“軟弱地盤”で住めなくなる!? あなたのマンションは大丈夫か

“軟弱地盤”で住めなくなる!? あなたのマンションは大丈夫か
2024年8月、九州・日向灘の地震によって、初めて「南海トラフ地震臨時情報」が出されるなど、巨大地震への警戒が強まる日本。

今、科学者たちが分析を急ぐのが、元日に能登半島を襲った地震。16万棟以上の建物が被害を受け、鉄筋コンクリート造のビルも多くが損壊しました。その要因の一つと指摘されているのが、揺れを増幅する“軟弱地盤”です。しかも、軟弱地盤は東京や大阪などの大都市を中心に日本列島の至るところに存在するというのです。

さらに科学者が指摘するのは、建物の地下=基礎に潜むリスク。比較的新しいマンションやビルでも大地震で住めなくなるおそれがあるというのです。能登半島地震の被害から浮かびあがってきた私たちの足元に潜むリスクとは…。

(NHKスペシャル取材班 三木健太郎・高橋弦・林秀征・老久保勇太)
NHKスペシャル「MEGAQUAKE 巨大地震 “軟弱地盤”新たな脅威」
↓↓↓NHKプラスで見逃し配信↓↓↓
配信期限 :9/8(日) 午後9:49 まで

能登半島地震が浮き彫りにした“軟弱地盤”の脅威

今回の地震で顕著だった建物被害。石川県など6県で16万棟以上にのぼっています。珠洲市の一部の地区では、木造住宅の全壊率が5割を超えるなど甚大な被害が出ました。

さらに、科学者たちを驚かせたのは輪島市でのビルの被害です。中でも7階建ての鉄筋コンクリート造のビルが根元から転倒したケースでは、隣の木造の店舗兼住宅が巻き込まれて2人が犠牲になり、科学者たちはビルが倒れた原因に注目しています。

輪島市で被害を大きくした要因の一つとして考えられているのが地盤の軟弱さ、いわゆる“軟弱地盤”です。現地で、地盤の調査をおこなった防災科学技術研究所の先名重樹主任専門研究員は、軟弱地盤の存在が揺れを増幅させ大きな被害に繋がったと考えています。
防災科学技術研究所 先名重樹主任専門研究員
「軟弱地盤は、硬い地盤と比べて、揺れをすごく増幅するため、震度が1段階でも2段階でも大きくなります」
例えば、こうした特性の違いは「プリンとようかん」を使った実験で分かりやすく理解できるといいます。

ほとんど同じ厚さのプリンとようかんを同じ皿の上に置き、下から同じ揺れを与えた際の画像です。かたいようかんはほとんど揺れが起きず上に置いたお菓子にも変化無し。一方、プリンはそのやわらかさから揺れが増幅され、上に置いたお菓子も傾いてしまいました。

先名さんは、輪島市内の82か所で地盤の調査を実施。その結果、輪島市の揺れやすさが詳細に分かってきました。
その地盤で地震の揺れが何倍増幅されるのか、揺れの増幅率を色で示した地図です。

オレンジ色は1.6倍、赤色は2倍、紫色は2.5倍以上に揺れが増幅される場所です。軟弱地盤が輪島市の中心部に広がっていたことが明らかになりました。とくに紫色は超軟弱地盤とされるエリアです。
防災科学技術研究所 先名重樹主任専門研究員
「輪島市の特に中心部の平野部には、私の想像を超えて揺れやすい地盤が広がっていました。地震のリスクは非常に高い。想像していた倍ぐらい揺れやすいところもあるということで、非常に驚いている。倒れたビルが建っていたのは、中でも軟弱地盤が最も深い場所で、ビルの転倒に対する揺れの寄与度はかなり大きかったと思う」

軟弱地盤はどこに? 全国「揺れやすさマップ」公開

地震の揺れを増幅させる軟弱地盤は、全国各地に広がっています。

国の研究機関「防災科学技術研究所」が公開している全国の表層地盤による揺れの増幅率を示した地図、いわば“揺れやすさマップ”です。

軟弱地盤は南海トラフ巨大地震で被害が懸念されている九州、四国、それに大阪や名古屋、そして首都直下地震が警戒される東京など関東。そして東北や北海道にも。

一般的に地盤が軟弱とされている、大きな河川の流域である平野部ではマップ上でもそのリスクが明らかとなっています。

地盤リスクマップはインターネットで公開されています。
関東の1都6県についてはNHKがまとめたサイトがあります。
そのほかの地域にお住まいの方は防災科学技術研究所の「J-SHIS MAP」で確認できます。

「爆撃を受けたようだ」 木造住宅のリスクとは

“まるで爆撃を受けたような被害”――

30年にわたり、能登の木造住宅について調査を続けてきた金沢大学の村田晶助教が、珠洲市正院町の被災現場を見て放ったひと言です。日本建築学会は、特に被害の大きかった輪島市や穴水町など、9地域で約6000棟の被害状況を調査。村田さんがとりまとめた調査結果から見えてきたのは木造住宅の壊滅的な被害の実態でした。
9地域のすべてで6割以上が何らかの被害を受けているという深刻な事態が明らかになる中、村田さんが特に注目したのは、珠洲市正院町のデータ。

