乳がんを招く生活習慣
ここ数十年のあいだに日本で起きたのは、食生活の変化だけではありません。本書から目を上げて、窓の外をながめてください。
日本全国、町でも村でも道路網が整備され、乗用車が普及しました。交通機関が発達したことで歩く機会が減っています。運動不足で乳がんが増えるという報告は、日本でも欧米でも提出されており、日本人女性5万人を対象にした調査からは、とくに閉経後の女性がスポーツや運動を週に3回以上おこなうことで、乳がんの発症率が30%くらい下がることが示されました。大腸がんも同じでしたね。日本人で運動による予防効果が確かめられているのが、大腸がんと、この乳がんです。
そして、これはまだ研究の途中ですが、睡眠不足で乳がんの発症率が上がるという報告があります。正確に言うと、不規則な生活によって、人間にもともと備わっている体内時計が乱れると乳がんが発生しやすくなるというのです。
欧米には、夜間勤務の女性は乳がんに1・4倍なりやすいとか、旅客機の女性客室乗務員が退職後に乳がんになる確率は、そうでない女性とくらべて5倍高いなどの報告があります。日本でも、夜中に仕事をしている人は肥満になりやすく、高血圧、心臓病、脳血管障害、糖尿病、さらには、うつ病の発症率が上がることがわかっていました。
これに関係すると考えられているのがメラトニンというホルモンです。人間には体内時計と呼ばれる仕組みがあり、昼間活動して夜間眠るよう生体機能を調節しています。この体内時計のリズムを作るのに欠かせないのがメラトニンです。夜間勤務、もしくは不規則な生活で夜間も明るい照明にさらされると、メラトニンの分泌が大きく減ってしまいます。メラトニンは体内時計の調節だけでなく、がんの発生をおさえるがん抑制遺伝子の作用や、性ホルモンの分泌にも深くかかわっているとされ、夜間勤務でメラトニンが減少すると、乳がんを発症しやすくなるおそれがあります。
これらの報告を受けて、欧州の一部の国は、夜勤がつきものの看護師と客室乗務員が20年以上勤務したあとで乳がんになった場合に、労働者災害補償保険による給付が受けられる制度を始めました。いわゆる労災の適用になるということです。
夜間に起きていることで乳がんが増えることを示すデータは、まだ日本では得られていませんが、乳がんと同じく性ホルモンの影響を受ける前立腺がんについては結論が出ています。交替勤務につく男性は、昼間だけ働く人とくらべて前立腺がんの発症率が3倍高くなっていました。研究が進めば、日本でも、夜間勤務と乳がん発症の関係が明らかになるでしょう。
2009年に経済協力開発機構(OECD)が世界各国の平均睡眠時間を調査したところ、日本は18ヵ国中17位で、世界でも睡眠時間が短いことが判明しました。また、NHKが1960年におこなった調査結果とくらべると、現代人の睡眠時間は1時間ほど短くなっているそうです。
その理由の一つが高齢化で、高齢者は「夜中に何度も目がさめる」「なかなか寝つけない」など、睡眠の問題を抱える人が少なくありません。
しかし、それと同時に夜型人間の増加があげられます。現代の日本で夜勤そのものを禁止するのは不可能ですが、仕事以外の理由で夜ふかしぐせがついている人は、体内時計を整えることが重要です。