Medical Research Council (MRC)

研究を目的としたヒト組織および生物学的試料の使用

実施および倫理に関する中間ガイドライン(MRC)

検討依頼版(199911月)

序文

    様々な要因が引き金となり、Medical Research Council(MRC)は約18ヶ月前、ヒト組織試料を研究に使用する場合に生じる倫理的問題、法的問題、また管理に関する問題について、研究者のための手引きを作成する必要があると判断した。遺伝子物質抽出技術などの技術進歩により、古い試料を研究に使用する可能性が増大することになった。MRCは、研究チームが解散した場合や主導研究者が退職した場合の、まだ使用できる可能性のある試料群の処理について、あるいは何らかの目的で集めた古い試料を別の目的で使用できる研究の種類について、度々勧告を求められた。また、ヒトゲノムの配列に関する学識の急速な高まりに伴い、この学識を公衆衛生と健康管理に実際に役に立たせるための研究には、必要な証明書が十分揃った非常に多くのDNA試料が欠かせないことも明らかであった。MRCは、遺伝学的研究に伴う秘密保持の問題や倫理上の問題についての懸念が広まっていることを考慮し、ヒトDNAの試料群使用にも適用される包括的な原則を確立することが重要だと考えた。

    MRCにとって重要なことは、試料群を最適なかたちで研究に使用させ、人々の健康に役立たせることである。MRCの基金を賢く利用することがMRCの公共団体としての責任であるため、MRCとしては、新しい試料を不必要に集めることに資金提供することは望まない。また、手元の試料を使うことで研究課題に対処できるにもかかわらず、人々に新しい試料の提供を求めることは道徳的ではない。

    本ガイドラインは、法律や倫理、その他関連する様々な科学分野の専門家などから成るワーキンググループによって作成された。ワーキンググループの委員とそれぞれの専門分野を次ページに記載する。本ガイドラインの作業原案は、研究におけるヒト組織の使用に関心のある広い範囲の機関(一部患者団体も含む)や個人の科学者にすでに送付し、検討を依頼している。MRCは、本ガイドラインについてできるだけ幅広く一般の人々に検討いただき、より多くのデータを入手できるよう、「暫定」版としてここに公開する。この原案の作成段階では、実際の組織提供者や将来の組織提供対象者から十分なデータが得られていないため、患者団体および一般の人々からより多くのコメントが集められることを期待する。また、研究を目的として試料を集め使用することに携わる科学者や健康関連の専門家の方々からのコメント、また地域の研究に関する倫理委員会からのコメントも歓迎する。この暫定版は、すでに回覧し検討を依頼している原案とはかなり内容が異なっているため、すでに情報をご提供いただいている方々あるいは機関からもぜひコメントを追加していただきたい。

    今後数ヶ月の間に実現が予想される様々な進歩、例えば秘密保持に関する重大な法的見解や検死時の組織の保存に関する王立病理学大学(Royal College of Pathologists)の手引きのような本ガイドラインの内容に影響を及ぼす可能性のあることは十分承知している。したがって、来年の夏に本ガイドラインの最終版を作成するにあたり、今回受け取るコメントとともに、こうした事柄についても考慮するつもりである。

    本ガイドラインについてのコメントは電子メールでyanine.jairazbhoy@headoffice.mrc.ac.ukまで送付すること。あるいは、Medical Research Council, 20 Park Crescent, London W1N4ALのYanine Jairazbhoy宛てに郵送する。コメント送付の際は、名前と連絡先を記載すること。自身が研究者である、研究のための試料を提供したことがある、あるいは関連する機関に所属しているなど、興味を持った理由も添えていただければ幸いである。機関を代表してコメントされる場合は、その旨を記載すること。コメント送付の締め切りは2000年4月末である。

    ヒト組織および生物学的試料群についての実施および倫理に関するガイドラインの作成に携わった医療審議会ワーキンググループの委員

    Eve Johnstone教授(議長)はエディンバラ大学(University of Edinburgh)の精神医学教授であり、また医療審議会の委員である。かつて、ナッフィールド生命倫理協議会(Nuffield Council on Bioethics)の委員でもあった。

    Len Doyal教授はSt Bartholomew’sおよび the Royal London School of Medicine and Dentistryの 医療倫理学教授であり、またイーストロンドン・シティ保険当局(East London and the City Health Authority)の研究倫理委員会および英国医療協会(British Medical Association)の倫理委員会の委員でもある。

    Andrew Grubb教授はカーディフ大学(Cardiff University)ロースクールの医療法学教授であり、また校長でもある。また、王立内科医大学(Royal College of Physicians Committeeの医療分野における倫理問題に関する委員でもある。

    Sue Povey教授は医療資格を持つMRCヒト生化学遺伝学ユニット(MRCHuman Biochemical Genetics Unit)の遺伝学者である。また、MRCの分子細胞医学委員会(MRCMolecular and Cellular Medicine Board)の委員であり、ヒトゲノム機構(Human Genome Organisation:HUGO)の委員でもある。さらに、欧州動物細胞培養コレクション(European Collection of Animal Cell Cultures)のためのヒト細胞バンク科学諮問委員会(Human Cell Bank Scientific Advisory Committee for the European Collection of Animal Cell Cultures)の議長を務めている。

    Philip Quirke教授はリーズ大学(University of Leeds)の病理学教授であり、リーズ教育病院トラスト(Leeds Teaching Hospitals Trust)の組織病理学の部長である。

    Shahwar Sadeque女史はキングストン大学(Kingston University)の理事であり、王立病理学大学(the Royal College of Physicians Committee)の医療分野における倫理問題に関する(専門家でない)委員である。かつては機会均等委員会(Equal Opportunities Commission)の委員であり、またBBCの理事であった。

    Alan Silman教授はマンチェスター大学(University of Manchester)の関節炎調査運動疫学ユニット(Arthritis Research Campaign (ARC) Epidemiology Unit)の理事であり、またARC National Repository of Multicase Familiesの主任研究者である。

    Gordon Stamp教授は英国医学カレッジスクール(Imperial College School of Medicine)の組織病理学部の学部長である。この学部にはヒト組織資源センター(Human Tissue Resource Centre)がある。

