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おススメの1本 2024年09月03日 (火)

シリーズ「ロイター・デジタルニュースリポート2024」(3)~偽情報・誤情報に対する意識は~【研究員の視点】#552

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メディア研究部(メディア情勢)税所玲子

 シリーズでお伝えしているイギリスのロイタージャーナリズム研究所(Reuters Institute for the Study of Journalism)が行う国際比較調査「デジタルニュースリポート」。3回目は、ここ数年、日本でも社会問題として関心が高まる偽情報・誤情報について取り上げます。 2024年はアメリカ大統領選挙をはじめ人口20億を超える人が投票する"超・選挙イヤー"。偽情報・誤情報は、選挙や災害、事件・事故など注目を集める出来事に乗じて拡散しますが、さらに最近は生成AIの登場で、見破ることが難しい偽の動画が拡散することへの懸念が高まっています。
 「デジタルニュースリポート」では、「フェイクニュース」が注目された2016年のアメリカ大統領選挙の翌年から、この問題について調査してきました。2024年は、初めて個別のプラットフォームごとに、利用者が偽情報をどの程度見つけやすいかと感じているかを尋ねました。日本人は情報に触れる際、どの程度「フェイクニュース」を意識しているのか、紹介したいと思います。

【"フェイクニュース"への不安】
 まず、日本人がネットでニュースを見る際、どの程度偽情報・誤情報に対し警戒感をもっているのでしょうか。「何が真実で、何がフェイクなのか不安だ」ということに、どの程度同意するかを尋ねたところ、「強く同意する」と「同意する」を合わせた「不安だ」と答えた人は58%、「全く同意しない」と「同意しない」をあわせた「不安でない」は8%、「どちらでもない」と答えた人は34%でしたⅰ)(図1)。「不安だ」と答えた人は初めて質問項目が導入された2018年から10ポイント上昇し、世界平均の59%とほぼ並びました。偽情報を目にする機会が増えたことで不安が広がっていることに加えて、ニュースなどで取り上げられる機会が増え認識が高まっていることも要因かもしれません。

(図1)graph1_reuters2024-3.jpg

  「不安だ」と答えた人を年層別に見ると、18-24歳、25-34歳の若い人たちの間では、男性が女性を上回り、35歳以上では、それが逆転し、女性が男性よりも不安を抱いていることがわかります(図2)。

(図2)graph2_reuters2024-3.jpg

 学歴別を見ると、最終学歴が高いほど不安を持つ人の割合が高まっていき、偽情報・誤情報の問題への認識が高まっていく傾向がうかがえます(図3)。
 さらに別の属性を見てみると、「ニュースへの関心」や「政治への関心」の度合いが、大きな影響を与えていることがわかりました(図4)。ニュースに関心があるかどうかを尋ねた問いに対し「関心がある」と答えた人の64%がフェイクニュースへの不安を示し、「関心がない」と答えた人の47%を17ポイント上回っています。同様に「政治に関心がある」と答えた人の69%がフェイクニュースへの不安を示し、関心がない人(54%)を大きく上回りました。

(図3)graph3_reuters2024-3.jpg

(図4)graph4_reuters2024-3.jpg

 偽情報への警戒感は、ニュースや政治への関心の有無が明確に出ています。ニュースに関心を持ち、それをいかに主体的に、批判的検証をしながら読み取っていっているか、ということに関わっているのではないかと感じます。 ネット空間の偽情報・誤情報などに詳しい国際大学の山口真一准教授が読売新聞と行った調査でも、偽情報にだまされる利用者の傾向が現れたのは、「SNSを信頼している人」「ニュースを受動的に受け取る人」だったと指摘していますⅱ)
 次いで、「虚偽または誤解を招く情報を目にしたことのある話題」として政治や新型コロナウイルス、移民問題など8つの項目から複数回答で選んでもらいました(図5)。これを見ると、前の年と比べて偽情報・誤情報を見た人と答えた人が増えているテーマは、「政治」(18%→22%)、「移民」(5%→7%)「いずれでもない」(23%→29%)となっています。さらに世界平均と比較すると、「いずれでもない」以外のすべての項目で、日本は世界平均を下回っています(図6)。
 このシリーズのブログ2ⅲ)でも触れたとおり、日本人は総じて「わからない」「いずれでもない」が世界に比べて多くでる傾向がありますが、ここでは提示した選択肢の中に該当するものがなかったことを示す「いずれでもない」が去年よりも6ポイント増えています。この設問は、調査を世界47の国と地域で実施することを前提に選択肢を絞り込んでいるため、拾い切れていないテーマもあり、例えば日本で偽情報に関してたびたび問題になる「災害」は答えの選択肢に含まれていません。西欧の国々が中心のこの調査ではカバーしきれない、日本ならではの特徴をさらに調べていく必要があると感じます。

