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2023年9月4日(月)

私たちが闘う“理由” 中国・言論統制と若者たち

私たちが闘う“理由” 中国・言論統制と若者たち

「中国を愛している。少しでも変えたい…。」若者は胸中を明かしました。ゼロコロナ政策などに対し、白い紙を掲げ反対デモを展開した若者たち、いわゆる“白紙世代”。中国で一部の若者が姿を消したり、脅迫を受けたりする事態を問題視し、海外から祖国の言論統制に異を唱えています。しかし、若者たちは海外に渡っても“圧力”に直面していました。身の危険を感じながらも、声を上げ続ける理由とは―。知られざる若者たちの闘いに迫りました。

出演者

  • 城山 英巳さん (北海道大学教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

中国・言論統制と若者 私たちが闘う“理由”

桑子 真帆キャスター:

言論統制が強まる中国。例えば、先週中国のSNSに投稿された「福島で排出されるトリチウムの年間総量は心配するに値しない」という書き込み。原子力の専門家を名乗る人物のアカウントでしたが、投稿後すぐにコメントは削除され、アカウントも閉鎖されました。

今の中国社会では監視が厳しいため、政府と異なる考えを持っていても声を上げにくい状況になっているのです。そうした中、中国を逃れ、海外からおかしいものはおかしいと意見を発する若者たちが増えています。

私たちはそうした、いわゆる「白紙世代」の若者たちに9か月密着。危険を冒しても危険を覚悟しても祖国を変えたいという強い思いが見えてきました。

世界各地で声を上げる“白紙世代”

2023年2月、東京・渋谷で行われていたデモ。中国人留学生の盧家煕さんです。

白紙運動以降、中国では政府によって拘束され、今も行方が分からない若者たちがいることを知ってほしいと訴えていました。

盧家煕さん
「たくさんの若者が逮捕されました。今もまだ(一部が)釈放されていません。こんなことは絶対に許せません。白い紙を掲げて声を出しただけの人に、何の罪があるというのでしょうか」

盧さんが日本に来たのは、2022年4月。中国の両親からの仕送りで暮らしながら日本で大学入学を目指しています。

ディレクター
「海外での1人暮らしはさみしくないですか?」
盧家煕さん
「最初は日本語が分からず友達もいなくて、さみしかったです。でも、住んでみたらいい所ですね」

身元を明かしてデモを行う盧さん。なぜ実名で活動するのか。私たちの問いに「姿をさらした方が身の安全を守れる」と語りました。

そして取材の中で見せてきたのが…

活動に参加するようになって以降、中国大使館の職員を名乗る人物から電話がかかってくるようになったといいます。

大使館職員を名乗る人物
「誰が主催していますか?あなたが主催者ですか?目的は何ですか?」

さらに、警察の関係者を名乗る人物からも。

警察関係者を名乗る人物
「こんにちは、盧家煕さん。外国では自分を大切にしなさいと言っているでしょう。勉強しなさい。自分を大切にしなさい」
盧家煕さん
「表面上は礼儀正しいですが、実際には警告です」

活動のきっかけは2022年。中国や海外で広がった、あの「白紙運動」だといいます。盧さんも東京で参加していました。

抗議の声が各地で高まると、中国政府はゼロコロナ政策を大幅に緩和。「声を上げれば政府も変わる」。この時、盧さんは希望を感じたといいます。

しかしその後、ある出来事が。

盧家煕さん
「中国の検索サイトで白紙革命で調べても、何も出てきません」

中国政府が白紙運動に関する情報を遮断。そして、中国国内で声を上げた若者を次々と拘束し始めたのです。

盧家煕さん
「中国国内で抵抗するのはとても難しいことです。抗議すれば、あすにも逮捕されるかもしれず、非常に危険です。でも海外では、きょうだけでなく、あすもあさっても声を上げ続けることができます。本当は中国に帰りたいけど、しばらく帰っていません。いつか帰れたとしても全て変わっているでしょうから、ふるさとを思い出すと悲しくなります」

