とおくの、おくの細道

読書して起こった現象を書き連ねます

8月25日 夢日記

もうこりごりだ。バスケ部をやめたはずなのに、なぜまたバスケ部の練習にいるのだろうか。やめよう。これっきりだ。この練習が終われば二度と顔を出すことはないことを皮膚に刻む。タトゥーのように。なかなか終わらない。終われ!と言っても終わらないのがこの世界の法則なのだと知る。私はフィールドからこぼれ落ちたボールを拾いにいく。そして、トスをする係だ。トスさえ満足にできない。このボールは鉛でできているのだろうか。私と相手方の空間に沈む。プレイヤーの手のひらに軽くトスしたいと望めば望むほどそうなるのだ。第二の法則。試合はなかなか終わらない。終われ!終わらない。終われ!終わらない。時計の針が強固に昼の3時を示している。Yのヘッドバンドは汗を吸う。頭も少しは締めつけられるのだろう。恐れ多い品だ。あんなものは上手くなくてはつけられない代物だ。Hは明日の試合に向けてみんなの分の弁当を作っている。あいにく私はいないつもりだ。いつもいつもHは弁当をみなに振舞った。私は申し訳なく稲荷寿司の甘い皮を飲み込むことが困難なほど喉がカラカラになった。観察する限り、終われ!と常々思っているのは私くらいだから。Hの作った滋養はまさか終われ!っという無駄な念力に変わっているとはまさか思いもしないだろう。もうこりごりだ。私は体育館の舞台に立って練習を見ているコーチに殴りかかろうとさえしている。モップやバケツを持った女バスの連中についていくと、体育館のトイレ掃除を言いつけられたらしい。一つ一つの個室をノックして、「ちわっす!失礼します今から掃除をやらせていただきます!」とWが言っている。壁や床には糞が投げつけられていて、こちらまで異臭が漂ってくる。思わず笑っている。個室には誰もいなかった。「コーチをやっちまわないか」とWにけしかけると、「は」と目玉を見開いた。彼女の額は味噌汁に浮かんでいる茄子の断面を想像させる。送別会でWは「練習が嫌で仕方がなくていつも行きの道に、馬鹿みたいだけど、本当に体育館に隕石落ちてこないかなと思ってました」と告白した。そして、コーチに手紙を渡すと何だこれと笑い出す。「なんで赤ちゃんの時の写真が貼ってあるんだよ」「あーそれは見せないでください!」と二人は笑った。思うことが似通うことはあるけれども、誰も私が思うように思っていない。これが第三の法則。
ゴミ捨て場でMacBookを拾った。「ここに捨ててあるものっていつも素敵」とAが言う。「センスあるよね、ここの家の人の顔が見てみたい」とYが言う。バッテリーが抜かれていたが、ボタンを押すと起動する。Yの家の階段を登る。MacBookを袖の裏に隠しながら。本の束が捨ててある。「それは、明日やる古本市の売り物じゃない?」夜の芝生もまばらな公園でわれわれは何冊もの本の背表紙を流し見た。