全壊率が5割ほど、半壊、一部損壊を含めると9割ほどの建物が被害を受けており、健全な建物は1割ほどしかなかったのです。
金沢大学 村田晶助教
「全壊率5割という状況は、基本的に建物の被害がないところがほとんど見られないぐらいのレベル。爆撃を受けたのではないかというぐらいの被害の状況です」

縄文人の知恵!? 無傷で残った竪穴式住居のナゾ

建物被害の激しかった能登半島でにわかに注目を集めている場所があります。能登町の国史跡「真脇遺跡」です。

北陸最大級の縄文時代の遺跡で、6000年前から2500年前にかけて縄文の人々による生活が営まれていたことを示す資料の数々が保管されています。

中でも今回の地震で関心を集めたのは、縄文時代の竪穴式住居を再現した小屋です。高さ約3.5m、幅約5m、奥行き6m、重さ15kgの石が40個載っている茅葺きの屋根で、60cmほど地中に柱を差した状態。

一見、地震が来ればすぐに壊れてしまいそうな小屋で、今回、能登町では震度6強の揺れを観測しましたが、石が1つ落ちる程度で、なんとほぼ無傷だったのです。

なぜ建物は倒壊を免れたのか、建物の耐震化に詳しい金沢大の村田晶助教に尋ねてみると2つのポイントを指摘しました。
(1)屋根が茅葺き(かやぶき) ―― 地震の揺れで生じる地震力は質量に比例するため、屋根が軽いほど建物に地震の力は加わらず倒壊しにくくなる。

(2)トラス構造 ―― 細長い部材同士を三角形に繋ぎ合わせたようなトラス(三角形)構造となっており、この構造は変形しにくいことが分かっている。
能登では数千年に1度、大きな地震が繰り返し発生していたと考えられています。

当時の縄文人は大地震をどのように受け止めていたのでしょうか。真脇遺跡縄文館の高田秀樹館長に聞きました。
高田秀樹館長
「縄文人は、地面が揺れる現象がなぜ起きるのか、たぶん地震のメカニズムは分からないですよね。何事か!という感じだったでしょうけど被害はさほど大きくなかったと思います。一方、今の時代はガチガチに建物を組んで地震に耐えられなかったら潰れるわけですよね。なので、どっちがよかったのかっていうのはいろいろ考えますよね。縄文人も私たちと同じように被災しているはずですが、彼らは建物による圧死はきっと免れていたはず。現代でもあたふたしているのは人間だけで、自然の鳥など動物は何食わぬ顔をしてすぐに平常通りの動きをしていますから。縄文人も野生に近い暮らしだったので、発災当時は大変だったでしょうけれども立ち直りは早かったのではないかと思います」

地震に強い住宅とは 耐震化の重要性

今回の珠洲市の調査の中で、村田さんは今後の災害対策のヒントとなる現場を見つけました。全壊の建物が目の前に広がる中で、ほとんど無傷の家が一棟、建っていたのです。
同じような激しい揺れを受けているのになぜなのか…

その差を分けたのは“耐震化の有無”です。被害が少なかった家は、柱とはりの結合部を金具で固定するなど基準が厳しくなった2000年以降に建てられた“現行の耐震基準”とみられる家でした。それゆえ、激しい揺れにも耐えたのではないかと村田さんは分析しています。

村田さんたちが調査した建物約6000棟のうち新しい耐震基準が出来る1981年より前の建物では、全壊、半壊が5割あまり、新しい耐震基準となった1981年以降に建てられた建物は全壊と半壊が3割、基準が厳しくなった2000年より後の建物では1割未満と、木造家屋の耐震性が被害状況と密接にリンクしている実態が、調査によって浮かび上がりました。
金沢大学 村田晶助教
「(新耐震基準より前の時代に建てられた家でも)しっかりと補修や補強を施している家屋については、被害はそこまで深刻になっていないというところもありました。耐震補強をやれば効果があるということも今回の調査で明らかになった重要なポイントです」

「杭基礎は大地震で壊れるリスク」新しいビルやマンションでも…

今回の地震で、専門家の調査から見えてきたもう一つのリスクがあります。それは建物の基礎の構造です。

その象徴が輪島市内の横倒しになった7階建てのビル。建物の基礎構造が専門で東京工業大学の田村修次教授はこれまでの建物の被害と大きく異なる点を指摘します。
東京工業大学 田村修次教授
「今までは上部構造物の柱がせん断破壊をして建物が倒れるという被害事例がほとんどだったんですけれども、この事例では、めり込んでいるように転倒しているので、おそらく杭(くい)基礎、または地盤に大きな問題が生じたと考えられます」
これまで、地震によるビルの倒壊は、建物の柱や梁などが壊れることが主な原因でした(右上)。
しかし、輪島のビルをよく見ると、建物そのものには大きな損傷がないかわりに、根元の「杭基礎」と呼ばれる構造物が、大きく壊れていたのです(左上)。

