全世界100万人の社会人インタビューファンの皆様!
お待たせいたしました、スーパーインタビュアーの前田塁です。

今回は、第二回の伊藤玲亜奈さんからのご紹介で、
フジテレビアナウンサーの佐野瑞樹さんにインタビューをさせて頂きました。

伊藤玲亜奈さんのインタビューはこちら
◆前編
◆中編
◆後編

まずはじめに、佐野さんのご紹介をさせて頂きます。

佐野 瑞樹(アナウンサー)

 静岡県富士市出身。静岡県立富士高校、早稲田大学人間科学部卒業後
1994年フジテレビ入社。アナウンス室主任。
2007年10月よりニューヨーク支局・FCI NewYorkに赴任。
現在、「めざにゅー」「めざましテレビ」のニューヨークからのコーナーを担当。
東京(本社)在任中は、「めちゃ2イケてるッ!」他バラエティー番組やスポーツ実況などを担当



みなさんご存知佐野アナですよ!
プロのインタビュアーの方にインタビューということで、
緊張しながらのインタビューとなったのですが、
とても気さくに応答して頂いてリラックスしながらの
インタビューになりました。

全二回(前編・後編)でのお届けになります。
前編では、

・アナウンサーになった理由
・NY異動を希望された理由
・英語の上達方法

などを聞いてきました。

それでは、インタビューをご覧ください!

青:前田(インタビュアー)
赤:朝比奈(インタビュアー)
黒:佐野さん

となっております

-本日はお忙しい中、ご協力ありがとうございます。NYJSAの前田と朝比奈です。
フジテレビ・FCIの佐野です。よろしくお願いします。

-僕たちは交換留学なので、NYにいられる期間は一年間だけなんです。

そうですか。一年だけですか?今日はお2人に逆に取材したいぐらいです。仕事柄こちらが聞く方ですから。いつこちらに来たんですか?


-去年の9月です。
-私は8月です。
それじゃあ、もう半分経ったんですね。そうすると一日一日、時間が無いでしょう。遊びに行った方がいいですよ。おじさんと話しても仕方ないですから。


-そんなことないですよ。色々聞かせて頂きます


-それでは最初の質問ですが、佐野さんはどうしてアナウンサーになろうと思ったのですか
難しい質問ですね。簡単に言うと、試験に受かってしまったんですよね。
テレビ局って入社試験の時期が早いですよね。なので、まずテレビ局を受けようと思って、
まずはキー局、4(日本テレビ),6(TBS),8(フジテレビ),10(テレビ朝日),12(テレビ東京)を考えました。

それらを受けたら、フジテレビに受かってしまったんですよ。
12(テレビ東京)は受けようと思っていましたが、
試験が始まる前にフジに受かってしまったので、受けませんでした。

それと実は学生時代に日本テレビでアルバイトをしていました。麹町にあった時ですね。
世界陸上で、長嶋茂雄さんがカール・ルイスのことを「ヘイ、カール」って言って話題になった頃です。
そういう頃にディレクターやプロデューサーのように物を作る制作側、
つまり画面には出ない人達ですね、そういう人の仕事も見ていたんです。

その時に、大学の時分の判断ですが、
何となくですけど出ちゃう方が面白いんじゃないかと思ったんですよね。
今となれば制作側もおもしろかったかな、と思う時はあるのですが、
その時はテレビに出ちゃう方が面白そうだなと思って、
テレビ局に入るならアナウンサーになりたいと思っていました。

けれど、まさか受かるとは思っていなかったです。
男性は1100人受けて合格者が1人。つまり僕だけ。
女性は3500人受けて、3人でした。すごいですよね。そこに受かってしまったんです。


-それはどうして受かったのだと思いますか

そうですね、私が思うポイントは二つあります。
私はずっとスポーツアナウンスをやりたいと思っていましたし、そのアピールを続けていました。
サッカーとか野球とかバレーボールなどの実況ですね。