8月24日 夢日記

水木しげるの書いた本、目だまの怪物バックベアードが水面に映っている。水面には何重もの波紋が折り重なって、ベアードの丸いフォルムもその中の一つに紛れ込んでいった。水面に映る自分を見ている。波紋が輪郭を他の円と区別できもせず、違うところへ違うところへ。ラーメン屋がある。綱手が店長をしている。近くに公園があって、客足が途絶えた時にはそこで格闘の練習をしている。我々は近寄ってみる。店内は薄明かり。開店してるのかしていないのか。青梅街道を下るのと同時に池袋の通りを歩いている。二階に喫茶店がある通りだ。私は一人暮らしを始めて、初めて人と会った日にその店に初めて入った。広場で演説をしていた。松屋がある。冷やし中華の旗が出ている。松屋ではなく、綱手のラーメン屋にまだいるのかもしれない。出入りが多い。武蔵小金井に父は住んでいると言っていた。私はその家へ訪れる途中だ。車の中にいる。美味しいと言う餃子をドライブスルーで買った。黄色い看板のお店だった。バイトをしている。遊佐は。そことはまた別の中華屋で。味噌ラーメンのオーダーが入らないことを望んでいる。エレベーターが閉まりつつある。早く閉まってほしい。髪の毛がドアの隙間に挟まって、押し開けられる。ゲゲゲの鬼太郎を買いに熊手書房へ訪れる。だいたい1000円する。ハンコ。木彫りのハンコ。で、漫画を描く。それはページが薄い。それなら買える。けれど、巻をまたぐ。何も買わないということは。何も買わないということはそれでいいつもりなのに寂寞とした思いを詰め込まれる。順序がある。買うものには順序がある。夜の国道を横に走っている。我々は。父と。そして数人の友達とだ。救急病院のネオンサインが煌々と輝いている。その時だった。遊佐のバイト先での愚痴を聞かされたのは。私はバイトをしていない。アルバイト。押し開けられたエレベーターに魔女が割り込む。少女の魔女だ。そういう回がゲゲゲの鬼太郎にあった。その回が収録されている文庫本を探した。見つからないまま制限時間は過ぎる。制限時間と営業時間はまた別だ。バックベアードが水面を見つめている。水面には幾つもの波紋が広がっている。円、円、円、円、円、円、円、円、それらすべてにどこかしらの隙間がある。迷路を書いたものだ。迷路にはどこかしらに隙間があった。今は隙間がない。部屋の話をしている。隙間はない。虫が入る。虫以外も入る。虫は緑色をしている。羽虫だ。パレットの上で10匹くらい溜まっている。みんな死んでいた。夜には飛び回っている虫も翌日になると死んでいる。刈り取られた芝生から出てきた虫だ。ミドリムシだ。ミドリムシと仮に呼ぶ。ミドリムシに入られることは嫌ではない。けれど、網戸の隙間に挟まっているとゾッとする。網戸をじっと見ているとうちか外かわからなくなる。網戸を書いたほうがいいか質問した。図工の授業のことだ。外の絵を描いた。私と外の間には網戸が挟まっていたから網戸も書いたほうがいいか。目にはそう見える。けれど、描いたら真っ黒な絵が出来上がってしまう気がして、聞いた。書かなくてもいいのではないかとのことだったが、手持ち無沙汰だったので書いた。黒い水彩絵の具で。真っ黒い絵が出来上がった。昼の校庭を書いた。そのタイトルを夜の校庭にせざるをえなかった。

