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次世代中国 田中 信彦 連載

EV車載電池のレアメタル使用が劇的に低下
開発・生産からリサイクルまで中国依存が鮮明に

 EV(電気自動車)の車載電池で、レアメタルの使用が急激に減りつつある。その背景にあるのは中国企業の急速な技術革新だ。このことはバッテリーの価格低下を通じてEV本体の価格を下げ、普及を促進する大きな背景になっているばかりでなく、バッテリーのリサイクルを含むEVの事業構造そのものを大きく変え始めている。

 電池のリサイクルで先行してきた欧米諸国や日本では、電池に含まれる希少金属の価格高騰が続くことを前提に事業を組み立て、技術を蓄積してきた。しかし、その優位性は失われつつある。

 この流れで行けば、EV本体の開発・生産だけでなく、電池のリサイクルをも含むEVのバリューチェーン全体で中国企業への依存がますます高まることになりそうだ。

田中 信彦 氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

車載電池のブレイクスルー「LMFP電池」

 昨年5月、中国の大手電池メーカーGotion High-Tech(国軒高科)は従来のリン酸鉄リチウム(LFP)系電池を改良した「リン酸マンガン鉄リチウム」(LMFP)電池の開発を発表した。この発表によって同社の株価は一時、一気に2倍近い水準まで高騰した。

「リン酸マンガン鉄リチウム」(LMFP)電池
(出典:国軒高科ウェブサイト)

 LMFP電池は、高価な希少金属であるニッケルの代わりに、比較的安価なマンガンを電池の正極に使用することで起電力を高め、バッテリーのエネルギー密度を高めた電池だ。マンガンの価格は鉄よりは高いが、ニッケルに比べると10分の1程度と安いことから、LMFP電池は従来のリン酸鉄リチウムを使った電池に近い価格で量産できる見込みだ。

 この発表にインパクトがあるのは、従来の車載電池の概念を変え、レアメタルへの依存度を大きく下げる可能性を秘めているからだ。

 現在、世界でEVに使用されている車載電池の主流は、大別すると2種類になる。1つは正極にリン酸鉄リチウムを使用する「リン酸鉄リチウムイオン電池」(以下、LFP電池)で、もう1つはニッケル、マンガン、コバルト(NMC)の3つの希少金属を主成分とする化合物を正極に使う「三元系リチウムイオン電池」(以下、三元系電池)である。上述のLMFP電池はLFP電池の進化型という位置づけになる。

 LFP電池は、コバルトなど高価なレアアースの使用が三元系に比べて少ないためコストが安く、安全性も高い。その一方でエネルギー密度は三元系よりも低いので、サイズは大きく、航続距離は短いという弱点があった。三元系電池はその逆で、エネルギー密度は高く、航続距離も長いが、価格が高く、高温で「熱暴走」を起こすリスクが高まるという安全性の問題も指摘されてきた。

 LFP電池が普及する以前、中国も含め世界のEVの主流は三元系電池を搭載したモデルだった。ガソリン車に対抗するため、とにかくエネルギー効率を高め、航続可能距離を伸ばすことが優先課題で、各メーカーは中核車種では三元系電池を搭載する例が中心だった。LFP電池は比較的低価格の大衆的なEVに使用されるケースが普通だった。

レアメタル依存の低いLFP電池が中国で急拡大

 しかし近年、中国のEV市場ではLFP電池のシェアが三元系電池を上回る勢いで急増している。業界団体のデータによると、2023年1~7月に中国で販売されたLFP電池の市場シェアは68.1%に達し、三元系電池(同31.8%)の2倍を超えている。伸び率で見ても、LFP電池は対前年比59.6%増と三元系電池の同5.6%増を圧倒している。

 その背景には、中国メーカーの技術が進化し、レアアース依存度が低く、低価格なLFP電池でも、三元系に対抗しうる性能を出せるようになってきたことがある。

 その流れを受けて中国政府はEVに対する支援策の一部を修正。EVに対する同政府の補助金は、技術革新を促進するため、電池のエネルギー密度が高いほど金額が多くなる仕組みだった。そのためメーカーは三元系電池に力を入れて生産してきた。しかし、その補助金が2022年末に廃止になったため、三元系を生産するメリットが薄れた。

 このことは中国のEVがガソリン(ディーゼル)車に対抗する性能を目指す時代から、安価で安全、かつレアアースに依存せずに安定供給できる車の実現を目指す、成熟した段階に入ったことを意味する。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 従来の三元系車載電池は、MNC811(マンガン8、ニッケル1、コバルト1)やNMC622(ニッケル6、マンガン2、コバルト2)、NMC532(ニッケル5、マンガン3、コバルト2)などのようにレアメタルが多く使われてきた。これら希少金属の価値はリサイクル事業の大きな収益源だった。しかしLFP電池やLMFP電池の使用が主流になることで、レアメタルの回収でリサイクル事業の採算を取ることは次第に難しくなっている。今後、その傾向はますます強まることは確実だ。

