屑浚いのストライカー・ギア

夢咲蕾花

第1話 屑浚いの日常

 くそったれな生活から抜け出すには、命をかけるしかなかった。


 毎日が罵声と怒号、悲鳴の繰り返し。ヒステリックな声で、少しでも自分の思い通りにならないと自分や父に当たり散らす母に嫌気がさして家出したのが十三の時。

 以来路上で暮らし、連日連夜喧嘩漬けだった。殺し以外はなんでもやった。脅迫も暴行も盗みも強盗もやった。そうでもしなければ食い扶持のないガキは飯にありつけないからだ。


 そんなある時、自分は上等な服を着た恰幅のいい男に喧嘩を売った。そいつはエメゲトン内乱で反乱軍の首領のみしるしを挙げた政府軍の英雄だった。

 見事に返り討ちに遭い、半殺しにされた。

 その時言われたのは、惨めに死ぬくらいなら大勝負に出ろ、という一言。


 第六世代強化手術の生存率は二割を切っていたが、知ったことではない。やらないよりはずっとよかった。自分を半殺しにした恩人が話をつけて代金を肩代わりしてくれたのだ。ここで変われれば、生活だって良くなる。自分が生きる意味が見つかると思った。

 たとえそれで死んだとしても、生きている実感のない、死んでいないだけの灰色の日々に魂を貪り喰われるよりは、ずっとマシだったのだ。少なくとも自分は、そう思っている。


 ナガト・ドローメルはそのようにして、七年前、十八歳で人間であることをやめた。


×


 決して、難しい話ではない。

 遠い星の、遠いようで近い未来の、企業同士の『市場競争』の話だ。

 どこにでもあるありふれた事柄が、果てしなく膨大に膨れ上がり、そこに物理的な暴力が絡まった――それだけである。

 斜め読みでも、読み飛ばしてもらっても構わない、辺境の開拓惑星で起きた、広大な宇宙史にとってはあってないような些細な物語だ。


 銀河共通AstroCalendar三五二四年 開拓ReclamationCalendar三七年

 クレイドル星と呼ばれる辺境の開発惑星がある。アース型惑星基準をクリアするレベルの人類到達可能惑星、もしくはテラフォーミングを完了した惑星だ。この星の来歴がどうあれ、に根付く元地球人たちクレイドリアンには、あまり関係のない話である。

 入植が始まったのは、約七〇〇年前。最初の移民船団が到達して百年後、国が興った。その後は辺境惑星にありがちな独立戦争を演じたわけだが、今は昔のことだ。

 惑星中部大陸――ロクゼル大陸の中原。かつて王国として栄えていたメラック旧王国地域は、現在有数の『夢幻鉱ドロームライト』採掘事業の開発候補地として注目を集めている。

 王国滅亡後、最初の開拓者たちが上陸して三十七年。

 企業の台頭とその土地に根ざす先住民の妨害に遭い、遅々として進まぬ採掘事業は、徐々にその熱を強く帯びはじめ――血生臭い硝煙の香りを漂わせていた。


 そうして今日もまた、戦争が日常化した時代の、ありふれた戦場の、当たり前な日常が幕を開ける。


×


「なあ、見ない女がいたぜ」

「ああ、ナイスバディーのねーちゃんだろ? 屑浚いだってよ」

「二万とかで一発やらしてくんねーかな。あいつら金に困ってんだろ?」

「やめとけ、補給班のジェイがそれでボコボコにされてた。ありゃあ強化人間だ」


 基地内を行き来する若い隊員たちがそんな会話をしていた。

 見慣れない女が基地にいる。普通は侵入者など即時制圧して尋問だが、そうならないということは委託を受けた独立傭兵——屑浚いである。

 往々にしてSGパイロットである屑浚いは、いうまでもなくそのほぼ全てが強化人間だ。生身の人間が喧嘩で勝てる相手ではない。彼らは過酷な機体操縦を可能なように体を作り替えた改造人間なのだ。敏捷性もタフネスも膂力も、常人の数倍に匹敵する。


 そこに、艶やかな黒髪を靡かせる女が歩いて行った。

 切れ長でどこか物憂げな目。少し厚い唇に、通った鼻梁と小さな鼻。強化人間特有の外骨格がわずかに剥き出しの体に、ぴっちりとしたライダースーツを身につけている。

 胸は人並み以上に大きく、腰もくびれ、尻もふっくらとしていて扇情的な美女であった。


「あいつか?」

「ああ。旧世代型の強化人間だが、スコアランクは傭兵組合でも高い方らしいぜ」

「じゃあ金には困ってねえか」


 女がすれ違った後には、微かにキンモクセイの香りが漂っていた。


×


「生体認証、ナガト・ドローメル。SGエスジー〈グレンデル〉、バトルモード、ウェイクアップ」


 システムチェック 自己診断に問題なし

 機動制御を バトルモードでスタートします

 ――おはようございます 本日も戦闘日和ですね


 聞き飽きたシステム音声に、ナガトはくぐもった声で「おはよう」と返してポップアップされていく診断状況に目を通す。一見、見もせずウィンドウを閉じているようで、しっかり目を通していた。

