玉川奈々福の「浪花節のススメ」(第1回)◇浪曲師の「声」は、ヤスリを掛けて磨り込む

2024年09月10日12時00分

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 皆さま、初めまして。浪曲師の玉川奈々福と申します。

 「浪曲」?

 言葉は知っていても、どんなものかご存知ない方も多いかもしれません。浪曲は、寄席芸として明治時代から庶民に愛され、のちに大劇場にも進出し、レコード、ラジオといった媒体によって全国に広がり、昭和30年代の前半ぐらいまでは日本で最も人気のある芸能といっても過言ではないものでした。

 ところが高度成長の時代にだんだん人気がなくなって、今では全国で演者が100人に満たない「絶滅危惧」状況にあります。

 もとは「浪花節」と呼ばれていました。

 浪花節=浪曲という芸は、アクロバティックな声を出すことや、三味線とともに語る二人芸であること、落語講談が座って演じるのに対して、巨大な布を掛けた演台を前に立って演じることなど、面白い要素がいっぱいあって、脈々と受け継がれています。そして語る物語には、日本から、そしていまの人々の心から、もしかしたら失われつつあるのかもしれない豊かで細やかな情感が漂います。そこにぜひ、読者の皆様をいざないたい。そんな思いで始めたこの連載です。お時間まで、どうぞお付き合いください。

 落語、講談とともに「日本の三大話芸」に数えられる浪曲。このうち浪曲だけは「節(ふし)」と呼ばれる歌が入り、三味線弾き(曲師)との二人三脚で演じる。歌と歯切れのいい啖呵(たんか)によって物語を展開するため声の力が問われ、この世界では「一声、二節、三啖呵(いちこえ、にふし、さんたんか)」と言われる。連載の第1回は、「声」にまつわる話。

 皆さん、健康診断を受けていますか? 私は最初、三味線を弾く曲師として入門しました。その当時は健康診断を受けると、血液の数値が全部低かったんです。赤血球とか血小板とか、ヘモグロビンとか。で、毎年毎年、採血すると、いつも注射器の中の血は薄~いピンク色で……。

 嘘ですよ(笑)! でも血は赤いのだけど、曲師から浪曲師に転向してからは、心肺機能が活性化したのか、数値が全部正常になったんです。これはホントの話です。

 あと、中学生の頃に目の調子が悪くて病院で調べてもらったら、弱視だったんですね。眼鏡を掛けても矯正視力が出ないから、ずっと掛けなかったんですけど、浪曲をやり始めたら、視力も良くなった。「そんなのウソだろう」って言われるんですけど、ちょうど血液の数値が改善したのと同じ頃だったから、やっぱり浪曲のおかげなのかな、と。これも証明しろと言われてもできないのですが。

 なんだか「浪曲で声を出して健康になろう」みたいな話になっちゃいました。でも、もう一つだけお許しを。実は5年ぐらい前からちょこっと筋トレを始めたんです。

 私、運動嫌いなんです。

 とはいえ、やっぱり体のためには運動したほうがいいんだろうと、ちょっと走ってみたり、ジムに行ってみたりしたことはあるのですけど、そのたびに具合が悪くなるので、私は運動が体に合わないんだ、運動は体に悪いと思っていたんです。

 ですけど年齢も重ねてきたし、浪曲は体力のいる芸なので、我流じゃなくて、ちゃんとトレーナーさんに教わって体力維持のために筋トレを始めようと思ったんです。最初にトレーナーさんに「私は運動経験がないんです」と伝えて始めてみたら、トレーナーさんが「あの~奈々福さん、ほんとに運動経験ないですか? 体幹、強いですけど」と。

 重いヤツ持ってしゃがんだり立ったり、持ち上げたりしても、あまり体がぶれない、よろけないらしいんです。トレーナーさんが「この年齢でこの体力がある人を僕はほかに知らない」と言われて、私が驚いた。

 心当たりとしては「呼吸」しかない。

 浪曲では限界まで吸って、限界まで吐くということを一席で30分、独演会だと2時間近くやるわけです。声を出すのは全身運動です。足を踏ん張るし、もちろん首回りや喉の周りの筋肉も使う。お腹の、奥のほうの筋肉、使う。腕の力こぶになる筋肉とか、お腹の六つに割れる筋肉みたいな「おもての筋肉」は全然ないんだけれども、奥のほうの筋肉が、浪曲のおかげで知らない間に鍛えられていたおかげなのかもしれないです。

 初代木村重友先生(大正から昭和初期にかけて浪曲四天王に数えられた名人)の末弟子だった国友忠先生(1919~2005)の晩年に、お稽古していただいたときに「声をすり込め」と言われました。「する」は「磨く」という意味です。

 教わった当時は、ピンとこなかったのですが、それから20年以上鍛え続けてみて、今、その言葉通りだな、と思います。声を出す芸能は数々ありますが、その芸能によって喉の鍛え方はそれぞれ微妙に違うのではないかと思います。浪曲は、声をヤスリにかけて磨(す)り込んで磨り込んで、磨り込んでいく感覚です。ヤスリの目によってはボロボロになっちゃうかもしれない。危ないところでヤスリにかけて、磨き抜かれたある一点を目指していく。だからすごいリスクと背中合わせ。しょっちゅう(声を)つぶしますし。

 9月には長編浪曲一挙口演の会(銭形平次捕物控 雪の精)※を開催します。

 ミステリー浪曲なんですが、前後編、合計100分の演目です。それを一人で語り切るのは容易ではないです。今年は、入門30年の節目の年でもあるので、やるなら精一杯の力を必要とする演目をやらねばと思い、この演目にしました。雪の夜の切ない物語。これは国友先生の作品なので、思い入れもありまして。皆さんにぜひ聞いていただきたいです。

(聞き手・構成 時事ドットコム編集部 冨田政裕)

 次回も「浪曲師の声」の続きです。


※2024年9月14日(土) 「第7回奈々福なないろ 銭形平次捕物控 雪の精」(東京・亀戸文化センター カメリアホール)
【チケット】https://www.kcf.or.jp/kameido/event/detail/?id=7464

【インタビュー】芸能生活30年目は筋トレのごとく 浪曲師の玉川奈々福さん

ある日突然、浪曲に惚れた(金丸裕子)

◇ ◇ ◇
玉川 奈々福(たまがわ ななふく)
横浜市生まれ。上智大卒業後、出版社に勤務。日本浪曲協会主催の三味線教室に参加したことがきっかけで、1995年7月7日に2代目玉川福太郎に弟子入り。2001年に浪曲初舞台。06年に美穂子改め奈々福。「玉川福太郎の徹底天保水滸伝」をはじめとする浪曲イベントを多数プロデュース。「平成狸合戦ぽんぽこ」など自作の新作も多数。他ジャンルの伝統芸能とのコラボなども手掛ける。18年に文化交流使として欧州など7カ国を回って公演。19年に第11回伊丹十三賞受賞。24年、落語芸術協会に入会。鑑真の苦難の渡日を日中で協同制作するプロジェクトもこの秋に控える。

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