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Conversation

小泉進次郎さんが今日、実母から隔離され中学生まで伯母を母親だと勘違いし、かつ弟と生き別れの複雑な環境で育ったことを吐露した。それは可哀想だが、その環境下で「家族」という普通の感覚が育ったのか甚だ疑問じゃ。 所でワシの夫も夫婦別氏の環境で育っているから今日はそれを話したい。 ワシの夫の父、つまりワシの義父には、学者、女子アナウンサー、新興財閥の一人娘、料理人の4人の女とそれぞれの家庭を持っていた。 頭いい子、美人美声、実家金持ち、コック、と男性が欲しい女性を全て集めた楽しい生活じゃな。 まるでワンピースのルフィ船長が仲間を集めるみたいに、それぞれ能力を持った女性たちが仲間になった。 それぞれ、大学教授(学会)、芸能界、金持ち、小料理屋で、子どもたちには毎週、順番に暮らした。 それぞれの子どもたちをみても、学者の子は医師となり研究者し、女子アナの子は全員声と顔が良く立ってるだけで営業畑で活躍、金持ちの子は経営者となり、料理人の子はパティシエじゃ。 夏にはそれぞれの家族と海外旅行。だから4年に一度。年末年始も父がいるのは4年に一度。 でも、必ず毎日3分から5分、義父は子どもたち全員に電話し、今日の出来事を聞いた。 「お父さんのことどう思う?」と夫に聞くと、「パパ大好き❤大好き❤大好き💕」という返事しか来ない。 病気になったら学者チームに治してもらい、広報が必要になったら女子アナチームに前に出て喋ってもらい、金に困ったら財閥チームが資金をだし、うまいもんが食べたければ料理チームの店に行く。 そういう「共同体」じゃな。 そんな家庭環境に育った夫に、「夫婦別姓についてどう思う?」と聞いてみた。 「日本は昔から夫婦別姓をしたければ夫婦別姓にできるの。重婚的内縁といってね、寡婦年金とか国家の庇護を別に期待しないなら自由な婚姻形態でいいの。なのに制度を変えようとする奴はただの下賤」 バッサリ切った。 というのも、夫の父のそのまた父、を辿ると全員多妻制で、夫の高祖父は子どもが徳川家斉よりも多くいる。 ここまで来ると伝統だ。 続けて夫はこう話した。 「いくらMBAを取っても多妻制家族経営のやり方なんてどの教科書にも無いわけ。だから、成り上がり者が俺らの真似しても、悲惨な家庭環境となり子どもの人格形成が歪むだけ。みりゃわかるよね。だから、歴史的経験則がなければ一夫一妻で夫婦同氏がいいわけよ」 「俺らが先祖代々多妻制なのは戦争で男子が消耗品になるからとにかく数を揃えないと所領を守れなかった経験則によるものなんだよ」 「俺は多妻制?やらんよ。今の時代の戦争は将兵の数で勝敗が決まるわけではないからね。技術の時代だよ」 「本当にほかに子どもを隠してないかって?だからさ!隠すのは賤民が上の真似事をしたとなんだよ。将兵の数はむしろ水増ししてでも公表するところから意味があるんだよ。隠す時点で意味ねえだろ」 夫婦別氏は、男子の数をただ必要とする事情があるときにされるべきだ。 だから、いまは戦争のかたちが数ではないため、多妻制をする事情はない。ただ、したい人はすれば良いし、それを妨げることはない。 しかし、いまは少子化だから、多妻制をする国家的事情はあるし、これは皇室にも言える、と私は考える。 だから、もし私の夫の子を産みたいという女性がいたら私は止めないし、それは時代の要請が正当化すると考える。 ただ、そのとき夫婦別氏は「多妻制」のときにこそ発揮するのであり、「一夫一妻」には夫婦同氏が歴史的に重要だ。 選択的夫婦別姓とは、選択的多妻制という意味だ。 一夫一妻で別氏をやるという意味は、「貴族の真似事をしてる馬鹿な賤民」という構図だ。 守るべき家財も歴史的名誉もないくせに何を外見だけ猿真似しているのか。 身の丈にあった生き方をせよ! みんなの意見を聞かせてね! ところで私が書いた『われ、正気か!』という本は、夫婦別氏の歴史的背景をわかりやすく、地元の言葉、広島弁で解説した。 写真は、親族の集まりで夫が義母と苗字違うのなんか理解得られにくいなーと冷麺食べながら思ってるわたし! 読んで深く知り一緒に日本を守ろう! amzn.asia/d/0F6WSxq 電子版も各社ある! 地元図書館や学校にリクエストして応援してね! 文章が気に入ったらフォローしてね!
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