一方、輪島市中心部にはこのビル以外にも杭基礎が壊れたとみられるビルが20棟あまりありますが、倒れたのはこのビル1棟だけでした。それはいったいなぜなのか。

その要因の一つとして田村教授が注目したのは、パイルキャップと呼ばれる構造物の配置です。杭基礎と建物を接合していて、もし杭が壊れた場合に、二次的に建物を支える”最後の砦”ともなるものです。倒れたビルは、このパイルキャップの配置に、他のビルとの違いがありました。
こちらは転倒したビルと1kmほど離れた場所にある、転倒を免れたビル(左)との比較。ふたつのビルは、同じ1970年代に建てられた杭基礎の建物です。
転倒したビル(右)は開口部が広くもうけられた設計だったため、中心部分にパイルキャップが存在しておらず、杭基礎が壊れた際に、二次的に建物を支える力が相対的に低かったのだといいます。
実は、このパイルキャップの設計には明確な基準がなく構造設計者に任されていて、倒れたビルの配置も建築基準法上問題のない状態でした。長く強い揺れにさらされて杭基礎が大きく破壊され、パイルキャップでもビルを支えられなかった。こうした状況が重なって、ビルの転倒に至ったのだと田村さんは指摘します。
東京工業大学 田村修次教授
「基礎が壊れてビルが転倒するというのはこれまでにない被害なので、不幸な条件がいくつもいくつも重なっているのだと思う。その条件を明らかにすれば、今後どういう地盤条件や杭基礎の条件でリスクが高いかということが分かる。メカニズムを解明し、他でも起こりえるとしたら、産官学含めて対応を進めていく必要がある」
こうした被害がなぜ起きたのか、国も調査を進めていて、詳しいメカニズムを明らかにし、今後の対策につなげたいとしています。

“杭基礎は震度5強まで” 新しいマンションでもリスク残る

専門家の調査で、輪島市の中心部では20棟以上で建物が傾く被害が確認されました。専門家は、杭基礎が壊れたことが原因だとみています。そのほとんどが、揺れを大きく増幅する軟弱地盤の上に建っていたことも分かりました。

こうした杭基礎のリスクについて、社会は備えてこなかったのか。実は、建築基準法では、高さ60m以上の大規模な建物など以外は、基礎について、大地震に対する明確な耐震設計の義務はありません。震度6強以上の揺れでも、「倒壊」しないようにする「新耐震基準」が定められている建物の上部に比べ、基礎の耐震化については遅れが生じているのが現状です。

いったいなぜなのでしょうか?杭基礎が広がってきた歴史とも大きく関係があるといいます。

そもそも「杭基礎」はビルを支える基礎の一種。強度の高いコンクリートなどでつくられています。その杭を硬い地盤まで打ちこんだり、地盤との摩擦の力を利用したりすることで、軟弱地盤でも建物の重さを支えることができます。

ただ、実は、元々杭基礎は、建物が地震で“横”に揺すられることを想定したものではありませんでした。そんな杭基礎のルーツを物語る100年以上前の資料が、東京丸の内に今も残されています。

1923年に竣工した、日本初の高層ビル、「旧丸の内ビルヂング」を建てる際に使われていた松杭です。当時の杭に期待されていた役割は、今とは少し異なっていたといいます。
三菱地所設計 椿宜之執行役員
「これは、旧丸ビルを解体した際に回収して保存した杭です。この杭を5000本以上打ち込むことで、ビルの下の軟弱な地盤を締め固める役割を担っていました。杭基礎は建物の重さを負担するという考え方で、地震時の影響はあまり考慮していなかったというのが、歴史の中の一過程だと思います」
いわば、100年以上前の杭基礎は、地震でかかる「横」の力は想定しておらず、「縦」にかかる建物の重さのみを支えるものだったのです。

それでも旧丸ビルは、1923年に発生した関東大震災の揺れを耐え抜きました。長年日本では、建物の重ささえ支えられるように設計すれば、杭基礎は地震が来ても大丈夫だと考えられてきたのです。

その常識が覆されたのが、1978年の宮城県沖地震でした。

高強度コンクリートを使った杭基礎が主流となっていた中で、杭が地震によって破壊され、ビルが傾く被害が日本で初めて確認されたのです。これを機に、基礎の耐震設計に関して見直しの議論が本格化することになります。

当時、国の建築研究所で議論に関わった杉村義広さん(83)です。
杉村義広さん
「宮城県沖地震の杭の被害はショックでしたよ。要するに強い杭であると思われていた高強度コンクリートを使った杭がなんでこんなふうに壊れたんだろうかという、まあ研究者でしたけどむしろ素朴な驚きと不思議という感じですね。原因追及の実験だとか、調査とか実験を一生懸命やりましたが、それまで建物の重さを支えることの検討しかしてなかったわけですから、経験が全くないわけです」
研究の蓄積などが不足していたことから、杭基礎の耐震設計が明確に義務づけられたのは2001年になってからのことでした。