白紙運動以降も声を上げ続ける動きは世界各地に広がっています。

オーストラリア有数の名門校シドニー大学。中国人留学生のアーロンさん(仮名)、23歳です。

アーロンさん(仮名)
「コンピューターサイエンスと生物化学を勉強しています。医薬品の開発がしたいです」

もともと物静かな性格でしたが、白紙運動をきっかけに初めて声を上げるようになったといいます。

習近平主席を風刺する着ぐるみをかぶるアーロンさん。「自由な発言を許さない」など強権的な政治に対し、抗議の意思を示してきました。

アーロンさん(仮名)
「とても暑いよ。きょうは20度以上。シドニーの日光はすごく強い。」

支持する仲間もできた一方で、抗議をやめさせようとする同じ中国からの留学生もいました。

中国人学生
「本当にばかだ。帰れ、撤去しろ」

さらに。

中国人学生
「あなたたちがどう感じているか分からないけど、これは私たちを完全に侮辱しています」
アーロンさん
「なぜ?」
「共産党のことで中国のことじゃない」
中国人学生
「あなたは言論の自由というけど、私の信じていることを侮辱している」
「なら、あなたも看板を作れば」
アーロンさん
「では習近平が皇帝になりたいと思うことについてはどう思いますか?」
中国人学生
「聞いてください。それは本当に問題ではありません。証拠はあるんですか?証拠もなく思い込んでいるだけです。私はここで顔を出して話せる。でもあなたは顔を隠している。顔を出す勇気がない。よくないことをしているからだ」
アーロンさん
「勇気あるぞ。(着ぐるみを)取ったぞ」
中国人学生
「僕は共産党の支持者だから彼を批判しています。中国は改革開放によって経済が急成長しました。彼1人の活動で、今までの功績を帳消しにしてはなりません」
アーロンさん
「共産党はいいこともしたけど、よくないこともしました。人民には党をチェックする権利がなく、中国の体制は人々のためではありません。私は中国がよくなるためにやっています。共産党は好きじゃないけど、中国を愛しています。中国の大地と、そこに生きる人々を愛しています」

「今、電話大丈夫?」
アーロンさん
「大丈夫」

「ご飯は食べた?」
アーロンさん
「食べたよ」

「お母さんが言いたいのは…活動に参加しないでほしい。ちゃんと勉強して」
アーロンさん
「勉強はしたいよ。科学が好きだから研究に集中したい。でも(中国の)社会が腐っている」

「息子よ。あなた一人の力では何も変わらないのよ」
アーロンさん
「自分の力を尽くして少しでも変えたいんだ。お母さん、本当に申し訳ないです」

日本で声を上げている盧家煕さん。自分を取り巻く状況に異変が起きていると語りました。

盧家煕さん
「中国の銀行口座を止められました」

説明もなく突然、銀行口座が凍結され、親からの仕送りを受け取れなくなったというのです。

ディレクター
「今のあなたは、とても危険な状況にあると分かっていますか?」
盧家煕さん
「僕は…」
ディレクター
「あなた自身のためにもデモに行かない選択もあるんじゃないですか?」
盧家煕さん
「考えたけど、活動には意義があります。今やめたら諦めたと思われ、みんなを裏切ることになります」

中国の家族が実際に圧力を受けるケースも出ています。

大阪の日本語学校に通う李萍さんは、SNSを通じ、中国社会に対するみずからの考えを発信しています。

李萍さん
「意見を持つことは国への最大の愛情です。希望を抱くからこそ声を上げるんです」

この日は、中国でタブー視される天安門事件の追悼集会への参加を呼びかけていました。

X(旧 Twitterより)5月31日投稿 李萍さん
「(天安門事件で)中国の民主主義と自由のために犠牲を払った人は記憶されるべきです」

34年前の6月4日に起きた天安門事件。言論の自由や選挙制度の導入などを求めたデモが武力で鎮圧され、大勢の死傷者を出した事件です。

集会の呼びかけから2日後、李萍さんに異変が。

X(旧 Twitterより)6月2日投稿 李萍さん
「きのう、私は大阪でのイベントの中止を発表しました。とても大きな圧力を受けたためです」

いったい何があったのか。集会への呼びかけを行った直後、家族や親戚が中国当局によって連行されたと明かしました。


「日本で活動に参加しないで」
李萍さん
「どうしてだめなのか教えて」

「天安門事件はあなたと何の関係もないでしょ。活動を続けるなら私は死んでしまうわ」
李萍さん
「直接家族を脅迫するなんて思いもよりませんでした。家族が巻き込まれ、心が痛みます」

