性格検査「MBTI」、採用活動にまで 若者に人気、根拠には疑問も
若者の間で「MBTI」と呼ばれるオンラインの性格検査が流行している。10分ほどかけて質問に答えていくと、性格を16の類型に分けた「結果」をすぐに知ることができる。心理学者ユングの理論を元に開発されたとされ、人材の採用活動にまで使われるようになってきた。ただ、科学的根拠には専門家から疑問の声も出ている。どんな検査なのか、調べてみた。
ユングの理論を元に、性格を16分類
MBTIは「外向型か内向型か」といった形で人の性格を16類型に分ける性格検査の一種だ。「ENTP」「ISFJ」といったアルファベット4文字で表される。
日本MBTI協会によると、スイスの心理学者ユングの理論を元に、米国で1960年代から開発された。開発者の名前をとった「マイヤーズ・ブリッグスタイプ指標」の英語の頭文字がMBTIだ。
福岡大の縄田健悟准教授(社会心理学)は2年ほど前、学生から聞いてMBTIを知った。今年4月に心理学入門の講義で200人の学生に尋ねたところ、「聞いたことがある」に9割ほどが手を挙げたという。
YouTubeでは、視聴回数が数十万を超えるMBTI関連の動画がいくつも見つかる。「グーグルトレンド」によると、国内でのネット検索を元にした「人気度」は3年前の数十倍で、「星占い」を大きく上回っている。
若者ではやっているのは、MBTIの理論も使って作られたと運営元が主張する「16Personalities」と呼ばれるサービスだ(https://www.16personalities.com/ja/)。簡易的な検査が、ウェブサイトで無料で受けられる。「MBTI」でグーグル検索すると、最初に見つかるのがこのサイトだ。
「チームで何かをするのが好き」などの性格的特徴が、7段階で自分にどれだけ当てはまるか、10分ほどかけて次々に答えていくと、その場で結果が出る。16類型のそれぞれに、「討論者―賢くて好奇心旺盛な思考家」「仲介者―詩人肌で親切な利他主義者」といった説明がついている。
大阪大4年の山本真由さん(21)は2年ほど前に友人から聞いて、この検査を受けてみた。大人数で集まったときなどに、「あなたは○○っぽい性格だよね」のように会話の糸口になっている印象があるという。同4年のコヴァーチ・シャーラさん(25)が数年前、故郷のハンガリーで友達から聞いて試してみると、「熱意あふれる運動家」のタイプという結果が出たという。「(サイトでの説明に)ポジティブなことが書かれていて、自己肯定感が上がる」と話す。
仕事に生かそうという動きもある。富山県は6月、県内への転職を考えている社会人向けに開いたオンラインセミナーで、「自分の性格を知る」ための手段として、16Personalitiesを紹介した。職探しの「ミスマッチ」を減らせるとの理由で、詳しく説明している求人用のウェブサイトもある。
だが、日本MBTI協会は、16Personalitiesは妥当性が検証されておらず、MBTIをまねているが「全く別のもの」だと主張する。同協会の検査は資格を持った専門家が4時間以上かけて行う。93項目の質問をして2択で答えてもらうという。
16Personalitiesのウェブサイトは手法について、MBTIの理論と、別の理論の「長所を組み合わせた」と説明している。英国にある運営会社は取材に、「我々のアプローチはマイヤーズ・ブリッグスと多くの点で異なっている」とメールで回答した。
MBTIそのものにも、問題が指摘されている。
2019年には、MBTIはすでに知られている学術的な知見と一致しないとし、「大人気で長続きもしているが、社会心理学や性格心理学とは別世界のものだ」とする論文(https://doi.org/10.1111/spc3.12434)が専門誌に掲載された。20年に発行された性格心理学の事典は、MBTIの項目で「心理測定学的な裏付けがないと考えられ、批判されている」と総括している(https://doi.org/10.1002/9781119547167.ch123
)。
福岡大の縄田さんは、「MBTIのように、性格のさまざまな面で人間を『二分』することは、そもそも難しい」と指摘する。たとえば人を「高身長と低身長」の二つに分けようとしても、数が多いのは平均身長に近く、「背が高いとも低いとも言いづらい人」だ。「内向か、外向か」のように分けるのも難しいという。
SNSでは特定のタイプの人について、職場で採用しないといった書き込みもみられるという。こうした「差別」は血液型による性格診断でもあった。1990年代から、B型とAB型の人は「隣には住みたくない」などと言われることが他の血液型より多かったという(https://u-sacred-heart.repo.nii.ac.jp/record/756/files/ron82-matsui_94-72.pdf)。
一方で日本MBTI協会の園田由紀・代表理事は「人間の性格が外向型と内向型のように二つに分けられるのは、人の利き手が右手と左手のどちらか一つなのと同じ。ユングが2万人以上のクライエントに面会し、かつ、自分自身を題材にして経験科学として立証した、ユング独自の『タイプ論』といわれるものだ」という。
専門家は疑問「血液型診断と同じ」
