夢の隠居生活 読み込まれました

8月の振り返り

2024.09.04

  • #月報

入道雲の写真を一枚も撮らないまま台風一過、すっかり秋めいてきた。日記とか運動とかあらゆる習慣を継続しようとし三日で挫けてきて、月イチの習慣はどうだと試してみたけど二回でおしまいになったが、最近はおしまいになってももう一回始めればええやんといい加減な前向きさを持ち始めている。三ヶ月ぶりに月報を書く。カップリング二次創作への言及が多めです。「近況」についてはめっちゃ長くなったし嫌な気持ちになるだろうし完全に自分のための書き物なので読み飛ばしてください。

近況:毒入りメッセージと性癖と解釈、怒りたいだけの気持ち

匿名メッセージボックスに毒入りメッセージが来るたびに、一年前の生活習慣がこの世の終わりで心身ともにズタボロだった自分が「そこに居るなあ」と思うので、毎回なるべく同じ土俵に立って返信している。一年前の自分と毒を送ってくる奴との違いは、実際に送ったことがないか・あるかくらいだ。
一年前の自分のそばには、自分よりもめっちゃ絵がうまくて、自分と同じようにクソ醜い自我を持っていて、でもそういう醜い自我が許せなくて自他に向かって毒を吐き散らしている人がおり、その人の吐きちらす毒に共感しながらブッ刺されて自分の暗闇を見つめながら反省し続ける毎日だった。あれは正直、めっちゃ気持ちいい。外の者に刺される前に身内で醜い自我を見せ合って、先にちょっと傷つけておくことで「おあいこだね」みたいな空気になるような…他人を刺すことで自分もブッ刺されて、自分は自覚的だけどお前らは違うんだろうなって見下すような…今でもまだうまく言語化できないけど、よくない自己陶酔で不健康な気持ちよさの日々だった。あの頃は外のオタクのちょっと楽しそうな自我とか気持ち悪くてイラついていたし、そういう思考はある程度健康になった今でもちょっとある。たぶん生まれた時からあった。仕方ないので、出てこないように厳重に自己暗示とかかけてる。自己暗示をかけられるのはいま俺が健康だからで、毒入りが来るたびに、この人健康じゃないんだろうな…と思い気の毒になる。

でもこれは「俺は毒入りメッセージとか哀れみを感じるだけでぜーんぜん効きません!」という話でなく、ちゃんと落ち込むし返信を送信する時も毎回心臓バクバクさせたりしている。最近も一つお気持ちが届いていた。俺の変態的な性癖についてである。
俺は最近、鍵垢で相互ととあるカップリングの妄想で大はしゃぎしていた。俺も相手もその妄想について、キャラクターの解釈からは逸れた過激な内容だという認識があったので、最初はDMで話していたけど、その時はたまたまリプ欄で盛り上がったのだった。お祭り騒ぎで話に花が咲くどころか花火がぶち上がり、リプ欄の文字数でやってられなくなってDMに出戻ってやり取りは続き、晴れ晴れした気持ちで会話を終えたところで、waveboxになんか届いていた。

推しカプについて〇〇は許せないのに××はいいんだ? 的な内容である。

元々俺は、キャラクター問わずカップリングにおける攻め・受けにありがちなとある傾向に強めの反感を持っており、その鍵アカウントのヘッダーとか、日常のつぶやきが多めのブルスカのアカウントとかで、その憎しみを叫ぶなどしていた。「〇〇」に該当するのがそのヘッダーの内容で、「××」が俺と相互が鍵垢で大盛り上がりしていた変態性癖のことだ。
まあ、結論、いいんだよな。俺のカプ観の正誤は俺が決めるわけだし…〇〇と××って同じくらいクソでは? とかだったら、そうだね、クソだね、とか答えられるけど、「いいんだ?」って聞かれたら、それは「俺がルールだ」としか言えん。ひとまず「いいんだよ」と返信した。

鍵垢には6人しかフォロワーがいないのだが、そこの人々がわざわざ匿名ボックスを使って言ってくるとは思えなかったし、今でも思っていない。多分会話相手の人のフォロワーがおすすめ欄に俺と話してる相手のリプだけ見かけて、「私が大好きなAさんに変な話しやがって」とか思ったのかな〜などと想像した。会話相手はめちゃサイコーな創作をする人だし、思想強めなファンもいたっておかしくないと思っていたからだ。俺は鍵垢のおけけパワー中島にでもなっちまったかな〜などと考えていた。
ところで、冒頭にある通り俺は醜い自我を持っており、さらに他人の醜い自我をわざわざ見に行くような人間性だ。5ちゃんねるとか、たぬきとか愚痴ったーとか、元気がない時ほど見に行ってしまう。元気がない時ほどね…見るともっと元気がなくなるのに…なぜ…。とにかく、別件の噂話を追っているとき見つけたのだ。