広がる抗議活動 背景に何が

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、中国の政治や現代社会に詳しい城山英巳さんです。今回番組で取材したディレクターによると、天安門事件以降ここまで多くの人が中国政府を批判することは考えられなかったということです。どんな印象を持たれましたか。

スタジオゲスト
城山 英巳さん (北海道大学教授)
中国の政治・現代社会に詳しい

城山さん:
習近平体制になってから言論統制がどんどん強まっていく中で、これだけ大きな習近平体制に異を唱える抗議活動が全国一斉で行われたというのは本当に異例なことだと思います。

桑子:
その背景にどういうことがあるのでしょうか。

城山さん:
やはりいちばん大きかったのは「ゼロコロナ政策」だと思います。ゼロコロナ政策の中で非人道的かつ理不尽なことがたくさん行われるわけですが、それを中国の一人一人が身近な問題として捉えて「自分が今、声を上げなければこの国は変わらないんだ」という意識を、社会に対する意識を強めた結果だと思います。

桑子:
中国の言論統制。習近平氏が2013年に国家主席に就任して以降、強化の一途をたどっています。

ご覧のように、立て続けに法律が施行され、2023年7月1日に施行された改正反スパイ法では、改正前は「国家機密」に関する情報の提供などがスパイ行為とされていたのが、改正後は「国家の安全と利益」に関わる情報も含まれることになり、スパイ行為の定義が広がったのです。
城山さん、なぜここまで習近平政権というのは言論統制を強めるのでしょうか。

城山さん:
ひと言で言いますと、アメリカ、日本、ヨーロッパの民主主義国の価値観、影響力ですね。そういうものが中国国内に入ってきて、それが中国国内の民主派の人たちとつながって、政権が動揺する事態を恐れているからだと思います。

桑子:
こうした中で今、中国の若者が海外で声を上げる事態になっており、その1つに日本もあるということで日本はどういう存在になっているのでしょうか。

城山さん:
日本はアジアの民主主義の大国として海外で声を上げる人たちにとってみればすごく自由に物事を発信できる、声を上げられる拠点になっているのだと思います。

桑子:
他に香港や台湾という選択肢もある中でどうしてでしょうか。

城山さん:
香港はご存じのとおり、2020年に香港国家安全維持法ができまして、これまでデモとか表現が自由に保障されていたわけですが、これがかなり締め付けられて自由にものが言えなくなった。つまり自由に発信することが出来なくなったわけです。
台湾も2024年の総統選などを控えて中国との距離感を巡って極めて不安定な状況にある。そういう中で人やものが行き交う、自由に行き交って情報も行き交う、そういう日本の位置づけが彼らにとってみれば大きく評価される事態になっていると思います。

桑子:
驚いたのが家族にまで影響が及ぶというところですね。

城山さん:
VTRを見させていただきまして、本当に悲痛な感じがしました。中国人は家族をすごく大切にするんです。お父さん・お母さんの気持ちを大切にするのですが、中国共産党は家族に圧力を加えて息子・娘の海外での行動を抑えようとする。これは彼らにとって、若い人たちにとってみれば親のことをつつかれるのは極めて痛いのですが、それを乗り越えて、それでも海外で声を上げようというのは本当に勇気ある行動であって私もすごく感動しました。

桑子:
一方で、たとえ海外であっても声を上げるのは安全ではなくなってきているのではないかという懸念もあります。その原因の1つが、海外で警察のような動きをするいわゆる“警察拠点”の存在です。

中国・言論統制の実態 海外“警察拠点”とは?

