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御膳

竹ロバを拾う話①

竹ロバを拾う話① - 御膳の小説 - pixiv
竹ロバを拾う話① - 御膳の小説 - pixiv
6,968文字
ラン夢レン
竹ロバを拾う話①
▼9月8日開催のWEBオンリーイベント「LUCID:Junky friends」で発表したものです!

いつの間にか竹内のアビスに落ちていました。上昇負荷により帰還は望み薄です。
不定期ですがぼちぼちの頻度で更新したいと思っております。。。恐らく③か④くらいまで続きます。

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3731
2024年9月8日 10:30


「つまりさ、俺と彼女は自然消滅したの」

 彼のエピソードを締めくくる最後の言葉を聞いて、モツ煮に入った輪切りの唐辛子をちまちまと取り除く手を止めた。

「ええ……それで納得してるわけ……?白黒ハッキリさせないでいいの?」

「まぁ、そんなモンでしょ。もし運命の相手だったら、何回離れてもまた出会い直すんじゃない?」

 そう言って中ジョッキに三分の一ほど残っていた酒を飲み干した同僚。普段は1杯目だけビールを頼むのがお約束なのに、もう3杯目だ。気持ちがすり減った分量を表しているようだった。

「そんなに飲んで大丈夫なの〜……?」

「大丈夫大丈夫。今日は金曜日だし、もう誰も俺のこと怒らないし。大丈夫、ダイジョーブ…」

 自分に言い聞かせるように復唱するリズムに合わせて、下を向いている顔からぽろぽろと雫が溢れてくる。彼は咄嗟に手元のおしぼりで勢い良く顔を拭い始めた。それ、さっきテーブルに溢したソースを拭いたやつ。

「顔がソース臭い。俺の人生のようだ。」

「意味わかんない」

「もう、“そーす”るしかなかったってこと」

 聞こえるように大きくため息をつきながら、近くを通った店員に新しいおしぼりと、ついでにお冷を2つ頼むと瑞々しい笑顔で“喜んで”いる声が響いた。



 店の出入り口の段差を超えることもままならない千鳥足の彼を見て、コイツはもう電車では帰れないだろうなと思いタクシーを止めた。ドアが開くと雪崩るように乗り込んで、蚊の鳴くような情けない声で何かを言っている。

「運転手さん…俺を地獄まで連れて行ってください……」

 戯言に被せて、同僚の住まいの最寄駅を伝えた。最悪、車内で寝てしまっても気持ちの良い春の始まりの今日なら、公園にでもほっぽり出してもらえばいい。せいぜい風邪をこじらせるくらいで、凍死してニュースになることはないだろう。失恋をこじらせるよりはマシなんじゃないかな。
 スライド式のドアが閉まる間、彼は連行される囚人のように膝の上で拳を握りしめ、革靴の先を眺めていた。相当くらってるみたいだけど、月曜日には回復してくれているといいな。

 終わらない工事現場の囲い、何人にも潰されて道路と一体になった誰かの名刺。
人に作られて、人で溢れていて、人が人を隠しているのに、誰も私を縛ることはしない。遅い時間から早い時間になるまで、誰かが街を照らしてくれているから、暗闇で彷徨うこともない。入り組んだ道もある程度覚えてしまえば目的地までの近道になる。
 路地に一歩踏み入れると、座り込む丸い影。酔い潰れてしまったのだろうか。

 ネズミも好んで住みつくこの街の地面に腰を下ろすなんて、正気の人間がすることではないと思った。たまに死んだように寝転がっている人もいる。ああいう人は、朝日が眩しくて目が覚めるのかなぁ、この人も。

 あ。目が合ってしまった。男の人だ。咄嗟に目を逸らしたが、一瞬捉えたその顔は、昔何かで見たことがあるような、どこかのキャラクターのような。顔の半分以上を占めるような影は、特殊メイクか、タトゥーか……ここはハロウィンになるとニュースになるほどそういった様相の人が溢れるけれど、その季節はまだ先のはず。

「なぁ、アンタ」

 都会の路地。終電も近づく遅い時間。知らない人。しかも地べたに座り込むタイプの人。逃げるべき要素は揃っていて、その場を去りたい強い気持ちが足を動かすスピードを速める。

「おい……いや、……」

 男性は何かを言いかけて、それを止めた。止めたので、後ろ髪を引かれて私も歩くのを止めた。白黒はっきりつけないと気が済まない性格は、時に良くない結果を生む。それなりに生きてきて、それなりに裏目に出て、でも、それなりに良いこともあったから。

