劇画『バリバリ伝説』(1983-
1991)の主人公巨摩郡が大学
生になった時に乗っていた
街乗り用のオートバイ。
CB750は峠で盗まれた。
なので、ホンダの2ストを車
色違いで2台所有した。
中型二輪の中で当時一番速か
ったマシンだ。
グンは「バリバリ伝説」の物
語の始まりの時、高校2年だ。
そしてロスにいる父からの手
紙で、グンは2年前に日本に
来た事になっている。
つまり中学3年時。
ということは、グンは国際免
許書き換えで限定無し中型自
動二輪免許を取得したのでは
ない。(千葉県は米国免許は
限定無し、埼玉県、東京都は
限定あり自動二輪に書き換え
られた)
グンは日本国内で自動二輪を
取ってから合格率が非常に低
いセンターの一発試験で自動
二輪限定解除をした事になる。
10回20回受験は当たり前と
いう程に「合格させない免許
試験」であった自動二輪限定
解除。(1994-95年あたりは
合格率が緩くなったらしい)
あいつとララバイの研二くん
は暗黙の時代設定がノーヘル
OKの1975年以前なので、限
定免許が存在しない時代だろ
う。ただの自動二輪しかない
時代。ナナハンが売れまくっ
た時代。
バリ伝は原作はリアル時代と
タイムリーだった。アニメは
時代をずらして1985年から
物語が始まる。
これは1986年に高校2年に
なった伊藤歩惟が翌年1987
年の早生まれの誕生日を過ぎ
てから取得した原付免許の有
効期限が昭和64年(1989)ま
でとなっている事から判る。
当時は免許取得から2年後の
誕生日までが免許有効期限。
なお、その頃、15点丁度の免
許取り消しは欠格1年だった。
欠格後再取得後も以前のデー
タは公安委員会に残っている。
まっさらの新品免許という事
にはならない。
そして、一度取り消しになっ
てからの自動二輪限定解除は、
通常試験よりさらに困難にな
り、まず合格させないという
法文化されていない不文律の
現実があった。
免許は失効させるものではな
い。
現代の今では法改正が為され
た。
教習所でも一発試験でも大型
二輪免許取得者が一年以内に
大型バイクで加点3点の違反を
したら、教習所卒業者はその
教習所で規定講習を受けて卒
検試験官の判定証明を貰わな
とならない。
一発試験で大型を取得した者
は警察の試験場で。
だが、この警察試験場では講
習を受けての審査をまず通さ
ない。
つまり、大型二輪免許取得者
のうち、一発試験合格者は初
年度3点の違反でほぼ100%
免許取り消しとなる。
これは、警察が認めて合格さ
せたのに違反などしてから、
という警察の威信とメンツを
かけた報復措置である事は目
に見えている。
免許自体は教習所でも認可
内容を大昔の自動二輪限定付
免許(中型)よりも簡単な中身
にした今の大型二輪免許には
警察当局が作った落とし穴が
ある。飴と鞭の政策だ。
なお、1980年代中期までの
ロードレースでは、競技車両
であっても、公道で該当する
免許が無ければMFJはマシン
に乗らせなかった。
つまり自動二輪限定解除を持
っていなければワークスマシ
ンや市販レーサーの500cc
マシンに乗る事は許可されな
かった。
これ、意外と知られていない。
その後、それは緩和されたよ
うだ。
今では、二輪免許を持ってい
ない人間でもロードレースに
出場できる。これまた本当。
バリ伝グンの時代には、限定
解除免許を取得していないと
GPマシンNSR500には乗れ
ない、というシステムだった。
市販レーサーだろうとそう。
だからこそ、登竜門としての
中型クラスに相当する2スト
250と4スト400のTT F3の
レースが1980年から始まった
のだ。
F3の登場により、それまでは
純レーサー250でも参加でき
ていた鈴鹿4時間耐久がF3と
プロダクションという市販車
改造クラス限定になった。
GPライダーだった福田照男
さんはノービス時代に4耐で
優勝しているが、確かヤマハ
市販レーサーのTZ250だった。
あの人は日本一速いノービス
だったが、TZを全バラでき
ないので、戦績が年内後半で
落ちて行く傾向も見せた人だ
った。
せめて一の瀬レーシング程度
のメカニックさんがいれば(笑
しかし、のちにワークスになっ
た本間利彦氏も、最初は全部
自分だけでやっていた。
これまた宮城光氏の次世代の
スーパーノービスだった。
突き抜けた速さだった。
バリ伝グンちゃんは飛び級の
無い時代の人で、着実にノー
ビスから国際B級に上がってか
ら国際A級に昇格した。
なんせ、国際A級をも抑えて
国際B級(劇画ではA,B混走設
定)なのに日本チャンピオンに
なったのだから。
そして国際A級1年目で世界
グランプリに行く。A級初年
度なのにホンダから型落ち
ワークスマシンを貸与されて。
現実世界ではあり得ない。
A級初年度初500でWGPに
フル参戦、しかも500初年度
で世界チャンピオンになるの
だから。
そうした現実は歴史の中では
存在しなかった。
天才フレディでも、キング・
ケニーでも、バランティーノ・
ロッシでも。
全ての最高峰500の世界チャ
ンピオンで、初500の初フル
参戦で世界チャンピオンにな
った人は現実世界にはいない。
バリバリ伝説は漫画なのだ。
だが、底知れない感動を呼ぶ
作品である。
1980年代の日本人のオート
バイ乗り全員の希望を代弁し
た作品だった。
そして、現実世界では、世界
選手権ロードレース最高峰ク
ラスでは、まだ日本から世界
チャンピオンは誕生していな
い。125、250、350では日本
からのエントリー選手に世界
チャンピオンが何度も誕生し
ている。
だが、最高峰クラスではまだ
一人もいない。
漫画の中のバリバリ伝説の巨
摩郡だけだ。