠旗びらき出席した。

 これまでは綾部会館で開催されてきたが、今年から「あやテラス」に会場が変わった。

 挨拶では昨年の府議選でご推薦いただいたことの御礼当選後、監査委員に就任し、現地監査に出かけて感じていることなどをお話した。

 来賓挨拶の後山家太鼓の演奏があった。山崎善也市長と種清喜之市議会議長による太鼓演奏もサプライズで行われた。

 午後事務所事務作業やブログ書きなど。一人で事務所にいると「灯りが点いていたから」と寄って下さる方もあった。

 

 21日㈰明け方、相当強い雨が降っていたが、9時前町の正暦寺(玉川弘信住職)行った。来週28日㈰の不動明王大祭の準備檀信徒の方々に集まっていただいて、冒頭、筆頭総代として挨拶した。

 来週10時から護摩焚き、お砂踏み、大根炊き無料接待、福引き、水行などがありますので、ぜひ正暦寺にご参拝ください。

 10時からは田野町愛宕山頂にある坂本神社(四方義規宮司)参拝ここは「火の神様」なので消防長、消防団長、綾部分団長などの消防関係者がお参りされている。

 私も火事や災害がないようお願いした。

 

 11時からは、あやテラスにて綾部市文化協会(鹿子木旦夫会長)新年互礼会出席し、会長挨拶、表彰式の後、来賓として挨拶させていただいた。

 昭和27年の正月世界救世教の岡田茂吉開祖が「日本の国は龍体をしている。中国地方が上あごで四国が下あご、瀬戸内海が口で九州は玉であり、龍が玉を飲もうとしている姿を表している。樺太が尾でソ連がそれを取ったが、今に放さなくてはならなくなる。腰は越の国というように新潟のあたりで、子宮は東京、へそが富士山で鼻は出雲にある」という内容の講話をされ、その中で「…そこで大本教の綾部というところは龍の目になるわけです。ですから、あれは非常に重大なところで、いまにあそこに経綸が始まりますが、神秘ですからまだ言うわけにはいきません」とおっしゃっている。

 岡田開祖の言われるように、綾部は神秘に満ちた非常に重大なところである私は信じている。

 綾部の先人達が昭和25年という食べる物や着る物に事欠いている終戦直後に「文化協会」を立ち上げた、その精神性は「神秘」に通ずるものであり、今の綾部のまちづくりの底流にもその精神が流れていると感じるとお話した。

 祝宴の前には詩歌吟詠景心流六映会の皆様による祝吟舞の披露。舞いは中学生と高校生の二人が艶やかに踊っておられた。

 久しぶりに大勢の人数での開催となり、祝宴ではテーブルを回って、会員の皆様にご挨拶した。写真は茶道裏千家淡交会両丹支部綾部分会の先生方と。

 会員の皆様の芸の披露もあった。

 14時過ぎに終了して、舞鶴に向かい、15時から舞鶴霊友会館での霊友会舞鶴集会所の新年交流会参加し、挨拶させていただいた。

 舞鶴霊友会館国道27号線の西舞鶴道路の工事により移転新築され、昨年暮れに竣工したので新しい会館に初めてお邪魔した。

 終了後事務所に戻り、ブログ書きなど。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

由良川クリーン大作戦、熊野新宮神社の氏子総会

2023年05月14日 | 教育・子育て

 14日㈰朝9時半から、綾部高校分析化学部主催「由良川クリーン大作戦」に参加した。あいにくの天気にも関わらず、集合場所の丹波大橋下には早くからたくさんの綾部高校の生徒、教職員、市民、企業、団体の方々が集まっておられた。

 開会式では分析化学部の部員が司会を務め、綾部高校一井育校長、国交省福知山河川国道事務所犬丸潤所長が挨拶された。分析化学部のこの活動は昨年10年となり、その功績によって昨年度、公益社団法人日本河川協会から河川功労者表彰を受けた。

 若い人達が公に目を向けて、具体的に取り組んでくれている姿は嬉しい。うちの家や事務所も由良川沿いにあるので、毎年、分析化学部の生徒が「参加してください!」とチラシを持って来てくれるので、できるだけ参加しなければと思っている。

 KBS京都テレビが取材にも来ておられた。

 