加えて、高さ60m以上の建物などをのぞき、杭基礎に求めているのは、震度5強程度の地震に対する設計までで、大地震に対する耐震設計は義務づけられていない状態となっているのです。
杉村義広さん
「やっぱり相手が地盤だからでしょうね。学術的にも分からないことが多すぎる。最近特にいろいろなところで震度7なんていう地震が起きて、基礎については新しい問題がその場その場で出てくるんですね。だからそういうものに対していちいち全部応えられるかっていうとできない。これが真実なんですよ。人命まで響いたということになって初めて、国の予算をどんどん出せとか、そういうふうにつながるのが現実なんですよね」

首都直下地震 マンションやビルは大丈夫か 耐震診断結果も

「能登で起きたことは東京でも起こるんだと思わないといけない」

そう指摘するのは建築耐震工学が専門の名古屋大学の福和伸夫名誉教授。日本列島でもっとも広い範囲に軟弱地盤が広がっている関東を首都直下地震が襲うと、国が想定する被害を超える事態になるリスクもあるといいます。福和さんは、地震から命を守るために必要なことの第一歩はリスクを知ることだとしています。

あなたが暮らすマンションやよく行くビルの耐震性や地盤の状況について、一度詳しく調べてみませんか。

NHKでは東京都などが公表しているビルやマンションの耐震診断結果を地図で見られるウェブサイトを公開しています。また首都直下地震の想定震度分布図や防災科学技術研究所が公開している関東の“揺れやすさマップ(地盤増幅率)”も掲載しています。ぜひ一度確認してみてください。

地震に強いビルへ 基礎の対策のヒント

こうした既存の古い杭基礎にどう対応していくのか。模索も始まっています。

都内にある地盤改良などを請け負う会社です。この会社で研究開発を進めているのが既存の杭基礎を補強する技術です。
大人1人ほどの大きさのこの機械。これを用いて建物内部から杭基礎の周辺に穴をあけながら、ジェット噴射で杭にセメントを巻きつけ補強するというものです。地盤改良に使われる特殊なセメントで周りを固めることで、損傷した杭基礎の耐震性能を高めようとする技術です。

杭基礎が損傷した場合、建物の下に空間を作って杭基礎を補強する工法が一般的です。建物の土台ごと持ちあげて補強作業を進めるジャッキアップと呼ばれる工法など、大規模な地盤の工事、長期にわたっての建物の営業停止が必要となり、多大な工期や費用がかかるとされています。

一方、この工法では、建物や地盤の形状を大きく損なうことなく、杭基礎の補強ができるということで2016年の熊本地震で被災した建物の補強などで使われています。
ケミカルグラウト技術本部生産技術部 松尾剛伸さん
「杭基礎の補強、地中の改良について、こうした選択肢が存在することが認知されていない現状を感じています。今後、被災地での施工も予定しています。技術の活用にむけて研究開発を進めていけたらと思っています」
能登半島地震で浮かび上がってきた杭基礎のリスク。東京工業大学の田村教授は見過ごされてきたそのリスクに警鐘を鳴らしています。
東京工業大学 田村修次教授
「杭基礎の耐震性っていうのは、現状は決して万全ではない。震度5強程度までの耐震設計はクリアしているけれども、大地震で傾くリスクはかなりあります。また、耐震設計されていない古い杭も大きな問題です。輪島で転倒した事例が起きてしまった以上、絶対倒れないとは言い切れません。大地震に対する耐震設計については、法律が変わることも1つの強制的な方法ですが、やはり世の中の人に杭基礎の耐震性の大事さを知ってもらい、耐震性の強い杭基礎の需要が増えることで、社会のニーズとして変わってほしいと思います」
第2制作センター 科学 ディレクター
三木健太郎
2010年入局
大阪局、プロジェクトセンターを経て現所属
プラスチック汚染や関東大震災などのNHKスペシャルを担当
社会番組部(NW9)ディレクター
高橋弦
2017年入局
広島局、首都圏局を経て現所属
広島で西日本豪雨を取材し災害の取材を継続
首都圏局ディレクター
林秀征
2018年入局
名古屋局を経て2022年から首都圏局
社会問題などを取材
社会部記者
老久保勇太
2012年入局
盛岡局・鹿児島局を経て現所属
災害取材を担当
“軟弱地盤”で住めなくなる!? あなたのマンションは大丈夫か

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“軟弱地盤”で住めなくなる!? あなたのマンションは大丈夫か

2024年8月、九州・日向灘の地震によって、初めて「南海トラフ地震臨時情報」が出されるなど、巨大地震への警戒が強まる日本。

今、科学者たちが分析を急ぐのが、元日に能登半島を襲った地震。16万棟以上の建物が被害を受け、鉄筋コンクリート造のビルも多くが損壊しました。その要因の一つと指摘されているのが、揺れを増幅する“軟弱地盤”です。しかも、軟弱地盤は東京や大阪などの大都市を中心に日本列島の至るところに存在するというのです。