晴弥 / イクモ



 晴弥


 晴弥は犬っぽかった。晴弥の寝息が充満した部屋はドッグフードの粉っぽい肉の匂いがした。
 隙間時間があれば随時チェックしていた不動産アプリで見つけた園子の居の近くに手ごろなアパートを見つけ、すわ、と移り住んだ。仕事帰りに駅近のスーパーで値引きされた惣菜を見つめる園子を「ばったり」見かけたりした。なんとなく一人でいたくない時は、ぼうっとあの人の顔が「まずは」浮かび上がった。月日はながれてアパートを解約し、園子のアパートはかれらのアパートになる。
かれらのアパートは二階建ての木造で、階段を降りる時には月極の駐車場が視野に広がった。晴弥は換気扇の下だったら吸ってもいいからねと言う園子を深く慮って、というよりもその駐車場は広く、秋が近づくと猫じゃらしが群生し管理人は遠いところに住んでいるのだろうか草木は生えるままになった。そのためか停まっている車は少ない。
 バッタが跳ねる。冬になると星々が見えるほど空が澄んだ。リラックスができるので、タバコを吸いたくなった時には外に出るのだった。季節を感じさせる植物だとか鳥の声に出くわすことは停滞していた時間感覚が進み始めるきっかけを晴弥に与えた。
 深夜に目が覚めて寝起きの一服、と外に出るといつの間にか駐車場の敷地内には収納用のコンテナがまばらに設置してあり、晴弥は言い難い感情を持った。
 駐車場が貸トランクルームになったことを園子に話すと、気づいたの今更?草刈機がガーガーいってうるさかったじゃんと驚いた。晴弥もなぜに愛着を感じていた草木が刈り取られてゆくのに気づかなかったか、自分に驚いた。
 コンテナについて「なんか、切羽つまされる感じがして嫌」と言う園子に半分同意するものの晴弥は、しかし変わらず一種の開放感というものを様変わりした土地に対して変わらず感じていた。 
 そのわけは、リビングに置かれている共用の本棚に刺さっている、ある文庫本の表紙絵が物語っている。
 それは、波止場で棒人間を丸く肉付けしたような人物がアスファルトから屹立している石の棒の上に腰掛けて体を後ろへ捩じらせながら海の方を見ている絵だった。男の右側には海が広がっており、左側は船から運び込まれた物流を一旦止めておくための倉庫が並んでいて、倉庫は一区間しか描かれてはいなかったけれど、シャッター扉の上に4とペイントされているということは、3も2も1もあるのであり、表紙絵の外側に少なくとも4区間の倉庫が並んでいることを想像させた。空には輪っかが球体を囲って、のっぺりとした惑星が街を煌々と照らしている。時刻は夕暮れ時だろうか。
 棒人間が住まうのが太陽系の惑星であるのならば、上空の星は土星ということになり話は早い。男が座っているのは少なくとも土星が肉眼で見える距離まで周遊する星の上、ということになる。
 そう、晴弥はアパートの階段を降りるとき、まばらに置かれたコンテナを倉庫と錯覚するのだった。コンテナは夜になると、その区間の向こう側に等間隔に立っている街灯が区域を照らし錯覚は強まった。晴弥は、園子が住むアパートとコンテナを挟んだ向こう側に海があるような気がした。海は晴弥にとって際限のない開放感をもたらすものだった。
 そのことを園子に話すと、「えー」と言ってヌード色の口紅を指揮するように振り、園子の口が浮かび上がる。
 「本当に海があるならいいけどね、そういう気がするって話でしょ。私はそういう気がしないもん何だか羨ましいな」と園子は粉を含んだ丸いスポンジで肌をやさしく叩いている。
 「そういう気にさせることってできないのかな」と晴弥は手持ち無沙汰な両手をズボンのポッケに入れたり出したりしてウロウロしている。
 「明日になったら、向こうに海があるって思ってみるね」といつの間にか顔を作り終えた園子はグッチのバックを持って、「じゃ、冷蔵庫に春雨サラダあるから食べてね、行ってきますー」と外に出た。
 「今、外出た時に思ってみてよ!」
 「頭にある時はだいたい失敗するもの」出かける園子の後を晴弥は追う。
 「何、くすぐったいよ」と振り返りながらくすくす笑う園子をかわいい、と思いながら「ほら」と眼下に広がるコンテナの向こう側を指差してみた。
 「磯くさい、海岸の玄関のにおい」
 「それたぶん、下のクソババアが出した燃えるごみの匂い」
 「何でよーもう台無しじゃん!」
 「マジで、朝帰ってきてカラス群がってると気分萎えるからやめてほしいわ」 
 「ねえねえ、ガーガーって鳴くのはハシブトガラス。カーカーって鳴くのはハシボソガラス
 「じゃあ、かーわいーかーわいーって鳴くのは?」と二人はかつかつと階段を降りて行って、結局晴弥は園子を駅まで送っていく。改札口で別れた後立ち寄ったミニストップの機械からひねり出されたソフトクリームをしゃぶりながら、今日の夜勤はあの、顔が少し紫色をしている心配になってくる店員ではなかったと晴弥は思った。あの店員のシフトだったら店員が作るタイプのソフトクリームを頼まなかったし、ホットスナック類も晴弥は頼まない。
 


 イクモ


 スニーカーの上に、嵩張ったチラシ広告を裸足でのけると中から現れたサンダルを履いてイクモは外へ出た。冷蔵庫の中を開けたらいつか家に来た誰かが買ってきてそのまま入れっぱの紅茶しかなくて、仕方なく飲んだら汗の味がした。シンクに重なった、もしかしたら今日使うかもしれない皿の上に流して、すりガラスから溢れる昼の光がだるい。もうカラカラだ。紙になったみたい。有象無象のつぶやきを流し見てたら、タトゥーがかっこよく思えてきて、「タトゥー 直近」と検索して引っかかった店に行き、掘ってもらった左肩のパウル・クレーの天使をぽりぽり掻いて、スーパーまで行くのにまずはアパートの隣に設置してある自販機で水分補給しなければ歩くこともできない。ファンタを買って飲んだらあんまり美味しくなくて100円の水を買ったら、スーパーにわざわざ行く意味もない気がしてきて、涼しい部屋の中へ戻る。いつの間にか寝ていた。窓際に設置したベッドから外を見る。夜になると窓は半分鏡になって自転車の丸い明かりが通り過ぎるのがかろうじて見えるだけ。高速道路を走るトラックの振動が伝ってアパートは常に微妙に揺れている。耐震構造という文句にピンとこない。もし首都直下地震が来たとしたら。揺れるときは揺れるし、崩れるものは崩れると思って暴走しそうな不安をなだめる。イクモは安心だらけのちゃんとした家屋に住む人生とは無縁だと思っている。最近外出てねーなと思っている。できればこの部屋にいるときには来ないでほしい。というか、一生来ないでほしい。そしたら、次の世代で来ることがほぼ確なんだろうか。子供とか出来んのかなと思う。子供を持つと自分より可愛くなるとか、孫が一番可愛いなんて思っちゃったりしたら心配のドツボじゃんな。「果てしなっ」と軽い後頭部を枕に埋めた。丸い室内灯。丸い火災報知器。ハッと胸がざわめいた時にはもう悲しいことは来ないでって最大限の力を込めて祈っているので、みんなもそれぞれの時間で祈ってて、と体を横にしてイクモは宛名もない想いを窓の外に溶かすのだった。