    オブザーバー

    Graham Cadwallader博士(癌研究運動(The Cancer Research Campaign))(99年5月まで)

    Celia Caulcott博士(ウェルカムトラスト(Wellcome Trust))

    Elaine Gadd博士(Department of Health)

    Fiona Hemsley博士(癌研究運動)(99年5月以降)

    Michael Probert博士(英国癌研究基金(Imperial Cancer Research Fund))(99年5月まで)

    John Toy博士(英国癌研究基金)(99年5月以降)

    Leslie Turnberg氏(医学的研究慈善協会(Association of Medical Research Charities))

    Tom Wilkie博士(ウェルカムトラスト(Wellcome Trust))

    MRC役員

    Frances Rawle博士

    Imogen Evans博士

    Declan Mulkeen博士

    Yanine Jairazbhoy女史


1. 序論

1.1 ガイドラインの目的

    医療審議会は、医学的研究における高い倫理基準の確立と、医療審議会が管理する公共基金の最適な利用の実現に取り組んでいる。本ガイドラインは、研究を目的としたヒトの生物学的物質[1]を収集し使用する際に検討すべき実際的な問題、倫理上の問題、および法的な問題に注目するとともに、生物学的物質の試料群の最適な使用により、科学的理解を深め、人々の健康に役立てるための最善の慣行を勧告するものである。

    以下に本ガイドラインを遵守すべき対象者を挙げる:

    • MRCの支持を得るためにヒトの生物学的物質の試料収集を含む研究案を作成する人。

    • MRCが資金提供する、自ら収集したあるいは他のものが収集した既存の試料群を使用した研究を計画または実施する人、あるいはそのような研究に共同参加する人。

    • MRCの資金提供により集められたヒトの生物学的物質の試料群を管理すのもの、あるいはそのような試料群を使用した研究を管理する人。

    本ガイドラインが、研究のためにヒトの生物学的試料を収集する、あるいは使用者だけでなく、研究倫理委員会、研究参加者、および医学的研究の実施に関心のある一般の人々の興味を引くものであることを期待する。

    本ガイドラインでは、一般原則を詳しく説明する。ガイドラインを作成したMRCのワーキンググループが議論してきた課題の多くは非常に複雑であるため、同グループの審議内容のより詳細な報告書も入手できるようにしている[2]。同ワーキンググループは、研究におけるヒト組織の使用に関連する問題の検討にあたったその他のグループに対し、その成果に謝辞を表明する(付録2参照)。

1.2 倫理上の原則

    ヒトの参加を伴う研究の一般原則は、MRCの小冊子「ヒト参加者、ヒトの生物学的物質、および個人情報に基づく研究における責任(Responsibility in investigations on human participants and material and on personal information)」の中で詳しく述べている。

    研究が参加者に及ぼすことが分かっている危険、及ぼす可能性がある危険、および研究が参加者に与える利益、さらに研究が参加者以外の人に与える可能性のある利益を評価し、こうした利益が、研究が及ぼす危険を補って余りあると判断された場合に限り研究の続行が許されるものでなくてはならない。研究参加者の利益が、必ず科学および社会の利益より優先されなくてはならない。研究は、個々の参加者の完全なインフォームド・コンセントがなければ実施できない場合がほとんどであり、また、参加者の秘密を守らなくてはならない。

1.3 ヒトの生物学的物質の試料群に関連した特殊な問題

    ヒトの生物学的物質の試料群は、医学的研究において非常に大切である。こうした物質を効率的に上手く調整して使用すれば、科学的進歩を促進し、患者の研究需要と動物を使用する必要性を減らすことができる。MRCは、状況に応じて、科学者間で試料群を共有しやすい環境をつくることで、貴重な試料群が有効に使用されることを望む。ただし、ヒト組織試料に関しては、特殊な問題が多数ある:

    • 試料によっては、長期間の保存が可能であり、それを入手した時点では予想しえなかった研究にとって、極めて価値の高いものがある。

    • 物質を入手した時点では計画していなかった研究に使用する場合、同意に関する複雑な倫理上の問題が生じる。

    • 提供者のもとへ改めて出向き、新たに同意を得ることはほとんどの場合不可能であり、一般に、そうすることは現実的ではない。

    • 生物学的試料を使用した研究から得られた情報には、個々の提供者やその親戚に影響を持つものがある。

    保存した試料に基づく遺伝学的研究は、試料提供者の親戚に及ぼし得る影響や保険、プライバシーの問題といった特別な問題を引き起こす場合がある。

1.4 試料群の種類

    医学的研究に使用されるヒト試料群には様々な種類があり、実際の倫理的検討事項は状況によっても異なる。本ガイドラインは、試料を大きく、? 既存の試料群と新しい試料群、

    ? 研究だけを目的として提供された、あるいは研究に使用することも目的の一部として提供された試料の試料群と、外科治療や診断テストの結果残った物質に区別した。

    試料には、健康な志願者から提供されたもの、患者から入手したもの、死体から入手したものなどがある。死体から入手した物質に関する法的な問題や倫理上の問題はいくぶん複雑であるため、本ガイドラインでは、生きた提供者から提供された組織について重点的に扱う。王立病理学大学は、現在検死時の組織の保存に関するガイドラインを作成中であり、また、これとは別に死体から研究のために入手した物質の使用についてのガイドラインもいずれ発行する予定である。最初に、すべての種類の試料群に当てはまる一般的な問題について検討し、続くセクションで、試料群の種類ごとの問題を取り上げる。


2. すべての試料群に当てはまる一般的な問題

2.1 所有権: 法的位置づけ

    ヒト組織使用の法的な位置づけについては、ナッフィールド倫理協議会の報告書「ヒト組織に関する倫理的および法的問題(Human Tissue Ethical and Legal Issues)」(1995)の中で詳細に説明している(ただし、この時以降、法律にはいくらか修正があった)。UKでは、人体を所有することは法的に不可能であるが、この法律には、ヒト組織試料を所有することの可否、可能であればどのような状況下なら可能か、あるいは組織試料の提供者には「自身の」試料に対する所有権があるかなどについて不明瞭なところがある。研究の場合は、重要となるのは法的所有それ自体ではなく、試料の使用や試料の第三者への譲渡を管理する権利が誰にあるかである。したがって、本ガイドラインでは、試料の保管者および試料使用の管理に焦点を当てる。