「レアメタルフリー」のナトリウムイオン電池の利用が拡大

 そして、さらにその流れを加速しそうなのが「レアメタルフリー」のバッテリーとして近年、急速に存在感を増している「ナトリウムイオン電池」(NIB)だ。

 ナトリウムとリチウムは化学的性質が似た物質で、しかもナトリウムは海水中などに豊富に存在し、価格は安い。加えて、ナトリウムイオン電池はコバルトなど高価な希少金属も使わず、安定供給にもメリットが大きい。

 このナトリウムをリチウムに代わって電池に使う発想は以前からあった。しかし、ナトリウムはリチウムに比べるとエネルギー密度が低く、重量が重いなどの弱点があり、リチウムに比べて製品開発は遅れていた。それが近年、技術開発が進み、リチウムイオン電池に近い性能と価格を備えたナトリウムイオン電池が登場、急速にシェアを拡大してきた。

 世界で最初にナトリウムイオン電池の量産車への搭載を発表したのは、車載電池で世界シェアNo.1のCATL(寧徳時代新能源科技、福建省寧徳市)。昨年4月のことだ。中国の経済紙「経済観察報」の報道によれば、CATLは中国の大手自動車メーカー、奇瑞汽車(安徽省蕪湖市)に最新のナトリウムイオン電池を供給、日本でいう軽自動車クラスの車種に搭載し、生産を開始するとしている。また中国EV最大手、BYD(比亜迪、広東省深圳市)は傘下の電池メーカーが同月、2000億円を投資して江蘇省蘇州市に大型のナトリウムイオン電池工場を建設すると発表した。

奇瑞汽車のEVに搭載されるナトリウムイオン電池
(出典:CATLのウェブサイト)

 統計によると、昨年6月時点で、中国のナトリウムイオン電池の生産量は10GWh(ギガワットアワー)に達しており、2022年末からの半年間で5倍に増えている。世界的需要は2026年には116GWh、2030年には526GWhに達するとの予測もある。これには蓄電池向けも含まれているため、そのまま車載電池の需要というわけではないが、完全な「レアメタルフリー」の車載電池が急速にシェアを広めている事実は見逃せない。

 ナトリウムイオン電池の開発は日本を含む世界各国の企業が手掛けているが、製品化で先行しているのはほとんどが中国企業だ。昨年、世界中で販売されたEVの6割近くが中国ブランドというボリュームの大きさが決定的に効いている。

炭酸リチウム価格は1年で6分の1に下落

 こうした流れを背景に、車載電池の主要な原料である炭酸リチウムの相場は、ほとんど「価格崩壊」に近いレベルで下落している。

 炭酸リチウムの価格は2021年初め頃から、EVの普及拡大、コロナ禍の余波による物流の混乱などを受けて急騰、2022年11月には1㌧あたり60万元(1元は約20円)に達した。

 しかし、そこをピークに今度は急激な下落に転じ、昨年3月には同29万元とピークの半値以下に。12月には決済期限2024年1月の先物が10万元を切る水準まで下落した。わずか1年で6分の1以下になった計算だ。これはリチウム鉱山の産出コストに近づいているといわれ、「このあたりが底値では」との声もあるが、相場の先は読めない。

 価格下落の原因にはEVやPHEV(プラグインハイブリッド車)を主力とする「新エネルギー車」の販売鈍化もある。「新エネルギー車」の昨年の販売台数は10月時点で1644万台と対前年同期比で3%の微増にとどまった。中国政府による補助金の打ち切りで事実上、価格が上昇したのに加え、中国国内の景気低迷などの影響で消費が伸び悩み、新車販売に影響したとみられる。

 一方で世界各地のリチウムイオン鉱山は相場高騰を見て一斉に増産に走った。コロナ禍が収束し、供給網の正常化が進んだこともあって炭酸リチウムの流通量は一気に増加した。炭酸リチウム以外の希少金属であるニッケルやマンガン、コバルトなどの価格もそれぞれ2022年をピークに最大半値以下に大きく価格が下落している。

「リサイクル先進国」ほど苦境に

 レアメタル依存度の低い車載電池の普及による最も大きなメリットは、EVそのものを以前より低い価格で売れるようになることだ。使われる車載電池の大きさやレアメタルの相場によって変わるが、EV1台あたり10~30万円ほどの価格引き下げ効果があるとみられる。車両価格の高さがEVの弱点の一つだっただけにこの点は大きい。

