貴女は太公望ですか?
ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘
『貴女は太公望ですか?』とツッコミを入れたくなるほど釣りをしていたフレアが現実に返って来たので、とりあえず僕らは別荘に戻って来た。
釣りの方もそこそこカオスだったが、こっちも中々カオスだったらしい。
何故か若手メイドたちとチビ姫が茹っていたが、比較的軽傷だったチビ姫は僕らを見ると庇護を求めて逃げてきた。敵は義母さまらしいがあれはラスボスの一角だから仕方がない。今はノワールという玩具を得てドロドロになっている。トロトロではない。デレデレのドロドロだ。それで良いのか元王妃?
「あは~ん。ノワールちゃ~ん。お祖母ちゃんですよ~」
「……」
空気の読める我が家の愛娘は、されるがままだ。どこか達観した仙人のような……あれは諦めの境地に辿り着いた者が見せる表情にも思える。我が家の愛娘は実は転生者か何かか?
あり得るな。あの悪魔が一枚嚙んでいるからその手の不安が拭えない。
「あの~。ご主人さま? どうして私は、」
「黙れ。そして君はそのまま正座だ」
「あの~。スカートが短いので凄く足が、」
「再度言おうか。黙れと」
「……はい」
僕の圧にユリアが黙った。
うむ。完璧である。これぞドラグナイト家当主の威厳である。
場所は別荘のリビング。ノワールを取り上げられたノイエは晩ご飯前の軽い食事を摂りに行っている。意味不明だけれど、我が家では『あっ分かりました』で納得されるいつものことだ。
だってそれがノイエだもん。深く考えずに慣れる必要のある事柄だ。
後は適当に過ごしている。
適当だ。僕の存在を忘れていませんか? というかあそこに元王妃さまが居ますがそれを把握していますか? ノワールを与えておけば問題無い。
それで良いのか? この国は?
権力者の存在意義を悩む僕は目の前に居るのは、正座姿勢の新人メイド見習いであるユリアだ。
ウチでは数少ない常識人枠だったのだが、どうやらその扱う魔法は常識とはかけ離れたものであることが判明した。とどのつまり恥ずかしい魔法である。
「あの~。決して恥ずかしくは無いのですが?」
「何を言う?」
鞭で弱者を叩いて言うことを利かせるだなんて何て恥ずかしい。
その事実を知ったら僕の脳内では数人が喜び勇んで君の前に来て尻を差し出して『叩いてください』というに決まっている。というか言う。
「ですから私の魔法はそういう使い方をしないのですが」
「ならあれか? もっと酷いのか?」
その事実が広まったらあの変態とかこの変態とが走って来るな。というか君の何かが危ないぞ?
調教師が調教相手に『もっとちゃんと調教してよ! もっと激しくよ! 出来ないの? 根性よ!』と罵られる世界がこのユニバンスです。狂ってやがる!
「ご主人さまはその国の王子さまでは?」
「元ね」
現在はただの王族です。王位継承権はありますが本流から離れた人間でございます。というか王位継承とか面倒臭いから継承権を放棄したいぐらいです。
放棄できませんかね? 国王様に後継ぎが出来れば放棄できないかな?
「どうなのチビ姫?」
「無理です~」
「良し。お前が悪い」
「無関係です~。慣例です~」
バケツアイスを抱えたチビ姫がご満悦な様子で笑顔を向けて来たから本気でイラっとした。
つかバケツアイスとか本当に食べる人とか居るんだ。
ノイエ以外でそれに挑戦するのって食べ物を無駄にする気がして……はい? 余ったら後で食べる?
だからこの世界には冷凍庫とか無いからって、ウチにはポーラが居るから心配無用でしたね。あれは動く氷室ですから。
「ならばお前が子を産め。それで一件落着だ」
「嫌です~」
おい王妃? ぶっちゃけ過ぎて弾けてないか?
「それにキルイーツ先生が言ってたです~。私の体は幼い……小さすぎるので、妊娠すると裂けるそうです~」
言い直したわりには内容がちょっとハードでした。
で、どっちが裂けるの? あっち? そっち? どっち?
「お兄ちゃんはデリカシーがないです~」
裂けるとか言って餌をばら撒いた君がいけません。
「もちろんあっちです~」
だからどっちだよ?
