「まさかクルド人差別あおるとは」 ニュース動画編集した60歳男性

 在日クルド人に関連するテレビニュース映像からクルド人側のコメントなどを削除した動画がX(旧ツイッター)上で拡散した問題で、この動画を編集して投稿したとする男性が取材に応じた。「まさか自分が上げた動画が、こんなに騒ぎになるとは。差別をあおる結果となり、複雑な心境だ」などと語った。専門家は、差別や憎悪があおられやすいSNSの特性を踏まえ、投稿や拡散の前に立ち止まることが大切だと呼びかける。

ニュース映像が縮められ、拡散 「意図的な編集が行われている」

 動画は、別のアカウントが8月25日夜に投稿し、拡散された。昨年12月7日にテレビ朝日が放送し、ユーチューブで配信した4分半ほどの映像が1分12秒に縮められており、同社は8月27日夕、「意図的な編集が行われている」とコメント。投稿は同日夜に削除された。

 朝日新聞の取材に対し、投稿者はXのメッセージ機能を通じ、「僕が編集したものではなくTwitterアカウントで回っていたものをリポスト(再投稿)した。これが(ニュースの)全編だと思い込んでいた」と説明した。

 この投稿の半日ほど前、8月25日昼に同じ動画を上げた投稿者も「(X上で動画を含む投稿が)『おすすめ』に出てきたから再投稿した」という。

 2人が共通して挙げたのが、12月のXの投稿だった。このアカウントに取材を申し込んだところ、8月31日にXの通話機能で取材に応じ、自身が編集した動画だと明らかにした。

ユーチューブの映像、数分で編集

 東京都内の契約社員の男性(60)と名乗った。男性によると、昨年12月7日、テレ朝のニュースをユーチューブで見た。トルコ政府が埼玉県川口市のクルド人による団体を「テロ組織支援者」に認定し、トルコ大使館が「テロ組織関係者が日本に滞在している」と述べた、などと伝えていた。ニュース映像には、トルコ国内で「一部のクルド人が政府と衝突してきた」とする説明や、団体側がテロ支援を否定する発言などもあった。

 男性は「大手メディアがやっと報じた。大スクープだ」と感じ、映像を編集。ユーチューブの規約ではダウンロードや改変は禁じられているが、無料アプリを使い、数分で作業したという。翌朝、Xに投稿した。

「不公平な編集したつもりはなかった」

 動画では、「衝突」についての説明や団体側の発言などの部分は削除されている。男性は「大使館の話に衝撃を受け、覚えていない。X上で見てもらえるよう、自分の伝えたい部分を編集した。不公平な編集をしたつもりはなかった」と話す。

 男性はゴミ収集の仕事をしているといい、「ここ数年、住宅の解体を行う外国人の車両が無許可で車線をふさぎ、お願いしてもどいてくれず、収集が遅れることが何度もあった。国籍を尋ねたことはないが、川口ナンバーの車両が多かった。Xやユーチューブなどで調べて『クルド人問題』を知り、在日クルド人全体に否定的な感情を抱くようになった」と振り返った。

 男性の昨年12月の投稿のインプレッション(表示回数)は13万回だが、8月25日昼の投稿は340万回、同日夜の投稿は920万回超表示され、「もはや侵略」「強制送還しろ」などと排外主義的な反応が広がった。

 男性は「差別される側にいた経験もあり、差別は大嫌い。迷惑を受けたこともないのに、SNSで差別的な投稿する人たちには共感できない。差別をあおる結果となり、複雑な心境だ」と言う。

 男性が投稿した動画は、「著作権者からの申し立てにより無効になりました」との表示が出て、見られなくなった。テレ朝は8月27日の取材に「動画は無許諾で転載されていることなどから、現在対応を検討中」とし、28日の取材に「違法動画については削除の申し立てをしています」とコメントした。どの動画に削除を申し立てたかは明らかにしていない。