 10時半からは熊野新宮神社(出口孝樹宮司)藤祭を参拝した後、氏子総会に出席した。藤は今年はもう終わっていたが、きれいな白藤が咲いていたそうだ。この白藤が咲くと綾部が栄えるというのは大本出口なお開祖の言葉にもある。

 今冬、社務所脇の木が雪で倒れて社務所の屋根が破損し、大きな修繕費が必要となった。他の木も調べてみると内部が腐って倒れかねない状況だったそうで、境内の木を大規模に伐採したため、大きな切り株があちらこちらにできていた。

 氏子総会ではその修繕費についての説明があったり、氏子の減少と高齢化のため、負担軽減の方策についても話し合いがなされた。

 水無月大祭を花火大会と同日開催にしたらどうか?という意見これまでも幾度か、氏子から提案があったが、結論は出ずに先延ばしされてきた。大祭と花火大会が別開催になって、もう20年以上経過したので、そろそろ同日にしても良いのではないかという意見が今日も出て、私も「それに賛同する」と意見を述べた。

 20年前「敬老の日」は9月15日、「体育の日」は10月10日と決まっていたが、今は3連休にするためにその週の月曜日にずらされている。国の祝日でも変わったのだから、神社の祭礼も日にちを多少ずらしても、お祭りの賑わいが増し、氏子の負担が減る方向に変えることは神様も納得されるのではないかと思う。

 総会の後直会でお弁当を食べ、その後、祭礼の片づけと賽銭数えなど。

 午後事務所ブログ書きや書類整理など。

 

 由良産婦人科前院長由良源太郎先生の通夜式参列した。金曜日の朝、体調を崩されて、午後1時過ぎにお亡くなりになったとのことだった。享年92歳。

 由良先生には正暦寺の総代として長年お世話になり、平成の間、約30年務められた綾部恵比寿神社奉賛会の会長も由良先生から私が引き継がせていただいた。

 名前が同じ「源太郎」だったので、由良先生が亡くなられると綾部の「源太郎」はたった一人になってしまったのかもしれない。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

わいわいネット・なかま20周年

2022年05月08日 | NPO

 日㈯今年度、並松町自治会の組長を務めている。数えてみると4回目だ。最初2004年(平成16年)小源太が生まれた年に務めた。この頃に自治会ではすでに親子代替わりをしていたようだ。

 私たちの自治会5組は、今は7世帯が所属しており、アパート4世帯、戸建て3世帯で構成している。前組長からの引継ぎで、先日、アパートの未入会者の方々に加入を勧める文書を配った。

 と、いうのは、並松町のゴミ集積所は自治会の組が設置し管理しているが、ゴミの出し方が間違っていたり、出す曜日が違って置きっぱなしになっていることが時々あり、苦慮している。自治会未加入の方があると、誰のゴミかが分からず注意を促すこともできない。万が一、ゴミ集積所が壊れた場合は組の皆さんの負担で修繕しなければならないが、未加入の方々には負担してもらえないだろう。

 ぜひ!自治会に加入してもらえませんか?というお願い文書GW前に届け、ようやく今日、1人の方から「加入します」とご連絡をいただいた。その方は数年前から入居しておられ、アパートの入居者の入れ替わりをこちらが把握できておらず、声をかけられずに何年も経ってしまっていたようだ。

 綾部市もだんだん都市化して、自治会未加入の世帯も増えているのだろうが、ゴミ集積所や防犯灯の設置、子ども会の運営や子どもやお年寄りの見守り、綾部市からの配布物や協力依頼など、同じ地域で生活する上で共同で負担したり、行動しなくてはいけないこともある。

 自治会加入はマイナスばかりではないことをご理解いただければと思う。

 

 日㈰、午前中は熊野新宮神社藤祭と、その後の氏子総会に出席。

 大本出口なお開祖のお手植えと伝わる白藤今年もきれいに咲いていた。昨年もきれいに咲いていたが、藤祭に合わせて藤が咲くのはそんなにないことだそうだ。この白藤が咲くと「綾部に良いことがある」と言われている。

 午後はNPO法人わいわいネット・なかま(前田道子理事長)20周年記念事業「ここで仲間と生きる」参加した。

 わいわいネット・なかま様々な障害を持つ方の拠り所をつくることを目指し、20年もの間、活動を継続されている。私も設立当初から府議になるまで理事を務めていて今でも会員の一人で、20周年事業のご案内をいただいた。