    MRCは、研究用に提供された組織試料を贈与物として扱うよう勧告している。試料を贈与物として扱うことで、研究参加者と科学者の間の贈与関係が促進され、かつ利他的動機による研究への参加が強調されるため、道徳的にも倫理的にも望ましい態度である。また、こうした態度は、所有に関する法律上の不明瞭さを扱う実際的な方法となる。これは、提供者が自らの組織に対して持ついかなる所有権も、その組織の使用を管理する権利とともにこの贈与物の受取人に引き渡されるからである。贈与物は条件付きにすることができる(つまり、提供者は、受取人が贈与物をどんな目的で使用するかを特定できる)。したがって、提供者が、提供した物質の用途を理解し、これに同意することが重要である。 同意を得る際は、提供者が試料提供の目的が研究での使用であることを理解している必要があり、また、試料を保管する責任者を知らされる必要がある(2.2参照)。

    たとえば外科治療の過程で組織を除去した場合や、診断テストの後に物質が残った場合など、患者が自らの組織を法的に「放棄」したと考えられる状況がある。しかし、MRCは、臨床上使用した残りの組織を研究に使用する場合、その時点で同意を得ることを勧告する。同意を得ることで、物質は、治療あるいは診断を担当した機関や部門に対する患者からの寄付として扱うことができる。病院によっては、日常的に使用している許可書および手術同意書を修正し、研究や授業に余った組織を使用することに対する同意を追加しているところもあり、MRCはこの慣行を広く採用するよう強く勧告する。ただし、治療や診断テストに対する同意と余った組織を研究に使用することに対する同意は明確に区別しなくてはならない。余った組織を使用する研究は、研究を目的として入手した試料を使用する研究の場合と同様に、倫理委員会の承認を得る必要がある。

    ヨーロッパ審議会(Council of Europe)の人権および生物医学に関する協定(Convention on Human Rights and Biomedicine)では、「人体およびその部分は、それ自体が金銭的な利益をもたらしてはならない」と規定している。UKはまだこの協定に調印していない。しかし、MRCは、研究のためにヒトの生物学的試料を売買することは、倫理的に容認できないと考えている。したがって、当然の費用(たとえば旅費など)の弁済は許されるが、研究参加者に、研究のために生物学的試料を提供したことに対していかなる金銭的あるいは物質的報酬も提供してはならない。また、研究者は、MRCの資金提供により集めた試料を販売して利益(現金でも現物でも)を得てはならない。ただし、普通の会計システムに基づいて当然の費用の回収することは許される。ヒトの試料を使用する研究に起因する、知的所有権に付加された特別な条件は存在しない。

2.2 保管とアクセス: 実際的側面

    試料を贈与物として扱うのであれば、そこには提供された試料を正式に保管する責任を譲渡される受取人が存在するはずである。試料群の毎日の管理責任は主要研究者にあるはずであるが、MRCは、試料群を正式に保管する責任は個々の研究者ではなく機関にあるほうが適切であると考える。こうすることで貴重な試料群の安全性が高まり、提供者の権利がより確実に保護され、また主要研究者の個々の状況の変化に対処しやすくなる。普通、その研究者が在籍する大学や病院などの機関が、試料群を正式に保管する責任を負うものとして最適な団体であるが、場合によっては、MRCが資金提供した試料群についてはMRC自らがその責任の保有を申し出ることも考えられる(3.1参照)。また、MRCは、試料収集への資金提供の条件として、試料群へのアクセスと使用の管理の取り決めを指定する権利を保有する。他の団体と共同で出資した試料群の取り決めについては、そうした出資者との交渉により決定する。こうすることで、試料群を、その有効性を維持する適切な方法で管理でき、かつ最適な方法で使用できる(3.2参照)。

    MRCは、質の高い研究を行う誠意ある学術的な研究者との有用な試料群の共有を促進したい。ただし、必要な同意が得られ、かつそうした使用が提供者の利益に反さないことが条件である。第三者が試料を使用する場合は、その試料群の収集と管理にあたるものに不利益にならない条件、あるいは、そういった試料群の将来の使用を不必要に妨げない、または制限しない条件に従わなくてはならない。

2.3 営利を目的とした利用

    MRCの使命は、最終的に人々の健康に役立つ研究をサポートすることである。新しい薬物療法、診断テスト、適格審査が幅広く人々の健康に役立つ域に達するには、商業分野との係わりに頼らざるを得ない。したがって、MRCが資金提供した研究の過程で集められた組織試料に商業部門が近づくことは、それがMRCの使命と一致する限り促進されるべきである。ただし、公共基金によって集められた試料群の利用に対する排他的な権利を特定の会社に与えることは適当でない。

    試料自体と、その試料を使った研究から生じたデータあるいは知的財産は、区別することが重要である。特許保護などの営利を目的として、十分な期間、データを排他的に利用すること、および自身の研究により発生した知的財産について特定の会社が所有権を有することは許される。組織試料群の保管者は、営利目的の会社や学術的研究者による試料の利用を許可する前に、データの利用と知的所有権についての規定を盛り込んだ書面による契約書を必ず用意しなくてはならない。

    営利を目的とした試料群の利用を許可する上での大きな問題点のひとつとして、科学者と研究参加者との贈与関係が壊される可能性を挙げることができる。研究参加者の中には、自分が無償で提供した組織から、会社や個人が利益を得るという考えにとくに敏感になる人もいるはずである。そこで、研究参加者には、営利目的の利用を許可することで生じ得る利点を理解してもらうことが重要であり、また、特定の個人が提供した資料が、将来の利益発生において果たす役割が最小限となること、かつ、個人の試料の役割が数量化できないことが重要である。参加者の感情を考慮して、研究参加者には、自身の試料あるいはそこから発生する製品を商業部門が利用する可能性があること、また、これにより発生する利益を共有する権利はないことを理解してもらわなくてはならない。