さらに科学者が指摘するのは、建物の地下=基礎に潜むリスク。比較的新しいマンションやビルでも大地震で住めなくなるおそれがあるというのです。能登半島地震の被害から浮かびあがってきた私たちの足元に潜むリスクとは…。

(NHKスペシャル取材班 三木健太郎・高橋弦・林秀征・老久保勇太)

NHKスペシャル「MEGAQUAKE 巨大地震 “軟弱地盤”新たな脅威」
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能登半島地震が浮き彫りにした“軟弱地盤”の脅威

能登半島地震が浮き彫りにした“軟弱地盤”の脅威
石川県 輪島市
今回の地震で顕著だった建物被害。石川県など6県で16万棟以上にのぼっています。珠洲市の一部の地区では、木造住宅の全壊率が5割を超えるなど甚大な被害が出ました。

さらに、科学者たちを驚かせたのは輪島市でのビルの被害です。中でも7階建ての鉄筋コンクリート造のビルが根元から転倒したケースでは、隣の木造の店舗兼住宅が巻き込まれて2人が犠牲になり、科学者たちはビルが倒れた原因に注目しています。

輪島市で被害を大きくした要因の一つとして考えられているのが地盤の軟弱さ、いわゆる“軟弱地盤”です。現地で、地盤の調査をおこなった防災科学技術研究所の先名重樹主任専門研究員は、軟弱地盤の存在が揺れを増幅させ大きな被害に繋がったと考えています。
防災科学技術研究所 先名重樹主任専門研究員
「軟弱地盤は、硬い地盤と比べて、揺れをすごく増幅するため、震度が1段階でも2段階でも大きくなります」
同じ大きさのプリン(右)とようかん(左)を同時に揺らした際の様子。やわらかいプリンの上には揺れが増幅されて伝わる
例えば、こうした特性の違いは「プリンとようかん」を使った実験で分かりやすく理解できるといいます。

ほとんど同じ厚さのプリンとようかんを同じ皿の上に置き、下から同じ揺れを与えた際の画像です。かたいようかんはほとんど揺れが起きず上に置いたお菓子にも変化無し。一方、プリンはそのやわらかさから揺れが増幅され、上に置いたお菓子も傾いてしまいました。

先名さんは、輪島市内の82か所で地盤の調査を実施。その結果、輪島市の揺れやすさが詳細に分かってきました。
その地盤で地震の揺れが何倍増幅されるのか、揺れの増幅率を色で示した地図です。

オレンジ色は1.6倍、赤色は2倍、紫色は2.5倍以上に揺れが増幅される場所です。軟弱地盤が輪島市の中心部に広がっていたことが明らかになりました。とくに紫色は超軟弱地盤とされるエリアです。
防災科学技術研究所 先名重樹主任専門研究員
「輪島市の特に中心部の平野部には、私の想像を超えて揺れやすい地盤が広がっていました。地震のリスクは非常に高い。想像していた倍ぐらい揺れやすいところもあるということで、非常に驚いている。倒れたビルが建っていたのは、中でも軟弱地盤が最も深い場所で、ビルの転倒に対する揺れの寄与度はかなり大きかったと思う」

軟弱地盤はどこに? 全国「揺れやすさマップ」公開

軟弱地盤はどこに? 全国「揺れやすさマップ」公開
地震の揺れを増幅させる軟弱地盤は、全国各地に広がっています。

国の研究機関「防災科学技術研究所」が公開している全国の表層地盤による揺れの増幅率を示した地図、いわば“揺れやすさマップ”です。

軟弱地盤は南海トラフ巨大地震で被害が懸念されている九州、四国、それに大阪や名古屋、そして首都直下地震が警戒される東京など関東。そして東北や北海道にも。

一般的に地盤が軟弱とされている、大きな河川の流域である平野部ではマップ上でもそのリスクが明らかとなっています。

地盤リスクマップはインターネットで公開されています。
関東の1都6県についてはNHKがまとめたサイトがあります。
そのほかの地域にお住まいの方は防災科学技術研究所の「J-SHIS MAP」で確認できます。

「爆撃を受けたようだ」 木造住宅のリスクとは

「爆撃を受けたようだ」 木造住宅のリスクとは
被害を受けた木造住宅(石川県 珠洲市)
“まるで爆撃を受けたような被害”――

30年にわたり、能登の木造住宅について調査を続けてきた金沢大学の村田晶助教が、珠洲市正院町の被災現場を見て放ったひと言です。日本建築学会は、特に被害の大きかった輪島市や穴水町など、9地域で約6000棟の被害状況を調査。村田さんがとりまとめた調査結果から見えてきたのは木造住宅の壊滅的な被害の実態でした。
9地域のすべてで6割以上が何らかの被害を受けているという深刻な事態が明らかになる中、村田さんが特に注目したのは、珠洲市正院町のデータ。

