音楽への無気力
音楽への気力が無くなったのは30歳になったからなのだろうか。
20代は自分なりにではあるが音楽への探究心、夢や希望があった。練習もできるだけして、SNS時代に音楽をやっている今、陰キャラで根暗である自分は動画などを撮ってそこから知名度を上げていこうと考えていた。基本的に多くの人と関わるのが苦手で精神的に疲れる自分の性格において、家で一人で練習し、SNSも一人で完結するので他に選択肢は無かった。
人にはタイプがあって、大きく外交的か内向的か、リーダーシップ性があるかないか、精神的にタフか否かなどがあると思っていて、全て前者の方が音楽家として大成しやすいと思う。単純に多くの人と関わり、適度な音楽力があればうまくやっていけると思っている。逆にいえば内向的でナイーブな人間はそこに苦労する。生きるためには仕事をとらなければならない。海外のジャズフュージョン系ベーシストにも苦労話は多くある。Gary Willisは一時期ベースだけの仕事ではやっていけずウェブデザインの仕事をしていた。Dominique Di Piazzaは7年間ベースを弾くのを辞めていた。Dane AldersonはYellow Jacketsのベーシストに抜擢されるまで、故郷に帰ってベーシストを辞めようかと思っていた。みんなとても高度な音楽力を持っていて、全員その道の最も優れたベーシストなのは間違いない。その探究心は売れ線や精神安定との乖離がつきもので、また新しい分野の開拓の第一人者の苦労は計り知れないはずである。多くの世界のベーシストは可能性を広げた彼らのような人を尊敬している。Jaco Pastoriusだってそうだろう。ジャズエレキベースの発展を歴史上最も発展させた彼の悩みは自分に分かる訳がない。
でも彼らの作った道、新しい文化を追うベーシストは数多くいる。ここには精神的な苦悩がどれほど降りかかるのかを知らずに追い始めるのが普通だろう。音楽的な側面だけを見るのではなく、自分も年齢を重ね彼らの非音楽的な側面を考え知りたくなったり、伝記を読み自分と照らし合わせたりもした。
若さは最強だと思う。恐れも少なく、やる気も体力もある。30代に突入し、急に音楽への探究心が無くなり、音楽家を辞めることを考えることが極端に増えた。全ての連絡手段を切断し、SNSも辞め、再び違う人生を歩んでもいいのではないかとよく思う様になった。端的に生きる事、人生を大きく見た時、何故辛い選択をずっとしているのだろうとも思う。何をやっても辛いのかも知れない。自分勝手に生きた結果がこうなのだし、性格は変わらない。20代は若さゆえ夢を追う体力、気力があった。今はもうかつてのそれらはない。夜も眠れず、毎日朝になって眠る。だからnoteを書いている。この生活を選択しているのは自分だ。幸せとは何なのだろうか。自分の人生なのだから幸せに生きたい、でもこの悩み疲れた生活を選んでいる自分に弊壁している。抜け出したい、だから人生リセットを選んだっていいだろう。もし上手くいかなかったら、またリセットしたらいいんだろ?今はそう考える事しかできない。音楽を人生から切り離し人前に晒される生き方から逃げ出す日はそう遠くない。着実にその日にゆっくりと歩んでいっているのは感覚的に分かる。
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