 念願だった障害者グループホーム「陽だまりの里さんさん上石」が寺町に開所して5年になる。これからもユニバーサルなまちづくりに邁進されることを期待している。

 滝野千里副理事長の挨拶の後いこいの村の開所にも関わられ、ヤマト福祉財団の小倉昌男賞を受賞された大矢暹さん「私らしく働き生きる」と題して講演され、いこいの村を開所された当時の聾唖者や精神障害者を取り巻く環境、それを改善するための活動について話をされた。

 続く実践報告では「さんさん上石」などでピアカウンセリングをしておられる上原信哉さん当事者の立場からの現状に対する認識等も交えてお話された。支援組織に対する評価など、わかりやすく率直な内容で、大いに参考になった。

 最後京都府精神保健家族会の会長である父がコーディネーターとなり、大矢さん、上原さん綾部共同作業所の立ち上げに尽力された亀井博幸さんを加えたメンバーでパネルディスカッションが行われた。

 久しぶりのこういった会合だったからか会場は満員で、非常に有意義な20周年事業だったと思う。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大本開祖の白藤

2021年05月09日 | 歴史の探求

 7日㈮、12時半からの議員団会議に出席のため、京都へ。来週14日から5月臨時議会が始まるため、そのことについての報告等がなされた。

 9日㈰、9時から熊野新宮神社(出口孝樹宮司)へ。祭典準備や境内の掃除の後、10時から藤祭が行われた。

 熊野新宮神社の本殿には白藤が植わっており、これは大本の出口なお開祖が植えられたもの。藤祭は毎年5月第二日曜日に行われるが、その日にきれいに藤が咲くのは珍しい皆さんがおっしゃっていた。藤がきれいに咲くと綾部の町に良いことがあるそうだ。

 本来は氏子総会もあるのだが、コロナの影響で書面が配られただけとなった。

 出口宮司と共に境内の灯篭を見たら、「本宮」と地名だけで隣りに書いてあるはずの名前が削られているものがあった。

 同じく境内にある大本の出口王仁三郎聖師の歌碑の裏面を見ると、そこでも出口王仁三郎聖師の名前は一度削られて、その後、彫り直されているのが分かった。

 戦前の大本弾圧の際には天王平にある大本信徒の墓石でも「宣伝使」という教団の役職などが削られているが、熊野新宮神社でも同様のことがあったようだ。

 しかし、弾圧で獄死された大本幹部栗原白嶺氏の名前など、他にもある大本信徒の名前は削られていない。

…ということは、この削られた名前は「出口王仁三郎」だったのかもしれない。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

奥上林の光明寺を現地視察に

2018年06月20日 | 議員活動

 20日㈬午後、京都府藤岡栄自然環境保全課長奥上林の国宝・仁王門のところに京都府が整備予定のトイレや休憩所の現地視察に来られるというので同行した。案内綾部市の職員さん達にお世話になった。

 休憩所市管理の林道沿いに設置し、仁王門と雲海を合わせて観ることができ、良い写真撮影のポイントにもなるのではないかと考えている。

 仁王門のある光明寺ウィキペディアには次のように記載されている。

 『君尾山略記』には、推古天皇7年(599年)、聖徳太子による開創と伝える。

 その後白鳳元年(673年)、役小角修験道の道場とし、延喜年間(10世紀初)、醍醐寺開祖の聖宝(理源大師)により真言密教の道場として中興されたという。最盛期には山上山下に72坊を有したと伝える。

 現存する二王門は、棟札の記載によれば仁治3年(1242年)から建長5年(1253年)にかけて建立されたものである。棟札によれば、門の再興には延暦寺西塔院の僧・覚承が関わっており、この頃は天台系寺院であったことが伺われる。

 大栄7年(1527年)11月、大栄の乱(赤井の乱とも)の兵火を受けて本堂、三重塔、法華堂、常行堂、鎮守拝殿、行者堂、鐘楼、坊舎を焼失した。

 寺に残る再興勧進帳により、天文2年(1533年)以後、地元の有力者である上林氏により伽藍が再建されるが、元亀3年1572年と天正7年(1579年)に明智光秀の焼き討ちにあい再び焼失。

