目標はうどん
母さんは、菊太郎の食生活の最終目標を
「冷やしの讃岐うどんを旨いと思って食べること」に設定した。
母さんはうどん好きです。
博多に帰省しても、
博多ラーメンより、ごぼう天うどんの方にウカレます。
博多うどんと讃岐のうどんは全く別物だ。
食べるのが下手な菊太郎にとって、
コシの強い讃岐うどんは、博多のうどんよりはるかに手ごわいハズ。
讃岐うどんをちゅるちゅる食べて、「旨い!」と思えたら、
他のたいていのものは食べられるんじゃないかと思う。
ということで、
讃岐うどんが目標。
一時期、私は麺類を食べさせるのを封印した。
菊太郎の食べる能力で、
麺をおいしく食べるのはムリだと感じたからだ。
名古屋に住んでいた頃、
うどんといえば「味噌煮込みうどん」
この麺は、たいていの場合節操がないくらい硬くてゴワゴワ。
こしが強くてシコシコしてるのとは訳が違う。もうゴワゴワなのだ。
刻んでまで食べさせようなんて気も起こらない。
うどんの王者、讃岐うどんもこしが強い。
で、短く切ったうどんにコシがあって何の価値がある???
だからってコシのない讃岐うどんなんて、もはや讃岐うどんではない。
でも、
麺もいろいろ。
うどんもいろいろ。
落ち着いて考えると、
軟飯を食べている程度の実力でも
おいしく食べれそうなうどんもあるよ。
そう!
世の中にはコシを放棄してもちゃんとなりたっているうどんもあるのだ!!
考えてみれば、博多のうどんにもコシなんてないじゃないか。
博多のうどんは、かけうどん。
冷やしではなく、温かい汁うどんだ。
かの博多出身のタモリも
「博多のうどんにコシは無いけど、そもそも汁うどんにコシは不要だ」
ってな感じのことをテレビでしゃべっていた。
そう、コシなんてなくてもうまい食べ物として成り立っているのだ。
そして、ちゃんとしっかり旨い。
私の勝手な感覚では、
讃岐うどんが、麺を、のど越しを楽しむものなのに対して、
博多のうどんは、汁を楽しむもの。あごだしのつゆがとにかく旨い!!
で、コシのないタイプのうどんがちょうどいいような気もする。
多治見にある有名なうどん屋・信濃屋のうどんもコシとは無縁らしい。
うどんの種類としては、冷たいダシをかけた「ころうどん」で、
食通で有名な山本益博が絶賛していた。
うどんに、コシとかもちもち感なんかいらないそうで、
そんなものを超越しているのがここのうどんらしい。
名古屋に住んでいるうちに食べておけばよかったと今でも後悔している。
伊勢うどんも柔らかい。・・・・らしい。
長時間ゆでた太麺に溜まり醤油をかけたものだ。
名古屋から伊勢は近かったんだけど、
食べる気にならなかったんだよな~。
ブヨブヨのうどんに、色の濃いつゆなんてありえない!と思って避けてしまったの・・・
食べてみておけばよかったと今は思っている。
あと、団子汁系のうどんもある。
大分のやせうまを煮込んだご汁や、
山梨のほうとうも、
コシが命ではない。
これらの、はなからコシなんて求めてないタイプのうどんなら、
咀嚼や食べるのが少々下手でもおいしく食べられそうな気がする。
菊太郎の、うどん封印を解いたきっかけは、博多うどん。
博多に帰省した時、
母ちゃんはどうしても、ごぼう天うどんを食べたかった。
たいていのうどん屋には、
うどんと、おいなりさんと、かしわご飯のおにぎりくらいしかないから、
「菊太郎の食べれるものは無いかもしれない・・」と思いながらも、
自分の為だけに、菊太郎とうどん屋に行った。
食べさせてみると、
想像を絶するくらいノリノリでうどんを食べたんだよなぁ・・・・。
短くした麺と、汁だけのうどんを。
給食が麺の日は食べる量がすごく減るから、麺は嫌いなんだと思っていたけど。
麺が全部ダメというわけではないようだった。
そういうわけで、
母さんは、うどんについてちょっと考えたのだ。
「冷やしの讃岐うどんを旨いと思って食べること」に設定した。
母さんはうどん好きです。
博多に帰省しても、
博多ラーメンより、ごぼう天うどんの方にウカレます。
博多うどんと讃岐のうどんは全く別物だ。
食べるのが下手な菊太郎にとって、
コシの強い讃岐うどんは、博多のうどんよりはるかに手ごわいハズ。
讃岐うどんをちゅるちゅる食べて、「旨い!」と思えたら、
他のたいていのものは食べられるんじゃないかと思う。
ということで、
讃岐うどんが目標。
一時期、私は麺類を食べさせるのを封印した。
菊太郎の食べる能力で、
麺をおいしく食べるのはムリだと感じたからだ。
名古屋に住んでいた頃、
うどんといえば「味噌煮込みうどん」
この麺は、たいていの場合節操がないくらい硬くてゴワゴワ。
こしが強くてシコシコしてるのとは訳が違う。もうゴワゴワなのだ。
刻んでまで食べさせようなんて気も起こらない。
うどんの王者、讃岐うどんもこしが強い。
で、短く切ったうどんにコシがあって何の価値がある???