全壊率が5割ほど、半壊、一部損壊を含めると9割ほどの建物が被害を受けており、健全な建物は1割ほどしかなかったのです。
金沢大学 村田晶助教
「全壊率5割という状況は、基本的に建物の被害がないところがほとんど見られないぐらいのレベル。爆撃を受けたのではないかというぐらいの被害の状況です」

縄文人の知恵!? 無傷で残った竪穴式住居のナゾ

縄文人の知恵!? 無傷で残った竪穴式住居のナゾ
石川県 能登町「真脇遺跡」縄文時代の竪穴式住居を再現した小屋
建物被害の激しかった能登半島でにわかに注目を集めている場所があります。能登町の国史跡「真脇遺跡」です。

北陸最大級の縄文時代の遺跡で、6000年前から2500年前にかけて縄文の人々による生活が営まれていたことを示す資料の数々が保管されています。

中でも今回の地震で関心を集めたのは、縄文時代の竪穴式住居を再現した小屋です。高さ約3.5m、幅約5m、奥行き6m、重さ15kgの石が40個載っている茅葺きの屋根で、60cmほど地中に柱を差した状態。

一見、地震が来ればすぐに壊れてしまいそうな小屋で、今回、能登町では震度6強の揺れを観測しましたが、石が1つ落ちる程度で、なんとほぼ無傷だったのです。

なぜ建物は倒壊を免れたのか、建物の耐震化に詳しい金沢大の村田晶助教に尋ねてみると2つのポイントを指摘しました。
(1)屋根が茅葺き(かやぶき) ―― 地震の揺れで生じる地震力は質量に比例するため、屋根が軽いほど建物に地震の力は加わらず倒壊しにくくなる。

(2)トラス構造 ―― 細長い部材同士を三角形に繋ぎ合わせたようなトラス(三角形)構造となっており、この構造は変形しにくいことが分かっている。
能登では数千年に1度、大きな地震が繰り返し発生していたと考えられています。

当時の縄文人は大地震をどのように受け止めていたのでしょうか。真脇遺跡縄文館の高田秀樹館長に聞きました。
高田秀樹館長
「縄文人は、地面が揺れる現象がなぜ起きるのか、たぶん地震のメカニズムは分からないですよね。何事か!という感じだったでしょうけど被害はさほど大きくなかったと思います。一方、今の時代はガチガチに建物を組んで地震に耐えられなかったら潰れるわけですよね。なので、どっちがよかったのかっていうのはいろいろ考えますよね。縄文人も私たちと同じように被災しているはずですが、彼らは建物による圧死はきっと免れていたはず。現代でもあたふたしているのは人間だけで、自然の鳥など動物は何食わぬ顔をしてすぐに平常通りの動きをしていますから。縄文人も野生に近い暮らしだったので、発災当時は大変だったでしょうけれども立ち直りは早かったのではないかと思います」

地震に強い住宅とは 耐震化の重要性

今回の珠洲市の調査の中で、村田さんは今後の災害対策のヒントとなる現場を見つけました。全壊の建物が目の前に広がる中で、ほとんど無傷の家が一棟、建っていたのです。
同じような激しい揺れを受けているのになぜなのか…

その差を分けたのは“耐震化の有無”です。被害が少なかった家は、柱とはりの結合部を金具で固定するなど基準が厳しくなった2000年以降に建てられた“現行の耐震基準”とみられる家でした。それゆえ、激しい揺れにも耐えたのではないかと村田さんは分析しています。

村田さんたちが調査した建物約6000棟のうち新しい耐震基準が出来る1981年より前の建物では、全壊、半壊が5割あまり、新しい耐震基準となった1981年以降に建てられた建物は全壊と半壊が3割、基準が厳しくなった2000年より後の建物では1割未満と、木造家屋の耐震性が被害状況と密接にリンクしている実態が、調査によって浮かび上がりました。
金沢大学 村田晶助教
「(新耐震基準より前の時代に建てられた家でも)しっかりと補修や補強を施している家屋については、被害はそこまで深刻になっていないというところもありました。耐震補強をやれば効果があるということも今回の調査で明らかになった重要なポイントです」

「杭基礎は大地震で壊れるリスク」新しいビルやマンションでも…

今回の地震で、専門家の調査から見えてきたもう一つのリスクがあります。それは建物の基礎の構造です。

その象徴が輪島市内の横倒しになった7階建てのビル。建物の基礎構造が専門で東京工業大学の田村修次教授はこれまでの建物の被害と大きく異なる点を指摘します。
東京工業大学 田村修次教授
「今までは上部構造物の柱がせん断破壊をして建物が倒れるという被害事例がほとんどだったんですけれども、この事例では、めり込んでいるように転倒しているので、おそらく杭(くい)基礎、または地盤に大きな問題が生じたと考えられます」
能登半島地震で転倒したビル(左) 阪神・淡路大震災で倒壊したビル(右)
これまで、地震によるビルの倒壊は、建物の柱や梁などが壊れることが主な原因でした(右上)。
しかし、輪島のビルをよく見ると、建物そのものには大きな損傷がないかわりに、根元の「杭基礎」と呼ばれる構造物が、大きく壊れていたのです(左上)。

