鳴らない警鐘 日本郵政の内部通報窓口、リスク対応できず規定見直し

藤田知也

 日本郵便の近畿支社の郵便局に7月下旬、ある社員からのメールが一斉に届いた。

 法令に反すると疑われる営業手法について社外通報窓口へ知らせたものの、取り合ってもらえず、自ら各局に注意を促す内容だ。支社の指示にそのまま従うと危ないぞ、と。

 このメールをきっかけに事態を把握した日本郵便は、営業手法の一部に問題があると認めて改善を図り、通報を受けた社外通報窓口に関する規定も見直すと明らかにした。

 大手法律事務所が請け負う社外通報窓口は、なぜ役割を果たせなかったのか――。

「素敵なプレゼント」で来局誘致

 通報した社員が疑問視したのは、4月22日~5月10日に約3千の郵便局で行われた「お客さま感謝デー」。朝日新聞が入手した4月11日付の近畿支社金融営業部の指示文書には、こう記されている。

 「普段お会いできないお客さまへのアプローチを強化し、ニーズを確認して金融商品を案内し、ご利用につなげる取組を実施してください」

 「計画的な来局誘致を行い、(金融商品の)提案・成約の増加につなげてください」

 文書で示された例では、「70歳以上顧客」「定額貯金満期・残高の多い顧客」「投信口座未稼働顧客」などの条件をもとに、金融商品を売り込みたい顧客をリストアップし、チラシを送る。チラシには「アンケートに回答いただいたお客さまへ素敵なプレゼントをお渡しします!」とあるが、金融商品を売り込むとは書いていない。

 指示文書では、顧客が来局しても、景品をただ渡すのではなく、かんぽ生命やゆうちょ銀行の金融商品を提案し、70歳未満の家族を連れてもういちど来局させるアポを取りつけるよう求めている。同席する家族にも金融商品を売り込み、お盆やシルバーウィークの取り組みにもつなげる狙いだ。

 一斉送信されたメールなどによると、社員は4月中旬、こうした営業手法が消費者保護を図る自治体の条例に反する恐れがあるとみて、社外通報窓口に情報提供した。近畿地方の府県が定める消費生活条例は、商品販売の目的を隠して客に近づくなどして勧誘する行為を禁じているからだ。

 だが、通報窓口の担当者と担当弁護士は、近畿支社にヒアリングを行い、6月末にこう結論を下したという。

 「調査の結果、『お客さま感謝デー』は顧客に対し、来店時に粗品を贈呈して日頃の取引への感謝を伝え、接点増進を図る施策だ。特定の金融商品の勧奨が主目的ではないため、府県の消費生活条例に違反するとは判断できない。コンプライアンス違反には該当しない」

 この結果に納得がいかない社員が通報の経緯と指示文書の問題点をメールに記し、近畿地方の郵便局へ一斉送信するに至った。メールにはこうも書かれている。

 「指示文書に従って金融商品を勧奨すれば、消費生活条例違反となる可能性があります。気をつけてください!」

「コンプライアンス違反の責任を取らされるのは現場の社員です。かんぽ生命の不祥事以前と何も変わっていません!」

「違反さえしなければいい」は間違い

 この社員が同様の問題を通報したのは、これが初めてではなかった。

 近畿支社は昨年11月~今年1月に行った「冬のご来局フェア」でも、郵便局に行ってゆうちょ銀行の通帳などを示せば、計10万人にラーメン1袋をプレゼントするというチラシを作成。金融商品を売り込みたい顧客らに送付するよう指示していた。

 チラシに金融商品の勧誘などの記載はなかったが、指示文書では、プレゼントを渡したあとに金融商品の提案などを行うよう求めていた。

 社員が昨年11月に消費生活条例違反の恐れがあると通報したところ、社外通報窓口からは担当弁護士の判断として、条例違反とは認められず、「コンプライアンス違反に該当しない」と返ってきた。

 このときは、チラシに記された「この機会にぜひ郵便局・ゆうちょ銀行をご利用ください!」との文言が「営業意図を推認させる」とし、金融商品のチラシを同封する例もあったことから「金融商品の勧誘がされると想定できる」とした。社員の通報がその後の取り組みにいかされることもなかった。

 消費者問題に詳しい村千鶴子・東京経済大名誉教授(弁護士)は、こう指摘する。

 「お金がある高齢者を狙って景品でおびき出すやり方は、たちが悪いと思える。(感謝デーの)チラシだけでは『金融商品を提案される』とは予想できず、消費生活条例に違反する可能性がある。違反しないとしても、条例や法律は企業が守るべき最低限のルールで、『違反さえしなければいい』という考えは間違い。顧客を守る本来のコンプライアンスからは外れた営業手法だ。内部の社員の声をもっと大事にすべきではないか」

 日本郵便は取材に対し、二つのキャンペーンについて、「法令違反とはただちに言えないが、運用・対応によっては違反リスクがある」と回答した。今後の同様の取り組みでは、金融商品の提案や勧誘をする可能性があるとチラシに明記するよう改めるという。

 また、通報内容について「リスク事象として把握できなかったことに問題がある」とし、社内の規定を見直すなどして「潜在的なリスク事象について網羅的かつタイムリーに報告を受けられるよう運用する」という。