ふむふむ。なるほど。あっちか。
「つまり君はリンゴも産めないのか」
「メロンほどあると聞いたです~」
「実際はスイカです」
「「……」」
お茶の支度をして戻って来たメイド長が爆弾発言をして来る。
スイカですか? 小玉サイズですか? 小玉サイズってメロンと比べてどっちが大きいですか?
「ならキャベツで」
「「っ!」」
僕とチビ姫は抱き合い震えた。
キャベツですか? あのキャベツですか?
「それを鼻の穴から押し出す感じです」
「「……」」
震えが止まらない。
大丈夫だチビ姫。僕は男だからそんな事態は一生涯生じない。
だが君は女である以上、はい? 一生避妊薬を飲む? それて良いのか現王妃?
「メイド長とリリーナ様が次々産めば大丈夫です~」
「私は子供など産んだことなどありません」
あくまでそのスタンスなフレアさんは決して自分が妊娠出産した事実を認めない。
でも時折挟んで来る出産経験の話が生々しすぎて……うん。大丈夫です。フレアさんは妊娠出産なんてしていません。していませんよ。だから怖い目で睨まないでください。
ほら、現王妃も恐怖に震えて失禁しそうな表情を浮かべています。
「しないです。するわけないです~」
「ほほう」
ならば君の下腹部を軽く押してやろうか? あん? 大丈夫であれば何故逃げる?
「これはあれです~。そんな気分なだけです~」
どんな気分だ。さてその足を止めろ。そして押させなさい。
「ダメです~。止めて欲しいです~。あっ触らないで欲しいです~。そんな酷いこと、ダメです~。私の恥ずかしいのが出ちゃうです~」
確保してグイグイ押してやったら、何故かチビ姫はキュッとした感じで走っていた。あれは小を我慢している感じではなくたぶん大の方だ。
ああ。あの馬鹿はさっきまでバケツアイスを抱え食いしていたな。
「この国の王妃は大丈夫か?」
「その王妃のお腹を遠慮なく押すアルグスタ様も時と場合によっては結構な罪かと」
気にするなフレアさん。あれです。義理の姉弟が仲睦まじく遊んでいただけです。
「仲睦まじくですか」
だから冷めた視線を向けないでください。
「それよりアルグスタ様」
はい?
フレアさんが次なるターゲット、ユリアに視線を向けた。
彼女は正座の状態で上半身を揺らしている。痛みと痺れが限界に近いのだろう。
で、ウチの新人が何でしょう?
「ええ。何でも面白く卑猥な魔法を使うとか」
「本人は全否定していますが?」
「なら見れば良いかと」
確かに。
と言う訳でそこの卑猥魔法の使い手よ。ちょっとそれを披露なさい。
「……少し時間を」
そう言ってユリアは前のめりで床へと倒れ込んだ。
「どう?」
「……」
フレアさんが真剣な眼差しで確認している。
両足の痺れから回復したユリアが魔法を披露した。
僕的には微妙だ。微妙過ぎる。つか女王様じゃないやん。
リボンを鞭へと変化させたユリアがそれで軽く床を叩く。それだけだ。
「何故それで豚を叩かない?」
「……豚ですか?」
うん。君の前で簀巻きになっている小柄のコロネとか言う豚です。
この馬鹿は厨房に忍び込んでノイエの晩ご飯を抓み食いしていた罪で鞭打ちの刑が決定しています。
だからどうぞ。
「ですからこれは叩くような使い方をしないと」
「はい?」
鞭で叩かない女王様ですか?
「つまり焦らしプレイ?」
何と高等テクニックな!
「その年齢で……流石変態大国ユニバンス」
「ご主人さま?」
その目は何かなユリア君?
「たぶんですが」
しゃがんで鞭となったリボンを観察していたフレアさんが顔を上げた。
「これは音を使い対象の相手を操るモノかと」
「はい?」
つまりそれは見せ鞭ですか?
また裏切るのかこの娘がっ!
© 2024 甲斐八雲
心優しい常識人のユリアは人を叩いたりしません。
何か勘違いしていませんかw
ユニバンスの後継ぎ問題は…結構な問題なんですけどね。
大事になっていないのはまだ後を継いだ現王が若いからと言うこともあります。
内情を知られれば大騒ぎになると思いますが