 渋谷、山手線の向かいにある井の頭線渋谷駅のエスカレーターを上っている時に、パチンコ屋に入っていく晴弥を見た気がした。見間違えかもしれない。海物語の旗に隠れて、もしそれがなければはっきりと確信することができたかもしれないのに、と思うが、もし今日が平日の昼であったのならスイスイとエスカレーターを登っていけただろう。
 吉祥寺行きの電車が来た。車内はぎゅうぎゅうというほどでもないが、文庫本を読むことができないくらいには混んでいた。車内では若者が殴りかかった若者をさらに馬乗りになって殴る。止まらない。やめることはできるけれども止まらない、という売り文句のポテトチップスを今日コンビニで見かけた。無限サラダ味。無限。限りが無いこと。それは、なんだろうと思ってみる。一つも思いつくことができなかった。
 若者の肘が車内の淀んだ空気を切る。彼らの周りには空間ができている。隣の車両はぎゅうぎゅうだ。むごいのではないか。私は「むごい」という表現を漫画のサザエさんから学んだ。焼き鳥屋が鶏の羽を毟って七輪で焼いている。その様子を見ているおじさんが「むごいね」と呟く。「俺にはあんなことはできねえ」と現場を去っていき、次のコマではそのおじさんが鉢巻をしてうなぎを捌いている。確かそんなオチだった。記憶に違いがあるとしたら、うなぎと鳥が逆だったという点くらいだろう。
 
渋谷から京王井の頭線に乗る。
乗ったけれど、進まない。
 なぜと思っていると、山手線の環境音を延々と流す動画を聴いていたのだった。
 再生速度を上げると、私は2倍速になった。
次は、
ユンケル
ユンケル
モンダミン
モンダミン

声とはなにか

 

 関心を不思議に惹く「有」があり、おそるおそる輪郭をなぞってみる。

 へとへとなぞっていると、まれに閃光が、確信がひらめいて、名前をつけてみる。呼ぶと、便秘してた声の奥にやっとこさ光が差した!

 「始めに言葉ありき」から連綿と繋がれ縦横無尽に広がっていったことばの末端を握ることができて見回してみると、吹く風でぶらぶら揺れる切れ端があり、私はふさがっていない方の手で、できるだけの手を握る。けれど、列車のエンジンは止まらない。気づけばまたトンネルの中。

 動けない体に溜まってゆく声はどうすれば開かれるかずっと考え続けている。

 言葉は借り物だ。「自分の言葉」という言い方にずっと悩まされてきた。他人と違う特別なものを持っていなければならなくて、一貫している言葉でなければ聴く耳をもたれないという圧力は芯をねじ曲げる。

 他人とは違うところ……と、急かされたオリジナリティは思春期にのみ機能した。「おとな」になるための橋移しでは会社の面接官を喜ばせたかもしれない。それっ限りで。アイデンティティとは一発芸なんて嘯いて乱立したアイデンティティを乗りこなしていく身体への憧れは遠いまま萎んでいった。

 それなので、時々スッと入ってくる自分ではない人々や生物の声を大事にすること。それら自体は透過する淡いシートだけれど、堆積して層になってあぶり出される声こそ私の身体でしか発しえない声で、私と一時であれ親和した者たちの場所になるのだ。

 私という身体が時間や空間の制限を破って複数の声の場となる時、「唱和」ーー複数の声のまめやかな響きあいーーは聴こえてくるのだろう。私もこの唱和に加わりたいがために、来る冬にせっせと食料を溜める栗鼠のように言葉を日々溜め込む。言葉は靴のようでもある。声を発することで身体が動く。

 ドン・キホーテはやたらと状況にそぐわない諺を連発するサンチョ・パンサに「ぴたりと来ない諺は名言どころか、たわごとじゃ」と諭す。サンチョは「諺を数珠つなぎにするお株を、わしゃとられただよ。口からぽろぽろ諺を落としなさるは、おめぇさまのほうが上手になっただよ。ただ、おめえさまのとわしのと違うところはね、おめぇさまのは時機に合うだが、わしのははずれるだ。だけんども、みな諺にゃ変わりゃねえ」(棒線引用者)と主人を立てたいのだか、皮肉を言いたいのだか、天然の機知なのか、いかにもサンチョ流にやり返した。野菜や肉をごった煮したスープの匂いが漂ってくる。