「あ、あの。何か言いかけましたよね」

 振り向いた先では、大きな瞳の中でもうひとつの瞳がまんまるに据えられていて、コンビニから差す青い光に照らされていた。目前にすくりと立ち上がったその人に、自分よりも高い目線からじろじろと見下ろされて右足を一歩引く。

「…………人違いか」

 人違いか。ああ良かった。胸を撫で下ろす。
元の位置に座り直そうとしたとき、その人の腹の虫が叫ぶように鳴いた。当の本人は全く気にしない様子でいたから、喧騒の一部となってすぐ消えた。これ以上関わらない方がいいという理性が、滲み出ている無力感と孤独感に打ち負けて、私はどうかしてしまったようで。

「ちょっと待ってて」

 これって偽善かも。要らない優しさかも。ただの自己満足だと感じながら、青い光の中で淡い橙色のふわふわを買って、両手に一個ずつ持った。その人は戻ってきた私を不思議そうな表情で見上げた。

「はい。ピザまんです。」

 ピンときていないような顔で、手渡されたピザまんをくんくんと嗅いでいる。

「そこで買ったやつだから、変なものじゃないですよ」

 恐る恐る口を開けて、齧った。みよーん、とチーズが伸びて、その人は少し困った様子で、口で発生源を追いかけた。

「うまいな……なんだこれ」

「ピザまん。ピザっぽい、おまんじゅう?」

 そもそもピザまんを知らない人はそんな雑な説明が腑に落ちるわけもなく、首を傾げながら、それでも二口目、三口目を頬張って、私が半分食べ終わる前に包み紙をくしゃくしゃと丸めていた。満足そうに鼻を鳴らして、紙の感覚を楽しむように手元を動かしている。気に入ってくれたようで良かった。

「もうすぐ終電の時間だと思いますけど……家に帰らないんですか?」

「家……分からない。どこから来たのかも、ここがどこなのかも。もう何日か、この辺にいる。食べ物は、質は悪いけどそんなに困らないし、凶暴な猫人間もいないし、まあ、いいだろ。」

 猫人間?化け猫みたいな感じか、それとも、猫耳をつけた人間?コスプレ?メイドカフェの店員のこと?でもそれならば、凶暴なんてことはないだろうし。猫人間……。

「ただ、今朝から喉が渇いて仕方がないんだ。体温も下がってる。もう時期、俺は死ぬ」

「し、死ぬ?」

 風邪でも引いてしまったのかな。確かに昼間の春の陽気が残っているとはいえ、夜風は冷たく手首足首を掠める。それにしても死を覚悟するのは大袈裟な気がするけど、このまま死んでしまったら、私が見捨てて死んだみたいじゃないか。


「……お風呂、入りますか?」

「はぁ?」

「はぁって……体温めないと、死んじゃうんでしょ」

「風呂なんてどこにあるんだよ」

「私の、家……」

 正気じゃないことは自覚していた。路地に座り込んでいた知らない男の人を家に上げるなど、ましてや風呂に入れるなど、何が起こっても文句は言えない弱い立場になる。大人だからそれくらいの分別はわきまえていた。

でも、彼は死にそうなのだ。何にも囚われていない、探しているものはこの世のどこにもないとでも言いたげな眼差しを向けられて、本当に死んでしまうのだと思った。きっとここで別れを告げたら後悔してしまう。一生の心残りになってしまう。そんな気がしてしまった。そんなの嫌だと思った。





 彼は電車の乗り方も知らなかった。お金も持っていなかった。何年かぶりに券売機を触って180円の切符を買ってあげた。嘘をついていないとしたら、不思議な存在だ。

 終電に乗っている人達は、皆それぞれが家に帰ることで頭がいっぱいなので、彼の顔の半分以上を占める瞳や丸耳がついたフードをちらっと見てもそれ以上に何かしようとはしない。電車の揺れで彼がよろついたので、銀色の手すりを掴むように言った。体勢が安定した彼は、ドアの上のディスプレイに映る天気予報を無言で眺めながら到着を待っていた。


 東口から出て右側に向かって線路沿いを歩き、何回か曲がると我が家のマンションがある。私たちには共通の話題もなく、探すこともなく、部屋の鍵を開けるまで特に言葉を交わすことはなかった。

「散らかっているけど、どうぞ。あ、靴は脱いでね」

 本当に人をあげても良いほど片付いていたか、気持ちが焦ってきて、そそくさとパンプスを脱いで靴箱に入れる。履き潰したブーツをごそごそと脱いだ彼は、部屋の奥を見て少し構えたように身を強張らせた。