大阪大の三浦麻子教授(社会心理学)は「MBTIはかつて流行した血液型診断と同じで、『わざとぼんやり相手を見るための装置』として使われている」と指摘する。とくに誰かと気が合わないとき、理由を突き詰めて考えるのはしんどい。このため、表面的な類型論に頼ってしまうとみる。
「楽しむだけならともかく、就職など将来を決める重要なときは、むしろ『解像度』を高めて人を見るべきではないか」
立命館大学のサトウタツヤ教授(社会心理学)は、そもそも性格診断で「人間の未来を縛る」べきではないと指摘する。
「人の性格は、そのとき誰と一緒にいるかによっても変わるものだ。類型化して、それに基づいて『合う人』と『合わない人』を決めるようなことは、しないほうがいい」(小宮山亮磨)
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- 小宮山亮磨
- デジタル企画報道部兼科学みらい部
- 専門・関心分野
- データ、統計、自然科学、社会科学
- 【視点】
かなり前からMBTI診断自体は話題にあったような気がしますが、今や他の診断に比べて群を抜いた知名度があるように思います。 「MBTI、何?」という質問が、既知の友人同士の会話でも、初対面やそこまで親しくなる前の友人との会話でもよく出てきます。お互いに当てたりしながら、会話として盛り上がることもよくあります。 思い込みや先入観で、将来や仕事に影響を与えることは本末転倒です。あくまでこれは科学的根拠に乏しい、血液型診断と同じくらいもの、とリテラシーを持って認識することが大切だと思います。
…続きを読む - 【視点】
大変興味深く、4つの論点があると思いました。 1つ目。人が集まって社会ができれば、そこには必ず分類と秩序が生まれる。社会学者のエミール・デュルケムと、人類学者のマルセル・モースの議論をベースにした、人類学者メアリ・ダグラスの見解です。 人を見かけや属性で分類して決めつけてはならない。あなたは、あなた。その人自身を見なさい。 今を生きる若者たちは、かつてに比べると、このような言葉を大量に浴びて育った世代であるはずです。でもその若者たちが、このような診断を用いて、自分と他人を進んで分類したがっている。否定し難い人間の根源的な欲望を感じます。 論点2つ目。この記事の後半では、MBTIに科学的妥当性がないことを中心に記事が作られています。しかし、フロイトや、ここで紹介されるユングに代表される精神分析は、定量的な検証を基盤とする自然科学とは、思想を異にする学問。相容れないとすら言っていいでしょう。例えば、ユングは夢診断でも知られていますが、夢診断に科学的妥当性を見出すことなどできるはずがありません。 でもその妥当性の判断に科学的かどうかの判断が持ち込まれる。それはこの診断が、元々のユングの心の理解とは離れて、すこぶる自然科学的に見えるからですが、奇妙なねじれを感じます。 論点3つ目。MBTIが自然科学を装っているからこそ、科学的根拠の検証は大切な論点です。しかしこの現象については、それとは異なる視線を持ち込まないと、「科学的妥当性がないものを信じるのはやめましょう」という、よくある啓発的な呼びかけに止まってしまい、現象の理解には届ききらないのではないでしょうか。 この現象の「評価」ではなく、「理解」のために必要な視座は、社会の心理学化、医学化であると考えます。つまり心理学、医学の専門用語を用いて、日常の人間関係を理解したがる傾向がまずます強まっているということです。この場合、それら用語が専門家から見て「正しく」使われているかどうかは問題になりません。 医学と(定量的手法を使う)心理学の特徴の1つは、私はどんな世界に生きて、その中でどんな役割を持っているのかという、(科学的には証明不可能な)宇宙観の放棄です。 狩猟採集民の間でも、性別、年齢、氏族、守護霊などに基づいた人間の細かな分類は、全てではありませんが存在します。このような属性に基づく分類は、現代社会の倫理観からするとけしからんとなるのでしょう。しかしこれら分類は、それぞれが持つ民族の宇宙観と繋がっているので、その分類体系に入り込むことで、個人は安定を得ます。自分がどんな人間で、何と繋がっていて、どのような雄大な時間の流れと宇宙まで届く空間の中で生きているかがわかるからです。 他方で人を16に分類するMBTIにより、「起業家」といった診断を得た個人が、そのような宇宙観を感じ取ることは不可能でしょう。宇宙観は自分で作るものだといえばかっこいいですが、そのようなことは容易ではなく、だからこそ人は自分と他者を「診断」して、自分や他人が何者かを知りたくなるわけです。でもそのMBTIが提供するのは、せいぜい向いている仕事くらい。 MBTIが流行っている背景に、加速する社会の心理学化と医学化、宇宙観を失い、寂しくなっていく個人の存在を、少なくとも私は感じとります。 最後の論点として、もし仮に若者の間で流行っているMBTIに科学的根拠があったのなら、記者の小宮山さんやコメントを提供している専門家の皆さん、さらには能條さんのコメントは、どう書かれたのだろうかと思いました。根拠があるからどんどん使って参考にしましょう、といった流れになったのでしょうか。
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