「AB推しで〇〇はクソ!って言ってる人がいてAB推しのくせに分かってんじゃん! と思ってたんだけど、久しぶりに見に行ったらBAになってたし××の話で盛り上がってて最悪(意訳)」

俺っすか!?
タイムリーすぎるし、あまりにも内容が一致してるので俺だ…。なんだか気分は一気になろう系主人公である。俺、なんかやっちゃいましたか。そうか…。俺の解釈を信じていたんだな…。しかも、掲示板の投稿は一昨日で、メッセージボックスに届いたのは昨日の午前中、一晩寝ても冷めない憎しみって結構つらいぞ…かわいそうに思えてきたので、調子に乗って返信文を書き直しておいた。「あいつのこと気に入ってたのに!」みたいに陰で言われてるって知った途端なんか相手が可愛く見えてくるなんて、やったことないけど俺は乙女ゲームとか向いてるかもしれない。
とはいえ、返信する時は心臓バクバクだし、めっちゃ毒は効くのである。このところいつもそのメッセージが頭にあって、皿とか洗うたびにムカついていた。だってお前、「久しぶりに見に行ったら」ってことは絶対鍵垢のフォロワーじゃないし…わざわざ俺宛のリプを検索かけたりしたってことでは…? そりゃ、自分が正しいと思ってたら大声で解釈を喚き散らかしますよ、でも自分の変態性は後ろめたい性癖なわけで、だから俺は陰でコソコソやってたじゃん…。よく掲示板でお姉様が怒ってるような、検索よけせずに成人向けを垂れ流してたわけでもないじゃん…。鍵垢って、そういう場所だろ? なんならアカウントのプロフ欄にも「猥談」って書いてあるじゃん…。勝手に夢見られて、知らぬまに中身を覗かれて、突然怒られた。おもしろさと釈然としなさでどんな顔したらいいかわからないよ。

そうやってモヤつきをブルスカの日常垢などで喚いていたら、なんとなく整理がついてきた。俺も多分送り主も、「解釈」と「性癖」をごちゃ混ぜにしていたってことだ。
性癖は個人の性的欲求に由来し、解釈はコンテンツから見出すものだから、性癖は解釈に反する。性癖に刺さる要素があるからコンテンツにはまる、という繋がりも大きいけど、それはコンテンツが自分の性癖と一致している、とは言い切れない。俺などがはまるのは性的なコンテンツではないわけだから、そこに自分の性的な嗜好をくすぐる要素を見出すことはあっても、嗜好そのものがコンテンツに存在することはない…。推しカプは妄想で性癖だけど、キャラクターを読み解く時には解釈が必要だ。
俺がカップリング二次創作にうっすら溢れていると感じている「〇〇」についての嫌悪は、俺は解釈を持ち出して他人の性癖を殴ろうとしていた。相容れないわけだ。送り主は俺に同じ解釈を見たし、俺の性癖に失望したんだろう。表での俺は、解釈成分の多い創作や話題ばかりだし。
言葉にすると簡単だけど、同人をやっていてこの思考を実践するのは難しいと思う。みんなどこまでが解釈でどこからが性癖、なんて丁寧に線引きしたりしないからだ。俺も描いていて分からなくなる。二次創作していてよくある苦しみ「こんな二人が見たいけどこの二人はこんなことしない」であるところの解釈と性癖の殴り合いは、自分の外側でも起きていた。

このように、毒入りメッセージは大抵俺にとっても身に覚えのある感情なので、同じ土俵まで降りて真剣に言いまかそうとすると自分について思わぬ発見があるし、一年前の自分に丁寧に向き合ってやれているような自慰めいた達成感もある。それでめでたしめでたし…としたいんだけど、俺はいまだに本件について皿とか風呂を洗うたびに思い出してムカついているわけだ。がっかりさせないように隠れて楽しんでたのに、なんで自分から見にきた奴に「がっかりしました」って文句言われにゃならんのか?
俺の返信に対して送り主がリアクションをくれたら一番嬉しいんだが、この会話にこれ以上言うことも言われたいこともお互いないだろう。これは俺が、怒り続けたいだけの人間だということだ。今回はいつになくゾーニングしていた自負のある自分は、自分の怒りが正当だという自信がある。正義棒振り回すネットの民と同じで、もうメッセージの送り主なんて関係なく俺は怒りたいから怒っている。怒りを口実に自分の感情を喚いて気持ちよくなっている。こんな感じがそろそろ一週間になって、こんな自分嫌だなあと思ったのでここに書いておしまいにしたい…こんなことをまるで武勇伝みたいに得意げにベラベラ書いてニヤついてるの、控えめに言っても醜いなほんと