 江戸時代には領主藤掛氏の庇護を受けたが、寺勢は衰退した。享保18年1733年には山下の23坊が焼失している。現存する本堂の再建は天保7年(1836年)である。

 明治時代初頭には山上に残っていた4坊がなくなり、寺勢はさらに衰退した。

 大正3年(1914年)、庫裏、方丈、客殿を焼失し、同5年(1916年)に庫裏が再建されている。

 

 聖徳太子のゆかりのある歴史ある寺院であるが、本来、修験道場であったため、檀家がほとんどおられないので、地域の皆さんで守っておられる。例に漏れず、ここも高齢化と人口減少で護持に苦労しておられる。

 本堂にはたまたま梅林住職、奥上林地区の熊内久志連長が来ておられて、京都府立大学の先生を案内しておられた。府立大学には光明寺や奥上林の歴史調査をしていただくことになっており、その最初の調査に入られたということだった。

 熊内連長に現地を案内していただき、地元からの要望も伝えていただいた。

 トイレの建設予定地は庫裏の下にあって、市の老朽施設が建っており、現在、取り壊し作業が行われていた。トイレ建設後の管理について、清潔さを保全するためには虫や動物が入り込まないような対策が必要ではないか意見を言った。

 トイレ予定地から少し下りると修復作業中の仁王門がある。今年いっぱいくらいで3年がかりの修復が完成するそうだ。

 現地を見て、これまでに要望されていたことの意味などがよく分かった。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雄島参り「聖地」へ

2018年06月01日 | 歴史の探求

 6に入り、1日㈮には4月の知事選の関係で遅れた府の人事異動が行われており「新年度最初の日」のような感じだ。

 今日は舞鶴市池田正義府議に誘っていただき、「雄島参り」にご一緒させていただいた。

 「雄島」は「冠島」の別名でもあり、オオミズナギドリの生息地として知られ、通常は上陸が禁じられている。綾部からみると北東(鬼門、艮)の方向にある「雄島(冠島)」と「雌島(沓島)」は大本の聖地であり、「若狭湾に浮かぶ二つの無人島で、綾部から見て北東(艮-うしとら)の方角にあります。沓島には国祖・国常立尊(こくそ・くにとこたちのみこと。艮の金神ともいう)が、冠島にはその眷属の神々が、三千年の間、隠退されていた霊場です。明治時代に沓島・冠島開きが行われ、ご神霊が綾部の聖地に迎えられました」と説明されている。

 大本出口なお開祖、出口王仁三郎聖師ら一行5人は、明治33年(1900年)旧暦6月8日に、京都府舞鶴市沖の冠島(おしま)の老人嶋(おいとじま)神社に参拝し、さらに1ヵ月後の旧暦7月8日、開祖・聖師ら一行9人冠島に並んで浮かぶ沓島(めしま)に参拝しており、そういう「聖地」を初めて訪れることができたのは本当に嬉しいことだった。

 

 山田啓二前知事ともご一緒し、行きの車の中山田前知事池田府議そういった綾部と冠島との関係を説明させてもらった。前知事も驚いておられ、池田府議「そういえば、毎年、綾部から大本の人が参拝しておられるわ。なんでかな?と思っとったんや」とおっしゃっていた。

 今回は三浜港から島に向かった。三浜、小橋、野原の三区が一年交代で当番をしておられて、今年は三浜が当番区だったそうだ。

 海は荒れており、ジェットコースターに乗っているようだったが、開祖や聖師もこういうところを手漕ぎの小舟で渡られたのだろうか?と思いながら乗っていた。

 冠島に近づき、ボートに乗り換えて次々と上陸した。「沓島(雌島)」も、よく見えた。

 海辺の石の上を歩いて、老人嶋(おいとしま)神社へ。神社での祭礼に参列した。

 祭礼の後浜辺での直会になった。

 約1時間の直会の後、再びに乗って、三浜港に戻った。三浜港では三浜区の直会があり、また約1時間ほど、ご一緒させていただいた。

 今回は池田府議のお誘いで、本当に良い経験をさせていただいた。聖地の気をたくさん浴びて、元気が出てきた気がする。多くの皆さんにお世話になり、ありがとうございました!