 左手に万能栄養ゼリーのパックを掴み、それをチューブで流し込む。味は、グレープ味のエナジードリンクといった感じ。甘酸っぱいような、やけに化学薬品の香料が鼻につく。はっきり言って、不味い。舌触りはどろりとしていて、先人の言葉を借りるなら猿の脳をペーストにして飲んでいるかのような感覚、だった。

 後味最悪のゼリーを乱暴に飲み込み、二十は下らない確認ウィンドウを閉じたナガトは、ベルトが全身を締める感触に安心感と、居心地の良さを感じる。パックをコクピット内のゴミ箱に入れ、フルフェイスのヘルメットを被った。バイザー越しに紫色の目が煌めき、中性的な顔立ちの美女が、ヘルメット越しにホロウィンドウの青緑色の輝きに照らされる。


「今日の相手は企業の前線基地FOB……SGが二機、か」


 現在ナガトを含む傭兵たちは、輸送カーゴを抱き抱えたヘリによって任務地へ運ばれていた。目的地はイェルンドゥッケ第一四前線基地FOB14

 ヘリとはいえその大きさは人員輸送のそれとは比べ物にならない大きさである。カーゴの大きさも、二十メートル四方はあった。

 ただの兵員輸送ではない。SGストライカー・ギアの輸送である。カーゴには簡易的な整備ドックガレージとしての役割もあり、必然、大きくなる。

 合計三機のSG輸送ヘリが飛行するのは、雨天の中。ステルスバリアを張った上で低空飛行を行い、敵のレーダーを巧みに欺瞞していた。SG投下前にヘリが撃墜されるなど、ほとんどギャグだ。狙い撃ち上等の的に高価なSGと整備機器を搭載して墜して下さいなど、そこらの野盗マローダーでさえ罠を疑うだろう。それくらいに、鴨がネギを背負っているかのような状況なのだ。

 戦地に着く前に撃墜されまいと、多くの組織は、SG輸送に金をかける。それに見合うリターンがあるなら、当然だった。SG投資が破綻しきっているビジネスに、手を出す馬鹿はいない。


 ポップアップウィンドウが一つ起き上がった。

 ナガトはそちらに目を向ける。バストアップ気味に映し出される先方の広報官が微笑んでいた。ベッタリと張り付いた、お手本のような営業スマイルだ。


「おはようございます、独立傭兵ナガト。ディオネア・ナイツ系列企業、ネペンテス・ハーモニクスの広報担当ラルドです。先立ってお話しした通り、あなたにはエルドシェルド・グループの系列企業、イェルンドゥッケの前哨基地への攻撃を行ってもらいます」


 固有名詞ばかりで頭が痛い。ナガトは、素人が書いたSF小説を読まされている気分になり、ため息を漏らした。

 要するに、ディオネア≒ネペンテスという雇い主が、エルドシェルド≒イェルンドゥッケという敵を攻撃したいから、お前たちを雇ったんだ――ということだ。

 ナガトは「最優先目標は――」と言いかけるラルドに向かって食い気味に「敵SGの撃破だろう」と言った。

 ラルドという広報担当は「その通りです」と、理知的な面長の顔を頷かせた。ハーフリムの眼鏡の奥には、食い気味に答えを差し込んできたナガトに対し、神経質そうに目尻を引くつかせていた。どうやら相当に、司令官気質というか、人の上に立っていたい性格のようだ。独立傭兵如きに意見されるのは、業腹――そのように思う手合いだろう。

 ふん、と鼻を鳴らし、ナガトは黙った。

 ラルドが苛立ちを覆い隠すように、能面のようなビジネススマイルを浮かべて、


「敵SGは合計二機。その他、MGマッスル・ギアの配備も確認されています。エルドシェルドが敷く東部戦線への拡大をこれ以上許すわけにはいきません。撃破数スコアに応じたボーナスも別途用意しております。独立傭兵ナガトの健闘を祈ります」