 加えて、大きな影響を受けるのが電池のリサイクルだ。特に歴史的にEVの開発で先行し、企業の社会的責任の観点からリサイクルに率先して取り組んできた先進国は、すでに一定の投資を行ってきているだけにその影響は大きい。

 日本が世界に先駆けてEVの量産をスタートしたのは2009年。同年に三菱「i-MiEV」、翌2010年に日産「リーフ」が市場に出ている。これは中国よりずっと早い。欧州では2015年、ドイツのフォルクスワーゲンでディーゼル車の排ガス不正問題が発覚し、それをきっかけにEV化の流れが加速した。その結果、リサイクル企業が自動車メーカーなどと提携し、大規模な電池処理工場を建設、使用済みの車載電池を回収してリサイクルを手掛けるエコシステムの構築が進んでいる。

 これらの動きはいずれも中国より先行していたが、その一方、自国や域内のEV市場は予期したほどの速度では拡大せず、現時点でもEVの販売台数は中国に比べて圧倒的に少ない。そのため実際の車載電池リサイクルの処理量も想定ほど伸びていない。加えて、自国や域内で生産されるEVが搭載してきた車載電池の大半は三元系電池であり、レアメタル依存度の低いLFP電池やLMFP電池、ナトリウムイオン電池など新しい技術の開発、製品化は中国企業に比べて大きく遅れをとっている。

 前述したように、先進国の電池リサイクルの仕組みは車載電池にレアメタルが大量に使われ、かつその価格が高止まりすることを前提にできあがってきた。そこではレアメタルは企業間の奪い合いにこそなれ、将来的に安くなる可能性はほとんどないというのが、ほんの数年前までの「常識」だった。

 しかしその基盤はすでに崩れている。今後数年間、EV初期の車載電池がリサイクル市場に出てくるうちそれなりに機能するが、将来的な事業の見通しが見えない状況に陥っている。

 今後、レアメタル依存度の低い車載電池が主流になっていく流れはほぼ確実で、電池のリサイクルそのものから収益をあげることは一段と難しくなる。今後はレアメタルの価値に依存せず、現行の家電製品などと同様、消費者が処理コストを前もって負担するか、自動車メーカーが処理コストを製品価格に転嫁するなどして処理を行う方向に進むだろう。

欧州に布石を打つ中国企業

 前述した世界最大の電池企業、CATLは昨年1月、ドイツ中部のテューリンゲン州に欧州で同社初の電池工場をオープンしたのに続き、10月にはハンガリー東部、ルーマニア国境に近いデブレツェン市で大型の電池工場の建設に着手した。報道によれば、投資総額は1兆円、東京ドーム50個分もの広大な敷地で年間にEV200万台分の車載電池を生産する計画という。2025年中にも生産開始の見込みだ。

テューリンゲン州にあるCATLの電池工場
(出典:CATLのウェブサイト)

 またこれも前述のGotion High-Tech昨年5月、年間生産力100GWhという巨大電池工場を北アフリカのモロッコに建設すると発表した。モロッコは地理的にスペインやポルトガルに隣接し、EUともFTA(自由貿易協定)を結んでいる。炭素効率が低い国から欧州域内への輸入品に関税を課す「EU炭素国境調整メカニズム」(CBAM)への対応もにらんだ動きだ。

 この両社とも、レアメタルへの依存度が低く、低価格かつ高効率の最新型バッテリーを生産し、素材からリサイクルまで一貫した対応が可能な体制をつくろうとしている。そこには長期的な視野に立った戦略が存在する。

「過去の技術で未来を論じる」

 日本国内の議論では、使用済みバッテリーの処理問題がEVの致命的な弱点の一つとして今でも語られる状況が存在する。確かに電池の処理はEVの大きな課題だが、初期のEVの旧式電池の処理を議論しているうちに、電池の中身そのものが日進月歩で変わってしまっている。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 そもそもEVそのものがまだ本格普及の開始から10年ほどの初期段階の製品であり、これまでの車載電池はあくまで過渡的な形態にすぎない。技術革新はとんでもない速度で進んでいる。これから車載電池はどのような形態になるのか、想像することすら難しい。過去の概念で未来を論じても建設的ではない。状況の変化に即応して、とにかくがむしゃらに行動することで新たな利益を創り出していく中国企業の前向きな姿勢に学ぶべきだ。

 EVをめぐる各国の企業の動きを見る限り、EV本体そのものの開発・生産だけでなく、電池のリサイクルをも含むEVのバリューチェーン全体で、世界は中国企業への依存がますます高まることになるのは避けられそうにない。

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