    ヒトの器官の生物学的物質に基づく、またはそれを使用した発明の特許申請については、バイオテクノロジーの発明に関する法的保護に関するEU指令(EU Directive on the Legal Protection of Biotechnological Inventions)が対応している。この指令に準拠するには、発明に使用された物質の入手元となった人に、自由意志によるインフォームド・コンセントを表現する機会が与えられていなくてはならない(事実説明部26)。このことは、研究のために集めたヒトの生物学的物質がバイオテクノロジー製品の開発に直接使用される可能性がある場合、とくに留意する必要がある。ただし、このようなケースは希であるため、研究のための組織提供者すべてに、将来発生し得る特許申請についての同意を日常的に求める必要はない。

2.4 秘密保持と匿名化

    医師および研究者は、入手方法に関係なく、個人に関する情報を秘密情報として扱わなくてはならない。このことは、一般の人々が医師および研究者に期待することであり、普通法およびデータを保護する法律の秘密保持義務も支持している。個人や個人の診断記録から集めた、試料群中の試料を特徴づけるデータ、およびそうした試料に基づく実験から発生したデータには、それが身元確認できる個人と結び付く場合、1998年のデータ保護法(Data Protection Act (1998))が適用される。研究者は、試料に関連するデータの利用すべてを、この法律の下で登録しなくてはならない。

    研究のために試料を提供した人には、診断記録などの個人の詳細に関するどんな情報が研究で使われるか、この情報は誰が共有するか、また秘密を保持するためにどのような安全策を講じるかについて知らされる必要があり、また、そのような試料提供者が、この取り決めに明確な同意を与えなくてはならない。同意を得ることなく個人情報を利用できる状況について、また秘密保持全般についての手引きには、MRCの小冊子「医学的研究における個人情報(Personal information in medical research)」および、秘密保持に関する医療総合審議会(General Medical Council:GMC)のガイドラインがある。個人データは、個人が特定されない形式で保存、処理、分析する必要があり、これに従わないことが許されるのは、強力な倫理的あるいは科学的根拠が存在する場合に限られる。個人を特定できるデータについては、参加者に対して正式な秘密保持義務があるスタッフしか利用できないものとする。

    試料群の保管者が他の研究者に試料を提供する場合、個人を特定できるデータの譲渡は最小限に抑える必要がある。できれば、試料とその試料に対応するデータは匿名化またはコード化することが望ましく、また、個人を特定できる情報については、研究参加者の同意の条件に準じる場合、あるいは正式な研究倫理委員会の承認3が得られている例外的な場合に限り、その譲渡が許される。また、個人を特定できるデータは、基本的に欧州経済圏外の国に譲渡してはならなず、これが許されるのは、その国に、相当するデータ保護体制がある場合に限られる。コード化した試料を使用するものは、その研究参加者を特定する試み、またはその研究参加者に接触する試みを自粛しなくてはならない。参加者と改めて接触する場合は(さらに情報を集める必要性が生じた場合など)、倫理委員会の承認が必要であり、試料の収集を担当した元の研究者か現在の保管者を介して、その裁量に従って接触する必要がある。公開されたデータから個人、家族、グループを特定してはならない。

2.5 データの共有

    研究用の試料群は、関連するデータすべてと一緒に保管され、全ユーザに適しているとして利用が可能であれば、その価値が極めて高くなる。試料群の保管者は、出版または他者に競合するために十分な期間が与えられた排他的利用期間の後、発生したデータすべてのコピーを試料保管者に提出することを試料利用の条件とすることが推奨される。もちろん秘密保持とデータ保護の条件を遵守しなくてはならない。試料群を複数のユーザのための資源として管理する場合、このようなデータ共有は必須条件である。

2.6 同意

    GMCのガイドライン「患者の同意取得:倫理的検討事項(Seeking patients’ consent: the ethical considerations)」には、研究に対する同意を求めることについての勧告が記載されている。組織試料を研究に使用することに対する同意を得る場合、試料がその後、その時点では予測できない新しい実験にとって有用となり得るという事実を考慮することが重要である。したがって、試料収集の目的が確実に1つである場合以外、保管及び将来他の研究に使用することについての同意を得る必要がある。新たに集めた資料を単一の具体的な研究のみのために使用することについての同意を得た場合は、その試料を再度使用できるのは、その研究の結果を立証する目的で使用する場合に限られる。本来の目的では必要なくなった場合、その試料は廃棄しなければならない。詳細の決まっていない研究のために同意を得る場合、参加者に自身の試料を使用して行われる研究の種類と、その研究が参加者に及ぼし得る影響について理解させることが重要である。特定のプロジェクトのために集められたが、同時に将来の使用に備えて保管される試料については、提供者が最初に、すでに予定されている具体的な実験についての同意を求められ、 次に、保管して何らかの種類の研究に将来的に使用することについてのより広範な同意を求められるという2段階の同意プロセスを踏むことを推奨する。将来の研究で参加者の診断記録にアクセスする必要性が発生しそうな場合は、患者の診断記録を利用することに対する同意も得る必要がある。試料の全使用を、提供者から得た同意に準拠させるのは保管者の責任である。

    一般の人々の遺伝学的研究に対する特別な意識を、常に考慮しなくてはならない。性格や知能に関連する問題など、特別な問題を引き起こしている遺伝学的研究がある。とくに懸念を引き起こしそうな研究分野における試料の使用には、特別な同意が必要である。

    研究のための同意を求める場合、参加対象者が理解できる形式で情報を提供する必要がある。書面による情報を理解する能力の欠如が問題となる場合は、音声記録した情報を使うことが推奨される。参加対象者が英語を話さない場合、通訳者には、研究計画の目的を適切に説明するのに十分な科学的および医学的問題への理解力が要求される。リーフレットは、その分野の専門知識を有するものが翻訳しなくてはならない。

    小児(5.3参照)や、永久的または一時的に精神に支障をきたしている結果、同意を与えることができない者(5.4参照)に対する研究の場合、特別に検討が必要となる。これについてのMRCの手引きは、別の刊行物4で詳細に述べられている。また、研究倫理委員会のためのガイドライン、王立内科医大学および王立小児科大学(Royal College of Paediatrics and Child Health)の発行するガイドランもある(付録2参照)。研究者は、自身で有効な同意を与えることができない成人の研究に関与したい場合、その看護人あるいは親戚の同意を得る必要があり、また、英国の法律には、別の成人に代わって同意を与えるものについての条項がないことを認識しなくてはならない。一時的に同意を与えることができない状態にある人から研究用の試料を入手する場合、能力回復時に研究についての全情報と、同意するあるいは同意の撤回をする機会が与えられなくてはならない。

