詩集 「魚たちの家」  長沢哲夫   南方新社

   2005年4月20日     -全54編のなかから-

 

 



夏の空

 

夏の空はけだるくうねっている

青い潮のほこらに残る眠り

とけあった蟻塚の底に

細い水の流れをかみながら

ぼくは眠りをほどかない

太陽に結ばれているのならなおさらのこと

月に結ばれているのならなおさらのこと

ぼくは眠りをほどかない

影絵のない深くとがった海を 蟻たちは見つけている

蝉のぬけがらがガラガラとやぶを鳴らしている

どこまでとはいわない

いつまでとはいわない

ぼくは眠りをほどかない

そこいらじゅうにまき散らされ破り散らされても

しどろもどろの一日が走りすぎていっても

ぽくは眠りをほどかない

夏の空はけだるくうねっている

 

 

なぎ

 

もやいが急にほどけたように

なぎの海は船を走らせていく

ほのぽのと行き交う生と死の

燃え残りの夏

空をかむ

また 風をかむ







 

 

空を見つけに出かけよう

 

空を見つけに出かけよう

黙って 木の上に

カラスは水の空にとび立つ

沈んだ船の上で

アザラシは銀色の息を吐く

街を歩いている雪たちは

鯨の歌を抱いている

街々のどよめきに 固くはりつけられてはいるのだが

鯨たちのきわどいまでのうめき声が夜をねり歩く

壁の中では

蟻の手と足の深くとぎすまされた川の流れ

それともアブラ虫のひげの歌

人はわらびとぜんまいの生い茂る水の眠りをたどる

目印はない

空を見つけに出かけよう

黙って 木の上に

夕焼けが枯れた木の葉に光っている

泥だらけの手と足で

空を見つけに出かけよう

黙って 木の上に

 

 

雨の窓辺

 

黄みどり色の雨が

トタン屋根をぬらしている

アゲハ蝶がサルスペリの花にとまっている

肌をすべらせ 燃える蜜をすする

ひなびた雨の窓辺には

メロン色の地球の顔がのぞいている

悲しみが水をめくっている

踏みつけられたバラと

ねじれた魚たちの水

とけ去る星たちの枯れ木色の水

すでに遠く走り去った燃える馬のいななきが

たれさがった心の砂漠に鳴りひびく

窓辺には

雨が一つ二つと打ちつけ

もうどこにもあり得ないぼくが

窓からのぞいている

黄みどり色の雨が

トタン屋根をぬらしている

 

 

そして旅が終わったら

 

やわらかな太陽のこめかみから

世界のひもが湧き出てくる

水が築くわらぶき小屋

その戸目に一匹の魚が泳ぐ

その奥の暗がりにも

二匹の魚は果てしなく旅をつづけている

小屋の前には花々が咲き乱れ

と思う間に コンクリートの巨大なゴミがそそり立つ

かねてあった時の流れ

今はうっそうと霧がたちこめている

ふとたちよる小舟には ガラス張りの海とガラス張りの

 記憶の海が積まれている

そのはずれにはいつも こわれかけの高速道路が行くあ

 てもない車の列を乗せ ころがっている

地図には“生きながらえて”とあっても

実際にはただのむきだしの喉のふるえがあるだけだ

さらには“しあわせ”などという地点は実際には水色の

 顔の傷口に行き来する一匹の華麗なやもりの鳴き声な

 のだ

“仕事とか食うとか飲むとか楽しむとか”みごとに力

 強く記されてはいるが

実際には 真夏の陽盛りに投げ出された飛べない蛾の羽

 ばたきだ

おろおろすることはない 世界はもぬけのからだ

ふり返らなくともいい

心はつぎつぎに水に溶けていってしまう

出かけよう

そして 旅が終わったら 美しい川のほとりで会おう

 

 

息のかなた

 

ぽつんと

何もかもをかなぐり捨てて

歩いていく

息のかなたに

ぼつんと

雪の舟をこぎ

今もひとつの海が

坐りつづけている

息のかなたに

ぼつんと

 

 

魚たちの家

 

魚たちの家は夜にふくらむ

だれもいない青い塩の街かどで

気づかないで君は泥だらけの布を夜空に広げる

枯枝のような宇宙には

魚たちが眼を閉じぶらさがっている

すすりなき ときにはねごと ときには吠え ときには

 ただ泡を吐く

魚たちの家は 空にうかぶ大きな一枚の鏡

といっても誰もそのはずれまで見にいってはいない

やがて一匹の猫がわけもなく魚たちをかみ殺す

どこかへ行けるわけでもなく魚たちは消えていく

魚たちの家が空っぽのままふくらんでいく



 


 

      あとがき

 

 ふつふつとわき上ってきては消えていく言葉たち、な
ぜだか分からないまま言葉を聞き言葉を話す、言葉で思
いを綴り考えを形作る。しかし言葉とは何かと、言葉を
つかもうとするのは自分の影をつかもうとするようなも
の。言葉もまた地球やぽくやあなたと同じように果てし
ない謎に包まれています。謎は謎にして、わき上ってく
る言葉たちのいくらかをとらえ綴ったのがこれらの詩で
す。
 ここには93年から02年頃に自費で作った5冊の詩集の
中から選んだ詩を収めました。

 ぽくの詩集を作ろうと声をかけてくれた南方新社の向
原祥隆さん、ありがとう。表紙の絵を描いてくれた壮ちゃ
ん(岩下壮-君)、楊集をしてくれた黒岩美智子さん、あ
りがとう。この詩集が実りある旅をしますように!

2005.2.9 諏訪之瀬島にて
                    ナーガ