それで、男性が残り15人、女性が18人残っていた段階の選考の時に、クイズ番組の回答者をやったんです。
クイズ番組のセットを作って、みんなひな壇のようなところに座って、
先輩のアナウンサーが司会をされていました。

「クイズグランプリ」っていう番組が昔あって、ボードにジャンルが6つ、スポーツ、芸能・音楽、文化・歴史、社会、科学、ノンセクション、とあって、
それぞれジャンルに10点、20点、30点、40点、50点と点数がついた問題があったんですね。その番組と同じ形式でした。

試験の間ずっとスポーツアナウンサーになりたいと志望してきて、事あるごとにスポーツの話をしていました。
ですので、スポーツというジャンルがボートにあったので、これは絶対1つは答えなきゃ!と思って、
でもそこには33人いたので、答えられる確率は低いな・・・。
と思いながらもスポーツの問題を待っていたんですね。

そして、スポーツの最初の問題になりました。
問題は当時の巨人の長嶋茂雄監督、長嶋一茂選手と松井秀喜選手の背番号の合計はいくつかっていう問題だったんです。
私は計算してなかったんだけど、とにかく手を挙げなきゃと思って、
手を挙げたら、コンマ何秒手を挙げるのが早い人が一人いたんですよ。

「うわー答えやすい問題取られた。」と思っていたら、その人がなんと計算間違えをしたんです。
それで次に自分の番がまわってきたので、間違えた人が答えている間に計算した数字(33+36+55=124)を答えたら正解だったということ。これが1つ。

それともう一つは、最終試験で男性が5人女性が7,8人の時ですね。
当時放送していたプロ野球ニュースのスタジオで行った試験なのですが、
写真が3枚あって、①皇太子妃の雅子様が婚約された時の顔写真と、
②マハラジャでボディコンの服を着た女性がお立ち台で踊っているディスコの写真と、
③サッカーのJリーグでゴールキーパーとフォワードがハイボールを競り合っている写真。
その3枚の中から一枚選んで、1分間で話して下さい、という試験でした。

スポーツアナ志望でしたので、当然僕はサッカーの写真を選んだのですが、
何とたまたま、その写真が前の週の試合の写真で、その試合を偶然僕はテレビで見ていたんですね。
なので、試合の内容も結果も覚えていたんです。

それで、その試合の対戦チーム名、スタジアム名、スコア、得点者、内容。そして、ゴールキーパーとフォワードが競り合っているとシーンというのは、
サッカーの醍醐味の1つだということを、支離滅裂でしたが、一分間でばーっとしゃべったんですね。その後、内定を頂いたのですが、1100人に1人という確率の中で、
どうして私が受かったんだろう・・・と思って、当時のアナウンス室長に聞いたんですね。

すると、「クイズの時もスポーツの問題を答えていたし、最終試験も上手くサッカーの話をしていたし、スポーツ実況をやりたいという情熱がしっかりと伝わってきたからです。」と話して下さったんですね。
つまり、自分はこれだけはやらなければと思ったことを実際にやれたこと、
そして、それをしっかりと試験官が見ていてくれたことが大きかったんですね。

緊張していると勝負所を逃す時ってあるじゃないですか。
後からあそこだった!って、気付くような時ですね。
今から振り返ると、それを逃さなかったから合格できた、意外と冷静に受けていたのかな、と思います。


-それだけ、内容を覚えていられている時点でかなり落ち着いて受けられていますよね。
そうですね。割と自分なりに判断してできていたなと思います。


-それでアナウンサーに受かったわけですが、アナウンサーのやりがいはどういう時に感じますか
やっぱり、給料を貰った時じゃないですか。(笑) 
その時は頑張って仕事をしてよかったなって思います。それはやっぱり大きいですね。
あとはスポーツならスポーツ界の一流の選手と会えますし、
小さい頃から見ていた俳優さんにも会えたりするので、そういうことは嬉しいですね。
ドリフターズにお会いできた時は本当に嬉しかったですね。


-それはインタビューで、ですか?
いや番組の収録でお会いして、うわー志村けんだ!加藤茶だ!ってなりました。(笑)