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

立正佼成会、部落解放同盟、並松町自治会

2017年04月15日 | 議員活動

 土曜日朝から雨、昼前には晴れて花見日和かと思っていたら、夕方からは雷雨。変わった天候だ。

 10時から、立正佼成会福知山教会(本園雅一教会長)25周年記念式典に出席した。庭野日敬開祖の三男・皓司さんが来られて講話をされた。初代福知山教会長の濱渦由記子さんもお越しになっていた。

 

 午後は解放同盟綾部地区協議会(岸本良平議長)の定期大会に出席。解放同盟京都府連書記長平井斉己府議(北区)来賓で来ておられた。民進党なので会派は違うが、同期でよく委員会も一緒になるので、親しくさせていただいている。

 

 夜は地元の並松町自治会第1回役員会および懇親会に出席する。今年は組長をさせていただく。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

安藤議長の就任祝賀会

2014年12月06日 | 議員活動

 朝8時半から選対会議を行う。

 午後、舞鶴多々見市長さんや舞鶴市会議員の皆さんから、中上林菅坂峠選挙カーを引き継ぎ、上林地区を回った。奥上林支部西田昌一さん、岩見修一さんにも先導車に同乗いただいた。

 

 16時半で、福知山に引き渡し、18時から、安藤和明市議会議長就任祝賀会に出席した。

 

 西田昌司参議院議員にもお忙しいなか、駆けつけていただき、大勢の参加者盛大に開催された。

 私も挨拶させていただき、安藤議長は私の落選後、苦しい時代の自民党綾部支部の幹事長を引き受けていただいた「政治生命の恩人」だというお話などをさせていただいた。

 安藤議長とは、お互いの曽祖父の時代までは、一軒はさんでお隣同士であったこともご紹介させていただいた。何か深い因縁があるのではないかとも思っている。

 間にはさまっていた一軒は、大本出口なお開祖の家なのも、不思議なご縁だ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

わ・236

2014年04月20日 | 歴史の探求

 朝8時半から、世界救世教のご一行と大本梅松苑の見学長生殿への参拝
1398038040562139803806966713980381750691398038192461 大部分の方々はそのまま、福知山市大江町元伊勢皇大神宮に参拝に行かれた。

 僕は、あやべ魅力の会芦田正巳さん、輝くんと一緒に、松田妙子先生昨日のシンポジウムの先生方天王平奥津城にお連れした。

Img_0131_r 弾圧で削られた墓石開祖の墓が暴かれて移設された場所などをご案内した。

 駐車場で皆さんの送迎用のレンタカーを見て、ワーワー言っておられたので、何かと聞いてみると、車のナンバー「わ・236」(わにさぶろう)になっていたので、神様の仕組みだと驚いておられた。
1398038215813 その後、先生方に同行して、京都市右京区嵯峨広沢池の隣りにある世界救世教《平安郷》という聖地に連れて行っていただいた。
 広大な敷地に豊かな自然が広がっていた。京都にもこんなところがまだあるのだなと驚いた。
139803822774813980382672841398038304567 車の中で、鎌田先生紀藤先生、金子先生といろいろなお話をさせていただき、大変ぜいたくな時間を過ごさせていただいた。

 

 夜は、並松町自治会今年度初の役員会に出席し、懇親会にも参加した。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

酒米についての勉強会

2014年03月05日 | 京都府議会

 10時半から、自民党府議団農林水産部会で、《酒米についての勉強会》を開催した。
Kimg0067 酒米生産農家山田豪男さん(伏見区)、成毛義明さん(与謝野町)綾部市から河北卓ちゃん、西山和人くん、高橋輝くん3人

 酒造メーカーからは、伏見区齊藤酒造齊藤透社長、招徳酒造木村紫晃社長、北川本家北川幸宏社長。そして、酒販店㈱トミナガ七浦晃嘉社長にお越しいただいた。

 オブザーバーとして、京都府小田農林水産部長、北山農産課長にも同席いただいた。
Kimg0062 酒米作りの現状がよく分かり、有意義な意見交換会となった。
 京都府の想いと現場の想いのズレもあったので、今後、調整が必要だと感じた。

 また、京都府の全部署にわたって、現場をもっとしっかりと調べてから、政策を打ち出す必要があるのではないかとも感じた。他の議員さん方もいろいろと感じていただけたのではないかと思う。
1394150175739 午後は、警察常任委員会に出席。

