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 量子誤り(エラー)の克服に向けた技術開発が加速している。2023年から2024年にかけて、米国を中心に大手IT企業やスタートアップが続々と成果を発表した(図1表1)。大規模な量子計算が可能な、誤り耐性のある汎用型量子コンピューター(FTQC)の早期実現への期待が高まる。

図1 クエラ・コンピューティングは論理量子ビットのスケーリングに向けてエラー訂正技術の開発を進める
図1 クエラ・コンピューティングは論理量子ビットのスケーリングに向けてエラー訂正技術の開発を進める
(写真:クエラ・コンピューティング)
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表1 2023年以降、エラー訂正技術の成果発表が相次いでいる
(出所:日経クロステック)
量子エラー訂正による主な事例
2022年8月理化学研究所がシリコン量子ビットによる3量子ビットの量子エラー訂正を実現
2023年2月グーグルが表面符号の拡大で量子エラー訂正のスケーリングを実証
2023年8月IBMが表面符号よりも効率の良い量子エラー訂正符号を発表
2023年11月東京大学が量子エラー抑制に限界があることを原理的に証明
2023年11月ハーバード大・キュエラなどが中性原子方式で量子エラー訂正による数十論理量子ビットを達成
2024年1月東京大学などが光方式の論理量子ビットであるGKP量子ビットを実現
2024年4月2024年4月,クオンティニュアム・マイクロソフトが量子ビット仮想化システムとエラー診断・修正機能でエラー率を低減

 量子エラーは、量子コンピューターにおける最大の課題といわれる。その克服に向けた革新的な成果が相次いだとあって、量子業界では2023年を「量子エラー訂正元年」と呼ぶ。具体的には、米Google(グーグル)や米IBMがそれぞれ量子ビットを冗長にする「符号化」の成果を発表したほか、米Harvard University(ハーバード大学)と量子スタートアップの米QuEra Computing(クエラ・コンピューティング)のグループが中性原子方式によるエラー訂正技術を発表した。

 2024年になってもこの勢いはとどまらない。1月に東京大学の研究グループが光方式の論理量子ビット技術を発表。4月には米英に拠点を持つQuantinuum(クオンティニュアム)と米Microsoft(マイクロソフト)のグループが低エラー率の論理量子ビットを実現したと発表した。こうした流れを受けて、世界では当面の目標だったNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum、ノイズあり中規模量子)マシンの開発に区切りを付け、次のマイルストーンであるFTQCの実現にかじを切りつつある。

 量子エラー訂正に詳しい大阪大学大学院基礎工学研究科教授の藤井啓祐氏は、「NISQは通過点で、エラー訂正が本来の向かうべき道だ。これほど早くエラー訂正の実装が始まるとは思っていなかった」と語り、国が当初想定していたロードマップよりも早くエラー訂正技術の開発が進むとの見解を示す。内閣府が主導するムーンショット型研究開発制度では、2050年ごろのFTQC実現を目標としている。

 歴史を振り返れば、2014年ごろまではNISQマシンを開発することさえ困難な状況だった。今では多くの企業や研究機関が数十から数百に及ぶ規模の量子ビットを持つNISQマシンを開発できるようになった。ただし、これらの実機は全ての演算がエラーにさらされるため、実用的な量子計算に利用できないという課題がある。エラー訂正の重要性は高まっている。