良かったもの

  1. 命の母ホワイトヘム鉄
    最近の心身の健康の支え。飲み始めてから「近況」で書いた一年前のような、この世の終わりに感じられる醜さの自我をかなり回避できている。元々常に立ちくらみが酷く、朝目覚めれば一時間くらい起き上がれなかったのだが、最近は立ちくらまないし目覚めもすんなり。一年前も鉄分は飲んでいたのだがここまでの効果を感じなかったので、命の母と一緒なのが良いんだろうか。もしくは、このところの規則正しい寝食で体が整った結果、やっと健康サプリで健康になれる状態になったのかもしれない。

  2. ノッキン・オン・ヘブンズドア
    これは八月のおすすめとかでなく、俺の人生で今のところ一番好きな映画の紹介。一番好きなうちに書く。ブロマンスに殴られたかったらこれを見るといい。
    主人公は神経質で小心者なごく普通の男ルディと、酒飲みヘビースモーカーのあれくれ者マーチン。正反対な二人は同じ日に健康診断を受けて癌が見つかり、余命幾ばくもなく同じ病室に入院した。引き出しにテキーラの瓶を隠し持っていたマーチンはルディと無人の厨房に忍び込み、袋いっぱいの塩と床いっぱいのレモンを肴に語り始める。

    「天国での流行りを知っているか? みんな海について語り合う。壮大な美しさについて。夕陽が海に溶け合うときの色について。海によって太陽が、いかに力を失うかについて」
    「まだ海を見たことない」
    「じゃあお前は仲間はずれだな」

    「…僕はどうしたらいい?」


    死にかけで酔っ払いの二人はパジャマのまま病院を抜け出し、偶然キーが刺さったままの車を拝借して海を目指し走りだす。
    ところがその車は偶然病院に立ち寄っていたギャングの持ち物で、トランクにはバカみたいな桁の大金が積まれていた。そんなことに気づかない一文なしの二人は、道中ガソリンスタンドのレジの金をかっぱらい、銀行を強盗し、警察にもギャングにも追われながら陽気に走る。
    もうすぐ死ぬでこぼこの二人組が、死の気配を忘れるような陽気さで、でも死を受け入れた無鉄砲さで海を目指す様子は、普段「カプ二次創作ばっか描いてるけど結局バディとかブロマンスのプラトニックな絆の前では無力…」とかゾンビ顔してる俺にとって最高オブ最高だった。ハードボイルドな台詞も画面の絵作りも登場する車もカッコよくて、何よりまるで円環のように完璧な伏線回収をする物語の構成が素晴らしい。

  3. MAMA
    男子のみ全寮制の声楽学校「クワイア」に集められた、「天使」と呼ばれる少年たちにまつわる短編集。基本ブロマンスだけどBL要素もある漫画。

    クワイアの少年たちの運命はおもにふたつ。ひとつは歳を重ね変声期を迎え、クワイアを卒業する道。もうひとつは、歌声の美しさが頂点に達したとき、命を失い本当の天使になる道。

    クワイアにいることで得られる金銭のため、親からの執着から逃れるため、ひとりで眠れない寂しさを埋めるため、天使になった友の死に際の言葉を抱きしめるため、…それぞれの理由でクワイアにいる少年たちは、みんな色々なかたちの愛に飢えているけど、それを本心から望んだことで傷ついて、手に入れる方法が分からなくなっている。

    自分の孤独を直視することを避けながら、他人を本当に欲しい拠り所の代替品にして自分も相手も傷ついていく、というのは俺にとって推しカプのサビで、つまりこの漫画には見たいものが全部ある。少年だけの箱庭、早逝する天才と死者を見送る凡人、死への信仰、同性のクソデカ感情、それと並列する異性へのクソデカ感情、売春、などのキーワードの組み合わせが好きなので…全部あった… 性描写も直接的なものはないけどページによってはちょっと背後に気をつけよう、くらい、香る程度にあった…そういうのがいちばんエモい…

    死への信仰という特殊な箱庭のなか本当の望みに気づいていく道のりで、少年たちはさらに傷だらけになるけど、自分の孤独を許すことができたときに訪れるのは天使に迎えられるような安息だ。全ての物語がハッピーな終わりとは言いきれないけど、安息を得たという意味では、少年たちにとってバッドエンドはひとつも無いと言えるだろう。ハピエン寄りのメリバが好きなのでかなり満足感があった。

    全6巻中の5巻までLINE漫画の無料チケットで読めるよ!

九月の予定

  1. 「太陽と月に背いて」のDVDがやっと届いたから見るぜ

  2. 10月のイベント用にイラストを用意したい、週に一枚描けたら満点

The best website builder for designers