 ぶつん、と通信が切れた。

 言いたいことを言いたいだけ言って、一方的に終わった。いっそ気持ちいいくらい身勝手な状況説明である。

 会話というよりは意思疎通の片鱗さえない業務連絡――命令に、ナガトは閉口した。

 まあ、企業から見れば独立傭兵などこんなものだ。

 どんな政治思想にも、企業理念にも染まらない――支払いの多寡と己の命だけが絶対正義の賞金稼ぎ。屍肉漁りの、通称『屑浚くずさらい』。

 どう思われようが、勝手にしろ、というのがナガト個人の正直なところである。いずれにしても言い返す立場もないし、言われていることが事実なのは変わらない。


「降下まで五〇秒」


 システムが、管制ネットワークと同期した指示情報を吐き出した。

 ナガトは武装の最終チェックを行う。

 左肩の六連装プラズマミサイルポッド、右肩の二〇〇ミリハイパワーランチャー、左腕のパルスパイルバンカー、右腕のヘヴィマシンガン。

 なんら問題はない。エネルギー出力、装弾状況、及び積載重量も超過はなく、FCS適合の同期も取れている。


「二〇秒 カーゴ、リアハッチ、開きます」


 ガゴンッ、と音を立ててロックが外れ、カーゴのリアハッチが開く。

 外は大雨だった。横殴りの雨粒が轟々と音を立てて荒れ狂っている。これだけの豪雨なら、着地音も欺瞞されるだろうか――そこまで考え、どの道着地したらその瞬間会敵なのだから、あまり気にする必要はないと判断した。SGの戦闘は、向かわせるまでは隠密だが、現地入りすれば隠れることなどほとんど意味をなさない。


「五、四、三、二、一――出撃せよ」

「〈グレンデル〉、出撃る」


 カーゴから飛び降りる。

 百メートルはある高さから、足を下に向けて落下。着地の寸前にブースターを吹かして落下の勢いをある程度殺し、着地した。

 ずがん、と音を立てて逆関節の二脚がぬかるんだ大地に沈み込む。泥水が跳ね、〈グレンデル〉の黒い装甲にびしゃりと飛び散った。総重量五〇トンを超す巨体が、雨に打たれながら姿勢を正した。

 離れた場所にネペンテス・ハーモニクスのSG部門からやってきた目付役の青いSGが着地。続いて、緑と赤色のツートン塗装の独立傭兵が着地する。


 ――〈インディゴポーン〉と〈ハンマーヘッド〉、だったか。


 機体構成や武装に違いはあれ、共通するのは全高十メートル前後で人型をしていること。

 これこそが人型機動兵器、ストライカー・ギアだ。

 中にはタンク型という戦車に人の上半身が生えたようなのもあるが、概ね人型と捉えられる形状をしているのが、SGであった。


「撃破数に応じてボーナスだろ。だったら、とっとと狩らせてもらうぜ!」


 緑と赤のSG――〈ハンマーヘッド〉がそう言うなり、基地へ突っ込んでいった。

 背負っているミサイルコンテナからミサイルを発射し、開戦の火蓋を切って落とす。


「やれやれだな。独立傭兵のハングリー精神には驚かされる」


 ネペンテスのSG、〈インディゴポーン〉が呟く。女の声だった。

 ナガトは一言、「悪いが、俺も稼がなきゃならない」と言って、〈インディゴポーン〉を置き去りにして機体を加速させた。

 ブースト加速、崖から飛び降りて基地へ入る。北ロックヘッド山と南ロックヘッド山の渓谷に築かれた前線基地は、ここいらの交通の要衝ともなっている。ここを落とせば、敵にはかなりの打撃となるだろう。


〈ハンマーヘッド〉が暴れたあたりは死屍累々だ。複数機のMGが黒煙を上げ、雨ざらしになっている。操縦者ライダーは脱出したのかどうか――定かではないが、気にすることでもない。

 基地側面の駐車場を抜けると、〈ハンマーヘッド〉が重MGと戦っていた。四脚のMGは機体を左右に振ってミサイルとライフルを躱しながら、機銃を浴びせている。一方で〈ハンマーヘッド〉も緩急をつけたブースト機動で直撃を避け、WPウェアポイントを削るように攻撃していた。

 SGやMGなどの、ナノマテリアルを用いる機械類には、ナノマテリアルウェアという表層装甲がある。それを数値化したものを、WPというのだ。


「貴様らっ、所属はどこだ!」


 オープン回線に、敵――イェルンドゥッケのライダーから怒号が入り込んだ。

 ナガトはレーダーに目を通し、被照準を察知。素早く左に跳んで、砲弾を回避する。

 目標、中量二脚MG。右肩に背負ったランチャー砲が主力といったところか。


「雇われの、独立傭兵屑浚いだよ」


 そう返し、ヘヴィマシンガンのトリガーを押し込んだ。

 ガガガガガッと鈍く響き渡る銃声と共に、三〇ミリ弾が殺到。MGの左腕の肘関節から先を吹き飛ばし、左肩のガトリングガンを破壊。エイムを下に調整しつつ右に機体を走らせ、ランチャーを回避しつつ、射撃。

