せんべい事件
食べることに関して、障害児の世界は、高齢者に比べて、かなり遅れていると思う。
菊太郎が2歳か3歳の頃、通園施設の給食はペーストの次はキザミだった。
普通食が食べられないときは、まず「じゃあ、きざもうか・・・」となる。
脳卒中の後遺症として摂食障害になる人と違って、
障害児の多くは、うまく食べられないといことが発覚する前に退院している。
その上、入院でも、通園でも、ほとんどの場合、母親が食べさせている。
それは、障害児に食べさせる困難さを、
対策しなければならない問題だと、社会に感じさせない原因のひとつになっていると思う。
菊太郎は、世の中に摂食指導というものが存在することすら知らされずに、
毎日毎日、色々なものをムリムリ食べさせられていた。
母ちゃんは、菊太郎の食べる能力がどの程度なのかも、全くわかっていなかった。
誤嚥なんて概念もなかった。
ある日、母ちゃんは間食にせんべいをボリボリ食べていた。
おおかた食べ終わった最後には、袋の底に、
小さく割れてほとんど粒状になったせんべいが残っていた。
不幸なことにそれは、
あかちゃんせんべいとかハッピーターンみたいなサクサクタイプじゃなくて、
草加せんべいのような、しょうゆ味の堅焼きせんべいだった。
母ちゃんには、その割れたせんべいが、完成された「きざみ食」に見えた。
「あ、刻み状態だよぉ、これなら、噛めなくても食べれるかもぉぉ♪」と思った。
そして、えいっと、菊太郎の口の中に、小さく割れたせんべいを放り込んだ。
もちろん、結果は、
ムセ、激怒し、泣き、と散々だった。
この時、母ちゃんは食べさせることに対する信頼を全面的に失ったと思う。
こんな事もきっかけの1つになって、
母ちゃんは、障害児菊太郎に、どんなものを食べさせればいいのか
ちゃんと考えようと思うようになった。
菊太郎が2歳か3歳の頃、通園施設の給食はペーストの次はキザミだった。
普通食が食べられないときは、まず「じゃあ、きざもうか・・・」となる。
脳卒中の後遺症として摂食障害になる人と違って、
障害児の多くは、うまく食べられないといことが発覚する前に退院している。
その上、入院でも、通園でも、ほとんどの場合、母親が食べさせている。
それは、障害児に食べさせる困難さを、
対策しなければならない問題だと、社会に感じさせない原因のひとつになっていると思う。
菊太郎は、世の中に摂食指導というものが存在することすら知らされずに、
毎日毎日、色々なものをムリムリ食べさせられていた。
母ちゃんは、菊太郎の食べる能力がどの程度なのかも、全くわかっていなかった。
誤嚥なんて概念もなかった。
ある日、母ちゃんは間食にせんべいをボリボリ食べていた。
おおかた食べ終わった最後には、袋の底に、
小さく割れてほとんど粒状になったせんべいが残っていた。
不幸なことにそれは、
あかちゃんせんべいとかハッピーターンみたいなサクサクタイプじゃなくて、
草加せんべいのような、しょうゆ味の堅焼きせんべいだった。
母ちゃんには、その割れたせんべいが、完成された「きざみ食」に見えた。
「あ、刻み状態だよぉ、これなら、噛めなくても食べれるかもぉぉ♪」と思った。
そして、えいっと、菊太郎の口の中に、小さく割れたせんべいを放り込んだ。
もちろん、結果は、
ムセ、激怒し、泣き、と散々だった。
この時、母ちゃんは食べさせることに対する信頼を全面的に失ったと思う。
こんな事もきっかけの1つになって、
母ちゃんは、障害児菊太郎に、どんなものを食べさせればいいのか
ちゃんと考えようと思うようになった。