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女体化クロスオーバーシリーズの4人が出所後に歩む2ルート目の物語。
『硝煙のサバト・冥王編』
中章の6 選んだこのルート
リビングの大きな鏡が、正座するイデアとタレイアを映し出していた。健康的な肌艶で瞳を輝かせているタレイアに比べ、自分は何と全てが不健康なのだろう…とイデアは鏡から目を反らす。チェストの上ではばるさんが、その柔らかい体を器用にグルーミングしながら、今まさに始まる人間の得体の知れぬ所業を見下ろしていた。
「縄抜けは間接の外し方が肝なんだ。まずはタレイアが見本を見せるから、イデアよく見てなさい」
その言葉と共にボニータが、2人の背後に麻縄をピンピンと張りながら現れる。その瞳は嗜虐的にギラリと光って見えた。
「…おかのした」
「はい!お師匠」
そしてタレイアの細い体に、キツく縄が食い込んでいく。
「ぐっ…キツ……ッ」
少女の苦悶に呻く表情と強調される体の線は、イデアにほのかな劣情を憶えさせた。一見するとエペルだった頃と何ら変わらないタレイアの肉体だが、今確かに男ではなく女のそれだと証が浮かび上がっている。
それに、楽しみながら実に器用に少女を緊縛していくボニータに、性交時のそれとはまた違ったフェティッシュな官能をも憶えて止まないのだ。
……いや、正確にはボニータとタレイアの間にだけ生じる“おねロリ”の空気こそが最もイデア自身の官能に働きかけるのだろう。この空気はボニータとプロシュでも、あるいはボニータとアグライアでも出せないものだった。おねロリに惹かれてしまうのは、イデア自身にもオルトがいるから何処か自己投影しやすいせいかもしれなかった。
「じゃ次。お前も縛るぞ、イデア」
「…オナシャス」
タレイアを縛り終えたボニータが、今度はイデアの背後で縄をピンピンと張っている。
女達の美しさとは対照的に、身震いするイデア自身の無様さを鏡は如実に映していた。
縄はすぐにTシャツ1枚の彼自身の体に深く食い込んできて、高揚感を与えてくれた。骨まできしみそうなキツさを恋人から与えられるのも、また彼女がわざわざ自分などにその時間を割いてくれるのも、多少の緊張感を伴うとはいえもはや立派な快楽なのだ。タレイアの目があるのもまた良い。
「……ってて…キツい…っ、死ぬ……!」
「嘘つけ。痛覚などシャットアウトされているはずだろう」
亀甲縛りに加え両手を後ろに両足ごと拘束され、とうとう身動きが取れなくなる。ボニータは2人の前に回り、手を腰に仁王立ちでこう命じる。
「よし、タレイア!この男に縄抜けを見せてやれ!」
「はいっ!お師匠!」
タレイアは得意げに口角を上げ、息を大きく吐く。ばるさんが「人間ごときに出来るものか」と言わんばかりに大きな欠伸をしていた。
やがて、タレイアの小さな体は軟体動物のようにフニャリと脱力し、縄がスル…と少し浮いた感じになり、肉体との間に隙間を生じさせていく……。
しかし、イデアはある事に気付いてしまった。
(これ……本人も師匠も気づかないうちに魔法が発現しちゃってるパターンではござらんか……?)
そう、縄の浮き方が明らかに魔法によるそれなのだ。
「とりゃ!」
そしてとうとうタレイアは手足の縄を抜き、胴体のそれをも腰までスルリと下ろしてしまうと、後は自らの手で全て解いて立ち上がった。
「うむ、なかなか美しい手際!」
「へへっ!」
「見たかイデア?これが我がサバトの囮担当の実力だ」
師弟はすっかり、それが物理的技術の賜物だと信じて満面の笑みである。ここでわざわざ突っ込むほど、イデアも命知らずではない。
「さて……私はちょっと野暮用で出てくるよ。タレイア、その間この男にコツを教えてやりなさい」
「えっ、わーが?」
「とんだ無責任指導者現る」
「つべこべ言うな。指導もまた精進への道だ。アディオス」
無意味にバラの花を一輪投げ、ボニータは忍者らしい素早さで部屋を出ていってしまった。残された方は……ただただ困惑するばかり。
「したばって……どひゃ伝えたらいいべか……」
顎に手を当てこちらを見下ろすタレイアに、イデアは早速こう言う。
「タレイア氏……キミ魔法で縄浮かせてたでしょ」
「ええっ!?そげなはずは!」
「あーやっぱり。無意識で魔法発現できちゃったパターンね」
「そげなぁ……わー案外忍術の才能さあるかも…ってぬか喜びしちゃったば……」
「ショゲることないでござるよ?忍法も魔法も、ある意味類似の秘技であって、明確な境界線なんてないからね」
「……ハッ、どうせ魔法さ発現するなら、わーじゃねぇでツイステ(向こう)さ残ってるエペル本体さ発現して欲しかったね……」
「あー…キミら3人、拙者と違って本体と脳が同期してませんからねぇ……というか、肉体を改竄し過ぎちゃって同期させるにもエラーが出る、が正解か……」
イデアの脳内に、タレイアと瓜二つのエペル・フェルミエの顔が浮かぶ。ポムフィオーレ女体化MODトリオのうち、このエペルとタレイアは格別にそっくりなのだ。元々エペルが小柄で女顔であるのに加え、タレイア自身が肉体的に大人の女性になりきっていないのもまた因しているのだろう。
イデアは不意に、ほんの少し前までこのタレイアを「らぶソリのアイちゃんに似ている」という理由で気にかけていたことを思い出す。特にKIMONO姿が、作中でアイちゃんがそれを着用していたエピソードを彷彿とさせたのだ。なぜ『らぶソリ』の細かい描写がこの脳内に入っているのかはわからない――…がけもですら顔や歌声、楽曲の記憶は内蔵されていないのに。