 敵の左脚部を破壊、姿勢を崩したところへ左腕のパルスパイルバンカーを叩き込んだ。

 エネルギーが集約され、加速し、打ち出された青色のパルスパイルがナノマテリアルの表層装甲ウェアとフレームを粉砕。次の瞬間、爆炎が上がった。


 パイルが排気。雨粒がその熱に当てられて蒸発し、〈グレンデル〉の左腕が湯気を立てているかのように熱気を帯びる。

 ナガトの愛機、〈グレンデル〉は典型的な中量逆関節二脚。これといった弱点も特筆すべき武器もないが――一つ挙げるとすれば、それはパルスパイルバンカーによる突破力に物を言わせた力押し、徹底した攻撃能力という点が売りだ。

 機動力と火力を両立した機体。それが〈グレンデル〉だった。器用貧乏、と揶揄されることもあるが、この構成で(作戦によって多少のアセンブルの変更はあるが)七年生き延びてきた。


〈ハンマーヘッド〉が重MGを追い詰める。しかし、そこへわらわらと軽MGが増援で現れた。SGにとっては雑魚、と呼んで等しいそれらでも、数が揃えば厄介だ。

 ナガトはあくまで己のスコアのため、プラズマミサイルを放った。決して、〈ハンマーヘッド〉を助ける意図などない。

 計六発のプラズマ弾頭ミサイルが飛翔、ロックした対象に向けて高速で突っ込む。

 軽MGは何が起きたかもわからないまま、一万度を超えるプラズマに焼かれ爆散した。


「感謝はしねーぞ〈グレンデル〉!」

「必要ない」


〈ハンマーヘッド〉の胴間声におざなりに返し、ナガトはハイパワーランチャーを重MGにロック。敵は、〈ハンマーヘッド〉に注意を向けており、こちらへの注目はさほどしていなかった。

 勘づかれる前に、撃発。

 二〇〇ミリの、たっぷりの炸薬を詰め込んだ砲弾がぶっ放された。

 重MGの横面に突き刺さるようにして命中したそれは、まともな回避行動も防御も間に合わせず、炸裂。毎秒八〇〇〇メートルにも達するメタルジェットが、ナノマテリアル・ウェアと基礎装甲、そしてフレームを食い破った。

 獲物を横取りにされた〈ハンマーヘッド〉が、怒り心頭という声音で通信を叩き込んできた。


「どういうつもりだ、てめえ!」

「手こずっているようだったから助け舟を出したんだ」

「ざけんじゃねえ! くそっ、舐め腐りやがって、クソアマが! てめえのコキ穴売り飛ばすぞゴラァ!」

「いくらで売れるんだろうな、こんなもの欲しがるやつの気がしれないよ」


〈ハンマーヘッド〉が俄かにライフルをこちらに向け、やめた。


「ち、仲間割れしてる場合じゃねえ。おい、SGは一機俺に寄越せ」

「好きにしろ。で、お目付役はどこいった?」

「知らん。ほっとけ、ママのおっぱいしゃぶってても安月給で食っていける連中なんぞ興味ない」


 辛辣な発言だが、ナガトも概ね同意であった。企業所属のライダーは、潰しがきく。いくら貰っているのかは知らないが、月給いくらかは出るのだ。戦場で殺し殺されなければ明日の飯さえままならない屑浚いとは訳が違う。

 ナガトは「上にいる奴をもらう」と言って、機体を上昇させた。跳躍力に優れる逆関節でジャンプし、ブースト推力で上昇。

〈ハンマーヘッド〉が「じゃあこっちは俺が料理する」と鼻を鳴らし、ゲートから現れた朱色のSGを睨む。


 司令部であろう建物の上は、ヘリポートになっていた。SG輸送ヘリが六機並んでもお釣りが来る広さである。

 そこに佇むのは、下で見たものと似た機体構成の、朱色に塗装されたSG。

 右手にパワーライフル、左手にシールド、右肩にミサイルポッド、左肩に二連ランチャー。

 ナガトは目を細め、機体のパーツを確認する。

 どう見ても中量二脚の標準的な構成。エルドシェルドのごく模範的なSGだ。

 ライダーは新兵……かもしれない。


「こちらイェルンドゥッケ〈リトルウィング〉! 所属を言え!」

「……独立傭兵〈グレンデル〉。雇われだ」

「ち……屍肉に群がる屑浚いめ!」


〈リトルウィング〉が動いた。即座に、左の二連ランチャーを発射。ナガトは瞬時に機体を右に加速させて回避。Gが体にかかってくるが、スーツと強化された肉体がその負荷をねじ伏せる。血が沸騰しそうなほどの高機動も、この体ならなんでもない。