    同意書のサンプルと同意を得る過程で検討すべき全課題の要約を付録3に載せた。

2.7 情報のフィードバック

    研究の過程で行う組織試料を使ったテストにより、提供者の将来の健康や健康管理に影響がある、または提供者の利益に影響がある情報が明らかになることがある。研究プロジェクト開始前に、こうした事態が発生した場合の対処法を決めておくことが重要である。研究者は、案件ごとにどの情報に重要性があるかを判断する適任者は、関連する個人ではなく自分たちであると決めてかかることに慎重でなくてはならない。たとえば、人生の大切な決定を行う際に自分の将来の健康に関する予測情報を考慮したいと考える人もいるし、実証された医学的重要性がないにしても、研究の結果を知りたいと考える人もいる。研究者は、患者には自分の利益に影響を及ぼすことが明らかな情報を知る権利があるが、この権利を行使しないことを選択することもあると考えるべきである。参加者に研究結果のフィードバックを望むか望まないかの決定を求める際は、参加者に、知ることの利益は何かを判断させ、根拠のある選択をさせるために十分な情報を与える必要がある。研究者は、情報のフィードバックに関する方針と、研究結果が個人に漏洩する可能性があるかどうかを研究の開始時に決めておく必要がある。その内容は、倫理委員会への提出書類の中で詳細に説明しなくてはならず、また、研究参加者が研究への参加に同意する前に、採用する方針について参加者に説明する必要がある。

    匿名化した試料を使って得られた研究結果は、個人提供者の利益に影響を及ぼすことはなく、フィードバックはできない。一方、試料と個人のつながりを完全に絶ってしまうと、たとえばフォローアップデータの追加や研究結果の確認を不可能にするなどにより、研究の価値を著しく低下させる可能性がある。試料を匿名化するかどうかを決定する際に研究者が考慮すべきことは、予想できる研究結果の性格、参加者についてのフォローアップ情報を入手することの重要性、最初に得られた同意および、さらに同意を得ることの実現可能性である。また、必要に応じたカウンセリングや臨床治療につながるフィードバックを行う研究者自身の能力についても検討が必要である。匿名化には様々な方法がある。試料は最初から完全に匿名化することもでき、最初の研究が終わった後に匿名化することもできる(後者については、2次的研究に使用される前に匿名化する方法と、特定の研究に使用される場合にかぎり、その前に匿名化する方法がある)。

    2.7.1 遺伝学的研究に関連した具体的な課題

      遺伝学的研究は、検査結果のフィードバックに関連した特有の問題を引き起こす。参加者は、遺伝情報が家族に及ぼし得る影響、家族の関係に及ぼし得る影響、また遺伝子の危険情報が保険の取得能力に及ぼす影響について忠告を受けなくてはならない。研究の目的で入手したほとんどの遺伝情報の予測値が不確かであることも問題となる。既知の臨床値あるいは予測値の遺伝子テストを、特別に同意を得ずに個人とつながる可能性のある試料を使って行ってはならない。遺伝子テストに関する諮問委員会の研究倫理委員会に対する手引きで、遺伝情報に関連したフィードバックについての詳細な勧告を行っている。

    2.7.2 偶然発見された研究結果

      個人と結び付く研究結果に直接臨床的な重要性がある場合(たとえば治療が必要な深刻な健康状態が明らかになった場合など)、それに関与した臨床医には、研究参加者にそのことを直接、あるいはその研究参加者の治療にあたる臨床医を通じて知らせる明確な義務がある(治療にあたる臨床医には必ずそのことを知らせなくてはならず、参加者には、こうした事態が発生することを知らせる必要がある)。一般に、研究所における品質管理基準は、臨床テストの基準とは異なるため、研究結果だけを診断の唯一の根拠としてはならない。研究参加者やその臨床医には、できれば臨床診断を行う研究所による、反復テストまたは確認テストを受けるよう勧告する必要がある。国民健康保険により確認テストが受けられない場合、診断をその研究室で立証する必要がある。

    2.7.3

      研究結果を個人ベースで参加者にフィードバックすることが適切であるかどうか、適切であればどのような状況であれば適切であ るかについては、一致した見解はない5。多くの場合、研究結果の臨床的な重要性や予測値は、少なくとも最初は明らかでないため、フィードバックすべき価値のある個人データ は存在しないと考えられる。研究上の仮説が臨床的事実になる時点を明確に定義することは難しい。試料収集時に特定の研究プロジェクトについての同意を求める際は、患者にとって重要な結果が出る可能性がある場合はそれについて説明をしなくてはならず、状況に応じて個人の結果のフィードバックを受け取る機会を与えなくてはならない。この申し出を最初は断った場合でも、患者が自らの意志を変える(たとえば連絡先など)ことができるシステムがなくてはならない。個人の結果をフィードバックする研究者には、その参加者に結果の重要性を説明し、必要ならばカウンセリングを受けることを勧告する心構えが必要である。

      すべてのケースに当てはまるわけではないが、研究参加者に、自らが提供した試料を使って行った研究プロジェクトの結果全般の報告を受ける機会を与えることはよい慣行である。参加者に報告するには、ウェブサイトに研究結果についての情報を載せる方法や会報を受け取る機会を与える方法がある。研究結果の臨床的な重要性が試料入手からある程度期間をおいて明らかになる場合や、2次的研究の結果が提供者の利益に影響を及ぼす可能性のある場合は、そういったシステムを利用して、重要性のある結果があることを提供者に知らせ、提供者が望んだ場合は、個人にフィードバックや助言を受け取る機会を与えることが望ましい。

      試料が、後に2次的な研究に使用される可能性がある場合、参加者に、参加者の利益に影響を及ぼすかもしれない個々の結果を求める機会を与えるシステムを用意する必要がある。しかし、情報を求める義務は、情報提供に事前の策を講じた研究者ではなく、患者が負うものとしてもよい。2次的研究の研究計画と、参加者に結果をフィードバックする取り決めは、倫理委員会の承認を受けなくてはならない。この場合、その試料群の収集を監督した委員会であることが望ましい。ある試料群からの試料を他の研究者と共有する場合、結果をフィードバックするかどうかを決める責任は試料群の保管者にある。