だからってコシのない讃岐うどんなんて、もはや讃岐うどんではない。
でも、
麺もいろいろ。
うどんもいろいろ。
落ち着いて考えると、
軟飯を食べている程度の実力でも
おいしく食べれそうなうどんもあるよ。
そう!
世の中にはコシを放棄してもちゃんとなりたっているうどんもあるのだ!!
考えてみれば、博多のうどんにもコシなんてないじゃないか。
博多のうどんは、かけうどん。
冷やしではなく、温かい汁うどんだ。
かの博多出身のタモリも
「博多のうどんにコシは無いけど、そもそも汁うどんにコシは不要だ」
ってな感じのことをテレビでしゃべっていた。
そう、コシなんてなくてもうまい食べ物として成り立っているのだ。
そして、ちゃんとしっかり旨い。
私の勝手な感覚では、
讃岐うどんが、麺を、のど越しを楽しむものなのに対して、
博多のうどんは、汁を楽しむもの。あごだしのつゆがとにかく旨い!!
で、コシのないタイプのうどんがちょうどいいような気もする。
多治見にある有名なうどん屋・信濃屋のうどんもコシとは無縁らしい。
うどんの種類としては、冷たいダシをかけた「ころうどん」で、
食通で有名な山本益博が絶賛していた。
うどんに、コシとかもちもち感なんかいらないそうで、
そんなものを超越しているのがここのうどんらしい。
名古屋に住んでいるうちに食べておけばよかったと今でも後悔している。
伊勢うどんも柔らかい。・・・・らしい。
長時間ゆでた太麺に溜まり醤油をかけたものだ。
名古屋から伊勢は近かったんだけど、
食べる気にならなかったんだよな~。
ブヨブヨのうどんに、色の濃いつゆなんてありえない!と思って避けてしまったの・・・
食べてみておけばよかったと今は思っている。
あと、団子汁系のうどんもある。
大分のやせうまを煮込んだご汁や、
山梨のほうとうも、
コシが命ではない。
これらの、はなからコシなんて求めてないタイプのうどんなら、
咀嚼や食べるのが少々下手でもおいしく食べられそうな気がする。
菊太郎の、うどん封印を解いたきっかけは、博多うどん。
博多に帰省した時、
母ちゃんはどうしても、ごぼう天うどんを食べたかった。
たいていのうどん屋には、
うどんと、おいなりさんと、かしわご飯のおにぎりくらいしかないから、
「菊太郎の食べれるものは無いかもしれない・・」と思いながらも、
自分の為だけに、菊太郎とうどん屋に行った。
食べさせてみると、
想像を絶するくらいノリノリでうどんを食べたんだよなぁ・・・・。
短くした麺と、汁だけのうどんを。
給食が麺の日は食べる量がすごく減るから、麺は嫌いなんだと思っていたけど。
麺が全部ダメというわけではないようだった。
そういうわけで、
母さんは、うどんについてちょっと考えたのだ。