 言葉はガラスの靴を選ぶ必要はないのだ。おんぼろのスニーカーでも、ピタッと言葉と声が調和すると気持ちがいい。

 声に対して言葉は客体だ。歩行におけるその都度の地面、クライミングにおけるその都度の岩石の凹凸が言葉だ。土や岩は私が運動する(声を発する)以前からそこにあったものだ。声は固有の身体から発せられる肉体の波、破片であり、用途や目的に応じてその都度言葉を選択する。言葉は自分の想いを外の世界へ投げかけるための道具であり、言葉の差異は声の差異、元をたどれば身体の差異に他ならない。

 世界にはおよそ7000の言語があるという。方言も含めたら膨大な数に及ぶだろう。時々ある言語を話せる最後の生き残りが亡くなったというニュースを見かける。10年前だかにインド領の島でボ語の最後の話者が亡くなったという記事を名前のインパクトも相まって今でも覚えている。言語の消滅は一体何を意味するのだろうか?私は日本語を使う。選んだわけではなく、気づいたらそうしていた。土地の気質、風景いわゆる風土と言語には密接な関係があるが外を歩いていて、日本語が外の風景や現象とカチッと当てはまることはまれだった。そんな違和感をずっと持っている。日本語を使いながら日本に疎外されていると言えばいいのか。

 幼児期の過剰な英語教育で、日本語も英語も使いこなすことはできるものの思考を言語で行うことのできないセミリンガルは母語を失った人たちとも言える。

 作家の大江健三郎は開国以後、近代化が始まって西欧的な思想や文化に引き裂かれた日本人は西欧をうまく消化できず、またアジア大陸においても理解不能な穴を残した、とノーベル賞受賞スピーチ「あいまいな日本の私」で指摘した。(1)

    それから30年あまり経って、文化や性や言語や土地は多極化し細部に渡って自らの選択が行えるようになり、行わなければならなく、パッチワークのように縫われた様々な要素は常に亀裂の危機に瀕している。

 そんな世界で初手を切れず立ち尽くしている者たちもダンスしたい。日々を踊るように過ごしたい。その傍ら言葉を咀嚼することを忘れないことだ。そういう循環をうまくできるようになればいいのだけれど、貯蔵庫の言葉がことごとく身体に合わなくて、賞味期限が切れていて黙り込む日々もあろう。

 麻薬中毒になって、血液を全とっかえしたキースリチャーズ…ではないけれど、言葉を全とっかえしなければ、何もできない!という時期はしばしばやってくるだろう。

 身体はままならない。即席で作用しない言葉は鈍重な有機物で、ゆっくり溶けていくのを待たなければならない。過度に意識せず。身体に浸透するまで。そうした時間を透過した言葉は、私を含めた誰かの声になってゆくのだろう。

 トンネルの中で数々の切れ端を握った感触が熟成してゆくのを感じる。「しかたがない、やろう!」と尻をはたいて、「有」の輪郭をもう一度最初からなぞり始める。ツァラトゥストラは上空で旋回する鷲とその体躯を親密な友人のように巻きつく蛇を見て「永劫回帰」と呟いたのだから。

 反復に憂いた予感は諦めを促し、半分辟易しつつ定まらない焦点にぼんやりしていると「期待」が灯る。数々の過ちで臆病になった体は訝しみながら、頼りない光源を信じてみる。それ以外しかたのない荒野でプロセスを建築し直す/治す一歩。そこから本当の反復の日々=生活が始まるのだ、と。

 「しかたがない、やろう!」と、何度も何度も胸の内に繰り返す人々。かれらの身体の内にはきっと固有の時間が溜めってゆくこと、を祈る。

 

          ●

 

 大江健三郎が、知的障碍を持って生まれる児の親となることを受容したバードと呼ばれる男を『個人的な経験』で描いたのち、広島を取材し、アメリカへ旅行し、めまぐるしい活動をする一方で、江戸末期、明治維新の地誌資料を読みあさり、三年の歳月を経て結実した『万延元年のフットボール』冒頭。