SNSで急速に広がった差別

 トルコ国籍のクルド人は1990年ごろから川口市などに住むようになった。現在約3千人が暮らしているとされる。同市によると、以前から、クルド人が多く従事する解体業の騒音やゴミ出しなどをめぐる相談や苦情はあった。だが、昨年ごろからSNS上で、差別や偏見をあおる言説が急速に広がった。

 朝日新聞が分析ツール「ブランドウォッチ」で、「クルド」に言及したXの投稿数(再投稿含む)を調べたところ、昨年3月は4万件だったのが、昨年7月には108万件、今年3月には242万件と急増していた。

 埼玉県内では、「根絶せよ‼クルド犯罪と偽装難民」「日本トルコの友情を壊す不法滞在クルド人は追放しよう‼」といったプラカードを掲げたデモが行われるようになった。

 8月20日には、在日クルド人の支援団体に「クルド人を皆殺しにしてやる」といったメッセージを送ったとして、埼玉県警蕨署が東京都内の男を脅迫容疑で書類送検。奥ノ木信夫・川口市長は27日の記者会見で、クルド人への対応をめぐりX上で「明日お前を殺してやる。お前の命は、明日までだ。市長」と脅迫されたとして、県警に被害届を出したと明らかにした。

 差別問題に詳しいジャーナリストの安田浩一さんは「在日クルド人差別は、1年足らずのうちにSNSの中で膨れ上がった点に特徴がある。ネット上にはクルド人への差別や偏見をあおる情報があふれ、関連情報の検索で影響を受ける人も多い」と懸念する。「東京にいれば外国人としか見られない人が、『川口のクルド人』となった途端に『凶暴』『テロリスト』などとみなされる状況が生まれている。特定の民族が記号化され、憎悪が向けられる危うさを知ってほしい」

再投稿の前に立ち止まって

 「フェイクニュースを科学する」の著書がある笹原和俊・東京工業大教授(計算社会科学)の話 SNSでは憎悪など感情的な投稿が拡散しやすい。人間にはもともと、見たいものだけを見て、信じたいものだけを信じる認知の癖もあり、自分の考えを打ち消す情報があっても無視してしまう。拡散する前に立ち止まってほしい。

クルド人とは

 クルド人 独自の言語と文化を持つ民族。主にトルコやシリア、イラク、イランにまたがる「クルディスタン」と呼ばれる一帯に居住する。推定人口は約3千万人。

 クルド人の半数が住むとされるトルコはかつて厳しい同化政策をとり、反発するクルド人らが分離独立を求めて「クルディスタン労働者党」(PKK)を設立。武装闘争も行い、トルコ政府はテロ組織に指定している。

 日本では1990年ごろから、埼玉県川口市などにトルコ国籍のクルド人が住むようになり、約3千人が暮らしているとされる。難民認定の申請を認められないまま、入管施設への収容を解かれた「仮放免」の人も少なくない。

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    浅倉拓也
    (朝日新聞記者=移民問題)
    2024年9月3日7時56分 投稿
    【視点】

    トルコ政府が埼玉県川口市のクルド人による団体を「テロ組織支援者」に認定し、トルコ大使館が「テロ組織関係者が日本に滞在している」と述べた、などと伝えていた。 男性はこのニュースに衝撃を受けたというのは理解できます。しかし、難民申請をしているトルコ国籍のクルド人は、まさに官憲から「テロ組織支援者と疑われた」ことで逮捕されたり拷問されたりしたと訴えています。トルコ政府がテロ関係者という口実でおびただしい数の人を逮捕するなどしていることは、国際的に報告されています。 私は記者になったばかりの2000年前後に初めて難民問題を知り、クルド人という言葉を知ったのもその頃が初めてでした。いまでも日本のほとんどの人は、クルド人に会ったことも見たこともないと思います。それが昨年から突然、川口市でクルド人が暴れ回っているかのような話が、ネットの中で何百万回と再生され、事実であるかのように日本中に広まっているということです。ごく普通の人たちが正義感から在日朝鮮人らを虐殺した関東大震災の「流言飛語」とまったく同じ事が、奇しくも100年後に繰り返されているようです。

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