 日本郵政グループ内では、昨年度に4290件の内部通報があり、その約半数は社外通報窓口に寄せられた。日本郵政は社外通報窓口について「潜在的なリスク事象の把握」につなげると説明してきたが、実際はどうなのか。

「絶対に潰す」通報者探しの禍根

 いまの社外通報窓口は2021年9月、日本郵便の内部通報への対応が厳しく批判されたのを受けて整備されたものだ。

 大手の法律事務所として知られる渥美坂井法律事務所・外国法共同事業(渥美坂井法律事務所)が受託し、弁護士約30人を含む計50人の「外部専門チーム」が構成されている。

 日本郵便では、息子の不正を内部通報された福岡県の郵便局長会幹部が、通報者と疑う配下の局長らを「絶対に潰す」などと脅した事件が20年に発覚した。通報を受けた担当役員が情報を漏らしていたうえに、取り巻きの局長も通報者らに罵声を浴びせ、休職や降格に追い込んだ。そうした被害の報告を受けた経営陣も、朝日新聞などで繰り返し批判されるまで対応しなかった。

 日本郵政の増田寛也社長が指示し、外部有識者に通報制度を検証させたこともあった。だが、21年1月公表の検証結果では、福岡の事件については検証せず、それまで社外通報窓口を請け負った法律事務所の調査能力の低さや情報管理の問題点を厳しく批判。その帰結として、以前の法律事務所との契約を終了し、検証に携わった渥美坂井法律事務所に委託する社外通報窓口が新設された。

 同事務所が運営する社外通報のホームページには、こう記されている。

 「中立・公正な立場から、通報・相談の受付のみならず、調査の実施、対応結果のお知らせ等を一貫して行っている。リスク事象やコンプライアンスなどの実情の把握を目的とした調査活動も行っている」

 同事務所への委託について、日本郵政幹部は「うちのような巨体の通報窓口を請け負える法律事務所は限られる」と話す。ただ、社内には「経営陣や郵便局長会に甘く、現場に厳しい面があるのでは」(近畿地方の郵便局長)といぶかる声も根強い。理由は、同事務所がこれまで関わった不祥事の調査や検証が、中途半端に終わることがめだつからだ。

経費の政治流用でも返金は求めず

 19年発覚のかんぽ生命の不正問題では、渥美坂井法律事務所の早川真崇弁護士が特別調査委員会の委員を務め、同事務所が累計41人の補助弁護士を拠出した。だが、不正を把握し得た経営陣の問題認識には厳しく切り込まず、不正の指示や黙認があったとの証言が多数あったのに具体的に特定しなかった。

 その結果、現場社員には厳しい処分が多数下された一方、不正の指示や黙認を認定して処分された管理職はほぼゼロだった。早川氏は22年4月に日本郵政と日本郵便の常務に迎えられ、いまも両社の専務を務める。

 日本郵便が全国郵便局長会の政治活動に使われるカレンダーの経費に3年間で8億円超を支出していた問題では、日本郵政の依頼を受けた渥美坂井法律事務所が弁護士ら15人の調査チームを編成し、21年末に調査報告書をまとめた。だが、多額の経費を支出させた局長会の狙いやメリットは調べず、担当役員らが理由も知らずに経費の支出や増額を認めていたと認定した。この結果、局長会の政治活動に利用されたカレンダーが多数あったのに、返金はされず、罪にも問わず、局長会幹部らの処分は「監督責任」にとどまった。

 日本郵政広報部は取材に、社外通報窓口の委託先の選定は「社内の調達審査会、経営会議における協議をへて、多角的・客観的に判断した」とし、渥美坂井法律事務所を選んだ理由はこう説明する。

 「内部通報制度の検証過程で改善策の策定に関わった実績があり、当グループの内部通報を受け付けて調査するのに十分な数の弁護士が所属し、元検察官などの調査経験豊富な弁護士が多いことなどを踏まえ、最適な運営先だと判断した」

 潜在的なリスクや講じるべき対策について定期的な報告を受けているが、内容は公表していないという。

 郵政グループのたび重なる不祥事を見てきた八田進二・青山学院大名誉教授は、こう指摘する。

 「(渥美坂井法律事務所による)過去の調査や検証は、問題を小さく捉えて表面的に調べる傾向がうかがえる。会社側に都合のいい報告書にも読めるし、不正の真因を特定する能力に疑問符がつく。もぐらたたきのように不祥事が続く一因ではないか」

 同じ事務所に不祥事の調査や検証を繰り返し依頼し、社外通報窓口まで委託していることについても疑問を呈する。

 「通報窓口が機能するためには、社員からの絶対的な信頼が欠かせない。仕事の依頼が多いだけでも、なれ合いや癒着が疑われる理由となり得る。かんぽ問題で調査委員を務めた所属弁護士が日本郵政の役員に転じている点も含め、同じ事務所に委託する社外通報窓口は、外から見た独立性と中立性が損なわれている」(藤田知也)

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この記事を書いた人
藤田知也
経済部
専門・関心分野
経済、事件、調査報道など