映画『ショーシャンクの空に』の主人公の魅力を解き明かす : Katzが唱えた3つの基本スキルの視点か著者高橋 悟雑誌名英語と文化 : 大阪樟蔭女子大学樟蔭英語学会誌9ページ15-24発行年2019-03URLhttp://id.nii.ac.jp/1072/00004350/COREMetadata, citation and similar papers at core.ac.uk
- 15 -映画『ショーシャンクの空にの主人公の魅力を解き明かすKatz が唱えた 3 つの基本スキルの視点から高橋 悟1.はじめに1994年に劇場公開されたアメリカ映画「ショーシャンクの空に」は,四半世紀を経た今日でも極めて高い国際的評価を得ている.全世界で月間25000万人が利用しているインターネット・ムービー・データベース社(IMDbのウエブサイトによれば,同社の映画部門ランキングにおいて,本作品は201810月末現在で第1位の座を堅持している.同社が提供する映画数が500万本に及ぶことを踏まえれば,その人気がいかに傑出したものであるかを理解することは容易であろう.この作品には様々な特徴や仕掛けが埋め込まれているが,本作品全体の人気を支えているのは何といってもアンディ・デュフレーンという主人公が持つ人間的な魅力であろう.その魅力を解き明かすため,本稿ではKatz1974が唱えた3つのスキルの視点からアンディの言動を分析し,それらのスキルを彼がどのように駆使しているかをつまびらかにする.これにより彼自身の魅力のみならず本作品全体に対する高い評価の内実に迫ることが可能になると考えられる.なお,Katz3スキルの視点から本作品や主人公について批評・論考した文献は,管見の限りでは国内外で見当たらず,よってこの視点の採用そのものが類の無い試みといえる.2.「ショーシャンクの空に」のストーリー本作品は無実の罪でメイン州のショーシャンク刑務所に投獄された若き銀行家アンディが最終的に脱獄を成功させる物語である.ある夜,彼は酩酊し妻と間男を銃で撃ち殺した罪で終身刑を言い渡される.彼は刑務官らの理不尽な仕打ちや他の囚人たちからの暴力に耐え忍びつつ,持ち前のスキルを活かし,刑務所内における自らの地位を徐々に高めていく.その過程におい
高 橋 悟- 16 -て着々と脱獄の準備を進め,19年後に見事脱獄を成功させる.入獄は1947年,脱獄は1966年であった.アンディは,服役中に法の抜け道を突いてランドール・スティーブンスという人物を書類上で作り上げ,脱獄後はその人物となって生まれ変わり,メキシコ太平洋岸のジワタネホという町で第二の人生を送ることになる.その後,囚人仲間でアンディの無二の親友だったレッドが仮出所し,仮釈放違反を犯しながらもアンディを訪ねてバスを乗り継ぎ国境を越え,ジワタネホの白浜で感動の再会を果たすという場面でエンディングを迎える.3.Katz が唱えた 3 つの基本スキル1974年にRobert L. Katzは経営学の専門誌「ハーバード・ビジネス・レヴュー」において,管理者(administrators)が備えるべき3つの基本スキルを提唱した.第一は技術的スキル(technical skill)であり,特定の職務に必要とされる個別具体的なスキルである.例えば外科医,会計士,エンジニア,ミュージシャンなどは,訓練や研修によってそれぞれの分野で固有の技術を後天的に修得し,その技術を活かして生計を立てたり多くの人々の役に立ったりしている.第二は対人的スキル(human skill)であり,自分と関わりを持つ人たちの性格や考え方,行動特性などを理解し,協力・協調して業務やプロジェクトを遂行するスキルである.第三は概念化スキルconceptual skill)であり,自分が所属する組織や置かれた環境,あるいは社会全体の中で自らの立ち位置や役割,及びその意味や意義を把握し,どのような状況にあっても物事の本質を見極めることのできるスキルである.以上がKatzの唱えた管理者が備えるべき3つの基本スキルであるが,高橋(2013)はこれらは管理者のみにあてはまるものではなく,教師にも十分にあてはまると主張している.