「誰かいるのか?」

「? 誰もいないけど」

 少し考え込むように間を置いて、「そうか」とだけ返される。
 ひとり暮らしの8畳一間には大した家具も無く、二人がけのソファーに座るように促すと端の方にちょこんと腰を下ろしていた。

「お風呂沸かすから、テレビでも見てて」

 浴槽に洗剤をスプレーで撒きながら、何度目かの後悔が押し寄せる。本当に良かったのだろうか。今からでも出ていってもらった方が、まだ、事件になる確率は下がりそうだし……でも家がバレてしまったな。万が一、泊まる流れになったらどうしよう。

「おい」

「うわ!?!?」

 右手に持っていたスポンジを思わず落としてしまった。足音も立てずに近寄っていたのか、考え事に気を取られて聞こえなかったのかはわからないけど、とにかく驚いて出てしまった大きな声に、彼も面食らった表情で立ち尽くしていた。

「ごめん、後ろに立たれるのが得意じゃなくて」

「…悪い。あの壁に飾ってある絵はアンタが選んだのか?」

 私の部屋に絵画は一枚しか飾られていない。といってもレプリカで、キャンバスに印刷されたものが高そうな額縁に入っているだけのもの。

「そうだよ。骨董市で見つけたの。なんだかずっと前から私のものだったような気がして……そういえば部屋に飾ってないの、なんでかなって。それで、買っちゃった。高かったけど、ちょうどボーナスが出たときだったし…」

「………」

 続かない会話と浴槽の泡をシャワーが流していく。彼は脱衣所に立ち、遠くを見つめるようにまた何か考え込んでいる様子でいたが、そのうちにリビングへと戻って行った。初めて訪れる人の家では、気になるものがあればそれが何なのか気軽に聞いてしまうとは思うけど、リビングに戻ってからゆっくりお話すればいいのに。ちょっとせっかちな人なのかな。

 お湯の温度を設定したら、あとは完了を知らせる音楽が鳴るのを待つだけ。リビングに戻ると彼はソファーとローテーブルの間に座っていた。彼の前にマグカップに入ったハーブティーを置いてソファーに腰掛け、それを飲むように勧めたら、それが一体何物かを探るように鼻を動かしていた。

「あの絵画のこと、知ってるの?」

「前に、同じ絵を持っている人に会ったことがある。確か、童話の」

「そうそう。だからお姫様が寝ているの。」

 ずず、とハーブティーを啜る音が聞こえた。すると、後ろ向きの彼の大きな二つの耳がふにゃりと解れた。気に入ってくれたのかな。身体が温まるフレーバーだから、効いてくれると良いけど。

「ソファーに座ってもいいよ。床は固いでしょ」

 彼は私の顔をじっと見てゆっくりと立ち上がり、私が座っている方とは反対側の端っこにちょこんと腰を下ろした。鼻から細く長い息を吐いて、ソファーの心地よさを実感したのか、それまで強張っていた眉間のシワが伸びた。

「おいしい?」

「ああ…あったかい」

 気まずい沈黙が始まらないように、山ほどある質問の中から一つを投げてみることにした。

「どうして家がわからないの?」

「目が覚めたら、あの辺りにいたんだ。その前は、森の中をふらふら歩いていたはず。その前は……」

 彼は記憶を辿って行き着いた先で、奥歯で鈍い摩擦音を鳴らした。あまり思い出したくないことを掘り起こしてしまったかもしれない。一時的な記憶喪失だろうか。何もかも完全に忘れてしまったわけではないようだけど、とにかくこの街の名前を教えても、スマホアプリで地図を見せてみても、首を傾げるだけだった。

「あー…名前は?」

「……プレゼント・デイ・プロブレム・竹内ロバート」

「プレ、え?た、たけうち?ロバート?」

「…なんだっていい」

「ロバートさん…?」

 その呼び方が正解だったのか、随分と長い名前を持つその彼は大きな耳をぴくりとさせてこちらを振り向き、ローテーブルにマグカップを置いた。彼が手をついた形にソファーがへこみ、スプリングが歪む音が鳴る。私と程近い場所に位置取られた片手を追い越すように、より私に近い位置へ置かれたもう片方の手が端に映った視界、そのほとんどは彼の二つの瞳で埋め尽くされていた。まさに袋の鼠。小さなふかふかの島の上ではこれ以上逃げ場が無く、最悪のパターンをいくつか思い浮かべながら、何にせよ痛いのだけはやめてほしいなと案外冷静に考えていた。

