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【お砂糖とスパイスと爆発的な何か】発達障害と診断された私~ASDとADHDだとわかるまでに出会った本や映画について(北村紗衣)

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『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界―幼児期から老年期まで』(河出書房新社)

 突然ですが、私はごく最近、病院で発達障害だと診断されました。軽い自閉症スペクトラム障害(ASD)と注意欠陥多動障害(ADHD)だということです。
 
 自閉症スペクトラム障害はコミュニケーションがうまくできず、特定のものに強いこだわりがある症状、注意欠陥多動障害は文字通り注意力散漫とか多動の症状を示す障害です。
 
 自分から検査を受けに行ってわかったので、とくに驚きはなかったのですが、今回の連載ではいつもと少し趣向を変えて、この経験について書いてみたいと思います。「自分は発達障害なのでは?」と思っている人などに、多少なりとも情報を提供できると良いと思っているからです。

◆ちっちゃな頃から

 私は小さい頃から友達がとても少なく、人と話すのも苦手でした。完全に信頼できると思ったごく少数の相手としか親しくならず、みんなと仲良くする必要はないと思っていました。
 
 人の目を見て話せなかったので、十代の頃には肖像画に目を描かないアメデオ・モディリアーニの絵に夢中になりました(今でも大好きです)。挨拶をするとか、人の会話に入るとかもほとんどできませんでした。文字に強いこだわりがあり、書き方を覚えるとすぐに自分でノートにいろいろなことを書いて「お話」を作っていた覚えがあります。友達と遊ぶよりは本を読んだり、何か書いたり、映画を見たりするほうが好きな子どもでした。また、これは既に私の編著である『共感覚から見えるもの―アートと科学を彩る五感の世界』(勉誠出版、2016)を含めていろいろなところで書いているのでそちらを見て、文字と楽音に対する共感覚(ひとつの感覚に対する刺激から他の感覚が誘発される現象)がありました。
 
 両親は私に何か変なところがあるとは思っていなかったのですが、高校に入ったくらいから、友だちに「自閉症なのでは?」と言われるようになりました。しかしながら、日常生活にとくに支障をきたさなかったので、病院に行ったほうがいいというようなことは全く考えていませんでした。

◆クイックシルバーのおかげで

 自分にどうも発達障害があるのでは……ということを真面目に考え始めたのは、2010年代の後半くらいになってからです。まず、一緒に暮らしている
連れ合いから、「周囲の人間をエミュレートしているサイボーグみたいだ」と言われました。どうも大変、思い当たるところがありました。たしかに私は機械みたいなペースで仕事をするのですが、他人の感情などがほとんどわからないので、人前に出ると周りの人を真似ることで乗り切っています。また、やはり連れ合いと一緒にイーロン・マスクに関するニュースを見ていた時、「どうも私の挙動不審な感じはイーロン・マスクに似ているのでは」という話になりました。
 
 もうひとつ、私が発達障害の可能性を考えるきっかけになったのが、大学に就職したことです。私は大学教員の業務のうち、ほとんどはだいたい問題なくこなせるのですが(むしろ他の人より早く終わらせられることが多かったです)、ごく一部だけ、まったくできない業務がありました。こういう業務を割り振られると吐きそうなくらい疲弊するので、周りの人を真似てごまかしていたのですが、だんだん学内で責任ある仕事をまかせられるようになると、それでは乗り切れないのでは……と思うことも増えました。
 
 こういう日常生活でのちょっとしたトラブルに加えてあれっと思うようになったのが、どうも発達障害らしいキャラクターというのが映画やテレビドラマにけっこう出てくるようになったことです。
 
 私は『X-MEN:フューチャー&パスト』(2014)に出てきたピーター・マキシモフことクイックシルバー(エヴァン・ピーターズ)がものすごくお気に入りなのですが、なぜかというと、このキャラクターはとにかく考えたり行動したりするスピードが速くて、ひとりでなんでもやってしまうからです。私は異常にせっかちで、ほとんどのことは即決し、周りの人の判断が遅すぎてイライラするというようなことがしょっちゅうあるので、そういう自分と同じようなスーパーヒーローが出てきたのはとても新鮮でした。
 
 ところがクイックシルバーに関する批評とかファンアートを検索していると、Redditあたりで「クイックシルバーってなんかイラつく感じだよね」「自閉症スペクトラム障害なんだよ」みたいなことが言われているではないですか……私はクイックシルバーがイラつく振る舞いをしているということに全く気付いていなかったので、ここで(1)自分の振る舞いは他人をイラつかせているらしい (2)クイックシルバーも私も自閉症スペクトラム障害なのかも、ということに思い当たりました。
 
 2016年には『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』にバリー・アレンことフラッシュ(エズラ・ミラー)が出てきましたが、フラッシュもかなり自分に近いと思えるキャラクターでした。やはり異常なスピードと不審な挙動が特徴です。フラッシュもやはり発達障害当事者を含めた多くの観客から発達障害では……などと言われています。
 
 最近、エズラ・ミラーがおそらくメンタルヘルスの問題で何度も暴力沙汰を起こしてキャラクター自体の先行きがあやしくなってきています。私もこれに関してミラーはきちんと責任をとるべきだと思っているのですが、少なくともDCエクステンデッド・ユニバースに発達障害をリアルに表現したキャラクターが出てきたことは評価すべきだと思っています。
 