3. 新規の試料群

3.1 保管

    MRCの資金提供により新たに集めたヒトの生物学的物質の試料群については、研究者および研究者が在籍する機関は、(プロジェクトの進行中およびプロジェクトが終了した後の)試料群の保管と使用の管理のための具体的な取り決めについて、資金提供が行われる前にMRCと合意していなくてはならない。大規模なマルチセンターの試料群および始めから研究資源を目的とした試料群については、MRCはその正式な保管責任を保有したいと考える。他の組織と共同で資金提供した試料群については、保管についての取り決めはその資金提供した組織との交渉で決定する。MRCの考えでは、試料群の保管には、元のプロジェクトの資金提供が終わった後の試料群の処理を決める権利だけでなく、プロジェクト後の維持に伴う資金を提供する義務も伴う。MRCは、試料群の毎日の管理責任を、研究プロジェクトの研究者とその機関に委任することになる。規模の小さい試料群や特定の研究プロジェクトのために集められた試料群については、一般に、その保管責任は、研究にあたる機関にある。中央バンキング施設がある場合は、資金提供の条件として、研究者は試料を分割してその一部を中央バンクに提供しなくてはらないという条件を設定することもある。この場合、もちろんこうした方法で他の研究者と試料を共有することに対する同意が必要である。

3.2 利用管理

    試料群利用の管理に関する具体的な取り決めについて、収集が開始される前、かつMRCの資金提供が行われる前に、すべての当事者(試料の収集に関与する臨床医、資金提供者、補助金保有者)間で合意しなくてはならない。試料の最適な使用を促進する義務は、組織試料群の保管者にある。一般に、このことは、元のプロジェクトの要求が満たされた後に、他の研究者に試料に近づくことを許可する役割を意味する。試料の供給量に限りがある場合、利用要求に優先順位をつけるための分かりやすい取り決めが不可欠となる。特定の研究プロジェクトのために集めた試料群の場合、一般に、その試料群を集めた研究者が優先的に利用でき、最初の研究の存続期間中、その試料群の使用を管理する権利を持つことが適切である。大規模な試料群や、始めから複数のユーザが利用する資源として用意した試料群の利用要求については、管理委員会が取り扱うことが望ましい。管理委員会は独立した議長を持ち、独立した委員が存在することが望ましい。利用の基準については、最初に合意しておく必要がある。たとえば、研究案は、科学的品質を確保する手段として同じ分野の学者による審査にかけ、試料および対応するデータが委員会の承認した目的のためだけに使用されることが望ましい。また研究者は、すべてのデータを共通のデータセットにすることに同意する必要がある。試料配布の正確な記録を保管しなくてはらなず、ユーザは、必要以上の物質は返却するか廃棄しなくてはらなず、余った物質を別の研究に使用することや第三者に譲ることは許されない。また、試料群を使用した研究について説明する論文は、発表する前にすべてコピーを管理委員会に提出しなくてはならない(ただし、管理委員会には論文の発表を遅らせる、あるいは認めない権利はない)。

3.3 同意

    一般に、GMCのガイドラインで述べられているとおり、書面による同意書を入手する必要がある。しかし、書面による同意書の入手が不可能な例外的状況もある。そのような場合は、倫理委員会による、書面による同意書を入手しなくてもよいという裏付けが必要である。ただし、書面による同意書が、慎重な説明の代わりとみなされるわけではない。書面による同意書は、研究についての説明がなされ、同意が求められたことを文書で証明する手段にすぎない。署名した同意書と患者の情報のリーフレットは、将来参照できるようにファイルに保管しておかなくてはならない。研究の実施中にリーフレットに変更があった場合、改訂版ごとに番号を付けて保管し、変更実施日について詳細に記録する必要がある。

    最初のプロジェクトで試料を使いきった場合や試料を保存できない場合以外は、研究者は、試料を保管して、種類を広範に定義した研究に「2次的に」使用する可能性があることについて同意を得ることが強く推奨される。貴重な試料をより効率的に使用できるようにすることの利点を提供者に説明しなくてはならない。提供者には、試料の今後の使用について、行われる研究の種類、研究する病気の種類、その研究が提供者個人に及ぼし得る影響を説明する必要がある。試料が匿名化される場合を除き、たとえば「その他の医学的研究」といった用語を使って、無制限の包括的同意を求めることは倫理的に受け入れられない。将来、遺伝学的研究が行われる可能性がある場合は、そのことを今後行われ得る研究の説明に加えなくてはならない。参加者には、そのような2次的使用はすべて倫理委員会の承認を受けることが保障され、かつ、病気を診断あるいは予測するために、参加者個人に結び付けられる試料を使って既知の臨床値の遺伝子テストを実施する場合は、実施の前に参加者に明確な同意が求められることが保障されなくてはならない。2段階の同意プロセスを用いる場合は、参加者には、すでに予定されている研究プロジェクト以外での試料の使用を認めない選択が許されなくてはならない(付録3参照)。

3.4 倫理委員会による助言が必要となる場合

    試料収集時には予定されていなかった、具体的な同意がまだ得られていない新規の研究については、すべて倫理委員会の承認が必要となる。また、地域の倫理委員会が、独立の助言を与えることができる場合がある。たとえば、臨床的に意味のある予期しなかった発見をフィードバックすべきかどうかについての助言、論争を引き起こし得る既存データの再分析についての助言、あるいは研究結果全般のフィードバックについての助言などがこれにあたる。

4. 既存の試料群.