先の技術的スキル,対人的スキル,概念化スキルは,教師が有するべき教育上の「専門性」,学習者・保護者・同僚と関わる「社会性」,自己を見つめ必要に応じて軌道修正する「自己省察力」にそれぞれ符合しており,各々は相互に影響し重なり合う部分を持ちながらも,自己省察力を駆動的基盤とし,三位一体となってより良く職務を遂行できるようになる状態(すなわち自身の成長)につながっていくと説明している.その名称はともかく,これらは程度の差こそあれ,特定の職業や職責に留
映画「ショーシャンクの空に」の主人公の魅力を解き明かす- 17 -まらず,あらゆる個人が備えるべき横断的スキルの総称であり分類であると言えよう.高橋(2013)が提示した「教師の成長の構図」を参考に筆者がこれらの関係を改めて整理・作成したものが図1である.次節ではアンディがこれらのスキルをどのように刑務所内で発揮し,脱獄及び脱獄後の自己実現へと結びつけていったかについて考察する.図 1 自己実現と 3 つの基本スキルとの関係(高橋 2013 の図を参考に筆者作成)概念的スキル(Conceptual Skill)自己省察力技術的スキル(Technical Skill)専門性対人的スキル(Human Skill)社会性自己実現(Self-Actualization)目標達成(Goal Achievement)人間的成長(Personal Development)
高 橋 悟- 18 -4.考察(1)技術的スキル(Technical Skill)入獄前のアンディはメイン州ポートランドの大銀行の副頭取であった.彼の強みは銀行家として培った税務・会計に係る専門性である.図らずも彼はそれを活かして看守主任の相続税免除の手続きをすることになり,続いて自分の刑務所のみならず他の刑務所の看守たちの所得申告までも手伝わされるようになる.また自分の子供の教育費を作りたいと申し出てきた一人の看守の相談にも親身になって応じる.さらに挙句の果てには,ショーシャンク刑務所の所長の汚職を通じた蓄財及び資金洗浄までもやらされるはめになる.こうしてアンディは所長にとって資金管理アドバイザーのような役目を担うとともに刑務所内で一生を終えてもらわなければ困る存在となる.なぜならアンディが仮出所でもして所長の悪事を口外すれば,所長自身が投獄される身となってしまうからである.このようにアンディは価値ある専門性を持っているがゆえに所長や看守たちから大いに利用されるのだが,その専門性のおかげで彼の刑務所内での処遇は次第に改善されていく.最初に目に見える良好な変化が起こったのは入所後2年が経過した時である.アンディの有能さを耳にした所長はアンディを洗濯係から図書室係へと格上げし,同時に看守主任に命令し,アンディに対して性的暴行を繰り返す囚人を文字どおり叩き潰し,二度と通常の刑務所に戻れない体にして囚人用病院へと送り出す.これによってアンディを物理的に襲う者は所内から完全に姿を消すこととなった.新たに図書室係になった彼はその後6年間,毎週州議会に手紙を送り,図書室拡充のための陳情を続ける.そしてついに同議会は根負けし,大量の書籍やレコード,小切手200ドルを刑務所に寄贈する.驚くべきことに,この時アンディは「たった6年で」と,想定よりも早く陳情が実ったことを喜ぶとともに「今度は週に2通書く」と即座に新たな決意をする.そして4年後にはなんと同図書室のためだけに州議会で毎年500ドルの予算を計上することが決定される.これによりかつてはネズミの糞だらけの倉庫のようだったスペースがニューイングランド地方一の刑務所図書室に変貌を遂げるのである.ここで留意すべき点は,アンディは税務・会計だけに精通していたわけではないということである.税務・会計はいわば社会全般に通底する仕組みであるが,彼はその根本となる知識やノウハウを持っていたがゆえに,世の中
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