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コピー譜無断複製は著作権侵害ではないが損害賠償対象との判決:知財界隈がざわついている理由

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:イメージマート)

「バンド音楽の楽譜模倣、サイト公開に賠償命令…東京高裁判決”労力にただ乗り”」というニュース(読売新聞)がありました。この判決には多くの知財関係者から注目が集まっているものと思います。現時点では、判決文は裁判所のウェブサイトに掲載されていません。掲載された時点で直ちに解説記事を書くことをお約束しますが、本記事では、なぜこの判決に大きな注目が集まっているのかを中心に背景情報を解説します。

事案の概要

冒頭の読売新聞の記事は正確に書かれていると思いますが、見出しは情報が圧縮されており微妙に誤解している人もいると思います。念のため、再説明します。

この裁判の原告であるフェアリー社は、J-Pop等の楽曲のコピー譜(バンドスコア)を有償販売しています。JASRACから著作権の許諾を得ている正当なビジネスです。耳コピーによるバンドスコアの作成は結構な手間を要しますので、アマチュアのバンド等にとっては大変にありがたいサービスのようです。

この裁判の被告企業はフェアリー社のコピー譜を購入し、ウェブで無償公開し、広告料収入を得ていました。明らかにフリーライド(ただ乗り)のビジネスですが、後述の理由により、著作権侵害は問いにくいため、何を根拠に損害賠償を請求できるかが難しいポイントになります(実際、今回の裁判の原審である地裁の判決では損害賠償が認められていません)。

著作権が保護するものとしないもの

著作権は、著作物(創作的表現)の無断利用を禁止できる権利です。あらゆる情報財の無断利用を禁止できるわけではありません。著作物でないもの、つまり、創作的表現ではないものは、どれだけ作成に労力が必要なものであっても保護されません。たとえば、多大な人手と費用をかけて収集した市場調査データは“創作的表現“ではないので、無断利用されても著作権侵害は問えません(状況によっては契約違反や不正競争防止法違反等を問えますが)。今回対象になったバンドスコアも作成には多大な手間がかかります(冒頭引用記事によると2週間はかかるそうです)が、創作的表現が入るわけではない(むしろ、原曲の演奏をできる限り忠実に再現する必要がある)ので著作物とは言えず、著作権法により直接的に保護するのは困難です。

追記:譜面の無許可コピーはどっちにしろ著作権侵害ではないかとXに書いてる人がいたので念のため追記しておきます。メロディや歌詞がスコア譜に書いてあれば楽曲の著作権(作詞家・作曲家の権利)が生じます。多くの場合、この権利はJASRACに信託譲渡されています。いずれにせよ、この裁判の原告であるフェアリー社は楽曲の著作権者ではないので、楽曲の著作権では権利行使できません。被告がJASRACの許諾を得ているかどうかはわかりません(ひょっとすると、JASRACと包括契約しているブログサイト等を使っているのかもしれません)が、仮にJARSRACの許諾なしにメロディや歌詞を含むスコア譜を配信しているのであれば、JASRACを原告とする別の訴訟が提起され得るだけの話で、この裁判には直接関係ありません。

損害賠償金支払の根拠

裁判において著作権の侵害が認定されると、多くの場合、損害賠償金の支払が命じられます。細かい話になりますが、この損害賠償の根拠は著作権法ではなく、民法の709条(不法行為による損害賠償)にあります。

709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

著作権侵害があれば「法律上保護される利益を侵害した」ことは明らかですので民法709条に基づいた損害賠償が命じられるのは当然です。問題なのは、情報のフリーライド利用行為があっても著作権侵害ではない場合に、損害賠償が命じられるかどうかということです。これはケース次第ということになります。

著作権侵害に当たらないフリーライド行為による損害賠償

過去においては、著作権侵害には当たらないが、情報のフリーライドには当たるような行為があった場合に、民法709条に基づく損害賠償請求が認められた裁判例はたまにありました。

たとえば、2005年における、ヨミウリ・オンラインの見出しが無断でウェブサイトで使用されたケースでは、問題とされた見出しは著作物には当たらないとした上で、見出しの作成には多大な労力を要することから無断利用は不法行為となるということで損害賠償(20万円程度ですが)が認められています。

しかし、2011年における、北朝鮮製作の映画が日本のテレビ局で無断放映された件の著作権侵害訴訟の最高裁判決により、著作権侵害に当たらない情報財の無断利用に対して不法行為による損害賠償を請求することのハードルが一気に上がってしまいました(関連記事)。この判決では、日本は北朝鮮と国交がないことから北朝鮮の国民の著作権を保護する義務を負わないこと、および、著作権法の対象にならない以上不法行為にならない(損害賠償の義務はない)(地裁・高裁では12万円の賠償金を命じていたが破棄)とされました。ただし、著作権法の対象でなければ絶対に不法行為にはならないと言っているわけではなく「特段の事情」があれば不法行為にはなり得るとされています。

ということで、この上がったハードルにもかかわらず、著作権侵害には当たらないが不法行為であるというパターンの判決があったこと(しかも、1億7千万円という多額の賠償支払が命じられたこと)で、知財関係者が注目しているわけです。なお、被告は最高裁に上告したとのことなので、最高裁で新たな判断・基準が出ることも期待されます。個人的には多大な労苦にただ乗りされて数億円レベルの損害が出て泣き寝入りというのはどう考えても社会正義に反しますので、上記の「特段の事情」の基準が明確化された上で判例として確立してほしいものだと思っています。

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ありがとうございます。
弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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