一方、輪島市中心部にはこのビル以外にも杭基礎が壊れたとみられるビルが20棟あまりありますが、倒れたのはこのビル1棟だけでした。それはいったいなぜなのか。

その要因の一つとして田村教授が注目したのは、パイルキャップと呼ばれる構造物の配置です。杭基礎と建物を接合していて、もし杭が壊れた場合に、二次的に建物を支える”最後の砦”ともなるものです。倒れたビルは、このパイルキャップの配置に、他のビルとの違いがありました。
転倒したビルで地上に露出したパイルキャップ
こちらは転倒したビルと1kmほど離れた場所にある、転倒を免れたビル(左)との比較。ふたつのビルは、同じ1970年代に建てられた杭基礎の建物です。
転倒を免れたビルのCG(左)・転倒したビルのCG(右)
転倒したビル(右)は開口部が広くもうけられた設計だったため、中心部分にパイルキャップが存在しておらず、杭基礎が壊れた際に、二次的に建物を支える力が相対的に低かったのだといいます。
それぞれのビルを下から見た図 黄色で囲っているのがパイルキャップ
実は、このパイルキャップの設計には明確な基準がなく構造設計者に任されていて、倒れたビルの配置も建築基準法上問題のない状態でした。長く強い揺れにさらされて杭基礎が大きく破壊され、パイルキャップでもビルを支えられなかった。こうした状況が重なって、ビルの転倒に至ったのだと田村さんは指摘します。
東京工業大学 田村修次教授
「基礎が壊れてビルが転倒するというのはこれまでにない被害なので、不幸な条件がいくつもいくつも重なっているのだと思う。その条件を明らかにすれば、今後どういう地盤条件や杭基礎の条件でリスクが高いかということが分かる。メカニズムを解明し、他でも起こりえるとしたら、産官学含めて対応を進めていく必要がある」
こうした被害がなぜ起きたのか、国も調査を進めていて、詳しいメカニズムを明らかにし、今後の対策につなげたいとしています。

“杭基礎は震度5強まで” 新しいマンションでもリスク残る

専門家の調査で、輪島市の中心部では20棟以上で建物が傾く被害が確認されました。専門家は、杭基礎が壊れたことが原因だとみています。そのほとんどが、揺れを大きく増幅する軟弱地盤の上に建っていたことも分かりました。

こうした杭基礎のリスクについて、社会は備えてこなかったのか。実は、建築基準法では、高さ60m以上の大規模な建物など以外は、基礎について、大地震に対する明確な耐震設計の義務はありません。震度6強以上の揺れでも、「倒壊」しないようにする「新耐震基準」が定められている建物の上部に比べ、基礎の耐震化については遅れが生じているのが現状です。

いったいなぜなのでしょうか?杭基礎が広がってきた歴史とも大きく関係があるといいます。

そもそも「杭基礎」はビルを支える基礎の一種。強度の高いコンクリートなどでつくられています。その杭を硬い地盤まで打ちこんだり、地盤との摩擦の力を利用したりすることで、軟弱地盤でも建物の重さを支えることができます。

ただ、実は、元々杭基礎は、建物が地震で“横”に揺すられることを想定したものではありませんでした。そんな杭基礎のルーツを物語る100年以上前の資料が、東京丸の内に今も残されています。

1923年に竣工した、日本初の高層ビル、「旧丸の内ビルヂング」を建てる際に使われていた松杭です。当時の杭に期待されていた役割は、今とは少し異なっていたといいます。
「旧丸の内ビルヂング」(=旧丸ビル)を建てる際に使われた「松杭」
三菱地所設計 椿宜之執行役員
「これは、旧丸ビルを解体した際に回収して保存した杭です。この杭を5000本以上打ち込むことで、ビルの下の軟弱な地盤を締め固める役割を担っていました。杭基礎は建物の重さを負担するという考え方で、地震時の影響はあまり考慮していなかったというのが、歴史の中の一過程だと思います」
いわば、100年以上前の杭基礎は、地震でかかる「横」の力は想定しておらず、「縦」にかかる建物の重さのみを支えるものだったのです。

それでも旧丸ビルは、1923年に発生した関東大震災の揺れを耐え抜きました。長年日本では、建物の重ささえ支えられるように設計すれば、杭基礎は地震が来ても大丈夫だと考えられてきたのです。

その常識が覆されたのが、1978年の宮城県沖地震でした。

高強度コンクリートを使った杭基礎が主流となっていた中で、杭が地震によって破壊され、ビルが傾く被害が日本で初めて確認されたのです。これを機に、基礎の耐震設計に関して見直しの議論が本格化することになります。