4.1 保管、管理、利用

    古い試料群では、その試料の保管や利用の管理についての具体的な取り決めがない場合が多い。そのため、研究者が退職した場合や別の仕事場に移った場合、あるいは試料の使用をめぐって意見の不一致が生じた場合に問題が起こることが考えられる。研究者が試料を別の場所に動かしたいと考える場合は、現在の機関と将来の機関の合意を得る必要があり、できれば試料群の提供者にも相談することが望ましい。研究者は退職するが、試料は保持するという場合は、その機関もしくは部門は、必ず将来の維持と管理についての取り決めをしておく必要がある。既存の試料群の保管者は、試料群の最適な使用を確保することが推奨され、また、すでに得ている同意と矛盾がなく、秘密保持義務が守られている限り、状況に応じて他の研究者による利用を認めることが推奨される(2.4参照)。

4.2 古い試料を使うことができる研究

    ヒト試料群の中には、高い価値があるにもかかわらず、単一の研究プロジェクトでの使用に対する同意しか得られていない、ある いは取得した同意の記録内容が十分でないものも多い。一般に、既存の試料群は、試料がコード化または匿名化されており、その物質の提供者を個人的にまたは集団として害する可能性がない場合、研究に使用することができる6。研究者は、試料が非道徳的にまたは不正に入手したものでないことを確認し、また、研究に使用することに対する有効な同意があったことを確認しなくてはならない。HUGO倫理委員会の「DNA試料の使用:管理と利用についての声明(Statement on DNA sampling: control and access)」には、保存した試料に基づく遺伝学的研究の実施が許される状況についての規定がある。この規定によると、遺伝学的研究に使用できるのはコード化した試料である。MRCの考えでは、既知の予測値についての遺伝子テストの場合や、既知の遺伝性の病気についての確かな情報をもたらす遺伝子テストの場合は、とくに同意を得ない限り、テストの前に試料を完全に匿名化しなくてはならない7。提供者が死んでしまっている場合でも、遺伝子テストの結果は、残っている親戚に影響を持つ場合がある。入手される遺伝情報の予測値が未知である場合は、確実にコード化した試料を使った研究であれば許される。ただし、試料を完全に匿名化しない確固とした科学的根拠がある場合に限る。

4.3 新たに同意が必要となる場合

    参加者から新たにデータを集める場合は、同意も新たに求める必要がある。試料を最初に入手した時点で診断記録へのアクセスについての同意が得られていない場合は、参加者の診断記録にアクセスすることに対する同意を求める必要がある。参加者に接触することが不可能な状況や何らかの倫理上の理由によりそうすることが望ましくない状況も考えられる。そいういった場合は、同意を得ずに参加者の診断記録にアクセスすることに対し、倫理委員会の承認を得ることが必要である8

4.4 倫理委員会による助言が必要となる場合

    MRCは、最初に同意を得た時点で、またはそれまでの倫理委員会への提出物の中でとくに述べられていなかった新しい研究すべてについて倫理委員会の承認が必要となると考える。これは、提供者の利益を守る重要な手段である。参加者の同意を得ずに参加者の診断記録にアクセスする場合も、倫理委員会による承認が必要である。同意を得ずに参加者の診断記録にアクセスすることが認められるのは、その研究が科学的に重要な意味を持ち、他に現実的な代替策がなく、かつ秘密性の侵害が最小限に抑えられるという条件が満たされる場合である9

5. 特殊な状況

5.1 海外から入手した試料

    海外からヒトの生物学的物質の試料を入手する場合、研究者はその試料が道徳的な方法で入手したものであることを確認しなくてはならない。研究者は、試料を提供する臨床医から、その試料が本ガイドラインの他、その国で適用されるガイドラインに準じて正式な同意とともに入手したものであるという保障を得る必要がある。最近作成されたナッフィールド倫理協議会の社会発展の研究について議論したドキュメントで、この倫理問題を重点的に扱っている。

5.2 胎児および胎芽の組織

    胎児の組織の使用に際しては、Polkinghorne報告書の勧告に準じて行う必要がある。この報告書では、治療目的の中絶から組織を入手する場合、中絶自体の意志決定と、それにより生じる組織の使用についての意思決定は明確に区別しなくてはならないと規定している。妊娠中絶の意思決定が、それにより生じる組織が研究に使用される可能性があるという事実を考慮して左右されることがあってはならない。したがって、中絶により生じる組織の使用は、特定のプロジェクトで使用するためではなく、研究一般に使用するための同意を得る必要がある状況である。こうした正しい意思決定の区別を行うために、MRCは、胎児の組織を使用する必要がある研究者に対し、MRCが資金提供する確立された組織資源からの入手を推奨している。体外受精の結果生じる着床前の胎芽に関する研究については、ヒト受精胎生学当局(Human Fertilisation and Embryology Authority)の承認を受けなくてはならない。

5.3 小児

    小児に関する研究についての詳細な倫理上の手引きとしては、いくつかの資料がある(付録2参照)。

    親または保護者は小児に代わって合法的に同意を与えることができるが、小児に、提案内容を十分に理解する能力がある場合、同意を求められるのは親ではなく小児本人である。親または保護者の同意に基づいて小さな小児から生物学的試料を入手し、その試料を将来の研究に使用するために保存してあり、その小児との接触が続いている場合(たとえば長期的な研究の場合)、経緯を十分に理解できる年齢になったとき、その小児に、試料を研究で継続的に使用することについて同意を求めなくてはならない。研究を目的として、小児から入手した提供者を特定できる試料を使って、成人になって発病する病気の既知の予測値をテストしてはならない9

5.4 同意を与えることができない成人

    MRCの小冊子「精神的無能力者に関する研究の道徳的実施(The ethical conduct of research on the mentally incapacitated)」では、同意を与えることができない人を研究対象とする場合に満たすべき条件について詳しく説明している。本人に反対の意思があってはならず、また反対の意思があるように見えてはならず、地域の倫理委員会が認める、情報を与えられた独立の人が、本人の幸福と利益が適切に保護されているということに同意しなくてはならない。損害の危険は(治療目的ではない研究では)低くなくてはならず、また、発生し得る利益がこれに優先しなくてはならない。また、そうした研究が個人の利害に反するものであってはならない。

    同意を求める際は、研究者は参加対象者に同意を与える能力があるかどうかを確かめることが重要である。精神の病気を患っているわけではないが、重大な病気や緊張などにより、試料入手時に意識が変容状態となっている個人や理解力が低下している個人がいる。こうした状況の下で得られた同意の有効性には疑問がある。有効な同意を与える能力が回復するまで試料の入手を遅らせることができない場合、参加者は、試料収集がかなり進行した後でも研究参加の辞退を申し出ることができなくてはならず、参加者が辞退を選択した場合、その試料は廃棄しなくてはならない。