 夜は、京都府建設業協会の役員との勉強会に出席した。
 南丹市平井さんという建設会社の社長さんとは以前から面識があるが、今日、お話していたら平井さんのひいおばあさんは大本の出口なお開祖の娘さんである福島ひささんだそうで、「それならうちの家と昔はお隣同士だったんですね」不思議なご縁に驚いた。
 平井さん「大地の母」は全て読んでおられるそうだ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

パワースポット

2013年04月22日 | 歴史の探求

 朝8時から、世界救世教鎌倉教会松田妙子教会長オウム真理教被害対策弁護団紀藤正樹弁護士はじめとするご一行に、昨晩のあやべ魅力の会に参加してくれた右京区二ノ湯真士府議綾部安藤和明市議(先祖が大本の出口なお開祖と隣同士)が加わり、大江町元伊勢さん、天岩戸神社、宮津籠(この)神社、真名井神社、智恩寺などを参拝した。
Kimg0727 真名井神社には初めて参拝した。
 ここには大本宮津支部長をしておられる天然笛奏者大浦勝鬨さんがお越しいただいていて、様々な種類の笛の演奏を奉納された。
Kimg0755 久しぶりに天橋立笠松公園にも上がった。
 快晴の素晴らしい天気で、雄島、女島もよく見えた。

 パワースポットは女の子に人気があるのか、天橋立は二人連れの女の子が結構多かった。

 世界救世教の皆さんと改めていろいろな交流ができ、救世教の信者さんがルーツである綾部のことを大切に考えて下さっていることが嬉しかった。 

 紀藤弁護士も全く威張ったところのない穏やかな方で、弁護士でありながら、宗教者のようにも見えた。
 弁護士になるまで宗教にはほとんど関心がなかったそうだが、カルト宗教の被害者保護活動に携わる中で、宗教のことを勉強されるようになったそうだ。

 「悪い宗教を知るためには良い宗教も知らなければならない。また、悪い宗教を知ることで良い宗教も見えてくる」とおっしゃっていた。

 現在、安愚楽牧場へ投資して財産を失った方々の弁護をしておられて、安愚楽牧場からお金をもらって宣伝に一役買っていた民主党の海江田万里代表も訴えられてる。被害者への補償のため数億円の賠償を求めておられるそうだ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

綾部の責任

2013年04月21日 | 歴史の探求

 午前中、京都縦貫道京都第二外環状道路(通称:にそと)開通式に出席するため、長岡京市に行った。
Kimg0678 念願の開通であり、これによって南部と北部の距離が飛躍的に短縮される。
 長岡京から亀岡まで、今まで1時間近くかかっていたものが15分くらいで行けるようになるのではないだろうか。

 あとは、残された丹波ー和知間の開通(平成26年度)と、これからの課題である京丹後から豊岡、鳥取に向けての新路線の開通を目指して頑張ります。

 綾部「北近畿の交差点」として重要な交通結節点となり、今後の発展が期待されます。

 

 12時に、亀岡市大本天恩郷に行った。
 世界救世教いづのめ教団鎌倉教会松田妙子教会長オウム真理教被害対策弁護団で名を馳せた紀藤正樹弁護士などのご一行をお迎えし、大本本部の見学に同行させていただいた。

Kimg0682 大本亀岡本部には何度か行ったことはあるが、弾圧の痕を見る機会はなかった。

 今回、弾圧でつぶされた歌碑首を落とされた「いづのめ観音」さんなどを直接見て、その凄まじさ、執念、怨念を強く感じた。

Kimg0684Kimg0693 紀藤弁護士「大本の弾圧を若い人は知らなくなっている。大本は“事件”をもっと広報するべきだ。それが人権を守ることにつながっていくのだから」とおっしゃっていた。

 綾部に移動し、天王平の奥津城を参拝。鹿子木さんに来ていただいて、案内していただいた。

 こちらでも大本の痕跡が削られた墓石開祖の墓が暴かれて移動された場所などを見た。その場所は、通行人に踏みつけられるような位置にあった。

Kimg0705 松田教会長「なおさんと茂吉さん(世界救世教の岡田茂吉開祖。元は大本の幹部だった)が天界で嘆いてらっしゃる。私は大本の皆さんに厳しいことを言うように天界から動かされている気がするの」とおっしゃっていた。