 大きな瞳の中で、部屋の光を必死に集めている小さな瞳は、決して綺麗なものではなかった。甘い期待感と苦い焦燥感が入り混じった得体の知れない感情の波が打ち寄せては返すのをまざまざと感じる。

「やっぱり、アンタ……」

 じわじわと迫り穴が開きそうなほど顔を凝視されて、沈んでいた片方のスプリングが浮いて私の頬と彼の手が触れそうになったそのとき、彼が言い残した言葉を音数の少ない電子的なカノンが切り捨てた。この場から逃げられる言葉が浮かんだことへの安心感で、冷静さを装うために耐えていた冷や汗がうなじをたらりと流れていった。

「お風呂!!沸いたから!入って、早く」

 私の言葉を咀嚼して離れていった彼の腕を引き、半ば強引にバスルームへ案内した。温度調整の方法を教えたりボディーソープの容器を指差してみるけど、彼は鏡に写った自分と私を見つめるばかりでろくな返事はしてくれなかったので、1から10まで説明するのはやめにしてバスルームを出た。

 さて、彼がお風呂から上がったら出て行ってもらおう。何が起こるかわかったものじゃない。彼は私を見ては何かを考えているようで、少し気味の悪さも感じる。古い友人にでも似ているのだろうか。私はこの人生で彼のような人と知り合った記憶は全くないと胸を張って言えるので、彼がなんと言おうと他人の空似だろうけど。
 考えてばかりで不安は拭えない。あ、タオル。
 クローゼットから客用のバスタオルを一枚取り出して、再び脱衣所へ向かった。先ほどの一件で、なんとなくファーストネームっぽい方で呼ぶのが憚られてしまい、少し仰々しい方で声をかけてみる。

「竹内さん。バスタオル渡すの忘れてた。ここに置い……」

 これに関しては、ノックの返答を待たなかった私が悪かった。開けた先で、彼は上半身に身につけていた肌着を脱いでいる最中で、どのような光景なのか視認したと同時にタオルを放り投げて扉を勢い良く閉めてしまった。

「悪いな」

「ごめんなさい……」

 ああ。考え事で頭がいっぱいで、そのほとんどが目の前の彼のことなのだから、少しは彼にも責任を押し付けたいけど。

 怒涛の勢いで狂っていった日常とは裏腹に、リビングの壁に掛けられた絵画の中の女の子は変わらない穏やかな寝顔をこちらに見せつける。そういえばお酒を飲んだことを思い出してしまい、途端に睡魔に襲われてしまった。ソファーで寝たらダメだ、化粧も落としていない、それに。どうにか睡魔を追い払うためにストレッチをしてみたが、身体が伸びる心地よさのまま、彼が脱衣所のドアを開けた頃には、既に私は夢の世界にいた。







 影の深い、嫌な夢を見ていた。閉め方が甘かったカーテンの隙間から差す光が差し込んできて瞼を開いた。
 開くやいなや、視界の大方を二つの大きな瞳が陣取っていて、未だ見慣れない異形な顔つきに思わず情けない声が出てしまう。

「わぁ!?」

「おはよう、🌸

「お、おはよう…?」

 彼はソファーの傍、床に座って、眠りこける私を見ていたようだった。よだれは垂れていなかっただろうか、変な寝言は言っていなかっただろうか。それに……いつからだろうか。いや、そんなことより。

「私の名前、どうして……」

 とりあえずカーテンを開けた。いつも通りの土曜日の朝、窓を開ければ気持ちがいい春の陽気で肺が満たされる。次に、シャワーを浴びた。浴槽にたまった水を沸かし直す余裕は無かった。そしてトーストを焼いた。2枚。平たい皿も2枚出して、焼けたトーストを1枚ずつ並べて、1枚は彼の前に出してみた。そしたら「いいのか?」と聞くので、無言で頷いておいた。ついでにジャムを塗ってあげた。
 どうして私の名前が分かったのか問いかけてみる。竹内さんはもぐもぐと頬を動かしながらテーブルの端に置いたままだった郵便物を指差した。警戒心のズボラさにため息が出る。
 テレビをつけると、流行りのデートスポットを紹介するバラエティ番組が沈黙を和らげた。その間、一向に帰る気配もなく、なんとなく「帰って」とも言えず、帰らずにいても居心地が悪いなんてことはなく。今思い返せば、私はこの男を家に置くことを自分自身で選んでいた。



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竹ロバを拾う話①
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