付録1: 用語

    匿名化: 試料を提供した個人を特定できる情報とのつながりを完全に断った試料。試料を特徴づける他の情報については、個々の試料とのつながりが保たれることがある。

    コード化: 個人の秘密を守るために識別情報をコード化した試料。コードは解読ができるので、試料を提供した個人を特定することができる状態にある。コード化の安全の程度は様々である。

    保管: 提供者が与えた同意の条件に準じて試料の安全な保管と使用の管理を行う責任。保管には、試料に対する所有権の他、提供者の利益を守る責任も伴う。

    遺伝学的研究: 個人のゲノムを形成し、親から子に遺伝する可能性がある核、またはミトコンドリアDNAにおける変異の研究。

    遺伝子テスト: 特定の遺伝子、染色体、または遺伝子物質の存在、欠如、または変化を検出し、遺伝子に関する疾患についての診断情報または予測情報を得るテスト(遺伝子に関する疾患の診断には、必ず遺伝学技術を使用しなければならないわけではない)。

    組織試料群: 参照するために、または授業および将来行われる研究で使用するために保管しているヒトの生物学的物質の試料。

    既存の組織試料群: 本ガイドラインが実施される前に集められた組織試料群。

付録2: 参考文献

    Nuffield Council on Bioethics. Human Tissue, Ethical and Legal Aspects. 1995.

    Responsibility in Investigations on Human participants and material and on personal information.

    MRC Ethics Series 1992.

    Responsibility in the use of personal medical information for research; principles and guide to practice. MRC Ethics Series 199410.

    Statement from the Royal College of Physicians Committee on Ethical Issues in Medicine. “Research based on archived information and samples”. Journal of the Royal College of Physicians of London1999; 33:264-6.

    “Consensus statement of Recommended Policies for uses of Human Tissue in Research, Education and Quality Control - with notes reflecting UK law and practices prepared by a working Party of the Royal College of Pathologists and the Institute of Biomedical Science”. 1999.

    Advisory Committee on Genetic Testing. Advice to Research Ethics Committees. Department of Health 1998.

    Advisory Committee on Genetic Testing. Report on Genetic Testing for Late Onset Disorders.

    Department of Health 1998.

    The Human Genome Organisation Ethics Committee. Statement on DNA Sampling: Control and Access. 1998.

    Royal College of Paediatrics and Child Health. Guidelines for the Ethical Conduct of Medical Research Involving Children. 1999.

    The Ethical Conduct of Research on Children. MRC Ethics Series 1991.

    The Ethical Conduct of Research on the Mentally Incapacitated. MRC Ethics Series 1991.

    The Wellcome Trust. Guidelines for Issues to be Addressed When Considering Support for Collections of Human Samples. 1998.

    General Medical Council. Seeking patients’ consent: the ethical considerations. 1998.

    General Medical Council. Confidentiality. 1995(改訂中).

    Nuffield Council on Bioethics. Mental disorders and genetics: the ethical context. 1998.

    HMSO. Review of the Guidance on the Research Use of Fetuses and Fetal Material. 1989.

    Grubb A, “I, Me, Mine: Bodies, Parts and Property”. Medical Law International 1998; 3:299.

付録3: 同意を得る場合に検討すべき課題の要約と同意書のサンプル

    患者に配布するリーフレット作成の包括的な手引きが、マルチセンター研究倫理委員会を代表するワーキンググループによって作成されている。この手引きは、これらの委員会に申し込めば入手できる。この手引きでは、すべての研究の際に対応すべき一般的な問題について述べている。さらに、以下の具体的な問題を、インフォームド・コンセントを得る過程において、また、生物学的物質の試料が患者から収集される研究の場合に患者に配布するリーフレットを作成する上で対応しなくてはならない。リーフレットは、良質な情報提供の基本的な基準を満たさなくてはならない。


    1. 全試料対象

    * 試料は贈与物として取り扱われる。

    * 提供者には、試料を使った研究から生じ得る利益を共有する権利はない。

    * 試料の保管責任者(研究を行う機関または資金提供者)。

    * 研究で使用される個人情報。

    * 提供者の秘密を守るための取り決め。

    * 研究により、臨床上直接的に関係する情報が明らかになった場合は、この情報はフィードバックする。

    * 個人の研究結果のフィードバックまたは個人の研究結果へのアクセスについての取り決め、および研究結果の患者への報告についての取り決め。

    * 必要に応じた診断記録へのアクセスに対する同意。

    * 必要に応じた遺伝子テストに対する具体的な同意。

    2. 試料が2次的な使用のために保管される場合

    * 試料が使用される可能性のある研究の種類と研究する可能性のある病気。

    * 2次的な研究が提供者およびその親戚の利益に及ぼす可能性のある影響。

    * 2次的研究に関する情報にアクセスする手段(情報にアクセスすることが適切な場合)。

    * 2次的研究を行う場合は、倫理委員会の承認を受けなくてはならない。

    * 試料を他のユーザと共有することに対する同意。

    * 営利を目的とした使用に対する同意および商業分野との係わりによって発生し得る利益の説明。



[1] 器官、組織、体液、DNA

[2] “Report of the MRC Working Group to develop operational and ethical guidelines for collections of human tissue and biological samples for use in research”はMRCのウェブサイトwww.mrc.ac.ukで入手できる。

3 ただし、研究倫理委員会による承認は、秘密保持義務違反を求める訴訟に対する保証にはならない。

4 “The Ethical Conduct of Research on Children”および“The Ethical Conduct of Research on the Mentally Incapacitated” MRC Ethics Series, December 1991.

5 MRCは、このデリケートな分野の議論の経緯を見守っていく予定であるが、その見解は、現行の検討および研究の結果、進展するものと思われる。

6 “Research based on archived information and samples”王立内科医大学, 1999

7 この原則は、遺伝子テストに関する諮問委員会による倫理委員会に対する手引きで詳しく述べられている。

8 “Personal Information in Medical Research” MRC Ethics Series (作成中)

9 遺伝子テストに関する諮問委員会のReport on Genetic Testing for Late Onset Disorders 1998.

10 現在改訂中。“Personal Information in Medical Research”として再発行される予定。


(翻訳:三井情報開発株式会社)