 私の疑いをさらに強めたのは、『ファンタスティック・ビースト』シリーズのニュート・スキャマンダー(エディ・レッドメイン)でした。私は『ハリー・ポッター』シリーズよりもプリークェルの『ファンタスティック・ビースト』シリーズのほうがはるかに好きなのですが、これはニュートがとても自分に近いと思えるキャラクターだったからです。

 これについて、私はニュートがいかにもな研究者タイプだからだと思っていたのですが、この自閉症啓発を目指して作られたファン動画とそこについたYouTubeコメントを見て、自分がニュートが好きなのは発達障害だからなのかも、クイックシルバーとフラッシュに続いてまたもや……と思いました。ニュートを演じるエディ・レッドメイン自身、ニュートは自閉症スペクトラム障害だろうと言っています。『ファンタスティック・ビースト』シリーズもJ・K・ローリングやエズラ・ミラーのスキャンダル、さらには脚本の迷走のせいで先行きが極めてあやしいのですが、ニュートじたいはとても魅力的なキャラクターだと思います。
 
 このようなことが続いたのですが、一方でこういう映画に出てくるキャラクターはみんな男性です。もう少し情報はないだろうか……と思ったところ、サラ・ヘンドリックス『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界―幼児期から老年期まで』(堀越英美訳、河出書房新社、2021)が出ました。これを読んだところ、思い当たるところばかりでした。女性のASDは発見されにくいらしいのですが、「ASDの女性は、ASDの脳が得意とするシステム化によって他者の能力を研究・再現することで、普通の人に擬態して社会参加できるのではないか」(p.33)という仮説は、まさに私が連れ合いに言われたことそのままです。

◆診断が出る

 発達障害の検査を受けようと決めたのは、今年の2月にメンタルクリニックとカウンセリングに行ったことがきっかけです。
 
 私は2月に不眠になり、生まれて初めてメンタルクリニックに行ったのですが、そこで出された薬が全くあいませんでした。そのため、メンタルクリニックをやめてカウンセリングに行ったのですが、そこでもらった人間のネガティヴな思考経路とか人間関係とかに関する説明の資料がほとんど理解できなかったのです。
 
 「こういうときに人間はこのような行動をしがちである」というようなことが書かれた資料をもらっても、私はなぜそういうときに人間がそんな行動をとるのか、カウンセラーに丁寧に説明してもらったのにピンときませんでした。自分はそういう行動をとらないからです。この時、自分の精神の健康状態を理解するためには発達障害の検査を受けたほうがいいのではないかと思いました。
 
 大人が発達障害の検査を受けられる機関はそれほど多いわけではなく、お金も時間もかかります。検査は図形やら数字やらをたくさん扱うもので、集中力を使うのでわりと疲れました。このあたりを全てすませたところ、6月半ばに軽い自閉症スペクトラム障害と注意欠陥多動障害だという診断が出ました。驚きはなく、やっぱりか……という印象でした。
 
 軽度でそこまで日常生活に支障がないということもあり、投薬などはなしで、診断書だけもらって帰ることになりました。病院では「薬を飲んだからといって人の気持ちが急にわかるようになるわけでもありませんし」と言われたのですが、その時思ったのは、「別に今から人の気持ちがわかるようにならなくてもいいのでは?」ということです。そもそも、今まで私は39年、人の気持ちがよくわからない状態で暮らしてきて、それが自分としては平常の状態でした。映画とか小説ではなく日常生活で「人の気持ちがわかる」というのがどういう状態なのか私にはよく理解できず、飛行機を操縦するとか細密画を描くみたいな、やったことのない特殊技術と同じくらい遠いものに思えます。また、人の気持ちがわかるようになると、ひょっとして今とは違ういろいろな危険があるかもしれません。私は周りの人と同じように振る舞えない自分を好きになるのにずいぶん時間がかかったので、今からまた自分や他人をキライになる可能性があるようなことは別にしたくありませんでした。

 それでも日常生活には良い影響があったと思います。今までできなくてイライラしていた仕事などがなぜできないのかという理由がわかったので、少し気が楽になりました。発達障害が原因で問題が起こったら周囲に助けを求めればよいということもわかりましたし、どういうルートで支援をあおげばいいのかというようなことも多少は把握できました。
 
 そこで診断が出てから見始めたのが、MCUが6月から配信し始めたドラマ『ミズ・マーベル』です。このシリーズに出てくるミズ・マーベルことカマラ(イマン・ヴェラーニ)はおそらくADHDであるような描き方になっており、クリエイターのひとりであるビシャ・K・アリ自身がADHDで、それについて言明しています。

 ここまでで私がピンときた作品に出てきていた発達障害のキャラクターは皆男性でしたが、カマラは女性です。このタイミングでこういうドラマが出てきたことは本当に嬉しいと思いましたし、きっと発達障害を持っている女の子にとってはとても心強いヒーローだろうと思います。

初出:wezzy(株式会社サイゾー)

プロフィール
北村紗衣(きたむら・さえ)

北海道士別市出身。東京大学で学士号・修士号取得後、キングズ・カレッジ・ロンドンでPhDを取得。武蔵大学人文学部英語英米文化学科教授。専門はシェイクスピア・舞台芸術史・フェミニスト批評。
twitter:@Cristoforou
ブログ:Commentarius Saevus

著書『お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門(書肆侃侃房)

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