●珠洲支局・谷屋洸陽(24)
珠洲市役所から海までは約300メートル。余震におびえながらも、海の様子を見ようとちょうど真ん中まで歩いたところで、防波堤を黒い濁流が乗り越えてくるのが見えた。「これが津波か」。一瞬で胸の鼓動が高まったのが分かった。
●地震から34分後
押し寄せる恐怖を感じながら、スマートフォンのカメラで撮影した。後で確認すると、撮影時間は午後4時44分と記録されていた。地震から34分後のことだった。
「急げっ、早く逃げろ」。どこからか男性の声が飛んできて、無我夢中で珠洲市役所へ走った。屋上から街を見渡すと、市役所の100メートルほど手前まで津波が押し寄せていた。
1月1日は出勤日だった。取材を終え、車で支局に戻る途中に地震が発生した。ドーンと大きな音が響くと同時に車体が浮き上がった。市民図書館の駐車場に車を止め、スマホで地震情報を確認した。
周囲には崩れた建物は見当たらなかった。少し安どした次の瞬間、強烈な揺れがきた。経験のない揺れに頭が真っ白になった。ようやく揺れが収まり、まずは被害状況をつかもうと車で市役所に急いだ。着くと、逃げ込んだ住民でごった返していた。金沢から帰省中という会社員男性は「正月休みでゆっくりしていたのに、まさかこんなことになるとは思わなかった」と不安げだった。
明るいうちに被害を写真に収めようと、庁舎近辺を歩いた。道路は割れ、木造家屋は崩れて道をふさいでいた。見慣れた風景は変わり果て、胸が苦しくなった。地震直後に大津波警報が発令されたため、海岸近くの住民の多くはすでに逃げていたのだろう。海に向かって進むと、人の気配はなかった。
●「急げ早く逃げろ」
津波が迫り来る光景は今も鮮明に覚えている。「急げっ、早く逃げろ」と飛んできた声の主は、100メートル以上も離れた市役所の屋上からだと後で分かった。あの声で我に返っていなければ、ひょっとしたら津波にのまれていたかもしれない。
入社1年目。これからの記者人生で津波を写真に収める日が来るのだろうか。先輩からスクープ写真だと褒められたが、あんな恐ろしい体験はしたくない。落ち着いてスマホを見返すと、津波をとらえた写真は12枚あった。震えながら撮影したのか、数枚はピントがずれていた。