アメリカ・ニューヨーク。

チャイナタウンの一角にある雑居ビルの中に、中国の“警察拠点”の一つがあると見られています。

私たちは建物の内部に入りました。

取材班
「こんにちは、入ってもいいですか」
「きょうは誰もいません。中国の旧正月ですから」

この施設について、中国メディアは中国の運転免許の更新などを行う「公的サービスの出先機関」だとしています。しかし…

米ABC(4月17日)
「FBI(連邦捜査局)は、中国政府の代表として反体制派に嫌がらせや威圧的な行為に及んでいると指摘しています」

2023年4月、施設の運営に携わっていたとみられる男2人をアメリカ司法当局が逮捕。起訴状によると男2人は反体制派の監視を行うため、中国公安当局から指示を受けていた容疑がかけられています。

こうした施設は日本を含め「少なくとも世界53か国102か所に存在する」とスペインの人権NGOは報告しています。

一方、中国政府は“警察拠点”の存在を真っ向から否定。

中国外務省 汪文斌報道官
「“警察拠点”というものは根本的に存在しない。アメリカは在外中国人にサービスを提供する事務所と中国の外交官を悪意をもって関連づけた。根拠のないでっち上げだ」

アメリカ司法省が認定した“被害者”とされる人物に接触することができました。

被害者と認定された男性
「はっきり『お前を殺す』と書いています」

突然送られてきた殺害予告。3年前に中国のコロナ政策を批判する記事を執筆した、この男性。その後、脅迫やハッキングをたびたび受けてきたといいます。

被害者と認定された男性
「(“警察拠点”に対し)反発しなければ次は堂々と警察官を派遣し、中国人を逮捕し始めるかもしれません。各国でどこまでできるのか探っているのです」

若者たちの今後は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:

赤く示したところが国際人権NGOが報告した、中国の“警察拠点”がある国です。国際法上、海外で警察活動を行うことは許されていません。中国政府は存在を否定しているわけですが、これを見ると日本も含まれているわけですよね。どこまで実態というのは分かっているのでしょうか。

城山さん:
実態はよく分かっていないのが現実だと思います。ただ、海外で抗議活動を行ったりデモを行ったりする中国人に対する監視活動や、場合によっては連れ戻しなどを目指しているものだと分析することができると思います。

桑子:
目的はどういうことが考えられますか。

城山さん:
最近、中国の習近平国家主席がよく言っているのは「国家の安全」なのですが、究極的には「習近平の安全」がいちばん重視される事態だと思われるんです。

例えば習近平さんは海外によく訪問されますが、もともと国内でものが言えなくなり、迫害されて海外に行っている人たちが海外で習近平主席に対する抗議活動を行っているわけです。これをなんとか取り締まる。習近平主席が行ったときに反習近平の抗議活動が行われないようにしていくのが1つのねらいと読み解くことができると思います。

桑子:
海外で声を上げる若者が各地に広まっているわけですが、今後こうした動きがどうなっていくのか。

中国の若者たちの動き 今後は?
改正反スパイ法の影響も…
・在外中国人にも法律適用の可能性
・密告者増加のおそれ

城山さんが注目されているのは、7月に施行された「改正反スパイ法」です。考えられることは2つあるということで、1つは在外中国人にも法律が適用される可能性があるということです。そしてもう一つ、密告者が増えるおそれだと。

城山さん:
2つ目の密告者のほうがより深刻だと思うんです。「ウィーチャット」というSNSがあるのですが、そこで8月に国家安全省のアカウントが開設されまして、国家・国民全体を動員してスパイを摘発しようという宣伝が行われているわけです。その中で密告者、つまりスパイを摘発した人を、貢献があればそれを奨励する、表彰するようなことも書かれているわけです。そういう中で密告というものが出てくると思うんです。

例えば、デモの中に中国共産党とつながっている人物がいて、デモをしている若者に対して彼は外国とつながっているぞというふうに密告すれば、これがデモをする側にとって恐怖になる。いわゆるデモ活動を萎縮させる効果を共産党が狙っているんだと思いますね。

桑子:
城山さん、少しでも安心して活動ができる場所として日本に来ている若者がいる。私たちはどう向き合っていけばいいでしょうか。

城山さん:
日本は民主主義国として中国で迫害されて日本国内に来ている若い人たち、声を上げようとする若い人たちを温かく迎えるべきだと思います。ゼロコロナ政策を突きつけられてさまざまな問題が出ているわけで、こういうことに対して社会の中に声を上げている若い人たちとともに議論することによって、真の成熟した日中関係ができるのではないのかと私自身思っています。

桑子:
ありがとうございます。真の日中関係というお話がありましたが、国家間の関係性が変わっても一人一人の考え、そして人となりをしっかり見て、それから自分は関係をどう築いていくかを考えることが求められているのではないでしょうか。

“それでも声を上げる” 国境と世代を越えて

たとえ言論統制が強まっても、盧家煕さんには心の支えがあるといいます。

インターネットでつながる、世界各地の仲間の存在です。

カナダ在住
「今後、私たちは何ができるのか?常にみんなで考えていこう」

「天安門事件」が起きたこの日。世代を超えて祖国への思いを共有しました。

天安門事件当時の学生リーダー
「自由と真実の追求は人間の本質であり、誰も変えられません」
東京の“白紙世代”
「天安門事件の当時の人々の思いを今の若者に受け継がなくてはならない」
盧家煕さん
「私たちの声は必ず中国政府に届くはずです。中国人が必要としているのは人間として生きることです。人が言葉を失えば、ただの動物になってしまいます」
見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
2023年8月30日(水)

集団の“狂気”なぜ ~関東大震災100年“虐殺”の教訓~

集団の“狂気”なぜ ~関東大震災100年“虐殺”の教訓~

そこには“殺傷”に関する目撃証言が綴られていた―。関東大震災から間もなく100年。今年、存在が明らかになった当時の小学生の未発表作文集の中に、朝鮮人などの殺傷に関する記述が多数含まれていることが分かりました。当時何が?独自取材で迫りました。映画監督・作家の森達也さんは、かつて千葉県福田村で起きた日本人が朝鮮人に間違えられ殺害された事件に注目し、映画化に挑みました。なぜ集団はパニックに陥り残虐な行為は起きたのか。

出演者

  • 森 達也さん (映画監督・作家)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

“集団の狂気”はなぜ 関東大震災の教訓

桑子 真帆キャスター:

東京や横浜を中心に甚大な被害をもたらした関東大震災が発生したのは、ちょうど100年前。

ここは、その被害を後世に伝えようと昭和6年に建てられた「東京都復興記念館」です。展示されているおよそ400点の資料からは、家屋の倒壊や火災、そして混乱した町の人たちの様子などをうかがい知ることができます。

一方、国の報告書によると震災の犠牲者およそ10万5,000人のうち1~数パーセントに上るとされる朝鮮の人たちなどの殺害についての詳細を伝える内容は展示されていません。

こうした中、2023年、こちらの資料の存在が明らかになりました。当時都内の小学校に通っていた児童たちが、震災直後の町の様子をつづった作文およそ1,000点。当時、何が起きていたのか独自取材で迫ります。

関東大震災後の作文に…

東京・上野の小学6年生が震災時の体験を、よくとし記した作文です。

各地で火の手が上がる中、親類の家に避難した少年。地震翌日の深夜、ある情報を耳にしていました。


十二時頃 非常の太鼓が鳴り出した
青年団の人が『朝鮮人が放火しますからご用心して下さい』と言って歩きました
皆は驚いて青い顔をしていました

西町尋常小学校 6年 男子

今回存在が明らかになった作文を書いたのは、現在の墨田区や台東区などの7つの小学校の子どもたち。震災の被害が甚大な地域です。

その中で80人以上が朝鮮人について記述しており、後に国が事実無根と認めた流言、デマについてもつづっています。

地震の翌日、荒川の土手に避難していた小学6年生の少女は、行き交う人々がデマを信じ、警戒心を高めていく様子を作文に記していました。


まるで戦地にいるようでした
通る人通る人皆はちまきをして竹やりを持って
中には本当に切れる太刀を持って歩くのでした

横川尋常小学校 6年 女子

さらに、決定的な瞬間を目撃したという子どももいました。


橋を渡って一町ほど行くと
朝鮮人が日本人に鉄砲で撃たれた
首を切られたのも見た

横川尋常小学校 4年 男子

その実態は、震災の年の調査をもとにした公文書にも残されています。司法省の調査書などによると、民間人や軍、警察などがさまざまな方法で手を下していました。

根拠のないデマが拡散し、人々が凶行に及んだのはなぜなのか。

在日朝鮮人の歴史を研究 東京大学 外村大教授
「当時の日本人の意識がとてもよくうかがわれる資料。そういう意味でも貴重な資料だと思いますね」

専門家は当時の日本人が抱いていた朝鮮の人たちに対する「ある感情」が背景にあったと指摘します。

震災の13年前、日本は韓国を併合し、植民地化。その後、多くの朝鮮人が仕事を求めて日本に移り住むようになります。
一方で、朝鮮半島では植民地支配に対し不満や反発を強めた人たちによる独立運動が激化していました。その様子が国内にも伝えられ、日本人の多くが恐怖心を抱き、差別意識を強めていったといいます。

外村大教授
「植民地化反対の活動をしている朝鮮人のことを日本人は『暴徒』と呼ぶ。暴力的な連中だと。何をされるか分からないという潜在的な意識が広がっていったことが一般的に言える。それが震災後、受け入れる素地があるわけで、井戸に毒を入れているとか火をつけているというデマが起こったとき、それがどんどん広がることにつながっていった」

ある事件の教訓とは

震災直後の混乱の中で起きた虐殺事件。2023年、劇映画でその実相を描き出そうとした人がいます。

オウム真理教を内側から記録したドキュメンタリーなどで知られる、映画監督で作家の森達也さんです。映画で直視しようとしたのは、加害の歴史でした。

着想を得たのは千葉県、旧・福田村で朝鮮人と疑われた日本人が村人たちに殺害された事件。香川県から来ていた薬売りの行商団15人のうち、幼児や妊婦を含む9人が犠牲になりました。事件に関する記録はほとんどなく、地元・野田市の市史にも90年以上たつまで記載はありませんでした。

桑子 真帆キャスター:
今回、森さんは被害側ではなくて加害側を描くことを特に意識されたと伺っていますが、加害側を描こうと思われたのはどうしてですか?

映画監督・作家 森達也さん:
もちろんやったことは裁かれなければならない。それとは別に加害側も同じような人間であり、同じような感情があり、同じような営みがある。
いざ、ことが起きたときに僕たちはそれを忘れてしまう、加害側をモンスターにしてしまう。そのほうがわかりやすいんですよね。加害側は悪、加害される側は善、この構図にしておけばとりあえずは安泰だし、楽だし。
でも加害側にはやっぱり大きなメカニズムがあり、理由があり。だからしっかりと検証するのであれば、被害側ではなくて加害側ですね。

森さんがこだわったのは、事件の前の村人たちの日常を丹念に描写することでした。舞台となった福田村は、東京都心から30キロほど離れた農村地帯。映画では農作業や冠婚葬祭など、共同体意識の強い集落として描かれます。また、村の中では軍隊経験のある人たちで組織する「在郷軍人会」が大きな力を持っていました。

そんな村を襲った関東大震災。村には、甚大な被害を受けた東京などから多くの人が逃れてきました。すると都心で発生したデマが伝ぱ。村人たちは恐怖と不安に駆られていきます。その後、村では「自警団」を組織。人々が徐々に朝鮮人を取り締まろうと殺気立っていきました。

そこにやってきたのが、香川からの行商団15人。地震から5日後の9月6日。神社の前で一行が休んでいたその時、事件は起きました。言葉が違っていることなどから朝鮮人だと疑われたのです。

そのあとに起こった実際の殺害の瞬間を語った音声が今回、新たに見つかりました。事件の生存者が後年証言したものです。

福田村事件の生存者
「(村人が)雲霞のように集結してきました。日本刀を持ったり槍を持ったり竹槍を持ったり猟銃を持ったりして集まってきました。朝鮮人に間違いないからやってしまえと。確認もしないで。一人に15人も20人もたかってきました。血柱がばーっとあがって」

桑子:
普通の日常を送っていた村人たちが震災を境にどんどん暴走していくじゃないですか。それが描かれていて、なんで人ってあんなに暴走してしまうんだろうという疑問がわくんですね。

森さん:
キーワードは「集団」です。ひとりだったら、人がひとりで生活する生き物であれば、あんなことは起きないと思います。不安や恐怖を刺激されたとき、とにかく集団になりたがる。怖いですから。集団化が始まると異物を探したくなる。なぜなら異物を探した瞬間に自分たちは多数派になれるから、より強く連帯できるわけです。
ですから、この場合の異物って極論すればなんでもいいんです。肌や目の色が違う、言語が違う、イントネーションがちょっと僕らと違う。あるいは宗教が違う、なんでもいい、なんか自分たちと違う。

桑子:
それは自分を守りたいという心理?

森さん:
不安と恐怖が高まったとき、まずはもちろん自分を守りたい。自分の家族を守りたい、自分の同胞、親戚、友人、これがどんどん主語が大きくなって最後は国民とかになる、国とかになるんでしょうけど、それを守りたいと。
守りたいという気持ちはとても大切な本能ですが、結構くせ者で過剰防衛しちゃうんですね。こうやって戦争は起きるし、虐殺も起きるんだろうなと思います。

背景に“国とメディア”

集団化し、狂気に走っていった村人たち。背景に何があったのか。

事件の詳細を長年調べ続けてきた、ルポライターの辻野弥生さんです。

ルポライター 辻野弥生さん
「官民一体の責任だと思います。国からのお達しで自警団を組織したわけですから」

当時、全国の警察を所管していた内務省警保局の電報。地震から2日後に各県に宛てて発信されたものです。朝鮮人に関するデマを事実と見なし、厳しく取り締まるよう求めていました。その結果、各地で武装化したのが「自警団」。国が人々の警戒心を高める後押しをしたのです。

さらに、負の役割を果たしたもう一つの存在がメディアでした。テレビもラジオもない時代に、情報伝達の頼みの綱だった新聞。多くの紙面は飛び交ったデマの根拠も示さず、人々の不安や恐怖をあおりました。

福田村事件のあと、逮捕された村人たちの裁判についても調べた辻野さん。「国家を憂えてやった」など、法廷で自らの行為を正当化する主張をしていたことに驚いたといいます。

辻野弥生さん
「裁判では何かお手柄風に語っていますよね。人をあやめたという悪いことをしたということは、そういう気持ちは何もないんですよね。だから『国家を憂えて』でしょう。お国のためって。そのデマが本当とみんな信じちゃってるから、『国のお墨付き』だという気持ちがあったと思いますよね」

人々をあおった国やメディア。その危うさは現代にも潜んでいると森さんは指摘します。

森さん:
社会が集団化したときはメディアも集団化しているんです。だから、そこのなかで不安や恐怖を彼らがもってしまう。だから、その不安や恐怖をアナウンスしてしまう。さらに言えば不安や恐怖をあおったほうが視聴率が上がる、部数が伸びる、これは世界中どこも同じです。でも同時にそれだけでいいのか。本来ジャーナリズムとは何のためにあるのか。政治権力を監視するためにあるのではないか。弱者の小さな声を届けるためにあるのではないかという、そういう葛藤をしてほしい。

集団が“暴走”するとき 個人はどうあるべきか

集団が暴走するとき、個人はどうあるべきなのか。今回の映画で、森さんが自身の思いを重ねたのが、東出昌大さんが演じる渡し船の船頭・倉蔵です。同調圧力が強い村社会の中で集団に流されない存在として位置づけました。

事件の瞬間、倉蔵は村人の暴走を制止しようと最後まで立ちふさがります。役を演じた東出さんは、集団の中で個を保つ難しさを強く感じたといいます。

倉蔵役を演じた 東出昌大さん
「なんでこうなってしまうんだろうって、集団の狂気ってみんながよりよくしたいと思っているはずなのにそうなっちゃったのは、やっぱり何を責めていいかわからないという気持ちで倉蔵はいましたね」
取材班
「ご自身があの場にいたら、どんな行動をとっていたと思いますか?」
東出昌大さん
「わからないです。僕があの村に生まれ育ったらそれこそ差別意識もあったかもしれないし、村を守ろうとそれが当たり前だろうという集団心理に左右されていたかもしれない。わからない」

森さん:
集団が一斉に同じ振る舞いをするとき、少し周りと違う動きをする。それはちょっと大切な、ある意味で希望という言い方も大げさすぎますが、人間にはこういう可能性があるんだということは示したかったし、そうした意識を持つ人がいることは絶対救いになるし、それは映画の中でちゃんと、言ってみれば少しだけ芽が出てきた感じではある。その芽の部分をしっかり描きたいと思いました。
同時にこうなってしまっては、もうそういう人たちを止められないというその無慈悲なまでの集団のメカニズムもしっかり描きたいと思いました。

桑子 真帆キャスター:
どうやって自分は個であるか、これってすごく難しいと思いますが、これを保つためにどういうことが必要ですか。

森さん:
集団に帰属することは人間の本能ですから、それはどうしようもない。これは大前提です。そのなかで埋没しない。集団を主語にしない。大勢の人を主語、つまり、われわれとか僕たちとか私たち、あるいは集団の名称を主語にしてしまう。会社であったりNPOであったり町内会でもいいです。こうしたものは主語にしない。

桑子:
常に集団の考えていることに対して疑問をもつ、疑問符を投げかけるということですか。

森さん:
リテラシーですよね。集団のなかの情報は。それに対しても疑いの目を向ける。今のクローズアップ現代でこういうことを言っているが、これは本当にどうなのか、どこまでこれが正しいのか。そういうかたちで情報に対しては信じ込まない。多層的なんです。多重的で、多面的です。ちょっと視点をずらせば違うものが見えてくる。その意識をもつこと。それは僕はリテラシーの一番基本だと思っています。

“負の歴史”から 何を学ぶべきか

森さんは今、強い危機感を覚えていることがあるといいます。それは“負の歴史”への向き合い方です。

近年、ネット上では「朝鮮人の虐殺はねつ造だ」「自警団による正当防衛だった」などとする主張が見られるようになっています。
また、朝鮮人が惨殺された事態は史実であり、人災ではないかなどと認識を問われた小池都知事は、2023年2月、次のように答弁しました。

東京都議会 2月 小池都知事
「関東大震災に関して様々な内容が史実として書かれていると承知をいたしておりまして、何が明白な事実かということにつきましては、歴史家がひも解くものだと申し上げております」

東京都は、長年続けていた朝鮮人犠牲者の追悼文の送付を6年前にとりやめ、2023年も見送る方針です。小池都知事は、毎年9月1日に行われている大法要で関東大震災や大戦で犠牲になったすべての人々に哀悼の意を表しているとしています。

桑子 真帆キャスター:
負の歴史との向き合い方、今どういう風に森さんは考えていらっしゃいますか。

森さん:
人に例えればわかりやすいのですが、人って失敗とか挫折とか失恋して成長するわけじゃないですか。歴史は何のためにあるかというと、僕は失敗の歴史を学ぶためにあると思うんです。なぜこの国はこんな失敗をしたのか、なぜ自分たちはこんな過ちをしてしまったのか。それを学ぶことで国だって成長できるはずだと思います。本来であれば教育がメディアが、そして映画も負の歴史をしっかりと見つめなければいけない。反発がくるかもしれないとか、そうしたような不安や恐怖が先に立ってしまうとどんどん消えていってしまっている。これは本当に不幸なことで、負の歴史をしっかりと見てもらえればと思っています。


被害に遭われた方々に対しまして 謹んで哀悼の誠を捧げたい

野田市長

福田村事件が起きた地元、千葉県野田市。事件から100年がたった2023年、市長が初めて犠牲者に対し公式に弔意を表しました。

今回見つかった事件の生存者の肉声。その中には事件を忘れてほしくないという強い思いが込められていました。

福田村事件の生存者
「もうほとんどいないんじゃないでしょうか。知ってる方は。悲劇ですからね。こういうこともあったんだということをね、やっぱりわたし皆さんにもね、知って欲しいですね」

同じ悲劇を二度と繰り返さないと言えるのか。私たちは今も問われ続けています。

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