Photo: Brian Rea for the New York Times

ニューヨーク・タイムズ(米国)

ニューヨーク・タイムズ(米国)

Text by Rachel Pieh Jones

医療機関の設備が整っていない、アフリカのとある国で出産することになった筆者。故郷である米国から遠く離れたムスリムの国で子供を生み、彼女が得た気づきとは。

この記事は、愛をテーマにした米紙「ニューヨーク・タイムズ」の人気コラム「モダン・ラブ」の全訳です。読者が寄稿した物語を、毎週日曜日に独占翻訳でお届けしています。

結婚しているなら妊娠すべし?


ソマリ地方のことわざに「女なら、結婚しているか墓の中にいるかのどちらかであるべきだ」というものがある。そして「アフリカの角」の国々では、このことわざはつまり「もし結婚しているのなら、女は妊娠中か授乳中か、すでに閉経後でなければならない」と言っているようなものかもしれない。

9年前、私と、夫のトム、2歳の双子たちとで、ソマリランドに引っ越した。地域住民のために活動するNGOで働くためである。しかし、1年も経たないうちに現地の暴力がエスカレートしたので、私たちはそこから退避し(できる限りのものを持って逃げ出すかのように)、国境を越えてジブチへ移住せざるをえなくなったのだった。

数年が経ち、双子のマグダレンとヘンリーは5歳になった。すると、ジブチのソマリ族の隣人たちは、私が次に妊娠するのをずっと待ち望んでいると言いはじめた。大家のアーシャは、欠けたマグに「シャー」というお茶を注ぎながら、プレッシャーをかけてくる。「子供たちはどう? あなたは妊娠した?」

また双子だったらどうしよう。どこかでそう思っていたが、もう一人子供が欲しくないというわけではない。問題は、ジブチはイエメン、ソマリア、エリトリア、エチオピアなどの国々に囲まれていることだった。紅海の海賊、エリトリアの国境紛争、小康状態のエチオピアの政治的緊張。イエメンに潜伏している、アルカイダのテロリスト。

問題は、最寄りの西洋式の病院がドバイから飛行機で4時間かかること。問題は、ジブチで妊娠・出産することを、私が恐れていること。

気温は50度を記録することもあった。陣痛時に病院スタッフや親戚の女性から、怒鳴られ、つねられ、叩かれた女性の話を聞いたことがある。ここでは、女性器切除の分野以外における助産技術が、深刻に足りていないことも知っていた。私の心、精神、体が、妊娠を準備するのに適切な時間を見出すのは難しかった。

ある日のことだ。学校に行く途中で、ヘンリーとマグダレンが私の手を離した。まるで示し合わせたかのように、同時に。スキップして幼稚園に向かう二人が見える。指には空虚を感じる。

涙を拭くと、恐れに向かい合うべき時が来たとわかった。6週間後に私は妊娠した。

ダル・アル・ハナーン産婦人科では、女性たちは仰向けに寝かされ、助産師が子宮を押して出産をする。陣痛が来た女性が大きな声を出すと、看護師たちはその女性をつねり、罵倒する。助産師以外は、分娩室に入ることはできない。

彼女たちは怒鳴る。

「自分が選んだことよ」
「痛くないとでも思っていたの? 弱音を吐くのはやめなさい」

ベッドの空き数によっては、廊下で出産することもある。

私は、出産前検診と出産を、フランス軍のブファール病院でおこなうことに決めた。そこの麻酔医もほとんど安心させてくれなかったが。

机の上の書類を差し向け、彼は「これにサインしてください」とフランス語で言った。

「あなたがジブチで出産するリスクをわかっており、救急搬送できないこと、この国には新生児専門の小児科医院がなく、新生児へのケアがないことも理解している、という内容です」

ごくりと息を呑んで、書類に目を通した。そこにはまた、帝王切開をする必要があるのか、もしするなら施すこともできると書いてある。「ドバイかフランスに行くことをお勧めします」と彼は言った。

私は首を振った。「夫は英語教師で、大学はすでに始まっています。一人で行くことはできません」

ため息をついた彼は、確認書類に捺印した。


死と隣り合わせ


妊娠したと伝えると、アーシャは私の頬にキスをし、「墓穴の口が開いた」という新しいことわざを教えてくれた。それから、ソマリ語でこう言った。

「このことをみんなに話して、祈ってもらうよう頼むべきよ。あなたと赤ちゃんはいつ死んでもおかしくない。でも、赤ちゃんが死んでも、それは悪いことじゃないの。いつでも新しい赤ちゃんは作れるから。それにあなたはその赤ちゃんを本当に愛しているわけじゃない──生まれていないからね。だから、赤ちゃんが死んでもそれはOKなの」

「赤ちゃんが死ぬなんて話はしたくないわ」と私は答えた。

「ともかく、このことわざを覚えておくべきよ。あなたはとても危険な状態にあるの」

アーシャは正しかった。ジブチでは、妊娠は母親にとっても赤ちゃんにとっても、非常に危険なことだった。新生児の死亡率は15%以上と世界で最も高く、母親の死亡率はそれ以上だ。