 深夜、庭に掘った穴ぼこの中に入って、主人公の一人・蜜三は尿を垂れ流し自らの身体に無感覚になっていた。

 顔面を赤いペンキで塗りたくって縊死した友人への共感、蔵の中で自己幽閉して過ごした父の晩年、蜜三も障碍を持って生まれた児を持ったのだが、四国の村で反乱を起こした先祖たちから連綿と繋がる狂気の血が露見したものではないかと暗い思考を巡らせるモノローグの中で、繰り返される「期待」という言葉はマラリヤが流行る熱帯雨林の秘宝のように不気味な煌きを孕んで浮かび上がる。

 アメリカから帰国したもう一人の主人公・弟の鷹四に「期待」をくすぐられて、蜜三は故郷の四国の村へ足を向けた。

 蜜三はアフリカ、いわゆる第三世界に展望を見出して、『万延元年』は一旦幕を閉じた後の数年で大江が書いた短編・中編は『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』という小説集にまとめられた。

 その中の「父よ、あなたはどこへ行くのか?」では、児は森と名付けられ、プーさんのキャラクターにあやかってイーヨーと呼ばれている。

 父は「息子の肉体の核心に確実に食事の楽しみを把握させる手続き」として毎日、雨が降ろうが嵐がこようが近所の中華料理屋に出かけて、ペプシコーラと排骨湯麺を食べに出かける。そして、父は帰り道「イーヨー、排骨湯麺とペプシ・コーラおいしかったか?」と繰り返し問い、息子が「イーヨー、排骨湯麺とペプシ・コーラおいしかった!」と答えると、意思疎通が行われた、と幸せな気持ちになるのだった。

 父=僕は、この独特な習慣を息子によって形づくられた止むをえない生活の一部として考えていた。けれど、その生活の構造が崩壊しないよう切に望み続けているのは「僕」であったと、自己の内に「欺瞞」を発見する。

 息子の教化として行っていた習慣は同時に『万延元年』の蜜三が陥ったような身体の無感覚から恢復するための過程だったのだ。

 「僕」は身体を取り戻すために自己の外に自分を映す鏡を必要とし、失敗し続けた。自己幽閉して死んだ父ではなかった。自己破壊の道へと進んだ活動的な弟でもなかった。

 それ自身が成長しつつある肉体。生を受けてまだまもないイーヨーは未来を孕んでいる肉体で、「僕」の鏡として恰好の対象だったのだ。

 「僕」は、息子の苦痛に共有の感覚を持ち始めたと書くと、まるで意志があれば他人と身体を共有することが可能であるかのようで不信がよぎるけれど最も懐疑的だった妻ですらもそれを信じるようになった。

 「僕」が共感覚を初めて自覚したのは、息子が三歳の時に足に熱湯をこぼした日だった。息子が泣き叫んでいる間、救助にむかうことはできず火傷を被ったのは自分であるかのように痛みの中で動くことができなかった。

 「ひどく発熱して躰じゅうの筋肉や関節がばらばらに感じられるときのように、無力感の底にじっと横たわったまま、息子の叫喚に唱和する太い呻き声を発していた。」(棒線引用者)

 また病院で検査を拒むイーヨーを見、「流しつつある涙ほどにも大量の無益な血がぴゅっとほとばしりはじめるのを見、歯が骨を噛む音を聞き、そして誰はばかることなく眼をかたくつむって、おお、おお、うおお、と悲鳴をあげてイーヨーの声に唱和した。」(棒線引用者)

 イーヨーの言葉はまるで鏡みたいだった。動物園で「イーヨー、見ろ、虎だ、あの濃い黄色と黒との縞で、少し白いところもある巨きなやつが動いているだろ?」と言うと、「イーヨーは虎を見てます」と言う。「僕」が「イーヨーは大猿を見ているよ」と言うと、イーヨーは「イーヨーは大猿を見てます」と言う。

 イーヨーとの会話は、自閉症児に多く見られるエコラリアと呼ばれる現象が想起されるかもしれない。

 エコラリアというのは、例えば「喉が渇いたの?」という質問に対して、「うん」とは答えずに「喉が渇いたの?」と繰り返す。初期の段階では伝達の意思や意味理解を伴わず音響を反復する現象である。これが第二段階に進むと、「喉が渇いたの?」という音声がサインになって、伝達の手段として用いられる。例えば、飲み物が欲しい時に「ちょうだい」ではなく「喉が渇いたの?」あるいは「どういたしまして」と以前相手が自分に飲み物を渡す時に語った言葉を反復するのだ。

 また、エコラリアの一種として人称の混同という現象がある。例えば、相手が”I”といつも発音しているので、相手こそが”I”という人称を持ち、自分は”You”と呼ばれるので”You”という名称を持っていると考えるのだそうだ。