 背後で、榴弾が炸裂して火柱を上げた。

 右手のヘビーマシンガンを撃ち、牽制。敵はシールドでそれを防ぎつつ、右のパワーライフルを撃つ。発射間隔は長いが、四〇ミリという弾丸の威力は馬鹿にできない。直撃すればナノマテリアルのWPが削られる。

 ロックオンと同時にプラズマミサイルを発射。特殊弾頭が供給されたエネルギーを元にプラズマを放ち、敵に迫る。

 一万度を超す超高熱の弾体を、しかし〈リトルウィング〉は突進で突っ切ってきた。

 直撃コースのプラズマをシールドで受け止め、背中に掠めるプラズマは急加速の繰り返しで振り切る。懐まで迫った敵は、思い切りシールドバッシュを叩き込んできた。


「!」


 ザリッ、とモニターにブロックノイズが駆け巡った。

 一度に処理できる負荷を超えたダメージが入り、機体の制御系統が一瞬、麻痺したのである。

 ナガトは考える前に行動していた。すぐさま機体を上空に跳躍させる――と、次の瞬間、二連ランチャーが火を吹いていた。

〈リトルウィング〉は突如視界から失せた〈グレンデル〉に混乱していたが、すぐにスキャンを行いこちらを捕捉する。

 敵に気づかれるとほぼ同時に、ハイパワーランチャーを放っていた。

 ゴガッ、と耳をつんざく炸裂音が轟き、視界を紅蓮の炎と土煙が埋める。


(やったか……?)


 が、見立ては甘かった。ミサイルが土煙を破って、飛来してきたのだ。

〈グレンデル〉があわや直撃というところで急加速。左右に、ライダーへかかる負荷Gを無視した動きを繰り返す。

 ナガトはスキャンと同時にヘビーマシンガンを、立ち込める土煙へ向けて撃った。その向こうで赤く光る敵機を捉えていた。

〈リトルウィング〉はハイパワーランチャーの直撃と引き換えに、シールドを失っていた。

 銃弾を回避しつつ、パワーライフルで反撃。〈グレンデル〉が急降下して、肉薄すると〈リトルウィング〉は咄嗟に距離を取ろうとして、


「!?」

「行き止まりだ」


 背後の、聳える建造物に阻まれた。

〈グレンデル〉の蹴りが、〈リトルウィング〉の負荷限界に大きな衝撃を与えた。

 一瞬の行動不能を、見逃すはずがない。

 ナガトは左のレバーを動かし、トリガーボタンを押し込む。


「ああ、最高に生きてるって感じだ」


 パルスパイルバンカーが炸裂。超高密度のエネルギーがパルスパイルと化し、敵SGの胸部を打ち砕いた。

 次の瞬間、ナノマテリアル回路に火が回り、動力系統が暴発。爆散したSGが、あちこちに残骸を散らして無惨に擱座かくざする。


〈グレンデル〉はパイルバンカーから排気熱を吹き出し、雨を浴びながら静かに残心した。

 コクピット内で、周囲の敵影の有無をスキャンで確認したナガトが「目標を撃破」と短く告げる。


「こちら〈ハンマーヘッド〉。俺も終わったぜ」

「やあ、〈インディゴポーン〉だ。こっちも仕込みは終わった。二人とも、作戦区域外に退避しろ」


 今までサボってたやつが何を――と思った、次の瞬間。

 基地の地下から、ものすごい爆音と振動が巻き起こった。


「基地に爆薬を仕掛け終わってね。今起爆したところだ。さっさと脱出したまえ」

「テメェこら! 俺らにSG引きつけさせるのが目的だったんだな!?」


〈ハンマーヘッド〉がわかりやすくキレた。気持ちはわかるが、ナガトは冷静に、


「言ってる場合か。〈ハンマーヘッド〉、離脱するぞ」

「ちっ、覚えてろ、くそネペンテスが!」


 イェルンドゥッケの前線基地から、三機のSGが離脱する。

 混乱と混沌がぶちまけられた基地は、程なくして一際大きな爆音に包み込まれ、その全容を瓦礫の山へと変えるのだった。


 戦争が日常化した時代の、ありふれた戦場の、当たり前な日常が幕を開ける。

 ナガト・ドローメルはそんな日常を、生きていた。

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