(図5)graph5_reuters2024-3.jpg

(図6)graph6_reuters2024-3.jpg

 世界では、偽情報・誤情報を民主主義への脅威と捉えて、規制を強化する動きが表面化しています。大手IT企業の活動を規制するデジタルサービス法が施行されたEU=ヨーロッパ連合では、今年7月、Xに対して、アカウントが所定の基準を満たすことを示す「認証マーク」が悪用されたケースがあるとして、デジタルサービス法違反との暫定的な見解を初めて出しましたⅳ)。「デジタルニュースリポート」でも偽情報がソーシャルメディア上で拡散していることを鑑み、今年はプラットフォームごとの調査を行いました。それぞれの「プラットフォームでみるニュースや情報について、信頼できるかを見分けるのはどの程度簡単か難しいか」を「とても/どちらかといえば難しい」「とても/どちらかといえば簡単」「どちらでもない」の5段階で評価してもらいました。「とても/どちらかと言えば難しい」を合わせて「難しい」、「とても/どちらかと言えば簡単」を合わせて「簡単」と表わしたのが図7です。

(図7)graph7_reuters2024-3.jpg

これを見ると、「Google」の情報が信頼できるかを見分けるのが簡単だと感じる人が最も多く(45%)、みずから検索をし、情報を探しにいっているという主体性が影響を及ぼしている可能性があるのではないかと思います。また、動画が主体の「YouTube」で簡単だと考える人は37%でしたが、同じ動画プラットフォームの「TikTok」で簡単だと考える人は17%でした。この20ポイントの差はどこから来るのかと考え、と2つのプラットフォームで「簡単だ」と答えた人の年層の違いを比べて見ました(図8)。年層が若いほど偽情報を見分けるのは簡単だと考える傾向は同じで、この情報だけではプラットフォームの違いは読み解けません。個々のプラットフォームを通じてどのような情報を目にしているのか、アルゴリズムによって情報が選別されていることへの認識がどの程度あるか、など、さまざまな情報の透明性が不足していると指摘されるソーシャルメディアの動向を読み解く難しさを感じます。

(図8)graph8_reuters2024-3.jpg

  このテーマを書いていて衝撃を受けるのは、ニュースは正確だという前提が崩れ、偽情報・誤情報が存在する社会がいかに当たり前になってしまった、ということです。2016年のアメリカ大統領選挙をきっかけに「フェイクニュース」という言葉が注目を集めてからわずか8年。偽情報・誤情報の正体を突き止める前に、情報空間は、生成AIの登場でさらなる変化が訪れようとしています。「AIとニュース」は、このブログのシリーズ最後の回で紹介したいと思います。


ⅰ 質問票や調査手法については、NHK放送文化研究所「ロイター・デジタルニュースリポート2023」(日本語版)
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/oversea/pdf/20230614_1.pdf
Reuters Institute for the Study of Journalism 'Digital News Report 2023'
https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/sites/default/files/2023-06/Digital_News_Report_2023.pdf

NHK放送文化研究所「ロイター・デジタルニュースリポート2024」(日本語版)
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/oversea/pdf/20240617_1.pdf
Reuters Institute for the Study of Journalism, 'Reuters Digital News Report 2024',
https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/digital-news-report/2024/dnr-executive-summary

ⅱ 読売新聞 2024年3月26日 https://www.yomiuri.co.jp/national/20240325-OYT1T50293/

ⅲ 文研ブログ シリーズ「ロイター・デジタルニュースリポート2024」(2)~プラットフォームの"リセット"は日本でも始まっているのか~【研究員の視点】#550
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/200/671498.html

文研ブログ シリーズ「ロイター・デジタルニュースリポート2024」(1)~日本人はニュースをどれくらい信頼し、何を求めているのか~【研究員の視点】#548
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/200/671497.html

ⅳ EU Commission, Commission sends preliminary findings to X for breach of the Digital Service Act, 2024年7月12日
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_24_3761

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【税所 玲子】
1994年入局、新潟局、国際部、ロンドン支局、国際放送局などを経て2020年7月から放送文化研究所。


ヨーロッパを中心にメディアやジャーナリズムの調査に従事。