 言語の使用に若干の困難を抱える高機能自閉症の一部には、同じことをたくさんきき返したり、即座に答えられない人がいて、同じことを3度聴くことで意味が理解できる人がいる。「一回目は音がする。二回目は声がする。三回目で何を言っているかがわかる」のだ。

 『自閉症現象学』で村上靖彦は、フッサールという哲学者・数学者の考え方を援用して、われわれが語を発する行為には、形象の把握、運動感覚、言語や論理という3つの次元が統合されていく過程があると分析してみせる。

 音が空気を波立たせて、耳に届く。第一に音自体がある。

 音の波は、自分が声を発する時に使う部位を震わせる。それが人間の声であることが経験的にわかり、他の音と切り離されるのが第二。この段階で声が向けられている対象、声の主の属性、表情などを知覚する。そうして、できた土台の上で、初めて言葉の意味内容を受け取ることができる。『自閉症現象学』では、自閉症者の内面を「不自由なく」言葉を使っているわれわれでが推察することに重きがあるため言語や論理に価値が置かれている。三回の反復が必要なのは意味が伝わらなければ意思疎通という回路が人との間に築くことができず事が運ばないからで、日常の会話という場面から逸脱すれば三回の反復という「障碍」は無くなる。

 言表行為をもっと広げてみたらどうか。例えば、音楽。ブルーズはアフリカ大陸からアメリカへ奴隷として運ばれた黒人と子孫が厳しい労働下、自分と仲間たちを鼓舞するために歌ったワークソングや農村を走る汽笛や人の泣き声に擬態して声帯を震わせるフィールドハラーが統合されて生まれた民俗音楽だ。農民たちが一行や二行の詩を付け加えながらリレーのように歌ったものがシンガーの誕生によって個人的な物語を歌うものになった。フィールドハラーはチョーキングや弦にスライドをこすりつける手法を発明し、ブルーズシンガーはギターもまたシンガーであるかのように演奏した。それらが遠く例えばイギリスの労働階級の若者たちの胸を打って、震え声、運動感覚=声がかれらの抑圧された身体と共振した。失われた言葉をぽろぽろと振り落とし、かれらも歌わせたのだ。(2)

 言語や論理は固定という側面があり、社会生活には少なからず自分を定立させることは必要なのだろうが人の内面はもっと言語以前のものがはびこっているはずであり、むやみに定立してしまうことには留意が必要だろう。

 イーヨーの目に映る虎やオランウータンは名前を知るまで、デコボコした骨格を持ってのそのそ、あるいはトコトコ歩きまわる茶色い、灰色の未知で、動物園の檻や地面や茂みと未分化な一つの風景であったかもしれない。父が対象を指し示すことで焦点を絞ったイーヨーは言葉を反復し何かしら小さな秩序の線が引くのだろう。

 僕は、オランウータンの檻の前で、ついに「イーヨーはオランウータンを見ているよ、イーヨーは大猿を見ているよ」と、自らの人称を「イーヨー」と呼んでしまっている。 

 僕がイーヨーに語りかけている言葉は外へ向かっているはずなのにどこか埋没しているという印象を読みながら持っていた。いくつかそのセリフを抜き出してみる。(棒線は全て引用者)

 「イーヨー、ほら警官をやっつけたぞ、われわれの勝ちだ、十八連勝だ」

 「いや、イーヨーは忘れないよ、最近は真夜中にも、たびたび大声で泣くんだ、イーヨーが恐ろしいだけは恐ろしいけれども、まったくわけのわからぬ夢を見ている様子を想像して辛くないかね」、これは妻に言ったセリフだ。