 続いて、長生殿を参拝して、下八田町にある上谷厄神神社を参拝した。

Kimg0712 上谷の厄神さんは有名だが、ここと大本との関係はよく知らなかったので、今回、初めて解説していただいた。

 出口王仁三郎聖師が大本に入信し、最初に山家の鷹栖町や西原町で修行をしたが、神がかると大きな声を出し、暴れて床などを壊すので、次から次へと追い出された。

 この上谷の厄神神社にたどり着いて、祭られている武内宿禰(審神者の神)に神様を下ろしたら、良い神も悪い神もすべて出てきてしまった。

 それを浄めるために王仁三郎聖師の次の修行が始まっていく、という大本の最初に関わる重要な場所だそうだ。

 戦後、出口王仁三郎、すみ夫妻が久しぶりに上谷を訪問したのが、4月8日だったので、今でも4月8日には大本の信者さん達がお参りをされるそうだ。

 

 夜は、ご一行をお迎えしての歓迎会あやべ魅力の会が主催して、京綾部ホテルで行った。

 いろんな人が集まり、みんなが魅力ある人達で、本当に楽しく充実した時を過ごした。

Kimg0716 松田教会長石原慎太郎氏と遠縁で親しく、紀藤弁護士や学者、芸術家など、様々な方々とのお付き合いがあって、日本を建て直すための大きなうねりを創り出そうとしておられる感じがした。

 そのためには「まず、綾部からしっかり良い型を出していただかなくちゃダメなのよ」とおっしゃっていた。

 綾部の責任は大きい。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

綾部の応援者に

2013年02月20日 | 歴史の探求

 昨夜は寒い夜にもかかわらず、物部村上静史市議の後援会および四方源太郎後援会物部支部合同役員会を開催していただき、出席してご挨拶させていただいた。

 約20名の役員さんに集まっていただき、幹事長の改選や今年度の事業計画について審議していただいた。

 これまで幹事長をお世話になっていた植田寿良さんが農業委員に就任されたのに伴い、新たに上市山本新吉さん幹事長をお世話になることが満場一致で決定された。

 

 今日は午後、永井賞の授賞式に出席。
 西坂ファーム植田敏昭さんよさこい響連永井奨励賞を受賞された。永井大賞、永井賞の該当者はなかった。

 

 夜は、あやべ魅力の会の役員会に出席。

 4月21日に世界救世教の幹部の方々やオウム被害対策弁護団などで活躍された紀藤正樹弁護士綾部にお越しになるので、あやべ魅力の会で歓迎会をすることになった。

 綾部に魅力を感じていただいてはいるようなので、さらに“綾部の応援者”になっていただけるようにおもてなししたい。

 

 出口三平さん出口和明さんが書かれた《いり豆の花》という大本出口なお開祖の一代記の一部コピーを下さった。僕の曽祖父である「四方源之助のことが出てくるから…」と。

 曽祖父出口なお開祖と家が隣で、大本開教の頃には自分の屋敷を布教所として提供していたこともあった。

 この本には、安藤和明市議ご先祖・安藤金助さんも登場してくる。出口家をはさんでうちの反対隣りにおられたようだ。因縁というものだろう。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秋晴れ

2012年11月03日 | イベント参加

 秋晴れ。私市円山古墳のふもとで開催された《古墳まつり》に行った。
Kimg0281 佐賀地区の皆さん方とお出会いし、いろいろなお話をさせていただくこともできた。

 次は、中丹文化会館へ行き、文化協会主催《芸能発表会》で、詩吟、日本舞踊、あやべ踊り、民謡三味線を鑑賞した。

 お茶もごちそうになった。
Kimg0282 グンゼ集蔵にも足を運んだ。

 《大本五代の芸術展》があり、開祖、聖師、代々の教主の書画、陶器、織物などが展示されており、豪華な展示会だった。
Kimg0284 隣りのバラ園では《菊花展》も開催されていた。
Kimg0285 午後は事務所で、決算特別委員会の総括質疑に向けて、原稿書きを始めた。

 総括質疑は11月14日(水)午後、KBS京都で中継放送されます。

 持ち時間は答弁時間を含めて25分程度ですが、綾部市や府北部からの想いを訴えていきます。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする