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カタカタカタッ……。緋紗はネットゲームに接続し、IDとパスワードを打ち込んだ。ローディング画面が流れ『スカーレット』が登場する。
直樹と結婚してから半年が経ち、二人の生活が安定し余裕もできたので今夜は揃ってネットゲームに接続してみたのだった。しかし部屋は別々なのでお互いの操作は見えない。また対立国家の別種族であるためゲーム内で会えるかどうかもその時の状況次第だった。
このネットゲームはヒューマンと獣人が国家間対立しているという設定で、週に二回大規模な戦争が行われる。敵種族と戦える場所は戦争ゾーン以外にもあるのだが、緋紗も直樹もやりつくした感じなので気軽に戦争を楽しめたらいいと思うくらいだった。
ただ今夜の戦争では、お互いに相手を倒すか、もしくは所属国家が勝つか勝負することにしている。
ヒューマン側のパーティ二組と獣人のパーティ一組が戦っている。
(あ、『アンフロ』だ)
獣人パーティは直樹の操作する『ミスト』が所属している大手ギルド『アンダーフロンティア』だ。
(ミストがいる。隙をみてやっちゃおうか)
緋紗は目を光らせた。
仲間にミストを落とそうと誘う。気のいい仲間たちは快く応じてくれた。
ピエロちゃんが人狼の狂戦士ミストに防御力低下の魔法をかけ、FDが混乱魔法をかけた。スカーレットは透明化をはかったままミストの背後に近寄る。
「やだー、大河じゃない」
ミストから離れたところにいた魔法剣士、大河に切り付けられた。転生した大河はクロコダイル姿になっており、ヒューマンの面影は残っていない。仲間のヒーリングでなんとかピエロちゃんは持ち直したが、相手パーティーにもスカーレットと同じ盗賊がいるらしく透明化が無効化されてしまう。
敵味方総勢三十人ぐらいの中、ミストがスカーレット目がけて切りかかってくる。
(やだ。本気だ)
逃げ足が自慢の盗賊、スカーレットだが『月姫』の鈍足魔法をかけられ失速し、☆乙女☆に防御低下、全能力低下魔法をかけられたのちミストの強靭な一撃が振りかぶった。
「ごめんっ」
「あちゃー」
ちょうど戦争が終了した。今夜はヒューマン側の勝利だ。
(あー。勝ってたんだー)
スカーレットが両国家間共通の貿易港へ行き、武器と防具を修理していると、背後でぼわっという効果音が鳴りミストが立っていた。敵種族と唯一パーティを組めるのがこの貿易港だ。
ミストがパーティを申請してくるので応じる。
「おつかれさま」
「おつかれです」
「残念だったね。ヒューマン勝ってたのに」
「むぅ。悔しいです」
「まあそこがレッドのかわいいところだね。じゃベッドにいくよ」
「はーい」
緋紗は台所に行き少し水を飲んでから寝室に向かった。直樹がスカーレットオークで作ったキングサイズの丈夫なベッドに横たわる。
(広くて気持ちいい)
すぐにカチャリとドアノブのまわる音がして直樹も寝室に入ってきた。
「楽しかったね」
「うん」
「また遊ぼう」
二人は広々としたベッドで寄り添いあって眠りについた。
今夜は直樹の実家で食事をすることになってる。直樹が結婚して実家を出た後、母の慶子が一人でいたがしばらくして兄夫婦が同居することになり賑やかになった。兄夫婦には四歳になる娘、聖乃と生まれたばかりの息子、孝太がいる。
「こんばんは」
「失礼します」
直樹と緋紗が実家に上がると聖乃が走ってやってきた。
「おじちゃん。せんせえ」
陶芸教室で子供を教えている緋紗のところへ聖乃も通っているので緋紗のことは『先生』と呼ぶ。
「きよのちゃん、こんばんは」
聖乃は嬉しそうににっこり笑っている。直樹が抱っこしてやろうと手を差し出すと、聖乃は首を横に振る。
「もう、きよ。おねーちゃんだからしないの」
「ああ、そうなの」
「弟ができるとしっかりするもんですね」
直樹と緋紗は感心して聖乃をみた。
台所では早苗が天ぷらを揚げる用意をしているところだ。ダイニングテーブルから少し離れたところに、小さなベビーベッドが置かれ颯介と慶子が孝太を眺めている。
「こんばんは」
「あ。いらっしゃい」
「おっす」
「お義姉さん、私、揚げますよ」
「あ、ほんと? 助かる」
早苗は揚げ物が苦手だ。
「緋紗ちゃん上手ね」
「いえ、熱いのが平気なだけで。こういうのって直樹さんのほうが上手なんですよねえ」
「うちもそう。颯介のほうが料理得意なんだよねえ。夫が料理得意だとなんか気まずいよね」
二人で笑った。
緋紗が初めて慶子に会ったとき、直樹によく似ていて静かな林のような人だと思った。早苗は飾り気のない姐御肌な人で好感が持てたし、元遊び人の颯介も子煩悩な様子で暖かい人に見えた。直樹を取り巻く家族なので、きっと好きになれると思ってはいたが実際に会うまでは不安だった。しかし今ではすっかり不安もなくなりこうして食卓を賑やかに囲むことが楽しいくらいだ。
「孝太はよく寝るわねえ」
慶子が目を細める。早苗も同意する。
「聖乃のときよりもよく寝ますよ」
「孝太はやっぱり義姉さんに似るのかな。聖乃は兄貴そっくりだしさ」
直樹が颯介と聖乃の顔を見比べて言う。聖乃は颯介に似て少し目じりが下がって柔らかい顔立ちだ。直樹と颯介は二歳しか離れていない兄弟だがパッと見の印象だと颯介のほうが若々しい。性格的なものもあるのだろう。颯介は明るい印象で爽やかなイケメンだ。(聖乃ちゃん大きくなったらモテそうだなあ)緋紗はまだまだあどけない聖乃を見て思った。
「孝太も颯介に似てると思うよ」
早苗が言うと慶子は神妙な顔つきをする。
「生まれたときの颯介に孝太そっくりね……」
「心配そうに言うなよ」
颯介が明るく笑う。亡き父、輝彦と颯介はそっくりで、フラフラと落ち着きのないところも似ていた。二人に振り回されてきた慶子の心配が直樹にはよくわかった。それでも孫の可愛さには敵わないらしく慶子は溌剌としている。
「ばあば。お風呂はいろー」
食事がすむと聖乃が甘えた声で慶子を誘う。
「はいはい」
「後片付けますから」
「ごめんね」
「いえいえ。こちらこそいつもすみません」
慶子は聖乃を連れて風呂に行った。
早苗と緋紗で片付け始めていると孝太が起きて泣いたので、早苗は孝太をあやしに向かった。
緋紗が皿を洗っていると、颯介が「おまえんとこ、まだ子供作んねーの?」
と、直樹に聞いていた。
「まだ二人で楽しみたいし、もっと先でいいよ」
「ラブラブだな」
「まあね」
「ちょっとは謙遜しろよ」
「まあ事実だし」
聞いているこっちが恥ずかしくなるくらい、こういうことには照れなく話す直樹にはいつもびっくりするが緋紗には嬉しかった。
授乳を終えた早苗がやってきた。
「緋紗ちゃん、ごめんね」
「いえ。全然いいですよ。いつもごちそうになりっぱなしだし」
「それにしても直君。ますます落ち着いてきたねー。颯介もちょっとは見習って欲しいけど」
「そうですか? あんまり変わらない気がしますけど」
「なんていうのかな。安定感あるよね」
出会ったころから緋紗にとって直樹は落ち着いた『大人の男』だったので直樹をよく知るもっと大人の人たちが言う事は緋紗にとって新鮮で面白い。
片付けを終えるとちょうど慶子と聖乃が風呂から上がってやってきた。
「そろそろ帰るよ」
直樹が立ち上がったので緋紗もテーブルを拭き、帰り支度をした。
「ごちそうさまでした」
聖乃はもう眠そうで頭がグラグラしている。
「またね」
口々に挨拶を交わして二人は帰ることにした。
賑やかな実家から静かな少し山深い二人の家に戻る。
風呂に入りベッドでゴロゴロする。二人にとって憩いの場でもあるこのベッドが一番長く過ごす場所でもあった。
「ねえ、緋紗。子供欲しい?」
「んー。よくわからない。作る仕事をしてきたせいか元々思ったことがなかったんです。子供に陶芸を教えることはすごく楽しくてやりがいがあるんですけど。欲しいかと言われると正直まだいいかなと。あ、でも直樹さんが欲しいなら私生みたいです」
「俺も今はまだいいや。緋紗が欲しいならと俺も思うけどね。緋紗がいたらそれでいいと思ってる」
「直樹さん……」
緋紗は目を閉じて直樹の口づけに応え、そして優しい愛撫する手に溶かされながら夜は更けていった。