病院へ行くと、アラブ人の助産師が私にプラスチックのカップを渡し、フランス語で言った。「何をすべきかわかってるわね」

トイレにはトイレットペーパーがなく、水は流れず、手洗いの水はポタポタ垂れるだけ。石鹸もペーパータオルもない。私は手を振って水を落とし、スカートで手を拭き、プラスチックのカップを持って病室に戻った。歩くたびに尿がこぼれそうになった。

お腹の傷を見て、助産師は「帝王切開したことあるのね」と言った。

「はい、双子の二人目の方で」

「二人目だけ?」

「マグダレーンは自然に出てきたのですが、ヘンリーはひっくり返ってしまって、出てこられなかったの」

彼女は、自然分娩に挑戦したいのかと私に尋ねた。

「やってみたいです」

彼女の顔が曇った。「ドバイに行くべきね」

「そうでしょうね」と私は言った。以前よりその確信は強くなっていた。

「あなたのフランス語はひどいわ」

「わかってます。でも、私はソマリ語を話せます」

この時から、ソマリ人の助産師ファルドゥサが私の担当になった。彼女は信頼できて、明るく、有能だった。


怒涛の出産


5ヵ月後、9.11のテロ攻撃4周年の日に、私は破水した。病院に向かう途中、その日付の重要性が私にのしかかっていた。

「陣痛のときには誰にもいてほしくないの」と、私はトムに言った。唯一の分娩室が満室の場合、私は検査室で出産しなければならなくなる。そこはもっと狭くて、私と助産師しか入れない。トムも、別の看護師も入れない。それに、まずは壊れた血圧計、体重計、埃だらけの包帯棚をどかさなければならない。

陣痛がゆっくりとやってきた。ファルドゥサは、他の妊婦がやって来るかもしれないことに緊張している。彼女はピトシン(出産促進剤)を使って私に産ませようとした。それから20分後、私は硬膜外麻酔を懇願していた。

ファルドゥサはそれを拒否した。「押し出すのよ!」。トムがやって来て「頭が見えた!」と言うまで、私は彼女のことを信じられなかった。

その後、2回の押し出しで、ルーシー・ディークサン・ヴィクトリア・ジョーンズが生まれた。私はすぐに、黒髪の赤ちゃんに授乳する準備を始めた。

「何してるの?」とファルドゥサ。

「授乳よ」

「まずは水をあげないの?」

「いいえ」

「休みたくない?」

「いいえ」

「あなたはまだ母乳が出ないわよ」

私は彼女を無視した。

ファルドゥサは私の会陰を切ったと説明し、麻酔なしで縫いはじめた。叫ぶと、彼女は初めて私を罵倒した。

「産んだばかりでしょ! 弱音を吐かないで」

「もう一度産んだほうがましよ!」

彼女が縫っているあいだ、トムは、ルーシーの出生証明と米国のパスポートのための書類に記入をしていた。

ファルドゥサは私を拷問しながら、顔を上げた。「どうしてディークサンなの?」

「彼女はここで産まれたの。ここの名前が必要よ」

「その名前はアッラーの贈り物という意味よ」

「知ってる」

「”もう充分な”という意味もあるよ」とトムが言った。

「彼女は本当に完璧」と歯ぎしりしながら答えた。


娘は2つの世界を宿している


ファルドゥサは私の胎盤を取り除き、血まみれのタオルをゴミ箱に捨て、ルーシーと私はトムに支えてもらいながら病室へ戻った。部屋には壊れた電話と、狭いベッドと、プラスチックの椅子。私は眠るルーシーを抱き寄せた。

トムは部屋を見渡して「もう一人はどこ?」と冗談を言った。「双子じゃなくて一人だけだと、どうしたらいいのかわからないよ」。彼はベッドに座ってソリティアを始めた。

その夜、授乳のために起こしたとき以外、ルーシーは夜通し眠っていて、その表情は穏やかで完璧だった。彼女の薔薇色の唇にキスをし、髪をなで、子守唄を歌った。

この子はジブチと米国の娘。私の二つの世界の、完璧なコンビネーション。悪名高い日に、ムスリムの国で、米国人の両親から生まれた彼女は、私が愛しているここの人々と場所を象徴している。

テロと宗教と政治によって東と西がますます分断されようとも、ルーシーはいつでも、ニュースの裏側にある人間の本質を私に思い出させてくれる。

最初の晩、ファルドゥサが様子を見に来てくれた。天井灯が、戸口に立つ彼女の影を作っている。彼女は私たちに微笑んだ。私たちは、何百年も女たちがやってきたことを、これからもやり続けるであろうことを、成し遂げた。分断もレトリックも、戦争でさえも止めることのできないことを。

私たちはこの世界に、生命と美と愛をもたらしたのだ。

© 2024 The New York Times Company

ニューヨーク・タイムズ(米国)

ニューヨーク・タイムズ(米国)

おすすめの記事

注目の特集はこちら