-今僕たちもそんな感じですよ
そう?(笑)
-あーテレビで見てた人だ!OH!MY!NY!とめちゃイケの人だって感じです。(笑)


-逆に仕事をされていて、悩みやジレンマはありますか
やはり、会社員なので、タレントさんとは違うんですよね。会社の中の一人だし、会社が決めたことには従わなきゃいけない。
もうちょっとこの仕事やりたかったなーと思ってたのに、
もう終わりですって言われることもありますし。

いやでも、どうでしょう。そういうのもタレントさんも同じかな。
そうすると、ジレンマっていうのはあまりないですね。
でも、順風満帆にいっていれば、私もNYへの異動の希望はしてなかったのかもしれないですね。
今ある状況が良ければそれを変えたくないと思うはずですし。


-日本で活躍されていたのにそれでもNYに行こうと思ったのですか?

そうですね。毎日の生活の中で、もう少し人生経験を積まないとダメだな、と思ったんです。
会社にいるだけじゃ、このままじゃまずいなと思って
。今38歳で、35歳の時にNYに来たから3年目ですが、40歳までには何とかしなくちゃな、一人前にならなきゃ、と思う気持ちが30代にはあるんですよ。
多分30代になったらお2人もそんな気持ちになると思いますよ。(笑)


-モヤモヤするってことですか
モヤモヤとは少し違って、30代ってまだ若いんですよ、体力的にも。
でもね、色々なものが無くなってきて、このまま、40・50代になったらどうしようって気持ちがすごくあって。
漠然とですが、何かこのままじゃいかんなと。
タレントさんと勝負しなきゃいけない部分もあるし、そうじゃない部分もあって、例えばスポーツの実況はタレントさんはやらないから、これはアナウンサーの仕事ですが、
ニュースや情報番組はタレントさんも担当していますので、そういう人とライバルになるかもしれませんよね。

そうなるとアナウンサーの武器って何だろう。
ただ原稿がしっかりと読めるとか、クリーンなイメージがあるとか、そういうことだけじゃ勝てないぞって思っています。
それで、何となくNYに出てみようかなと思ったんです。私は35歳になって、ようやく他の世界を見てみよう、という発想になったんです。

だから、うらやましいですよ二人とも。若くて。私も大学の時に来ればよかったなー(笑) 
英語しっかり覚えた方がいいですよ。二人は英語頑張っていますか?


-英語頑張ってますよ。
話せますか?

-一通りなら話せます。
うらやましい・・・。僕はもう少し出来たらいいなと日々思います。

-でも、まだこれからですよね。
日本に帰って駅前留学とかですかね。(笑) 二人はどうしたらいいと思いますか?

-そうですね、どうしたらいいのかな。一番初めに伊藤領事にインタビューさせて頂いた時に、領事はロシア語のプロなので語学の話を聞いたんですね。どうしたらいいですかって。
その記事私も読ませて頂きました。

-ありがとうございます。そしたら、あんまり考えすぎないことが大切っておっしゃっていました。NYにいる限り英語を話す機会はあるので、自分を追い込まないでじっくりやっていきましょうと。
チャレンジするだけして、やれるだけやってそれで撃沈しても、考えすぎないようにということでしょう。若い方は、彼氏・彼女を作るのもいいと思います。


-実は以前はいたのですが、もう別れてしまったんですよ。
-いたんだ!?アメリカ人の?

-そうそう。確かに英語はだいぶ伸びましたね。
私もメールする友達がいるので、何となく略字とかを覚え始めて、そんなことばっかり覚えちゃいますね。でも、しっかり伝えなきゃと思って調べるから覚えますよね。

-例えば中国人とかはどうですか?
いいじゃないですか。中国語も覚えちゃえばいいと思います。これからは中国語ですよ。中国・インド・ブラジルあたりがこれからどんどん世界の中心になるでしょうし。


いかがでしたか?
後編は、留学生へのアドバイス、自分の軸などについて
触れていきます!
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