当時、国の建築研究所で議論に関わった杉村義広さん(83)です。
杉村義広さん
「宮城県沖地震の杭の被害はショックでしたよ。要するに強い杭であると思われていた高強度コンクリートを使った杭がなんでこんなふうに壊れたんだろうかという、まあ研究者でしたけどむしろ素朴な驚きと不思議という感じですね。原因追及の実験だとか、調査とか実験を一生懸命やりましたが、それまで建物の重さを支えることの検討しかしてなかったわけですから、経験が全くないわけです」
研究の蓄積などが不足していたことから、杭基礎の耐震設計が明確に義務づけられたのは2001年になってからのことでした。

加えて、高さ60m以上の建物などをのぞき、杭基礎に求めているのは、震度5強程度の地震に対する設計までで、大地震に対する耐震設計は義務づけられていない状態となっているのです。
杉村義広さん
「やっぱり相手が地盤だからでしょうね。学術的にも分からないことが多すぎる。最近特にいろいろなところで震度7なんていう地震が起きて、基礎については新しい問題がその場その場で出てくるんですね。だからそういうものに対していちいち全部応えられるかっていうとできない。これが真実なんですよ。人命まで響いたということになって初めて、国の予算をどんどん出せとか、そういうふうにつながるのが現実なんですよね」

首都直下地震 マンションやビルは大丈夫か 耐震診断結果も

首都直下地震 マンションやビルは大丈夫か 耐震診断結果も
「能登で起きたことは東京でも起こるんだと思わないといけない」

そう指摘するのは建築耐震工学が専門の名古屋大学の福和伸夫名誉教授。日本列島でもっとも広い範囲に軟弱地盤が広がっている関東を首都直下地震が襲うと、国が想定する被害を超える事態になるリスクもあるといいます。福和さんは、地震から命を守るために必要なことの第一歩はリスクを知ることだとしています。

あなたが暮らすマンションやよく行くビルの耐震性や地盤の状況について、一度詳しく調べてみませんか。

NHKでは東京都などが公表しているビルやマンションの耐震診断結果を地図で見られるウェブサイトを公開しています。また首都直下地震の想定震度分布図や防災科学技術研究所が公開している関東の“揺れやすさマップ(地盤増幅率)”も掲載しています。ぜひ一度確認してみてください。

地震に強いビルへ 基礎の対策のヒント

こうした既存の古い杭基礎にどう対応していくのか。模索も始まっています。

都内にある地盤改良などを請け負う会社です。この会社で研究開発を進めているのが既存の杭基礎を補強する技術です。
大人1人ほどの大きさのこの機械。これを用いて建物内部から杭基礎の周辺に穴をあけながら、ジェット噴射で杭にセメントを巻きつけ補強するというものです。地盤改良に使われる特殊なセメントで周りを固めることで、損傷した杭基礎の耐震性能を高めようとする技術です。

杭基礎が損傷した場合、建物の下に空間を作って杭基礎を補強する工法が一般的です。建物の土台ごと持ちあげて補強作業を進めるジャッキアップと呼ばれる工法など、大規模な地盤の工事、長期にわたっての建物の営業停止が必要となり、多大な工期や費用がかかるとされています。

一方、この工法では、建物や地盤の形状を大きく損なうことなく、杭基礎の補強ができるということで2016年の熊本地震で被災した建物の補強などで使われています。
ケミカルグラウト技術本部生産技術部 松尾剛伸さん
「杭基礎の補強、地中の改良について、こうした選択肢が存在することが認知されていない現状を感じています。今後、被災地での施工も予定しています。技術の活用にむけて研究開発を進めていけたらと思っています」
能登半島地震で浮かび上がってきた杭基礎のリスク。東京工業大学の田村教授は見過ごされてきたそのリスクに警鐘を鳴らしています。
東京工業大学 田村修次教授
「杭基礎の耐震性っていうのは、現状は決して万全ではない。震度5強程度までの耐震設計はクリアしているけれども、大地震で傾くリスクはかなりあります。また、耐震設計されていない古い杭も大きな問題です。輪島で転倒した事例が起きてしまった以上、絶対倒れないとは言い切れません。大地震に対する耐震設計については、法律が変わることも1つの強制的な方法ですが、やはり世の中の人に杭基礎の耐震性の大事さを知ってもらい、耐震性の強い杭基礎の需要が増えることで、社会のニーズとして変わってほしいと思います」
第2制作センター 科学 ディレクター
三木健太郎
2010年入局
大阪局、プロジェクトセンターを経て現所属
プラスチック汚染や関東大震災などのNHKスペシャルを担当
社会番組部(NW9)ディレクター
高橋弦
2017年入局
広島局、首都圏局を経て現所属
広島で西日本豪雨を取材し災害の取材を継続
首都圏局ディレクター
林秀征
2018年入局
名古屋局を経て2022年から首都圏局
社会問題などを取材
社会部記者
老久保勇太
2012年入局
盛岡局・鹿児島局を経て現所属
災害取材を担当

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