 「イーヨー、視るということは想像力を働かせて対象を把握することなんだからね、イーヨー、きみの眼に正常な視神経群がそなわっているとしても、獣たちに想像力を働かせる気になれば、きみはなにも見やしないよ。ぜんたいに、ここでわれわれが出くわすのは日常生活で見慣れていて、それを把握するのにいささかも想像力を発揮しなくてもいいというたぐいのものじゃないからね、イーヨー。あの飴色の泥水のなかでトゲトゲとびわれた暗い褐色のかたい木片がむらがっているように見えるのを、どうして想像力のない人間が鰐だと把握できるかね、あの下の方のコンクリートの溝の藁束と糞のかたまりの脇でゆっくり揺れている黄色の鋼板二枚が、どうして犀の頭と背中の一部だと把握できるかね?イーヨー、きみがさきほどこれははっきりと見た、鼠色の大きい切り株のようなものは象の足頸のひとつだったんだが、あれを見てきみがとくに象を見たという感銘をうけなくても、それはあたりまえじゃないか?イーヨー、なぜ東洋の島国の幼児がアフリカ象について生れつき想像力をそなえていなければならないのかね?きみは家に戻って、イーヨー、象を見たかい?と訊ねられたら、あの奇怪にもばかでかい鼠色の切り株のことなんか忘れて、絵本に出てくるたぐいのなじみやすい漫画みたいな象のことを考えてみればいいよ、そしてイーヨー、象を見ました!と答えればいいよ。しかし、イーヨー、本当の象とは、あの鼠色の切り株のことなんだがね。結局この動物園をうずめている健全な子供らは、誰も鼠色の切り株の観察から出発するかたちで本当の象へ至ろうとする真の想像力を働かせてはいないんだから、ね、かれらは漫画化されて頭にはいっている象をなぞってみているだけなんだから、イーヨー、きみが象に出会ってとくに感銘をうけなかったことで、誰もがっかりしなくていいんだよ、イーヨー。

 初めて見るものを把握する手がかりは、「銅板」や「切り株」といった日常的に見慣れているありふれたものを一度抽象化して、未知のものに当てはめてみれば、そのものは二重になる。今まで通り切り株でもあるし象の足でもあるものは不安定で、双方は逆回転を始める。軸は裂けて、焼け石に永遠と水を注ぐ農夫の凝り固まった手が言葉を投げ入れていく。しかし、火は消えることはない。疲れ果てて立ちすくんだり、蒸気を吸い込んで頭ぽわわん、あらいい感じと恍惚していると上空で雲になった言葉(水)が雨を降らす。明日で晴れるかもしれないし、40日間豪雨が続くかもしれない。降りしきる雨滴によっても消えなくて、火の性質をまるっきり無視している炎こそ各々の生命のどんなにミュートしても消えない声であり音楽や小説や詩の核となるものであり、私が最も信じるしかないものだ。小さき正しさは不安定という一点のみで世界を揺らしうることを次回はフィクションから抜け出して、能弁な父・大江健三郎と沈黙の児であった大江光が「声」を獲得する過程について書いてみる。

 

                                    ●

 

 「僕」とイーヨーの関係を説明するのに「鏡」という言葉を多用したのは、1960年代から70年代初期頃まで活動していたアメリカのバンド・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「アイ・ウィル・ビー・ユア・ミラー」という曲が念頭にあった。

 この曲は、セルフイメージから逸脱した他者の視線について歌っている。私の目に映っているあなたこそ、ありのままのあなたなのだ、と開かれた世界へ誘う。この歌の美しさは暴力的でもある。なぜなら、ありのままのあなたが誕生してしまえば二人は一人になってしまうから。

 

君の鏡になろう 君を映す鏡に

君が自分のことをわからないなら

ぼくは風になり 雨になり 夕日になろう

君の帰宅を告げる

ドアの灯りになろう

 

(『ニューヨークストーリー  ルーリード詩集』梅沢葉子訳より)

 

 

(1)芭蕉の《枯枝に烏とまりけり秋の暮》という句について、日本文化に深い理解を示すフランスの詩人が十数羽の烏に日本人の心が現れているという指摘をすると、大江は日本人にとって、この烏は一羽でなければならないと反論した。そこに日本の古典詩専門家が、最近発見されたことだが芭蕉はこの句に合わせて二十数羽の烏の絵を描いていると割って入り、「とどめの一撃」が加えられたと『人生の習慣』で書いている。

 

(2)『ブルースの歴史』の著者ポール・オリヴァーは、ある心の状態を「ブルーズ」と記述した最も古い例として1862年12月14日のシャーロット・フォーテンという黒人女性の日記を挙げている。「長屋の方から聞こえてくる恐しい叫び声のようなもので目を覚まされたのは寝ついて10分もしないうちのことだった」夜中中この叫び声に悩まされた彼女は、翌日の日曜日教会へ礼拝に行った帰り道、「ほとんどだれもが幸福そうなのに、私ひとりがふさぎの虫(with the blues)にとりつかれて家に戻った。ここに来てから初めてすごく淋しい気持になり、自分が憐れに思えてきた。でももうすこしましな気分になるよう自分で分別をきかせ、もうずっと気分はよくなった」と書いている。

 彼女の日記からは、声はたとえ意味内容を伴わずとも時に強力に人の身体へ作用することが伺える。