思えばあの頃はよく、ボニータから性的に可愛がられるタレイアを想像して自分を慰めようと試みた。しかしながらそれで興奮するのは最初のうちだけで、絶頂に近づけば近づくほどエペルの姿が邪魔をしてきて「一体拙者は何をしているのか」と萎えてしまう無限ループに陥るのだった。
そのループから逃れるため、視点を「タレイアを可愛がっているボニータ」へとずらして再び奮い立たせるのもまた常套手段だった。あの頃はまだボニータという女の事は専ら怖くて嫌いだったが、それはあくまでも1人の人間として。オカズとしては使い勝手がよくて少しばかり重宝していたのだ。他の3人と同じ“女体化MOD”でも、男性時代を直接知っているかどうかの差はやはり大きい。
それでも、あの偏執的に美に拘る女が自分などに快楽の顔を見せるわけないと虚しさを覚えるので、最終的にはいつだってタレイア、アグライア、プロシュにボニータをいたぶらせるルートを描いた。イデア自身はサディストではないはずだが、そのシチュエーションを物陰からこっそり覗く妄想をすれば、気持ちよく絶頂に達することができたのである。
……そんな自分が、今やあの女の“夜のオモチャ”として気に入られているのだから、人生って本当に数奇なゲームだ。
「でもタレイア氏、もう縄抜けの必要もキミは無いでしょ」
「なして?」
「だって、もうわざわざ囮として捕まって敵陣に忍び込まなくても、情報なんて全部拙者がハッキングで掴めますから。拙者いわばサイバー忍者ですわ」
すると急に、タレイアの顔が曇った。
「……そ。だからわーさ……アンタのこと邪魔なんだ」
「え………」
ただそう呟いたまま、イデアは返す言葉が浮かばない。
「あのね…わーは別に無理やり囮をやらされてるわけでねぐで、自分が楽しんでやってきたんず。だから、情報をポンと簡単に掴めたところでチート過ぎてつまんねびょん」
「あー……その………つまり、生きててサーセン……」
「そこまでは言っでねぇよ。……イデアサンさいてくれたらピンチの時助かるのは事実だし、おままごと集団みでぇなトコから始まったわーらがここまで力を持てたのば、アンタのナイジョノコーとかいうやつだっきゃ」
「はぁ……お気遣いドモ……」
「だばね……」
タレイアは胡坐をかいて再び座った。チラリと見えたスカートの中が男物のトランクスで少々複雑な気持ちになる(そういえばエペルもケルッカロトの時同じものを履いていた)。
そして彼女は何処か改まったような瞳でこう続けた。
「けどさ、イデアサン……お師匠と一緒になるよりも……わーといた方がアンタさ幸せだったかもしんねぇず」
「………え?」
……いや、何なのだ?その意味深な言葉は……。まるで…まるで……。
返す言葉もなく相手の顔も見れないままに、しばし空間は静寂に支配されていた。
だがやがてタレイアが痺れを切らし、ごくバツが悪そうに苦笑して訂正する。
「あー、誤解しねぇでけれ!わーがそうしたいんじゃなぐっで!……尻に敷かれてばかりで幸せってよりまんず大変そうにしか見えねぇってこどで!」
「……い、いや、誤解なんてしてないよ。でも……うん……それは本当に、その通り。理不尽のコマンドしかない修羅の道だもの。タレイア氏ルートの方がだいぶイージーでござるのは少なくとも確かだね」
「ね……キミ達みたいな関係さ、男の幸せじゃねぇよな……」
「うーん……」
タレイアが何をもって“男の幸せ”としているのかは不明だが、イデアは別に女性に頼られこちらが守ってやるようなステレオタイプの交際をしたいとは思わない。そんなのただの重荷でしかないじゃないか。
ならばまだ、相手が完全にリードしてくれる今の生活の方が快適ではある。女の性格が歴然と悪い分、こちらが遠慮や気遣いをする必要もない。もしもアレが優しい女性だったら、今もずっと猫を被り続けて窮屈な思いをしていたに違いないのだ。
それに趣味も合わないからプライベートは完全分離しているし、デートや会食といった羞恥プレイイベントをこなさずともキモチいいことはしてくれるし……それはもう貪欲でこちらが持て余すくらい……。
ああ。
何だかんだいって、全く不幸というわけでもないのだな、と今改めて実感する。
――僕は、自由を失ったつもりでいたけど、逆に自由を手にしていたのかもしれない。
でもそんなクサい台詞、今この状況で言うべきではないような気がする……のは、はたして自意識過剰だろうか。
気づけばまた沈黙の中で、気まずい空気になっている。
別に今更タレイアとのルートを目指す気もないし(元よりそんなことを自分から始められる性格じゃない)、何より今自分を男として気に入ってくれている人を裏切る気は毛頭ないのだ。
だって理不尽の代償に、得ているものもちゃんとあるから。
すると……。
「あれっ?イデアサン!縄が浮き上がってる……!」
「ファッ!?…わわ、せ、拙者も物理的にじゃなくて魔法でクリアしちゃってますぞ!」
「ハハ…わーら、やっぱり体が魔法士として出来てるんだね」
「生きる場所が変わっても、そういうのはっきりわかんだね……」
そう2人で笑い合う様を、チェストの上からばるさんが、そして屋根裏から女が1人覗いていたとわかるのはもう少し後のこと……。
終